どっかの誰かのゲームの世界で   作:クリネックス

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ちょっと長くなっちゃった。


2話

 

 

 

 

『来週も見てくれよな!』

 

「ふぅ……今週のイナゴマスクも痺れたぜ……」

 

 日曜日の朝、自分はこたつに入り寝そべりながらテレビを眺めていた。

 見ていたのは「イナゴマスク」という男児向けの特撮番組だ。内容は単純で、正義のヒーローイナゴマスクと悪の組織との戦いを描いたストーリーだ。この番組は自分が幼い頃から代替わりで放送され、今代は今年の1月から開始している。放送期間は約一年なので、11月の今ではストーリーも終盤に差し掛かっていた。

 

 前世の自分がその手の番組を視聴していたのは小学校中学年までで、特に特撮好きというわけではなかった。しかし、こちらの世界……というか、自分が生まれた時代はスマホや携帯ゲーム機が存在していないので娯楽もテレビ番組に偏っている。

 そんなわけでテレビっ子として育った自分は特撮番組から卒業する機会を逃し、高校生になってもこうして朝早起きしてテレビに向かうのを習慣としていた。

 

「あんた……いい加減いなご卒業したら?」

 

 エンディングが終わり、余韻に浸っていた自分を母さんは呆れ顔で見つめている。

 日曜の朝は主婦向けのバラエティ番組なども放送しているため、基本的には母がチャンネルを握っている。しかし、イナゴマスクが流れる30分間だけはいつもリモコンを貸してもらっていた。

 母も昔はそんな自分の姿を微笑ましく見ていてくれたのだが、いつまでたっても男児向け番組を見続ける息子に思うところがあるのだろう。最近は朝からはしゃぐと冷めた目線を向けられることが多い。

 

「いいじゃん。少年の心を忘れたくないんだよ」

「それ、オヤジ臭いわよ」

「マジ? でも俺、父親リスペクトしてるから」

「一番いらないところを尊敬するのやめなさい」

 

 特に何も考えずに口を開き、軽口を叩き合う。

 基本的には母親との距離感は今のような感じだ。両親が幼い頃から共働きで母親にもべったりくっついた記憶が存在しないということと、前世の記憶が原因で、自分はある意味普通の家庭よりも親との距離が近い。

 

 会話が途切れて無言が続く。

 なんとなくコタツから這い出る気分にはならなかったので、母親にリモコンを渡してチャンネルが変わってもその場を動かずにいたのだが、番組がCMに差し掛かったところで声をかけられた。

 

「そういえば純一、あんた今日の予定は?」

「ん? 家にいるつもりだけど。どうしたの?」

「今日、お母さんの友達がお昼食べに来るのよ。ほら、東京のあっちゃん」

 

 その名前には聞き覚えがある。確か、母親の高校生時代からの友人だったはずだ。直接会ったのは幼い頃のみで顔は思い出せないのだが、度々母との話に出て来るので名前を出されてもなんとなく頷くことができる。

 

「それで?」

「お小遣いあげるから家空けてくれない?」

「それを当日にいうかね」

「いいじゃない、暇なんでしょ? 三千円あげるから外でなんか食べといで」

 

 月の小遣いが五千円の自分にとっては三千円は中々の額だ。それにほとんど知らない母親の友達と顔を合わせるのも面倒だし、ここは大人しくいうことを聞くことにする。

 

「おっけ。いつまで?」

「まあ、遅くても夕方くらいには帰ると思うわ」

「ん。美也は?」

「もう家出てるわよ。友達の家で遊ぶんだって」

 

 母はそう言うと財布を取りに部屋を出ていった。

 ほどなくして戻ってきた彼女から三枚の千円札を受け取ると、コタツから這い出て大きく伸びをする。

 

「んじゃ、適当に出るわ」

 

 そうして大体の帰宅時間の予想だけを伝えた自分は、部屋で軽く時間を潰し、11時を過ぎたところで支度を済ませて家を出るのであった。

 

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 家を出た自分が一番最初に向かったのは、そう遠くない距離にある繁華街の牛丼屋であった。

 食欲というのは不思議なもので、平日では授業中でも御構い無しに午前中から襲って来るのだが、休日になると途端に息をひそめる。それならばいっそのこと昼食を抜いてしまおうかと考えると、昼時を過ぎてから突然脳を刺激してくるのだ。そうして仕方なく欲望に従い食事をとると今度は夕食が食べられなくなってしまう。

 よって、こういう日には気力がなくてもさっさと何かを食べることにしている。せっかくの休日に、さらに小遣いまで貰ってまでそのような行動を取るのは少々虚しく感じるが、経験上これが一番良い結果をもたらすということを知っている。栄養摂取だと割り切り、なるべく短時間でなおかつ手頃な価格、さらに自分の好みに合った食事の牛丼をチョイスした。

 

 そうして大手牛丼チェーン店『のしの屋』で並盛つゆだくという比較的オーソドックスなメニューを食し店を出た自分は、近くにある古本屋を目指して歩いていた。

 これから約5時間は外で時間を潰す必要がある。そのための行動として喫茶店での読書を選択した。他にもゲームセンターや映画館という選択肢もあったのだが、どちらもイマイチ気分が乗らず、結果として金と労力のかからない無難なものを選ぶに至った。

 

 やってきたのは何の変哲も無い古本屋だ。繁華街の一角に位置するその店は特に品揃えが良いというわけでは無いのだが、家の近くにあるということで小学生の頃から利用している。

 店の中には入らず店先に並べられたワゴンに目を通す。中には状態の悪い古本が並べられており、価格は100円と殆ど投げ売りに近い。これが今回の目当て、というかこの店を訪れた時はこのコーナーしか利用することはない。

 

 本を買うということはクジに近いと思っている。どれだけ名作だと世間で騒がれていようが、反対に駄作という評価が下されていようが、結局は自分の感性に合うかどうかでその本の価値が決まる。それならば中古で数を買って当たりを引いた時に新品のものを改めて買えばいい。それに、ハズレを引いてしまった時も100円であれば躊躇いなくゴミ箱にブチ込める。腹が立つほどの駄作であればページを破ってもいい。そうしてストレスを発散できるのであれば、値段分の価値を見出せているということになる。少々意味が変わってくるが。

 

 明らかに興味のない本、雑学書やビジネス書などをタイトルで避け、適当に選んだ小説を二冊手にとる。それを持って店の中に入り会計を済ませる。

 対応した店主とは10年近い付き合いになるのだが、特に仲が良いとかそういうことはない。提示された金額を手渡し、本を受け取る際に事務的な挨拶を交わす程度のコミュニケーションしか取ったことがない。それがある意味気楽でこの店を選んで利用している。ここで買う古本は最悪読まずに捨てることもあるのだ。下手に仲良くなって感想などを求められても困る。

 

 ビニール袋に買った本を入れてもらい、それを手に取り店の外に出る。

 

 さて、これからどこに向かおうか。

 

 今日は日曜日だ。パッと思いつくようなコーヒーチェーン店の席はおそらく埋まっているだろう

 別に空席を探してここら一帯を歩き回っても良いのだが、せっかく時間と体力に余裕があるのだ。どうせ歩くならほとんど訪れたことのない地域を歩いて喫茶店を探してみても良いのかもしれない

 

 そう思い立った自分は繁華街を抜けるために歩き始めた。

 向かっているのは隣町の輝日南の方向だ。そこは家と高校から反対に位置しているのでほとんど訪れることがない。

 見慣れない景色を目に収めながら、あまり体の向きを変えずに大通りに沿って歩き続ける。今の時代にはスマートフォンのような便利な道具は存在せず、迷ってしまったら自力で何とかするしかなくなる。高校生にもなって隣町で迷子になるのは少々恥ずかしい。なので、反対を向いて歩けば帰ってこれるという前提条件をつけて行動する。

 

 十数分ほどはそうして歩いていたのだが、目に入るのは居酒屋やコンビニ程度で、落ち着いて時間を過ごせる店は見当たらなかった。さらに、気がつけば住宅街へと入ってしまっていたようで、ここまで来れば喫茶店などはおそらく見つからないだろう。

 それならばさっさと来た道を引き返すべきなのだろうが、初めて目にする風景が妙に気分を高揚させ、何もないというのをわかっていても、足を止めることができなかった。

 

 そうしてさらに数分、ゆっくりとした足取りで周りを眺めながら歩みを進めていたのだが、ふと目についた建物があった。

 大きくも小さくもない一軒家。屋根のないタイプの駐車場には、車の代わりにマウンテンバイクが2台とスクーターが一台停まっている。隣家は普通の住宅のようだ。そのままの考えでいけば、その建物もただの家屋となるのだろうが、家の敷地と道路のギリギリのところに一枚のブラックボードが立ててある。

 

『coffee ━ 350yen』

 

 その下にはいくつかのフードメニューと、白のチョークで描かれたコーヒーカップが見られる。ということは、その建物はカフェで間違い無いのだろう。建物はごく普通の一軒家のため、外から中を覗くことはできない。しかし、玄関を眺めてみると「open」と書かれた板がぶら下げてあるので開店中ではあるはずだ。

 

 店の前で足を止める。目の前にあるのは探し求めていたものなのだが、中に入るのは少々躊躇われる。

 メニューの値段は問題ない。自分の小遣いでも問題なく払える程度のものだ。それならば中に入ってみようとは考えるのだが、中々足が動かない。住宅街にある喫茶店という異質な条件と、建物の中が見えない状況が相重なり、踏ん切りがつかないのだ。

 

 少しの間そうして思案に暮れていたのだが、側を通ろうとした車を避けるためにその建物の敷地に入ったことで決心がついた。

 これも何かの縁だろう。とりあえず中に入ってみて、あまりにも雰囲気が合わないようであれば、席に着かずに店を出ればいい。

 そう覚悟を決めて、恐る恐る店の扉に手をかけ、中へと入る。

 

 扉を開けると同時に高い鈴の音が鳴った。

 軽く店内を見渡す。広さは外から見た程度で、玄関から見て一番奥に1箇所、大きなソファー席がテーブルをまたいで向かい合うように並べられている。その他には4人がけのテーブル席が2箇所。計3箇所の席が奥から玄関に向けて並んでいる。

 客は自分を含めず3人見られる。ソファー席で2人の女性が談笑しており、手前の方のテーブル席では、こちらに背を向けるように髪の長い少女が座っている。

 

 そうして中の様子を観察していると、二階へと繋がる階段からエプロン姿の女性が降りて来る。

 彼女はこちらの姿を確認すると笑顔で話しかけてきた。

 

「いらっしゃいませ。お一人でよろしいでしょうか?」

「えっと、はい。一人です」

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」

 

 そうして、彼女に3つ並ぶテーブルのうち、空席だった真ん中の席へと案内される。

 それに従い店の奥へと足を踏み入れ、一番手前のテーブルを通り過ぎようとしたところで、そこに座っていた人物から声をかけられた。

 

「あれ? 橘くん?」

 

 驚いて足を止め、後ろを振り向く。

 そこに座っていたのは、ペンを片手に持ち、目を丸くしてこちらを見つめる絢辻だった。休日だから当然なのだが、彼女はいつもの制服姿ではなく、長袖のシャツに青いパーカーを羽織っている。そういった見慣れない服装をしていたことと、先ほどまで机に向かって頭を下げていたため、自分は席に着いていたのが彼女だとは気がつかなかった。

 

 互いの目線がぶつかり合う。言葉こそ発せられないものの、彼女の考えは伝わってくる。

 

 どうしてここに?

 

 恐らく輝日東で暮らしている人間なら、こんな場所にある喫茶店を訪れることはほとんどないのだろう。それに、雰囲気的に彼女がここの常連だということはわかった。きっと隠れ家のような意識でこの店を利用していたのだろう。そこに突然同級生が現れたから、困惑しているようだ。

 

 なんとも言えない空気が場に流れる。店を出るわけにはいかないし、かといってこのまま一人の時間を過ごすのも、彼女の存在を意識しながらだと息が詰まってしまう。

 どうしたものかと頭を悩ませていたのだが、突然動きを止めたのを心配した店員の女性に声をかけられたことによって、我に返る。

 

「あの……どうかなされましたか?」

「えっ? ああ、いや、その……」

 

「彼、友達なんです」

 

 返事に詰まってしまったところ、絢辻に助け舟を出された。

 そのまま彼女はこちらに目を向けて話を続ける。

 

「橘くん。よかったら相席どうぞ」

「えっと、いいの?」

「うん。そろそろお店が混み始める時間だから。一人でテーブルを使うわけにもいかなくなるし」

 

 確かに正午を過ぎれば、普通の喫茶店では人が入り始める時間帯だ。テーブルが3つしかないこの店では、どのみち誰かとの相席は避けられないのだろう。ここは彼女の厚意を受け取っても良さそうだ。

 そのような考えに至り、絢辻の向かいの席に腰掛ける。手に持った古本の入った袋をテーブルの上に置き、店員にホットのコーヒーを一杯注文する。

 

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 

 そう言うと彼女はその場を離れて、カウンターへと向かっていった。その後、コーヒーをドリップする準備にかかっている。どうやら、割と本格的なものを出してもらえるらしい。

 少しばかり店員の姿を目で追って気を紛らわしていたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。正面を向いて絢辻に話しかける。

 

「あー……ごめんね? 邪魔しちゃって」

「ううん、気にしないで。それよりも、橘くんはどうしてここに?」

 

 不思議そうにこちらを見つめる絢辻に、ここに来るまでの流れを説明する。母親の友達が来るからという理由で家を追い出されたことから、なんとなく普段訪れない場所に喫茶店を探しに行こうと思い立ったことまで。

 それらを話し終えたところで、絢辻は笑いながら口を開いた。

 

「なるほどね。それで偶々ここを見つけたんだ」

「うん。住宅街を歩いてたら見つけたからビックリしたよ」

「あはは、普通はこんなところにお店があるなんて思わないわよね」

 

 場の雰囲気が柔らかくなったところで、ちょうど店員がコーヒーを運んできた。

 彼女が礼をして去って行ったタイミングで、机の上に置かれたカップを持ち上げ口をつける。

 

「あら意外。ブラックで飲むのね」

 

 カップを机に置いたのを見計らい、絢辻が話しかけてきた。

 

「ホットだったらね。アイスはミルクまで入れないと無理」

「そうなんだ。どう? ここのコーヒー、美味しいでしょ?」

 

 微笑みながらそう尋ねられる。

 店員が手間をかけてドリップしている姿から、恐らく今口に含んだものは美味しい部類なのだという予想はつく。しかし、コーヒーへの教養が足りていないのと、そもそもコーヒーは喫茶店の入場券代わりに飲むだけで特に好みではないという理由から、自分の舌では判断がつかない。

 

 のだが、空気を読んで言葉を発する。

 

「ほんと。こんなに美味しいの、なかなか飲めないよ」

「ふふっ、でしょ? おばあさん。さっきの店員さんのお母さんが、外国まで行って選んだ豆を使ってるんだって」

 

 少し声を高くして、絢辻はそう言う。自分のお気に入りを褒められたことを喜んでいるのだろう。

 チクリと良心が痛む。本当は苦い以外の感想は特に抱いていないのだが。

 

 その後少し間が空いたのだが、カップを啜るこちらの姿からコーヒーを味わっていると思われたのだろう。彼女は黙ってこちらを見つめている。

 さらに少しして、コーヒーの苦味にうんざりした自分がカップを置いたところで、彼女に話しかけられた。

 

「それにしても、ちょっと残念。ここ、バレちゃった」

「ああ……」

 

 やはり絢辻はこの店のことを誰にも教えていなかったらしい。少しばかり落ち込んだ様子が見られる。

 

「まあ、俺の家からはちょっと遠いからさ。今日だけだよ」

「そう? コーヒー、気に入らなかった?」

「えっ? いや、そういう訳じゃなくてさ、えっと……」

「ふふっ、冗談よ」

 

 予想外の返事に慌ててしまうが、そんな姿を眺めた絢辻は笑いながらそう告げた。

 それによって落ち着くことはできたのだが、少々ばつが悪くなる。

 

「気を使ったのに……」

「あはは、ごめんなさい。でも、橘くんなら構わないわよ? できれば他の人には秘密にしてほしいけど」

 

 その言葉は彼女の本心なのだろうか。なんだか逆に気を使わせてしまったような気もする。

 それでも男というのは単純なものだ。可愛い女の子から貴方は特別だと告げられらば、自然と気分が良くなってしまう。

 照れ隠しにコーヒーに手をつける。カップが運ばれてから五分と経っていないのだが、すでにその中は半分以下まで減ってしまった。

 コーヒーの苦味で気を取り直した自分は、改めて絢辻に話しかける。

 

「絢辻は何してたの? 勉強?」

「ううん。クリスマス委員で使う資料をまとめてたの」

「ああ、そういえば委員長だったっけ」

 

 クリスマス委員というのは、輝日東高校文化祭の後夜祭、別名クリスマスパーティーを企画、運営する委員会のことだ。絢辻は去年からそれに所属しており、今年は委員長に選ばれたらしい。

 それにしても凄い気力だ。ただでさえ仕事の多い学級委員を請け負っていながら、クリスマス委員の実行委員長まで務め、その上で教師からの頼みごとまで引き受けているとは。こうして休日にまで作業をしているのを見ると、オーバーワークなのではないかと心配してしまう。

 

「それ、手伝えることある?」

 

 どうせ時間を潰すのが目的なのだ。彼女には数日前に掃除を手伝ってもらった恩もある。そう思い立っての発言だ。

 こちらの言葉に絢辻は目を丸くする。

 

「えっ? あるにはあるけど……すぐ終わるようなものじゃないわよ?」

「むしろ都合がいいよ。夕方まで家には帰れないんだし」

「うん……でも」

 

 どうにも歯切れが悪い。それは人に任すには躊躇われるような仕事量だからなのだろう。

 それならばむしろ引けなくなってしまった。彼女が一人でそれに向かうのを眺めながら読書をすることができるほど、自分の神経は図太くはない。

 そう考え、未だ言葉を濁している絢辻に話しかける。

 

「それにさ」

「ん?」

「いや、あれ。この前言ってたじゃん。友達だったらなんちゃらかんちゃら、ってやつ」

 

 自分の言葉に絢辻は少々口ごもるが、やがて諦めたようだ。呆れたような笑みを浮かべると、口を開いた。

 

「ふふっ、橘くんって案外強引なのね」

「それをきみが言うかね」

 

 こちらも呆れ顔でそう返すと、どちらからともなく笑いがこぼれる。

 そうして顔を合わせながらクスクスと笑い合うと、落ち着いたところで絢辻が口を開いた。

 

「ふぅ、それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」

「まかせて」

「ふふっ、ありがとう。えっと、そしたらね……この資料に額面の記入をしていってほしいの」

 

 そう言うと、三枚の紙を手渡される。

 一枚は今年のおおよその経費を算出するための白紙、二枚目は昨年度の予算と経費をまとめた資料、三枚目は今年の出し物のまとめだ。

 そのまま彼女に作業の説明を受ける。二枚目を参考にし、三枚目に照らし合わせた数を計算して、一枚目に記入しろとのことだ。それに、後から絢辻がチェックできるように計算も丁寧に書き出して欲しいと頼まれた。

 覚悟はしていたが、やはりそれなりに手間のかかる作業ではある。

 しかし、逆に考えれば彼女がこれを一人でこなそうとしていたということだ。それならばやりがいのあるというものだ。

 

 頭を切り替え、集中して作業に向き合う。それと同時に彼女も自分の仕事を再開した。

 

 そうして無言でペンを動かし、30分は経っただろうか。作業はまだまだ中盤なのだが、とりあえず一工程を終わらせられ、ペンを置いて軽く伸びをする。そして、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、店員に二杯目を注文した。

 それに合わせて絢辻も顔を上げ、同じくホットコーヒーを注文する。

 数分して運ばれてきたコーヒーを啜り、ホッと一息ついたところで、少々休憩を取るという雰囲気になった。

 

「その本、見せてもらっていい?」

「ん? いいよ。どうぞ」

 

 未だ袋から出していない中古本を絢辻に手渡す。あまりにも適当に選んだため、何を買ったかはもう忘れてしまっていた。

 それを受け取った彼女は、袋から取り出し、二冊の表紙を見ると同時に顔をヒクつかせる。

 

「『マディソン郡の橋』に『バトルロワイアル』って、凄いチョイスね……」

「ん? そうなの?」

「呆れた。知らずに買ったの?」

「まあね。小説っぽいタイトルの中で、適当に目についたのを手に取ったから」

 

 それはもう、よくある心理診断の問題のように、一瞬眺めて一番最初に目についたものを手に取ったのだ。最悪チリ紙に代わる本を選ぶのに労力をかけてしまうと、後々後悔することになる。本当に200円をドブに捨てるつもりで購入したのだ。

 しかし、彼女の読み上げたタイトルの片方には聞き覚えがある。

 バトルロワイアル。詳しい内容こそ知らないものの、そのタイトルは前世の頃から馴染みのあるものだ。

 

「絢辻は知ってるの?」

「マディソン郡の橋はね。バトルロワイアルは知らないけど……まあ、想像はつくでしょ?」

「だね」

 

 確かタイトル通りだったはずだ。中学生だか高校生だかが、クラスメイトで殺しあうといったストーリー。まさに、ザ・B級といった内容だ。

 

「マディソン郡の橋は?」

「うーん、あんまり話すとネタバレになっちゃうんだけど……」

「いいよ別に。俺はそこまで気にしないから」

「そう? それなら話すけど、恋愛小説よ。名作と言っても過言ではないと思うわ」

「へぇ、恋愛小説」

「うん。まあ、不倫ものなんだけど」

「ええ……」

 

 予想外の内容に軽く引いてしまう。

 それを見た絢辻は苦笑いを浮かべながら話を続ける。

 

「あはは……まあ、橘くんの思い浮かべてるようなものでは無いと思うわよ」

「そうなの?」

「ええ。これもある意味、純愛の形なんじゃないかしら」

 

 読んでみればわかるわ、と続けた絢辻は二冊とも返してきた。

 それを受け取り、再び袋の中へしまう。

 

「ま、後で読んでみるわ」

「ええ。そしたら、感想を聞かせて」

「バトルロワイアル?」

「そっちは結構。……さて、もうそろそろ休憩も終わりにして、さっさと仕上げてしまいましょ?」

 

 数分間の休憩であったが、コーヒーを飲んで雑談をすることで、頭の疲れをクリアにすることはできた。これ以上話し込んで仕舞えばやる気までクリアにしてしまうかもしれない。

 

 そう思い立った自分は彼女の考えに同意し、資料の作成を終わらせにかかるのであった。

 

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 腕時計の針は4時半を指している。

 あの後、さらに1時間程度で資料作成を終わらせた自分たちは、雑談をしたり本を読んだりしながら、さらに2時間ほど過ごし、頃合いを見て会計を済ませて店を出た。

 

 絢辻と自分の家はそこまで離れてはいない。なので、自然と一緒に帰宅する流れになった。

 とりとめもない会話を交わしながら歩みを進める。日の入りにはまだ少し時間があり、あたりは明るいままだ。

 そうして住宅街を抜け、大通りを歩き、繁華街に差し掛かったところで、突然誰かに声をかけられた。

 

「あれ? 詞ちゃん?」

「ん?」

 

 声が聞こえたと同時に、絢辻の肩がピクリと跳ねる。

 その後、声の発せられた方向に二人で目を向ける。そこにいたのは髪の長い女性。彼女はこちらの顔を確認すると笑顔で駆け寄ってきた。

 

「やっぱり詞ちゃんだ」

「……お姉ちゃん」

「お姉ちゃん?」

「ええ……」

 

 どうやら彼女は絢辻の姉らしい。

 改めてお姉さんの容姿を眺めると、二人はよく似ていた。艶やかな黒髪を背中まで伸ばしており、妹との違いは左右の耳の前に髪の束を垂らしているかどうかだ。大きな瞳に、少し垂れ気味の目。顔のパーツは整っており、非の打ち所がない。それは美女としか形容のしようがないだろう。

 

「そっちの子は……詞ちゃんのお友達?」

「……うん、クラスメイトの橘君よ」

 

 言葉を発する機会を逃してしまい黙っていたのだが、絢辻に挨拶を振られたことにより、慌てて口を開く。

 

「えっと、橘です。どうも」

「ふふっ、はじめまして、姉の縁です。いつも詞ちゃんがお世話になって、る?」

「…………」

 

 笑顔で挨拶を返してくれた縁さんと対照的に、絢辻の表情は曇っている。

 先ほど談笑していた時とはあまりにもかけ離れたテンションの差に、ついたじろいでしまう。

 そうして少しだけ間があいてしまい、縁さんが不思議そうにこちらを見つめてきた。慌てて何か言葉を発せなければと思い口を開きかけたところで、絢辻に話しかけられた。

 

「ごめんね橘くん。私、お姉ちゃんと一緒に帰るから」

「えっ? あ、うん」

「今日はありがとう。それじゃ、また明日」

 

 簡素な挨拶を交わして、絢辻はその場を立ち去っていく。

 慌てて縁さんも一言挨拶を残すと、絢辻の背中を追いかけるように去っていった。

 

 今のは一体なんだったのだろうか。つい数分前まで絢辻の雰囲気は明るかったのにもかかわらず、姉と顔を合わせただけであれだけのローテンションに陥ってしまった。よくわからないのだが、どうやら姉妹仲はあまり上手くいっていないらしい。

 しかし、その結論にも疑問は残る。というのも、縁さんはあれだけ明るかったのだ。姉妹で嫌い合っているというわけではないとしたら、なぜ絢辻があのような態度をとったのかがわからない。

 

 まあ、他人の家庭の問題だ。ここでいくら考えたところで下世話な妄想にしかならないし、友人に対してそれは失礼なことだろう。

 

 そう考えた自分は、少々しこりが残るものの、我に返り帰路へとつくのであった。

 

 

 

 

 





数日前にハーメルン用のツイッター垢を作ったんですけど、イマイチ誰をフォローしていいかわからないのでよかったらフォローしてくれると嬉しいです。

そろそろ更新スピード落ち始めるかも。
さっさと二人の猫を剥がしたい……。
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