どっかの誰かのゲームの世界で   作:クリネックス

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5話

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中に溺れる。

 

 呼吸はしている。しかし、体が動かせるのかどうかは自分にもわからない。狭いようで広いようで狭い、そんな空間にただ一人、何をしている訳でもなくただ存在している。

 ただしそれは決して心地が良いものではない。

 何をしても、何を考えても紛らわすことのできない不快感。許容できない居心地の悪さに押しつぶされるようなそんな感覚。それはまるで、広大な海のど真ん中で文字通り「溺れている」ようだなと、どことなく他人事のように考える。

 そうやって、恐ろしいほどの孤独感を紛らわそうとするが、現在進行形で自分を襲うこの苦しみは少しも手を休めてくれない。むしろ、考えれば考えるほど思考がクリアになり、どんどん泥沼にはまっていってしまう。

 

 思わず誰かに助けを求めたくなる。

両親、妹、学友、先輩、後輩、必死に周りの人の顔を思い浮べた時、ふとその人たちが本当に自分を助けてくれるのかと考えてしまう。妙に冴えた思考で客観的に自分との関係を見た時に、彼らが自分の孤独感を埋めるために行動してくれるのかと。

 

 そうして、自分を助けてくれる人間などいないのだと自覚する。

 

 

 

 

 

 

 

  ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にぃに! いいかげんおきろぉー!」

 

 勢いよく引き戸が開けられると同時に太陽光が差し込んでくる。様々な感覚が一気に押し寄せ、一瞬にして意識が覚醒する。

 というか、驚いて飛び起きた。

 

「ってぇ!?」

 

 と同時に、ドンと天井に頭をぶつけた。異様なまでに低いその天井は思ったよりかは柔らかかったが、反射的に叫んでしまう。

 

「うわっ! ちょっとにぃに! 朝から大声出さないでよ!」

「……悪りぃ、でもいてぇ。なんか節々もいてぇ……」

「もー全く。押入れなんかで寝るからじゃん……」

 

 頭を摩りながら押入れを這い出る。

 頭の痛みはすぐに引き、光に目が慣れると同時に目を開けるとその先には呆れ顔の美也の顔があった。

 

「……おはよ」

「おはよう! 朝ごはんもうできてるから! 早く着替えないと遅刻しちゃうよ!」

 

 妹のテンションの高さに軽く眩暈がする。それでもなんとか返事をしようと口を開きかけたが、それよりも先に美也はドタバタと部屋を走り去ったため、吸った息を吐き捨てる。

 思わず深呼吸をしたことにより脳に酸素が回り、やっと自分の状況を理解することができた。どうやら自分はベッドではなく押入れの中で眠っていたようだ。積まれた洋服を敷布団として眠ったことには無理があったようで、体の節々が悲鳴を上げている。

 床に這いつくばった体勢のまま手足を大の字に伸ばし、そして腰を捻ることで関節を伸ばす。一斉にポキポキと音を立てる自分の体に軽く引きながら、やっとの思いで立ち上がり、時計を見るといつも自分が家を出る時間まで30分程度しかないことがわかった。

 自分にしては珍しい。あまり夜更かしすることがないので、休日ならまだしも、平日は7時には勝手に目がさめるよう体が馴染んでいたのだが。

 

 そう思ったところで、思考は自然となぜ夜更かしをした理由に向く。

 なぜ押入れで眠ったのか。確かそもそも寝付けなかった。昨日は学校で今日も平日。昨日何かあったか。

 体感時間は長いが実際は一瞬なのだろう。順を追って記憶を辿るうちに、簡単にその理由へと辿りついた。

 

「…………」

 

 一瞬で体が重くなる。胸を締め付けられるという表現があるが、本当に何者かが自分の心臓を握り締めたかのような感覚だ。

 思い出した。

 思い出してしまった。昨日の出来事を。

 先ほどまでの気楽な気持ちとのギャップと、半時間後には学校へ向かわなければならないという事実も相重なり、与えられた絶望感は大きく、思わずベッドに倒れこむ。

 いっそのこと学校を休んでしまおうか。そんな考えが頭を過ぎったところで部屋の外から母が大きな声で自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「今行くよ!」

 

 それに対して空元気を振り絞り返事を返すと。のそのそと制服に着替え始める。

 別に学校を休むのに罪悪感を覚えた訳ではない。今までもなんとなく気だるい時には気分で休むこともあったし、逃げたいときは簡単に逃げられるのは知っている。

 それなのに学校へ向かおうとしている自分が何を考えているのかは、よく理解している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 悟った気になっても、いざ苦しくなると他人に期待をする自分に自己嫌悪。

 

 

 

 

 

 

 

  ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい橘、朝から美少女と並んで登校かぁ? 冬の寒さも吹っ飛ぶなぁおい!」

 

 朝の通学路、珍しく妹と一緒に学校へと向かって歩いていると、後ろから走ってきた梅原に声を肩を組まれ話しかけられた。

 

「……おう」

「お、おう? どうした大将? 腹でも痛むのか?」

 

 梅原は明るく話しかけてきたのだが、どうしても軽口を返す気分にはなれず、変に間が空いてしまったので苦し紛れに返事を返した。

 そんな自分の様子に目を白黒させた彼は、思わず美也の方へと視線をむける。

 

「あ、えっと、梅原先輩、おはようございます」

「あ、ああ。おはよう美也ちゃん。で、どうしたんだこいつ?」

「みゃ……わたしもわかんなくて、朝から調子悪そうだったから。それで一緒に歩いてるんです」

「マジか……おい大将? ほんと大丈夫なのか?」

 

 妹と会話を済ませた梅原は、余計に心配そうにこちらの顔を覗いてきた。

 

「いや……まぁ、ちょっとな……」

「ちょっと?」

「ちょっと……メンタルがな、ヘラっちまってさ……」

 

 そう返したところで彼は呆れ顔で顔を上げた。

 

「なんだそりゃ、心配して損したぜ」

「いや、参ってるのはマジなんだけどさ……」

「あー、わかる。わかるぞ大将! アレだろ? 月に一度の男の子の日! 全く参っちまうよなぁ本当に!」

「お前マジでいっぺん死ねよ……」

 

 今の気分とは関係なしに心からの言葉だった。一歩離れて歩いている妹にも聞こえる声で、いつものようにしょうもない下ネタを投げかけてくる友人を睨みつける。

 こちらの目線の意味を理解した梅原は、やってしまったといった顔で閉口した。

 少しばかり気まずい時間が流れる。

 自分が少し過剰に反応しすぎたせいでなんとなく会話が途切れてしまい、どうしたものかと頭を悩ませたところで、おずおずといった風に美也が話しかけてきた。

 

「えっと、お兄ちゃん。友達前にいるから、先行くね」

「ん……サンキュな」

「ううん」

 

 それだけ言うと美也はぺこりと軽く梅原に頭を下げ、とたとたと前の女子グループの中へ走って行った。

 珍しく見かけた美也の外面と空気を読んだ行動に思わず感動するが、隣で苦笑いで手を振る梅原が妹が見えなくなると同時に大きく溜息を吐いたことで現実へと引き戻された。

 

「あ〜……やっちまったぜ……」

「まぁ、ギリセーフじゃね? 俺がアウトみたいな空気にしたけど」

 

 態とらしく頭を抱える梅原にそう返すと、彼はガバッと顔を上げこちらに詰め寄ってくる。

 

「ほんとだよ橘! こっちは心配してやったのによお!」

「あはは、めんごめんご」

「テメェ!」

 

 胸ぐらをつかもうと梅原が伸ばした手を体をひねって躱しなが、わざと笑いながら謝る

 再び体を梅原の方へと向けると、彼は演技らしく振り上げた拳をため息をつきながら下ろし、こちらに話しかけてきた。

 

「そんで、ほんとは何があったんだ?」

 

 いつになく真剣な眼差しに少しばかりたじろいでしまう。

 

「ん〜、まーなぁ」

「……なんだよ」

 

 どうしたものなのだろうか。

 彼がこちらを気にしてくれたのは素直に嬉しい。それに、本当は誰でもいいから今の気分を……昨日のことを相談したい気分ではある。

 しかし、一体何を言えばいいのだろう。いや、そもそも自分は何を一体そんなに悩んでいるのだろうか。いざ言葉にしようとすると全く自分の考えを表すことができない。

 理不尽に怒られたことに対する不満は多少はある。多少はあるのだが、だとしたら何故自分はこんなにも落ち込んでいるのだろうか。そこのところがどうしても腑に落ちない。

 

 今自分の中を渦巻く感情は怒りではなく、悲しみと恐怖なのだ。

 

 思った以上に考え込んでしまう。はっと我に返ったのは見兼ねた梅原がこちらに声をかけてきたからだった。

 

「ま、なんかあったらいつでも言えよ」

「……おう、サンキュな」

「なになに、気にすんなって。同じズリのネタを食った仲じゃねぇか!」

「釜の飯だろ、いや、釜の飯も食ってねぇけど」

 

 そう返すと梅原は大きく笑いながらバンバンと背中を叩いてきた。こんなお調子者に少しでもしんみりきた自分にため息が出るが、不思議と嫌な気持ちにはならない。そういえば胸に押しかかっていた不快感も今は気にならなくなっていた。

 と、なんとなく照れ臭くなり思わずつま先で梅原のふくらはぎを小突く。

 

「いってぇ! 革靴で蹴るか普通!」

「うるせえ、人の妹にセクハラするからだろうが」

「いや今頃か!? 間空きすぎだろ!?」

「3G回線なんだよ」

「いや意味わかんねぇよ!?」

 

 大げさに足を抱える梅原を笑いながら、わざと早足で彼の前を歩く。そうして少しして並んだ彼と、残りの通学路を毒にも薬にもならないような話をしながら進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

  ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 もう何度目かわからない溜息を吐き出す。肺から二酸化炭素を吐き出す快感により、数秒の間気を紛らわすことができるからだ。しかし時間が経てばまた酸素を取り込むために息を吸わねばならない。そうするとせっかく吐き出した不安まで一緒に吸い込まねばならず、それをまた外へと出すために溜息を吐く。それはもはや、溜息ではなく深呼吸と言った方が良いのかもしれない。

 

 梅原と共に登校した自分は昨晩珍しく夜更かしをしたことから来る睡魔に襲われ、ホームルームまでの少しの時間でも寝ておこうと考えた。

 そして自分のクラスへと向かい、扉を開けたと同時に、教室の奥で友人と談笑している絢辻と一瞬目が合った。

 その瞬間、わずかではあったが忘れられていた胸を締め付けられるような不快感が一気に再発した。

 

 そうして今は、ホームルームも終わり1時限目の日本史の時間になっても、机に突っ伏している。

 

 結局のところ。

 心というものはそんなに簡単にコントロールできるものではないのであった。

 それはまあ、ごく当たり前のことなのだろうが、自分はそれを久し振りに自覚した。

 

 そもそも、不安をこれだけ引きずるのが久しぶりだった。

 人間関係、将来、大人からの叱咤。同年代の子供たちが不安や苦しみを感じるであろう事にも、基本的には心が動かされることは無かった。なにせ一度死んで生まれ変わったという自覚があるのだ。恐らく人間が味わうであろう最大の不安の先にあるものを知っているということは、自分をある種の悟りを開かせたような気にさせた。いや、悟りというのは文字の意味のままの崇高なものではないのだが。どちらかというと"悟り世代"の悟りに近い。

 ようは大抵のことがなるようになるということを知っているのだ。それ故にストレスのコントロールは容易に行うことができる……つもりだった。

 

 しかしまあ、自分は所詮ちっぽけな人間だったということだ。メンタルトレーニングをしたことのない人間が僧侶やスポーツ選手のように感情のコントロールを容易に行えるようになるわけがない。むしろ耐性がない分どう向き合えばよいのかもわからない気がする。

 そういう訳で、昨日の出来事、絢辻の手帳を拾ってからの一連によって出来た心のつかえはただ一瞬、偶発的に忘れることができただけであり、いまだ自分の胸の中央を陣取っている。

 そして、自分はそれに対して何も対処することができず、ただただうつ伏せのまま深呼吸を繰り返し、少しだけでも気を紛らわせようと単調な行為を続けるだけなのであった。

 

「橘くん! そろそろ起きなさい!」

 

 それもそろそろ限界のようだ。恐らく自分の横に立っているであろう高橋先生に名指しで声をかけられ、流石に無視するわけにもいかずのそのそと顔を上げる。

 

「うっす」

「うっすじゃないでしょう、もう。一時間目から眠ってどうするのよ」

「すいません、寝不足で……」

「平日に夜更かしするのがいけないんじゃない。なってないわよ」

 

 あまり目立つのは恥ずかしいので早く会話をを切り上げたかったのだが、高橋先生はそこから軽いお説教のような雑談を振ってきた。

 それを適当に返しながら周りの様子を確認するのだが、どうにも教室全体が騒がしい。こちらを向いている生徒など軽く見渡した限り呆れ顔の薫だけだった。

 そのことに違和感を覚えた自分は先生の話を遮り質問をする。

 

「あの……授業終わったんすか?」

「あなた本当に熟睡してたのね。今日は早めに切り上げて席替えよ。橘くんもとりあえず荷物まとめなさい」

 

 そう言うと高橋先生はこちらに背を向け教卓へと戻っていった。

 席替え……そういえば前の席替えからしばらく時間が経っているような気はする。

 高校の席替えは大抵不定期に行われるものだろう。それはうちのクラスにも当てはまり、クラス担任の高橋先生のフィーリングで行われる。

 そして今の時間は高橋先生が担当する日本史の時間だ。理系選択の自分たちのクラスでは日本史の授業も少ないので、一時間目に行うというのもわからないわけではない。

 

 先ほどとはまた違った意味合いで、大きく深呼吸をする。今の自分の座席は教室の窓側、そこの一番後ろだった。つまりは教室の角だ。

 角席ということはつまり、左と後ろの二方向には座席が存在しないということ。よって再びこの席に座ることができれば普通にくじを引くよりも絢辻と座席が近くなる可能性はずっと低くなる。

 それでは実際そんなことは可能かということなのだが、うちのクラスの席替え方式ではむしろ二回連続同じ席を意図的に出すことのみ可能だ。

 というのも、高橋先生の席替え方法は、まず生徒全員に紙を配り、そこに自分の座席の番号を書き、そしてそれを集めて箱へ入れ、シャッフルして引かせるというものだった。

 つまりは自分の書いた紙を回収箱へは入れずそのまま拳に隠しておき、クジを引くフリをしてその紙を掲げれば同じ席に座ることができる。

 一工程でもチェックされれば失敗してしまう行為ではあるが、背に腹は替えられない。高橋先生はどちらかというと生徒を大人よりに扱う先生なので、そういった授業に関係のないところは一々疑うような真似はしてこなかった。角席は人気ではあるが、二回連続同じ席になることくらい誰にでも一度はあるはずだ。後から疑われることもないだろう。

 まあ、最悪怒られれば済むだけの話だ。背に腹は替えられない。そもそもこんなタイミングが悪い時に席替えをする方が悪い。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしく、橘くん」

「……よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今までは一日を一話で書いていましたが、場面転換が多すぎたのでとりあえず切りのいいところで前編としました。後々次の話を統合するかもしれません。

 更新滞って申し訳ないです。感想返信もしばらくできていませんでした。ちゃんと文字を打たないと書く気なんて永久に訪れないものなんですね。それでもやっぱり創作は楽しかったです。


 久しぶりの更新ですので、誤字脱字多々見つかるかもしれませんが、どうかご容赦願います。
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