どっかの誰かのゲームの世界で   作:クリネックス

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day1  一年生 10月

 美也にシュークリームを買いそびれた翌日。今日も今日とて自分は学校への通学路を歩いていた。

 自宅から輝日東高校までは徒歩で20分程度。それだけだと遠いような近いようなという中途半端な距離で終わるのだが、問題は高校の位置する場所だ。

 輝日東高校は丘の上に校舎が建てられており、5分程度はそれなりな傾斜の上り坂を歩かなければならない。

 これが結構キツイのだ。いや、別にバテるほどでもないのだが。それでも毎日歩かなければならないと思うと精神的な負担が重なり、朝の気力というものの大半を奪われてしまう。

 

「あっ、じゅんいちー! おはよー」

 

 そんなこんなで憂鬱な気分のまま歩いていると、後ろから突然声をかけられた。知り合いの少ない自分を名前呼びする生徒など限られている……というか、二人しかいない。聞き馴染んだ声からも大体相手は想像つくが一応確認のために後ろを振り向いてみる。

 

「……おはよ。朝から元気いっぱいだなぁ兄弟?」

「きょ、兄弟? わたしは純一の幼馴染だよ! 忘れちゃったの?」

「えっ、いや、あー。悪い、寝起きで頭の回りが悪くてさ。おはよう梨穂子」

 

 顔を向けた先にいたのは予想通りの人物。

 桜井梨穂子。幼稚園の頃からの幼馴染だ。

 栗色の髪を肩より少し下まで伸ばし、そこから色々弄ったような感じの髪型。それから、おっとりとした顔立ちに出るとこが出てるスタイル。最近は出なくてもいいところまで出始めて悩んでいるようだが、十分男好きするようなスタイルだ。

 明るく無邪気な性格ゆえに、話をしていると度々軽口が通じずペースを乱されてしまうのだが、それでも一緒にいて気苦労しない友人だ。

 幼馴染ということもあり彼女と自分の家は割と近いのだが、今日のように登校中に出会うということはあまりない。というのも、彼女は自分とは違い持ち前の人当たりの良さから友人が多く、大抵は他の同級生と一緒に登校しているからだ。

 

「あれ? いつも一緒に歩いてる子は?」

「香苗ちゃんはちょっと用事があるみたいで先に学校に行ってるんだ。だから今日は一人なの」

「そっか、じゃあ久しぶりに一緒に行く?」

 

 そうたずねると彼女は大きく頷いてから横についた。

 幼馴染で家族ぐるみの付き合いはあるのだが、やはり異性ということもあり高校に入学してからは彼女と行動を共にする機会は減ってしまっていた。彼女のことを妹のように思っている身としては、なんだか寂しいような気もしなくはない。

 まぁ仕方ないことなのだろうが。彼女は幼馴染目線で見ても美人と言える女の子だ。今はまだ恋人はいないようだが、彼女を放っておく男は少ないだろう。いずれは完全に自分の元を離れる時が来るのはわかっている。

 

 センチメンタルな気分に浸りながらダラダラと通学路を歩いていたところ、ふと梨穂子が口を開いた。

 

「そういえばさ、純一って部活はやらないの?」

「部活? まぁ予定はないかな」

「ふーん、興味もなし?」

「いや、なんかやりたいって気持ちはあるんだけど……いかんせん出遅れてしまったというか……」

「そっか! ならなら茶道部、入ってみない?」

「茶道部ねぇ……」

 

 茶道部は梨穂子が所属している部活だ。OGが月に何回か指導をしに訪れたり、校舎から離れたところに一戸建ての部室が作られているような恵まれた部活なのだが、部員数が圧倒的に少ないという事情を抱えていた。3年の先輩は受験のため引退しており、現状は2年の先輩2人と梨穂子の3人で活動している。

 実は自分は、唯一の一年生の部員である梨穂子の友人という立場であるが故に、先輩方からの熱烈なラブコールを食らっていた。それはもう、顔を合わせるとなぜか記入済みの入部届けを叩きつけられるほどに。

 あの綺麗な部室を自由に使えるという条件は非常に魅力的ではあるのだが、入部したら最後、最年少部員と唯一の男子部員という立場が重なりパシリとして使いたおされる未来が目に見えているため、現状は入部を渋っていたのだ。

 

「あの先輩達が引退したら考えるわ」

「あはは……るっこ先輩も愛歌先輩もいい人なんだよ? ちょっと強引なところはあるけど……」

「俺は男子だから入部したら最後、その強引な部分を存分にぶつけられる未来が簡単に想像できるんだよ」

 

 流石に1人で2人のパシリは荷が重すぎる。そう告げると梨穂子は顔に苦笑いを浮かべた。

 

「そっかぁ、残念。入部したくなったらいつでも声かけてね? わたし、これでも結構お茶淹れるのうまいんだ」

「お茶淹れるって……点てるの間違いだろ?」

「んーん、淹れるであってるよ。最近は抹茶はほとんど点ててないかな。緑茶の淹れ方ばっかり上手くなっちゃった」

 

 あはは、と朗らかに笑う梨穂子。

 それでいいのか茶道部。

 

「でもさ、純一って相変わらず友達少ないんでしょ? 部活は入ってみた方がいいと思うんだけど……」

「……まぁ機会があったらでいいよ」

「そっか。寂しくなったらいつでもB組に遊びにきていいからね?」

「いや、流石に高校生にもなって他クラスの女の子のとこまで行くのは恥ずかしいって……」

 

 そんなこと気にしなくていいのに、と彼女は柔らかく微笑んだ。

 この子はいつもそうなのだ。鈍臭いようでどこまでも他人を気にかける優しい子。自分は彼女のそういう暖かい雰囲気が好きで、幼い頃からよくそばにいたのだと思う。

 

 不意に会話が途切れてしまった。別にその程度のことでいちいち気まずさを感じる程度の仲ではないのだが、気を使ったのか梨穂子は話題を変えて話しかけてきた。

 

「んーと、それより純一? 昨日はテレビみた?」

「ん? ちょっとは見てたけど。なんの番組?」

「えっとね、昨日のおいしん坊将軍なんだけど、すっごい面白かったんだ!」

 

 おいしん坊将軍……語感的には「美味しんぼ」+「暴れん坊将軍」といったところだろうか。

 前にも言ったがこの世界の創作物の名前はどこかパチモン臭いのだ。例えば仮面ライダーがイナゴマスクであったり、機動戦士ガンダムが機動戦士ガソガルであったり。他にもファミ通の代わりにエビ通という雑誌が刊行されていたりする。内容自体はオリジナリティに溢れており普通に楽しむことができるのだが、なぜかネーミングセンスだけが壊滅しているのだ。

 

 イナゴマスクってお前。そのタイトルでゴーサインを出した奴をしばき倒したくなる名前だ。ガソガルもひどい。あと十数年経てばガソガルバルバトスルプスレクスが現れるのだろうか。言いづらいとかいうレベルではない。

 

「あー、ちょっと見てないかな。てか聞いたこともないんだけど、新番組?」

「そう! えっとね、名前じゃ想像しにくいと思うんだけど結構コメディ要素が強くて面白かったんだ!昨日はお母さんと笑いっぱなしだったよ」

「なんか段々気になり始めてきたんだけど。でも1話見逃しちゃったし、どうしよ」

「録画してあるから今度ビデオ貸してあげる!」

「マジ? ありがとう」

 

 そうして梨穂子が説明する謎のテレビ番組についての話を聞いて盛り上がりながら、学校へと向かうのであった。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 

「おい大将、ちょっといいか?」

 

 4限の授業が終わり、昼休みに入ったところでクラスメイトの梅原正吉に呼び止められた。

 彼との出会いは小学生の頃。そこから中高と同じクラスになることが多く、あまり人付き合いが良くない自分にとって数少ない友人だ。

 ただまあ、自分が特別彼と仲が良いというわけではない。彼は持ち前の明るさと面倒見のいい性格から交友関係が広く、他に仲がよい友人も多くいる。それが故に自分と特別会話する機会が多いというわけではないのだ。

 だからこそ、珍しく彼に呼び止められて驚いた。

 

「どうした、まっちゃん。なんかあったか」

「ああ、大有りだ。実は今日、大物のお宝本の取引をマサとする予定があるんだが、そこで我らが大将に立会人になってもらいたいんだ」

 

 クソほどどうでもいいことだった。

 彼の指すお宝本とは、いわゆるエロ本。それも直球のものではなくグラビア本のことだ。

 だが、たかがグラビア本と侮ってはいけない。彼らの持つそれは多種多様に渡り、様々な性癖に対応したいわばバイブルなのだ。

 今までに何度か見せてもらったことがある。この間見せてもらった本は確か「ローアングル探偵団」と言ったか。内容は様々なコスチュームの女の子をローアングルから撮影したグラビア本であった。ちょっとニッチすぎる性癖な気もしなくはないが。

 

 自分が彼らの本の取引の立会人として呼ばれることはたまにある。その理由は2つ。

 1つ目は、自分が彼らの性癖に理解がありつつ、それらの本を手にしようという欲求を持っていないのが知られているため。

 2つ目は、性に目覚め始めた中学生の頃の彼らに、自分がそれらの本を融通してやった過去があるためだ。

 梅原が自分を呼ぶ大将という呼び名もそこからきている。エロの大将、略して大将。非常に不名誉な名前だが、一部では定着してしまったがために不本意ながら受け入れている。

 

 どうせ昼休みは暇なのだし付き合ってやることにするか。大物の取引と言っているし、多少の興味はある。

 あと立会人を担うときは飲み物を一本奢ってもらうのが条件だ。それなりの見世物を見学できながら飲み物までもらえるということであれば十分だろう。

 

「ま、構わねぇけど」

「おう! 助かるぜ! それじゃあ15分後に2号館の4階の階段に来てくれ。ココアでいいか?」

「んー、いや、今日はりんごジュースって気分だわ」

「オッケー! 遅刻しないでくれよ!」

「まかせろ」

 

 そう言うと梅原は自分のカバンを大事そうに抱えて教室を後にした。

 なんと言うか、グラビア本程度であそこまで情熱的になれる彼らが羨ましい。自分には前世の記憶があるが故に、そう言う青臭いエロにはなびかなくなってしまったのだ。

 大人になるってことは代わりに子供を捨てることだと言う言葉を何かの本で読んだことがあるが、きっとこういうことなんだろう。

 違うか。

 

 そんなアホなことを考えているうちに、遠くで梅原とのやりとりを眺めていたのか、絢辻がこちらにやって来た。

 

「橘くん、やるじゃない! その調子でいけば友達くらい簡単にできるはずよ!」

「そ、そうかな……?」

 

 思っクソ勘違いされているようだ。先ほどの会話はエロ本の取引の密約だと言うのに。

 

「頑張ってね橘くん! 私応援してるから!」

 

 そう言い残すと彼女は友人の輪へと戻っていった。

 苦しい。純粋な善意が苦しい。

 彼女は自分が友人と昼休みを過ごすのを応援してくれているようなのだが、これから行われるのは性癖を拗らせた男子高校生によるエロ本交換会なのだ。彼女の考えているようなキラキラとしたものではなく、どす黒く淀んだ汚い欲望のぶつけ合いなのだ。

 ごめん絢辻。でも俺達は君が考えているより何倍もアホなんだ。

 

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 

「えー、それではこれより梅原、マサ両氏によるブツの取引を始めさせていただきます。立会人は私、橘純一が努めさせていただきますので、えー、どうかご両者共公正な手段での交渉をお願いします」

「おう!」

「頼むぜ!」

 

 昼休み開始からきっかり15分後、自分達は二号館の奥にある人通りのほとんどない階段に集合していた。

 二号館は主に移動教室で使われるため昼休みの間は人が訪れることは少ない。しかも階段は死角になっており、なおかつ足音だけが響くため誰か来た時もすぐに察知できる場所なのだ。

 

「えー、それでは先に梅原氏、ブツの提示をお願いします」

「よしきた! 俺が今回手に入れたとっておきはこいつだ!」

 

 梅原は袋から取り出した本を自信満々に見せつける。

 なになに、タイトルは『部活少女足裏大全集』

 なんだこのフェチズムの塊みたいな本は。男子高校生が読むものじゃねぇだろ。

 

「なっ!? これは余りにもニーズが狭すぎたが故に第1版以降生産されていない伝説のお宝本!?」

「詳しいなあ、おい。お前ら不健全すぎだろ」

「ふっ…褒め言葉として受け取っておこう」

 

 褒めてねえぞマサ。正気に戻れ。

 

「えー、ごほん。気を取り直して、マサ氏もブツの提示をお願いします」

「梅原。今回の取引、お前の言葉を信じて最高のブツを用意しておいて良かったぜ……」

「ああ! 見せてくれよお前のお宝を!」

「ほらよ! とくと目に焼き付けやがれ!」

 

 そう言ってマサはカバンから一冊の本を取り出し自分達の前に叩きつけた。

 タイトルは……『絶対領域』

 あっ、思ったよりも健全だった。表紙とタイトルからもわかるように、どうやらチラリズムに焦点を置いたグラビア本のようだ。

 

「おいおい、俺は小学生じゃねぇんだぞ?」

「まあ待て、黙って7ページを開いてみろ」

 

 半信半疑ながらもページをめくる梅原。マサに言われたページを開くと、そこには整った顔立ちの少女が制服姿でスカートをたくし上げてる写真が掲載されていた。まぁ、ちょっとえっちぃ。

 

「お…おまえ、もしかしてこれって……」

「そう。今をときめく美人女優、七瀬愛の数少ない素人グラビア写真だ。プレミアものだぜ?」

 

 自分は余り芸能人に詳しくないのだが、彼女の名前には聞き覚えがある。

 どうやらそれなりに価値のある品物だったようだ。

 絶句している梅原にマサが話しかける。

 

「どうだ? これなら1対1でもレートは釣り合ってるんじゃないか?」

「……いいのかこんなもの貰っちまって」

「なぁに。こっちの嗜好を理解して最高の一品を用意してくれたダチへのお返しにはこれくらいは必要だろ?」

「マサっ……おまえってやつは……!」

「へっ……その代わり新しいのが手に入ったら融通きかせてくれよ?」

「ああ、もちろんだぜ相棒 やっぱり持つべきものは友達だよな!」

「なぁに水臭い事言ってんだ相棒! 当たり前のことを言うんじゃねぇよ!」

 

 がっしりと手を取り合う2人。血と汗ではなくイカと栗の花の蜜に塗れた友情は最高に汚らしい。

 絢辻が笑顔で送り出してくれた先にあったものがこれだと考えると複雑な気持ちだ。ズリネタを共有して感極まる男子高校生など俺は見たくなかった。

 

 異様な雰囲気が広がっている狂った空間が出来上がってる中、突如として下の階からこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 バカ2人は気が高まっており気づいていないようだ。急いで知らせて片付けさせなければ。

 

「おいバカども! 人が来るぞ! 急いでその汚ねぇ本を仕舞え!」

「えっ!? ちょ、マジか!」

「やべぇ! ここでもし没収されたら洒落にならねぇぞ!」

 

 慌てて本をカバンに押し込む2人。

 証拠を隠し終えたところで、こちらに向かって来る足音に耳をすませながら、緊張した面持ちでやって来るであろう方向を見つめる。

 段々と足音が近づいて来て、とうとうこちらが視界に入るであろう位置に到達したようだ。

 そこにいたのは……

 

「……森島先輩?」

「あっ、いたいた! 橘くん、今ちょっといい?」

 

 突然現れた学園のアイドルが、なぜかそばにいるクラスメイトの名前を呼んだことで、2人の視線がこちらに向けられる。

 あれ?これってもしかして結構まずい状況なんじゃないか?

 

「あー、先輩? どうしたんですか?」

「んーっと、ほら、昨日のお礼がしたくて。もし良かったら放課後一緒にシュークリームを買いにいかないかなーってお誘いをしようと思って来たんだけど……お邪魔だった?」

「いや、そんなことはないですけど……でもほんと、昨日のことは気にしないでくださいって」

「んー、それじゃお礼とか関係なしでならどう? 今日の放課後、私と一緒にケーキ屋に行ってくれない?」

 

 待て。その返しはまずい。

 恐る恐る隣に目を向けると、マサと梅原は血の涙でも流しそうな表情でこちらを睨んでいる。

 

「それじゃあ橘くん! 授業が終わったら中庭の噴水で待ち合わせしましょ。もしすっぽかしたりしたら泣いちゃうからね?」

「えっ、あ、ちょ、先輩!? 待っ…」

 

 言うだけ言い残してその場を去ろうとした先輩を追いかけようと立ち上がろうとしたのだが、両隣から肩を掴まれその場に抑え込まれてしまった。

 

「森島先輩とぉ……?」

「二人でケーキ屋ねぇ……?」

 

 ハイライトの消えた瞳でこちらを見つめる二人。肩を掴む握力が段々と増している。気のせいであるとは思うのだがミシミシという音まで聞こえてきた。

 

「おっ…落ち着けよてめぇら……まずは話し合おう? きっと俺たちはわかり合えるんだって……」

 

 そう言って二人と目線を合わせる。

 一瞬間が空いたと思うと、彼らは同時に微笑んできた。

 良かった。やっぱり人間は通じ合える生き物なんだ。やったよ絢辻。俺にも分かり合える友達ができたよ。

 

 次の瞬間、二人から同時に繰り出された拳によって自分の意識は一瞬で刈り取られるのであった。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

「……ただいま、美也。シュークリーム買ってきたぞ……」

 

「おかえりにぃに! って、どうしたの? なんだか顔色が悪いけど……」

 

「……大丈夫。でもちょっと体調悪いからもう部屋で休むわ。シュークリームは一気に全部食べちゃダメだからな……?」

 

「はーい」

 

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