どっかの誰かのゲームの世界で   作:クリネックス

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day2  一年生 10月

 輝日東高校はそれなりに広い敷地面積を誇っている。さらに設備等も整っており、校舎自体も改築してまだ数年ということでかなり綺麗な部類だ。

 一体どこからそんな金が出ているのか。全く想像がつかない。私立であるならまだわかるのだが、この高校は公立だ。しかも隣町にある同じ公立高校の輝日南高校は、比較的平凡な校舎であるのが拍車をかけて謎を深めている。

 自分が今いる図書室も他の学校のそれと比べるとかなりの広さなのだろう。大きな吹き抜けが存在し2階建てに設計されたこの部屋は、文庫本から洋書まで数多くを揃えている。

 ここにある本のうち、どれだけが人の手に渡っているのだろうか。思わずそんな疑問が浮かぶほど数多くの本が存在しているのだ。

 

 さて、話は変わるのだが自分がなぜ図書室に来ているかというと、もちろん本を借りに来たからだ。お目当の本は東野圭吾の「秘密」である。先月に発表されたこの本が新書として図書室に寄贈されたという話を教師から聞き、ここを訪れたのだ。

 東野圭吾という小説家は前世にも存在していた人物だ。創作物の多くが改変されているこの世界だが、どうやら彼の作品はその影響を受けていないようなのだ。

 前世の自分は極々平凡な高校生であり特に読書家というわけでもなかったのだが、彼の本は家族が愛読していたということもあって何冊か読んだ経験があった。

 今から借りようとしている「秘密」もその中の一冊だ。15年以上も前の記憶なのでどんな本であったかは曖昧だが、確か夫婦間の割とインモラルなストーリーであった気がする。

 

 部屋の奥にある貸し出し受付の横の棚にその本はあった。バカに広いこの図書室だが、新書となると割と簡単に見つけられる。

 

 よかった。まだ借りられていないようだ。

 

 安心してその本を手に取り、受付に運ぼうと思い立ったところで、誰かの視線が自分の手に注がれているのに気がついた。

 その人物の方向を向くと、そこにいたのは見知った顔。

 

「あー……もしかして絢辻もこれ目当?」

「あはは……そのつもりだったんだけど、一足出遅れちゃったみたいね……」

 

 顔を向けた方にいた絢辻は、気づかれてしまったことに対してバツの悪そうな表情を浮かべていた。

 そういえば彼女は結構な読書家であったはずだ。放課後に図書室を訪れた時はよく顔を見かけるし、教室で本を読んでいる姿も度々見られる。

 さて、どうしたものか。彼女が出遅れたと言っていたのは油を売っていたからではなく、確かホームルーム後に担任から何か頼みごとを任されていたのが原因のはずだ。

 なんとなく図書室で借りようと思っていたが、別に文庫本程度本屋で買っても大した負担にはならない。ここは自分よりも楽しみにしていたであろう彼女に譲ったほうがいいだろうか。

 そのような考えに至ったところで、彼女に声をかけることにした。

 

「よかったらこれ先に借りる? 俺は次でもいいから」

「ううん。橘くんが先に手に取ったんだから。また今度でいいわ」

「ほんと? 別に遠慮しないでいいよ?」

「あー……じゃあ、返しに行く時に声かけてくれるかな? そしたら確実に次に借りられるだろうし」

「わかった。それじゃあお言葉に甘えてお先に読ませてもらうね」

「ええ。あっ、読み終わってもネタバレはしないようにお願いね?」

 

 冗談めかした表情で彼女はそう言った。

 もちろんそんな真似をするつもりはない。楽しみにした本の内容を読む前にバラされることほど腹がたつことはないだろう。

 こちらの表情から心外だという気持ちを感じ取ったのか、クスクスと笑いながら彼女は話しかけてきた。

 

「ふふっ…それにしてもなんか意外だな。寄贈された初日に借りにくるだなんて、東野圭吾好きなの?」

「別に好きじゃないよ」

「えっ? あ、あはは……そうなんだ……」

 

 じゃあなんで借りたんだよ、と彼女は目線で語っている。

 言い忘れていたのだが、自分は別に東野圭吾が特別好きだというわけではない。嫌いというわけでもないが。ガリレオシリーズはドラマをきっかけに好きになったのだがそれもこちらの世界では未来の話だ。現状出版されている本で前世の自分が読んだことのあるものに「分身」があったのだが、読んで見た感想としては普通の一言だった。

 なんだろう、オチが気に入らないというか……等身大のミステリーを期待していたのにいきなり謎の研究みたいなスケールの大きな話を出されてガッカリしたというか……。

 とにかく、彼の本を読んでいるのは前世のつながりを感じてノスタルジーを感じるためであり、特に作風に惚れたというわけではない。

 まぁ、それをそのまま伝えるわけにもいかないので適当に誤魔化すしかないのだが。

 

「えーっと、そもそも東野圭吾で読んだことがあるのが分身だけなんだ。今日借りようと思ったのは、なんかニュースで話題になってたからっていうミーハーな理由」

「なんだ、そうだったのね。彼の作品だったら放課後とかオススメよ。気になったら読んで見て」

「へー、それじゃあ次に借りてみるね」

「ぜひ。ふふっ、読書の話題を振れる友達って少ないから、よかったらまたお話しましょ?」

「俺でよかったら喜んで。今度こっちのオススメも貸してあげるよ」

 

 絢辻と本の貸し借りをする約束をした自分は、受付を済ませ図書室を去るのであった。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 図書室で本を借り学校を出た自分は、近くのファミレスを目指して歩いていた。べつに家に帰ってもいいのだが、なんとなく人が近くにいるところで読んだ方が明るい気持ちで楽しめる気がしたからだ。

 向かっている店はJoestar(ジョースター)という名前のチェーン店だ。よくわからないのだが、きっと黄金の精神を持つ波紋使いの血統が経営しているのだろう。

 店の前までついたので外から軽く中を見渡す。人の数も多すぎず少なすぎずで、長居しても何も言われなさそうだ。

 

 安心した自分は自動ドアをくぐり店の中へと足を運んだ。玄関から見て奥のボックス席が空いているのが見えたので、そこまで移動し荷物を下ろす。

 注文はコーヒーと決めているのでメニュー表は開かない。すぐにカバンから本を取り出しそちらに意識を移した。

 

「お客様ぁ? ご注文はお決まりでしょーかー?」

 

 1分としないうちにウェイトレスがやってきた。どこか茶化したように聞こえる話し方だとは感じたが、顔は上げずに注文を告げる。

 

「コーヒーを一杯、ホットでお願いします」

「かーしこまりましたー! コーヒー一杯で居座るつもりのお客様にすぐにお持ちしますねー」

 

 なんだこいつ。流石に失礼すぎるだろ。

 何か文句を言ってやろうと文庫本から目を離しウェイトレスの方を向く。

 そこにいたのは、パーマをあてた髪を肩下まで垂らした少女。

 

「……カルレスプジョルさんじゃないすか。バルセロナクビになったんすか?」

「ぶっ殺すわよ」

 

 FCバルセロナ所属の未来の有名人……ではなく、棚町薫。隣のクラス所属の同級生だ。

 彼女と知り合ったのは中学3年生の時。同じクラスになり、席替えで近くになったのをきっかけにそれなりに仲良くなった。

 持ち前の明るくサバサバとした性格故に親しみやすく、彼女とは軽口を叩き合える……いや、こちらが軽口を叩いて彼女が物理的に叩き返す、悪友と呼べるような関係だ。

 高校に入ってからはクラスが分かれてしまい、やはり異性故にしばらく顔を合わせていなかったので久しぶりの対面だった。

 

「なに、お前ここでバイトしてんの?」

「始めたのは最近だけどね」

「ふーん。なんで?」

「そんなんお金のために決まってるでしょ。あとは制服が可愛かったからかしら?」

 

 そう言うと彼女は2、3歩後ずさり、スカートの端を軽く持ち上げた。

 見て感想を言えとの意思表示だろう。仕方なく上から下まで目線を移動させる。

 

「絶望的に似合ってねぇな」

 

 一呼吸置いてからそう答えると、彼女はニッコリと微笑み口を開いた。

 

「ホットコーヒー一杯ですねー! 顔面におこぼししてもよろしいでしょうかぁ?」

「まぁ待て、早まるな。話せばわかる」

 

 からかう意思は確かにあったが、似合ってないと感じたのは本当だ。

 このファミレスの女性店員の制服はピンクのシャツにスカートとカチューシャというスタイルなのだが、どこか彼女の雰囲気とは噛み合っていない。

 まず髪型があれだ。パーマとカチューシャの組み合わせはあまりマッチングしていない。

 いや、それよりも一番の違和感の原因はやはりピンク色のシャツだろう。彼女は純日本人ではあるのだが、どこかエキゾチックな顔立ちをしている。それが故になんとなく大人びた雰囲気を醸し出しており、ピンクのような子供っぽい色がメインの服装はあまり似合わないのだろう。

 

 笑顔のまま額に青筋を浮かべる薫にそう伝えると、彼女は不機嫌そうな表情のまま口を開いた。

 

「わかってるわよ……でも、こんなピンクのフリフリ着れる機会なんてなかなかないんだもん」

「ん、まぁ絶望的には流石に言いすぎたわ。でもやっぱお前には落ち着いた色の服の方が似合うって」

「そうね……はぁ、男用の制服に変えてもらおうかな……」

「そこまで落ち込むことねぇだろ。なんだかんだで元がいいんだから悪くはねーって。ただ違和感を感じてるだけ」

 

 そう告げると、態とらしくシクシクと漏らしながら俯いていた彼女は顔を上げた。

 

「……ほんと?」

「ほんとほんと。てかおい、お前呼ばれてんぞ」

「えっ!? あっ、ヤバ!……はーい! 今いきまーす!」

 

 仕事ほったらかしで話していたからだろう。店長らしき人がこちらを睨みながら薫のことを呼び出している。あの様子ではそれなりに絞られるだろう。まぁ自業自得だろうが。

 

 彼女がテーブルを離れるのと同時に、自分も再び文庫本へと意識を移すのであった。

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 店に来店してから2時間は経っただろうか。本を読み終わった自分はそれを閉じて大きく深呼吸をした。

 やはり内容にはどこか既視感があり、割とスムーズに読むことができた。

 色々と思うところはあるのだが、あまり感傷に浸る時間はない。喫茶店ならまだしも、ファミレスでコーヒー一杯で粘るのはなんとなく気が引けている。

 

 早い所去ってしまおうと、伝票を手に取り会計へと向かった。対応したのは薫。

 無言で伝票を渡し、金額を聞いてから小銭を取り出そうとサイフに意識を向けたところで、ふと声をかけられた。

 

「ねぇ純一? あんたもうちょい待てる?」

「ん? そりゃ構わねぇけど。どんくらい?」

「この会計済ませて終わりだから、ダッシュで着替えて10分くらいかな」

「りょーかい。んじゃあ向かいのコンビニで待ってるわ」

「てんきゅね。できるだけ急ぐから」

「はいよ」

 

 一緒に帰ろうとのお誘いであった。彼女とは中学が同じということもあり家の方向もそこまで離れてはいない。自分も久しぶり彼女と話をしたいという気がしていたので、大人しく仕事の終わりを待つことにした。

 

 その後、彼女が現れたのは予告していた通りきっかり10分後。軽く呼吸を乱しており、その様子から慌てて支度したのが簡単に見て取れる。

 

「んな急がなくてもいいのに」

「待たせたら悪いじゃない。あんたに対して少しでもそんな気持ちになりたくないの」

「さいでっか。んじゃ行くか」

 

 そう言う告げると二人並んで繁華街を歩き始めた。

 授業がどうだとか、友達がどうだとかくだらないことを話しながら道を進む。と言っても、話題に乏しい自分は基本的に聞き手であり、大体は彼女が話し手に回っている。

 そんな会話が10分程度続き、場所が繁華街を通り過ぎて人気のない住宅街へ移ったところで彼女が話しかけてきた。

 

「そういえばあんた、最近噂になってるわよ」

「ん? 俺が?」

 

 はて、何か噂されるようなことがあっただろうか。自分はその手の話の中心からは離れているはずだが。

 思わず首をかしげる。

 

「なんでも森島先輩と仲良いんだって?」

「その話かよ……」

 

 薫は腹立たしいにやけ顔でそう答えた。

 森島先輩との噂と言うと、先日先輩に連れられケーキ屋へと出向いた時の話だろう。あの日はやはり授業後すぐに出かけたと言うこともあり、それなりの人数の生徒に二人で歩いている姿を目撃されてしまっていた。

 一緒にいた時間は学校からケーキ屋までであり、奢ってもらった後も礼を言ってすぐに別れたから大丈夫だと思っていたのだが、少々彼女の影響力を甘く見過ぎていたようだ。

 思わずため息が出そうになるが、それをなんとか堪えて彼女に言葉を返す。

 

「ナンパから逃げる手助けしたお礼に奢ってもらっただけだよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ふーーん。ほんとに?」

「なに、妬いてんの? 悪りぃ悪りぃ、最近放っておきすぎたなハニー?」

「ほんとよダーリン! 死んで詫びなさい」

 

 そう言うと脛を蹴られてしまった。相変わらず容赦がない。

 痛みから片足を抱えてしまい、ケンケンでの移動になる。

 

「……ひでぇことしやがる」

「それだけで済んだことに感謝しなさい。このわたしをモノにしたかったら年収10億は稼ぐことね」

「一生独り身でいやがれ」

 

 そう返すとそこで会話が途切れてしまった。特に話すこともなくなり、黙々と帰り道を歩く。

 やがて、互いの帰路が分かれる地点にたどり着いたところで彼女が口を開いた。

 

「ま、あんたも彼女くらい作ってみたら? いっつも一人でいんの見てるとこっちまで辛気臭くなるのよ」

「……なんだよ急に」

「しばらく顔を合わせてなかった友達のことを心配してやってんの。それじゃ、わたしこっちだから」

 

 そう言うと彼女は自分の返事を聞かずに帰路へと着いていった。

 なんだかんだで心配させてしまっていたようだ。それが嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。

 きっと彼女もそうだったのだろう。こちらに顔を向けずに去ってしまったことからも大体想像がつく。

 友人の気遣いに思わず笑みがこぼれそうになるのをなんとか堪え、自分も家へと向かうのであった。

 

 

 




思ったよりもアマガミが知られていて驚きました。


……別に2次創作書いてくれてもいいんですよ?

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