ランキング1位を取れるほどハーメルンにアマガミストがいたことに驚きました。
帰りのホームルームが終了してから30分は経っただろうか。この時間帯になると生徒の大半が部活に向かうか帰宅するかで、校舎からは人の気配が消え始める。そんな中、自分は誰もいない校舎の屋上からなんとなく校庭を眺めていた。
今日はサッカー部の練習日のようで、いくつかのグループに分かれた部員たちがそれぞれパス練習やシュート練習に励んでいる。別に知り合いが所属しているわけでもない男子サッカー部の練習などなんの面白みもないのだが、不思議と見ていて飽きないものだ。
11月も半ば過ぎということもあり、冷たく乾燥した風が頬を撫でる。
こういう雰囲気は嫌いではない。孤独ではあるのだが、なぜだか心地よさを感じるような、そんな雰囲気だ。
本当ならイヤホンを付けて音楽でも聞きたいのだが、悲しいことに今は20世紀。残念ながら携帯音楽プレイヤーは普及しておらず、パソコンから気軽に音楽を入れられるiPodなどは夢のまた夢だ。
基本的に前世に未練などはないのだが、こういう時は少々もどかしい気持ちになる。今ここで音楽を聴けたら一体どれだけ気持ちがいいだろうかと。
そういえば確か、前世のサブカルチャーのジャンルには神様転生というものがあったはずだ。具体的に説明すると、神様がいくつか融通を利かせてくれた上で新しい世界に転生させてもらえるというものだ。
自分は別に神様の手違いで死んでしまった訳ではないとは思うのだが、今からでも何かもらえないものだろうか。例えば、何故かこの世界でも普通に使える魔法のスマホとか。それが無理ならジョブズも一緒にこの世界に転生させてやって欲しかった。
そんなくだらないことを考えているうちに、後ろに人の気配を感じた。特には気にも留めなかったのだが、何故だかその気配はどんどんこちらに近づいて来る。
そして、とうとう謎の人物は自分の真横へと到着した。
このだだっ広い屋上で、何故わざわざ自分の側に来たのだろうか。本当は横の人物の顔を確認したいのだが、困惑と無気力感からか視線を校庭から外す踏ん切りがつかない。
そうした状況のまま、1分ほど経っただろうか。不意に隣から声をかけられた。
「きみ、何をしてるの?」
聞こえてきたのは女性の声。しっとりと落ち着いた、耳触りのいい声色だ。
なんとなくこの不思議な状況に乗っかってみようと思い立った自分は、話しかけてきた人物の確認をせず、視線を動かさないまま返答した。
「いえ、ちょっと考え事を」
「ふーん。どんな?」
適当に答えたのに内容に突っ込まれてしまい、思わず心の中で動揺してしまう。
さっきまで何を考えていただろうか。余りにもしょうもなさすぎて一瞬で忘却しかけていた記憶を思い返したあと、返事をするためにゆっくりと口を開く。
「神様のこと……ですかね……」
「へぇ。神様ね……」
嘘は言っていない……言ってはいないのだが、きっと外から見れば黄昏ながら哲学的な考えに頭を悩ませていたと思われるだろう。
実際は100万円あったら何するか程度のくだらない妄想浸っていただけなのだが。
まぁ勘違いされていたらそれはそれで面白いなと思ったので、そのまま特に言葉は付け加えずに相手が口を開くのを待つことにした。
十数秒間は互いに無言を貫いていたのだが、その静寂は不意に破られることとなる。
「ふふっ。きみ、結構面白いね。はるかが気に入ってる理由がなんとなくわかるわ」
こちらの発した言葉を何度か頭の中で反芻した彼女は、不意にクスクスと笑みをこぼしながらそう答えた。自分でやっといてなんなのだが、この会話から俺への評価を下さないで欲しい。
今更ながらここまでの言動を少々後悔し始めていたのだが、彼女が述べたあるワードが引っかかり、疑問が口から出た。
「はるか? それって森島先輩のことですか?」
「そうよ。最近ね、はるかの口から時々きみの名前が出るの」
「へぇ……どんな話をしてるんです?」
「ふふっ、気になる?」
「まぁ……でもそれより、あなたの正体が気になります」
そろそろ顔を合わせないで話すのも限界だと感じた自分は、体ごと相手の方を向く。
そこにいたのは軽く口元を緩めてこちらを見つめる女の子。
身長は175センチある自分とそこまで差があるようには見えず、手足はスラリと伸び、胸もそれなりに膨らみが見られる。
顔立ちは整っているが、ツリ目からか少々強面に見られる。だが、十分美人と言えるだろう。少し伸ばした髪をポニーテールにまとめているのが良く似合っている。
ここまで美人であれば一度会ったことがあったら記憶に残っているだろうし、初対面で間違いないだろう。
自分がそうしたようにこちらの姿を数秒注視していた彼女だが、やがて微笑みながら口を開いた。
「名乗るのが遅れてごめんなさいね。塚原響、はるかの友達よ。よろしくね」
「橘です。橘純一。それで、塚原先輩はどうしてここに?」
「頼まれたのよ。どっかの誰かさんに悩める後輩の相談に乗ってやって欲しいってね」
「……それって森島先輩ですか?」
そう質問すると塚原先輩は軽く頷いた。
これは一体どういう状況なのだろう。悩める後輩というのはこの場合自分しかいないのだが、腑に落ちないというか……そもそも自分で受け止めきれないような悩みなどは存在していないのだが。何か森島先輩に悟られるようなことがあったのだろうか。
こちらの表情から困惑の意思を感じ取ったのか、塚原先輩は気を使うように話しかけてきた。
「ま、わたしにできることなんて何もないかもしれないけど。それでも話くらいは聞いてあげられるよ?」
「あの……要領を得ないんですけど……」
「初対面だから話せるってこともあるでしょう? 友達との人間関係のことなんて、なかなか人に話せないとは思うけど……溜め込むよりは思い切って吐き出してみたら?」
森島先輩から頼まれてやってきたという彼女は、相談相手が人間関係の悩みを抱えていると伝えられていたらしい。
たった今、話の全体像が見えた。先日、屋上で会話した森島先輩は、直前に梅原が走り去る姿と自分が一人屋上に残っていた姿から二人の間に何かがあったと推測したのだろう。それを解決するために塚原先輩に相談し、彼女をこちらに寄越したというわけだ。
……どうやら、自分はとんでもない勘違いをさせていたみたいだ。
何かおかしいとは薄々感じていた。最近妙に森島先輩が気を使ってくるなと疑問に思っていたのだ。
顔をあわせると変に優しい態度で接してくるし、しきりに悩みがないかと尋ねてきた。特に心当たりがなかったのでそれらを軽くあしらっていたのだが、それ故にさらに勘違いを拗らせさせてしまい、結果として塚原先輩を頼るに至ったのだろう。
さて、この状況をどうしたものだろうか。
笑い飛ばしたい気分ではあるのだが、森島先輩は自分のことを心配してくれての行動だろうし、それは論外だ。
だとすれば、とりあえず塚原先輩に事情を説明して話を合わせてもらうしかないだろう。少々彼女には恥をかかせることになってしまうが、このまま嘘を吐いてまで誤魔化すわけにもいかない。
そう思い立った自分は、発する言葉を選びながら口を開いた。
「あー……塚原先輩? 話せば長くなるんですけど……これ、多分森島先輩の勘違いです」
「……どういう意味かな?」
こちらを見つめて疑問を口にする彼女。元々の顔立ちと落ち着いた喋り方が相重なり、妙な威圧感を発している。
その雰囲気に思わず怯んでしまったが、気を取り直して事の真相を述べるのであった。
♢♦︎♢
……ってことがありまして。多分、それで余計勘違いさせてしまったんだと思います」
「はぁ……あのバカはるか……」
黙って話を聞いていた塚原先輩だが、自分が今まであったことを話し終えると、頭に手を当てて俯いた。よく見るとほんのり耳が赤く染まっているので、やはり多少恥をかかせてしまったようだ。
恐る恐る様子を伺っていたこちらに対し、先輩は大きく息をつくと非難めいた口調で話しかけてきた。
「……でもそれって、きみにも責任があるんじゃない? もう少し普段から相手のことを気にかけるべきよ」
「いや、ほんと、それはもうその通りだと思います」
自分にも非があるという自覚はあるので、素直を頭を下げる。
その様子に満足したのか、塚原先輩は一度仕切り直すように咳き込むと、ゆっくりと口を開いた。
「で、わたしはどうすればいいのかしら?」
「えー、あー、こういう事を頼むのは非常に心苦しいのですが……森島先輩に恥をかかせたくないので、誤魔化すのを手伝ってもらえませんか?」
「具体的には?」
「悩みは解決したようだと伝えていただければ。そしたら僕が後日礼を言いに行きますので……」
塚原先輩と森島先輩のおかげで気が楽になったと伝えれば、彼女も安心するだろう。そもそも梅原とは次の日から元気にエロ本の読書感想会を開いていたくらいだし、自分たちの言動から嘘がバレることはないはずだ。
その旨を塚原先輩に伝えると、どうやら納得していただけたようで、強張った表情を少し緩めてくれた。
「ま、それが無難よね。わかったわ。こっちはこっちで上手くやっといてあげる」
「ありがとうございます。……色々とご心配をおかけしまして、すいませんでした」
「ううん。この場合誰も悪くないでしょうし、仕方ないわ」
よかった。初めはどうなることやと思ったが、上手く事態を収めることができそうだ。
塚原先輩の言葉によって安心することができたので、ほっと一息つこうと大きく息を吸ったのだが、それを吐き出すより先に先輩が言葉を発してきた。
「で、橘くん? はるかとはどこまで進んだの?」
「!?……っげほっ!……ちょ! 何言ってんですか!?」
先輩から放たれた、予想外の言葉により思わずむせてしまう。
どこまで進んだかという質問は……つまり……そういうことなのだろう。自分は男なので一々赤面したりはしないが、何よりも塚原先輩の口からそのような冗談が出たことに動揺してしまった。
その様子をにやけ面で眺めていた先輩は、こちらの呼吸が整ったのを見計らい、いたずらっぽい笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「なに? もう人には話せないようなことまで経験済みなわけ?」
「先輩からかってますよね!? ほんと何もないですから!」
「えー。でもぉ、はるかがここまで男の子のこと気にかけることなんて初めてだしぃ……本当に何もないの?」
「ないですよ! マジで勘弁してくださいって! 今後顔合わせた時に気まずくなるんですから!」
ほんと洒落になっていない。ただでさえ森島先輩の仕草にはドキりとしてしまうことが多々あるというのに。こっちだって意識しないように会話するのは大変なんだぞ。これが原因で上手く会話ができなくなってしまったらどう責任を取ってくれるんだ。
こちらの慌てる姿を一通り眺めた先輩は、満足したかのような表情を見せると、笑いながら話しかけてきた。
「あはは、ごめんごめん。慌てる姿があんまりにも面白いものだから、ついからかいたくなっちゃった」
「ったく。男に対してそういう冗談はタチが悪いですよ……」
「いいじゃない。これでおあいこってことにしてあげる」
先輩はそれだけ言うと、じゃあねとヒラヒラと手を振りながら屋上を去っていった。
何だろう、どうしてもルックスから気難しい人だと思ってしまったのだが、案外気のいい性格のようだ。自分のことも森島先輩のことも気にかけてくれて、更に後味が悪くならないように場の空気を変えてくれた。
森島先輩があれだけ天真爛漫なのに、特に問題を起こしていないのは彼女のフォローがあるからなのだろう。だとしたら、あれでいて結構苦労しているに違いない。
しばらくの間そうやって塚原先輩の事情を考えながら、わずかに熱くなった頬の熱が冷めるのを待つのであった。
♢♦︎♢
「ただいまー」
屋上での一連が終わったあと、自分はどうしても学校でのんびりする気が起きず、すぐに家へと帰宅した。
今の時刻はまだ5時過ぎ。ここまで早く帰ってくることは中々ない。
いや、別に家に帰りたくないという気持ちは全くないのだが。それよりも、学校の居心地がいいのが原因だ。
そんなこんなで妹に帰宅を告げるために大きな声を出しながら玄関を開けたのだが、タタキに家族以外の靴が並べられていることに気がついた。
若い女の子向けの可愛い靴だ。母親のものとしては幼すぎるし、美也のものとすると大人っぽすぎる。
一体誰のものなのかという疑問が浮かんだのだが、それは居間から発せられた声によってすぐに解消されることとなった。
「おかえりにぃにー!」
「純一おかえりー!」
妹の次に聞こえたのは、聞き覚えのある声だ。となると、この状況からも必然的に一人に絞られる。
まぁわざわざ予想する必要もないかと思ったので、居間の扉に手をかけると、ゆっくりとそれを開いて中へと入っていった。
そこにあったのは、妹と一緒にコタツでくつろぎながらおやつを食べる幼馴染の姿。
「いらっしゃい梨穂子。今日はどうしたの?」
「んーとね、ほら! この前一緒に学校に行った時ビデオを貸す約束したでしょ?」
「あー。持ってきてくれたの?」
「うん。後で一緒に見よ?」
そう言って微笑む梨穂子。
思わずこちらも笑みがこぼれるが、その気持ちは自分達をにやけ面で眺めていた妹の様子によって、すぐさま冷まされた。
「にしし! なぁに? もしかしてみゃーはお邪魔?」
「そんなことないよ。美也ちゃんも一緒にね?」
「うーん……残念だけどりほちゃん。みゃーは今、受験生なのだ!」
無い胸を張りながら堂々と宣言する美也。
その様子を見た梨穂子は、笑みを浮かべながら口を開いた。
「そっかぁ……息抜きしたくなったらいつでも言ってね?」
「うん! ということでにぃに? みゃーは勉強に戻ります。りほちゃんの相手はよろしくね?」
「おう。がんばれな」
はーい、と元気よく返事を返した美也は、ドタバタと駆けながら自分の部屋へと戻って行った。
自分も一度部屋へ着替えに戻ろうかと思ったのだが、同じ部屋にいる幼馴染が隣を手でぽんぽんと叩いているのを見て考えを改める。
鞄だけを部屋の隅に置くと、誘われるがままに彼女の隣へと腰を下ろした。
「梨穂子がうちに来るのも、なんだかんだで久しぶりだよな」
「そうだね。昔はよくこうやって一緒のコタツであったまったのに」
「懐かしいな。……なぁ、ところで梨穂子? なんだかこのコタツ狭くないか?」
「…………き、気のせいじゃないかな? あは、あはは……」
冷や汗を流しながら体を無理に端に寄せてごまかす梨穂子。
女の子に体型のことをどうこう言うのはデリカシーに欠けるという認識はあるのだが、茶化す意味でなく本当にコタツが狭く感じられたのだ。
そっぽを向いてわざとらしく口笛を吹く幼馴染に、冷ややかな目線を送りながら言葉を発する。
「……太ったのか」
「そんなことないよ! 今日はちょっと調子が悪いだけで……えーっと……」
心外だと彼女はすぐに訂正してきた。
……なのだが、うまく言い訳の理由が見つけられないようで、あわあわと慌てふためきながら言葉を濁している。正直見ていられない。
「……いや、いいよ。ごめんな梨穂子。ちょっとデリカシーが足りてなかったな」
「ちょっと! 謝らないでよ! 本当に今日は調子が悪いんだって……」
「体重って日によって変わるものなの……?」
「えっ? 朝と夜で変わったりしない?」
そりゃ飯食う前と後とじゃ体重も変わるだろうよ。
いや、この話はここまでにしておこう。これ以上は、幼馴染の女性としての沽券にかかわる。
そう思った自分は、なんとか慌てる梨穂子をなだめ、話題を変えるために話しかけた。
「で、梨穂子は今日はどうすんの? うちでご飯食べてく?」
「うん。そのつもり。おばさん今日は遅いんでしょ? 美也ちゃんがカレー食べたいって言ってたから作ろうと思うんだけど……」
梨穂子がこうやって料理を作りにきてくれることは、たまにだがある。
うちは親が共働きで、日によっては夜遅くまで帰宅しないことまで度々あり、幼い頃は家族ぐるみで付き合いのあった梨穂子のお母さんによく晩御飯をご馳走してもらっていた。
そして、中学に上がるとその役目は彼女の料理の勉強を手伝うという名目で梨穂子に移ったのだ。
所々抜けたところのある梨穂子だが、料理の腕だけは非常にレベルが高い。今はもう、うちで料理の練習をすることはなくなったのだが、妹が度々ねだるので彼女も快くそれを引き受けて腕を振るってくれるのだ。
「いいんじゃない? 俺も久しぶりに食べたいかも」
「ほんと? じゃあ6時過ぎくらいには食べられるように作るね! 材料は冷蔵庫にあったから、楽しみにしてて」
「ん、ありがと。なんか手伝うことある?」
「えーっと、じゃあ純一はサラダをお願い」
「りょーかい。まあ後20分はのんびりしてようか」
時計の針は5時15分を指している。今すぐ作業に取り掛かる必要はないと感じた自分はその場に寝転ぶと、隣の幼馴染の話に相槌を打ちながら、だらしない姿で煎餅にかぶりつくのであった。
次の話から一気に時間が飛ぶと思われます。
これからの展開なのですが、サブキャラと後輩キャラの登場を含めた共通ルートを書き終わり次第、オムニバス形式で各ヒロインのルートに入るつもりです。
ただしばらくは共通ルートが続くと思われますので、各ヒロインの攻略は気長にお待ちください。