――それは唐突に、何の予兆無く行われた。
彼の貫手が彼自身の頭部を正面から穿ち貫いた。
くちゅくちゅと生理的に受け付けない異音と共に自身の頭部から手探りに弄り――内部から抜き取った『穢土転生体』を完全操作する血塗れのクナイを『魔術師』は退屈そうな眼差しで一瞥し、一瞬で焼滅させる。
そう、退屈そうに。無感情の筈だった彼に感情の色が灯る。欠損した『穢土転生体』が綺麗に元通りになるのは一瞬後の事である。
――それは初めから、絶対者による精神支配・肉体支配など抗うまでもない些事だと言わんばかりの無茶苦茶な、僅か一秒未満で終わった反逆劇である。
「――『直死』の領域には興味あるが、今の私にはいらんな。――演技ご苦労様、諸君。実に真に迫った名演だったよ」
神域の魔眼を自らの意思で閉ざし、異質の固有結界が消失して現実世界に帰還した彼は此処にいない誰かを邪悪な笑顔で嘲笑う。
その驚嘆すべき一部始終に対して、その彼と敵対して決死の覚悟すら抱いていたディアーチェ、シュテル、レヴィ、そしてユーリはろくな反応すら出来ずに唖然と見届けた。
「あ、お父様。もう終わったのですか?」
その声は『魔術師』の固有結界が変異したと同時に無限落下した神咲神那からであり――彼等と同じく現実世界に帰還した彼女は『魔術師』と同じ手順で、自身の頭部からクナイを摘出し、あっさりと焼き払う。
一瞬で元通りになった我が娘の無事な様子に、『魔術師』は呆れ顔を浮かべた。
「……無限の闇に墜落し続けて、精魂全て燃え尽きて摩耗したというのに良くまぁ――」
「勿論、余裕で大丈夫ですとも。だって私は貴方の娘ですから」
「いや、全くもって関係ねぇよそれ。因果関係皆無だから。勝手に人を人外認定するな」
人は無限に落下し続ければどうなるか。通常では在り得ない状況設定だが、実際に起こり得るのならば――物の数分足らずで発狂するだろう。
終点の無い墜落は終わりのない拷問であり、逃れようのない原始の恐怖そのものである。これでは物理的な死よりも精神的な死が先に鎌首をあげよう。
自身の恐怖が自らの精神を蝕んで摩耗させて焼滅させる。――のだが、素で高ランクの『精神汚染』のスキルを持つ神咲神那は平然と乗り越えたのだった。元々気が触れているから狂化しても何一つ変わらないみたいな暴論であるが。
「な、な、な……!?」
「どうしたんだ、ディアーチェ? 鳩が豆鉄砲を食ったような、初手『封印されしエクゾディア』のパーツ五枚を揃えられた時の凡骨デュエリストのような、100%の命中率なのに『踏み込みが甘い!』とエリート兵に切り払われたような、ギャンブラーの繰り出したポケモンの一撃必殺技で全抜きされたポケモントレーナーのような、小数点以下の確率で『源氏』シリーズと『正宗』が『メンテナンス』つきのエルムドアから盗める事を気が遠くなるほど試した後に真っ赤な嘘だったと知ったプレイヤーのような顔をしているぞ?」
後半に行けば行くほど『魔術師』のいう例えは解りにくい表現で、「『黒本』まじ許さねぇー……!」と次元を超えても尚抱く個人的な怨念の篭った内容になっていくが、残念な事ながら此処にツッコミ役はいない。
これじゃ話が進まないと思った『共犯者』は仕方なく口を出す事にした。
「お父様、そいつら気づいてなかったんですよ」
「そんな訳無いだろう。一番推察する要素があったのに関わらず気づいていない訳が――」
「どどどどういう事だっ! 貴様ぁっ!」
声を張り上げて、指を指しながらディアーチェは必死に問い質す。
此処に至って不思議そうに首を傾げていた『魔術師』は彼女達と自分の行き違いを把握し――それはもう、とんでもなく腹立たしい呆れ顔で深い深い溜息を吐いた。
「……あんなに酒飲んで酔い潰れた人間が素面で駆けつけられる訳無いだろうに」
――柔らかく、暖かな光を感じた。
地の底に堕ちたのに、其処は凍えるような冷たさはなく、優しい温もりに満ち溢れる。
傷つき、疲れ果てて、指一本すら動かなくなった身体に活力が与えられる。このまま身を委ねたいという気怠さに支配され――。
「――おい、湊斗忠道。お前さ、この私の事を回復役だとか勘違いしてないか? 回復魔術は私が刻んだ魔術の中で最も適正が無かったものだ。……過剰回復で壊死させて再起不能にするのは得意なんだがな」
恐怖と共に一瞬にして意識が覚醒する。
目を開ければ、あの微睡みの中で感じたものとは真逆の悍ましい存在が――あの無駄に長い後ろ髪をばっさり切った状態の『魔術師』神咲悠陽が不機嫌そうな面で其処に居た。
「――『村正』、は……!」
死んだとされた男の登場よりも自分の容態よりも先に『彼女』の安否を確かめる。
『彼女』は自分の横で、人間形態すら保てずに銀色の女王蟻の待機形態に戻っており、見るも無残なほど損傷していたが――生きている。その鼓動は確かに此処にあると確認して涙が零れた。
気を取り直して、死んだ筈の『魔術師』を直視する。死んだ者が平然と闊歩する異常の夜と言えども、目の前にあるのは極めつけである。
「……やはり生きていたか。そんな事だろうと思っていたが――不得意とな。その割には、実用の域にあるようだが?」
「なぁに、聖杯戦争を勝ち抜いた『マスター』としての嗜みさ。男が見栄を張る相手など、惚れた女だけに決まっているだろう」
その『魔術師』の惚気は、湊斗忠道の心に深く突き刺さった。
それだけの為に、彼は適正の無い魔術を短期間で実用の域まで高めたと言う。条理を覆す原動力の名は、やはり愛に違いない。
「そうか、やはりお前は凄い奴だな……」
「……らしくない。お前に褒められる要素など皆無だろうに」
こんなにも一途なまでに愛した人を想えるのかと。
死が二人を永遠に分かつとも、『魔術師』の心には愛した人への想いが消えずに、それどころか色褪せずに残っている。
自分には出来なかった事を平然とこなす男に、敵わないなとを心の中で吐露する。そんな湊斗忠道の心を知らず、『魔術師』は一つの疑問を口にする。
「それにしても異な事をほざく。お前の処には私の死を知らせる礼装があった筈だが?」
「それを渡されたその日から、一生に一度、絶対に逆手に取って悪用するだろうと思っていたぞ」
『魔術師』は退屈そうな顔で舌打ち一つする。悪戯を失敗した子供のような反応に、思わず笑みが浮かぶ。
……と、此処で湊斗忠道はある重大な事を思い出した。彼と戦った敵手の存在である。世界を敵に回しても勝利しかねない規格外の魔王『銀星号』の存在である。彼は彼女と戦い――完膚無きまでに敗れた。
最高速で衝突し、自分達は墜落し、湊斗光の駆る『銀星号』は天に羽撃き続けた。最後の記憶は其処までである。今、良く生きているものだと、この奇跡を褒めてやりたい。
「……湊斗光は?」
「天高く羽撃き続けて星となったよ。――意図的に呼び出された癖に、術者の掌に納まらず、自分勝手に暴れた挙句の自己帰還だ。規格外だと最初から知っていたが、本当に規格外だと思い知らされたな」
物凄く何とも言えない表情で『魔術師』は答える。
彼の邪悪さを持ってしても、あの『銀の魔王』だけは思い通りにいかなかったらしい。
「それにしてもお前、良く生きていたものだ。いや――むしろ何で生きてるんだ? 『銀星号』の装甲の薄さを考えれば、墜落死はほぼ確実だが。これは墜落し慣れている方の『三世村正』の加護と言うべきかな? まぁ全てが私の想定通りに動くとは限らないって事で納得しよう」
疑問を考察しながら勝手に自己解決した『魔術師』は一転して、いつもの表情に戻った。尊大なまでに邪悪な嘲笑に――。
「――夢から覚めた心地はどうだ? 湊斗忠道」
「……気づいていたのか」
湊斗忠道が『精神汚染』されていた事実は、湊斗光との死闘で初めて発覚した事実である。
どういう訳か、前から知っていたようだが――まぁこの眼の前の人物は常に常識の秤に納まらない類の規格外だから、何の不思議もあるまいと納得する。
「後はお前達の問題だから、私がとやかく言う事も無いがね――もう今宵の舞台にお前の席は無い。精々養生するんだな」
言うだけ言い残して『魔術師』は立ち去る。
意識が通常時とは比べ物にもならないほど停滞し、頭の回転が凄まじいほど劣化して思考が鈍いが――此処に至って漸く、あの男から心配されるという青天の霹靂じみた出来事に、湊斗忠道は心底驚嘆したのだった。
偽りの見滝原市と共に『くるみ割りの魔女』が消え去り――変身を解いた白は崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。
「……ホント、私の馬鹿、大馬鹿野郎……」
嘗ての親友の成れの果てに引導を渡し、白の頬から涙が止め処無く零れ落ちる。
「……在り得ない機会を得て、やり直せるかなって思ったら即座に過去の精算かぁ。ホント、良く出来てるね、泣きたくなるほどだよ……」
この世界において初めて理解出来た、彼女が屠り去った時間軸での彼女と自分の道筋を、白は漸く理解出来た。
喜びも悲しみも憂いも憎しみも愛しさも、何もかも無為にし続けた時間の数々を全て全て知る事が出来た。全て――自分が元凶である、と。
「……ほむら。私なんて救う価値も無いのに……っ」
けれども、そんな感傷に浸ってる時間は残されていない。
彼女の右手にある白かった筈のソウルジェムは真っ黒に濁り切り、中にいる何かの鼓動が鳴動している。
この結末は最初から解っていた事だ。如何なる法則が働いたかは解らないが、『ワルプルギスの夜』さえ凌駕する『魔法少女』として白は存在してしまったからには――その結末は最悪を超える『魔女』として散る事のみ。
幾ら彼女の願いが理性ある『魔女』としての活動を許すとは言え、『ワルプルギスの夜』を超える呪いなど精神が受け入れられない。
幸いなのはそれ以外の方法で幕を閉じられる事だ。『ソウルジェム』が『グリーフシード』になって『魔女』を孵らせる前に、この手で『ソウルジェム』を砕けば良い。
手にはもう力が入らない。が、自分の『ソウルジェム』を運ぶ程度の握力は残っており――噛み砕いて終わろう、と白は決断する。
映画の予告詐欺のように砕こう。正史の暁美ほむらと違って本当に死亡するだろうが、元より死人が本当に死人になるだけだ。その死体すら夢か幻のように消えるだろう。
震える手で自身の『ソウルジェム』を口元に――その時、小さな白い影が過ぎった。白の孵化寸前の『ソウルジェム』をその口に咥えて。
「――この『ソウルジェム』を砕くなんてとんでもない。勿体無いじゃないか」
「っ、キュゥべぇ……!」
怒りよりも先に、底無しの絶望が心を支配する。
早く、一秒でも早く砕かなければならないのに、体がもう言う事を聞かない。立ち上がりたくても立ち上がれない。地を這いずる事すらままならない。
手を伸ばしても届かない場所に、絶望の呪いをばら撒く『ソウルジェム』がある。もう間に合わないと、悟ってしまった心から全ての活力が失われる。
「あ、あ……!」
もうどうしようもない。己の絶望によって決壊する寸前――「きゅぷ!?」と、無造作にキュゥべえを踏みつけた誰かが白の『ソウルジェム』を軽々しく拾い上げた。
唐突に現れた救いの神に、白は破顔し、即座に叫ぶ。
「早く、それを砕いてぇ……!」
なのにその拾い上げた人物は白の声が聞こえてないような、元より聞こえた上で無視しているような唯我独尊さで、世界規模すら破滅させかねない絶望の『魔女』を孕んだ『ソウルジェム』に『グリーフシード』らしき物体を押し付けた。
らしきというのは――『グリーフシード』なのだが、中心部に七色に輝く宝石が取り付けられている。差異はそれだけである。
だが、その行動は他の『魔法少女』に対しては正解だが、白の『ソウルジェム』に対しては無意味である。
「無駄だよ。彼女のソウルジェムが生み出した呪いは一つの宇宙を覆い尽くすに足るものだ。そんな途方も無い呪いを許容出来る『グリーフシード』なんてどの世界にも存在しないよ」
無慈悲に踏まれながらも、キュゥべえは普段通りに解説する。
――と、此処で白もある異常に気づいた。
その人物は男性でありながらキュゥべえの存在を認識し、尚且つ物理的に踏み抜いている。そもそも彼等を観測出来るのは『魔法少女』の資質を持つ少女だけであり、更には『グリーフシード』を持っている事から――この人物が此処に現れたのは単なる偶然ではなく、意図的な必然であると推察出来る。
つまりは常軌を覆す『魔法少女』と同じぐらい理不尽な存在で、尚且つ此方の事情を知っている人物となれば――。
「――仮に、それほどの許容量が存在する『グリーフシード』があっても孵ってしまうのならば同規模の災厄が発生してしまう。何とも無意味極まりない話だ。その程度の事に私が気づかないとでも?」
最初から砕く以外の方法を持ち得ている事に他ならない。
「……え?」
中心部に七色の宝石を埋め込められた『グリーフシード』は白の『ソウルジェム』の呪いを吸い続ける。
だが、これほどの呪いを吸い切れる『グリーフシード』は存在しない。これは紛れもない真実である。が、その真実に逆らうが如く吸い続ける。世界を終わらすに足る呪いを吸い続ける。それこそ際限が無いと言わんばかりに。
「! その宝石の中の歪みは……!?」
キュゥべえの悲鳴みじた声と共に白は見上げる。
その『グリーフシード』に埋め込められた七色の宝石の中心部には、底無しの『黒い孔』があり、その『ソウルジェム』から吸われた呪いは『黒い孔』に無限に落ち続けている――。
「――これも『第二魔法』のちょっとした応用だ。それは無限に存在する『並行世界』に堕ち続ける永劫の旅路、呪いは次から次へと隣り合う世界に渡り、永久に孵る事の無い。……一方通行になってしまった『産業廃棄物』の再利用とも言えなくもないがね」
そして白はタイミング良く現れた人物が救いの神などではなく、悪魔の如き邪悪な人間である事を悟る。
「初めまして『インキュベーター』。思いがけぬ戦果に年甲斐無く歓喜しているよ。――魂の物質化は『第三魔法』の領域だ。私はね、君達の持つ技術や知識に些か以上の興味があるのだよ」
キュゥべぇを踏み抜きながらその人間、長年に渡って伸ばし続けてきた後ろ髪が無い『魔術師』は二重の意味で見下しながら邪悪に微笑んだ。
このただならぬ人間に対しても、キュゥべぇの反応はいつもと変わらない。一見して変わらないように見えるが――白には僅かな動揺が見て取れた。
「それは僕達の目的に協力する代償に、僕達の技術と知識を提供するという協定の申し出なのかな?」
その受け答えに対し、『魔術師』は声を上げて愉快気に笑う。
「ああ、そのように聞こえてしまったのか。そんな途方も無い勘違いをさせて済まないな――君達は家畜や実験動物の意思を一々尊重するのかい?」
余りにも的外れな物言いに、腹を抱えながら――。
「……これでも僕達は君達人類の事を知的生命体と認めた上で交渉してきたし、人類が家畜を扱うよりはずっと譲歩しているよ」
「それと同じ待遇を私に期待しているのならば大きな間違いだ。私は君達を知的生命体と認めた上で尊厳やら何もかも無視して踏み躙るだけなのだから」
そもそも『魔術師』は最初からキュゥべぇと会話などしていない。
変わらぬ決定事項を述べただけである。交渉の余地など最初から存在しない事に、キュゥべぇはまだ気づいてない。
「……君達人類はいつもそうだ。短絡的で視野の狭い個人視点しか持たず、大局的に物事を見ない。いずれ君達がこの星を離れ、僕達の仲間入りした時に枯れ果てた宇宙を引き渡されても困るよね?」
「そんなの、視界が限り無く閉ざされている私が知った事か。それは星の大海に旅立つ未来の人類が対面すべき宿題だ。私の解決すべき問題ではない」
いずれ宙(ソラ)の果てまで目指す人類が対面する命題など、地を這いつくばって生きる幼年期の人類が挑むべき問題でもない。
キュゥべぇ達が掲げる宇宙的な問題提起など、『魔術師』は最初から問題視していない、欠片の興味すら抱いてないだろう。
「訳が解らないよ。どうして君達は――」
――不意に、『魔術師』はキュゥべぇを踏んだままの右足を完全に踏み抜き、中身が詰まってる事さえ解らない地球外生命体が四散して飛び散る。
「……え?」
唐突の殺害に白が目を見開いて驚く中、四散したキュゥべぇは録画された動画が巻き戻るように――即座に元通りとなる。
「予想通り『穢土転生体』か。ならば多少手荒に扱っても問題無いな。――喜べ、君達の言う『感情』という精神疾患が発生するまで無限に死に続けれるぞ」
逃さず摘み上げられたキュゥべぇの表情は相変わらずだが――僅かにその赤い瞳が揺れ動いていた。
「――君達が『魔法少女』から希望と絶望の相転移の際に生じたエネルギーを搾取しているように、私もまた君達から何もかも全て一方的に略奪するだけだ。こういうのを我々人類は皮肉を込めて『因果応報』と言うらしいぞ?」
……結末は決まった。『感情』というものを理解出来ない『インキュベーター』は『穢土転生』の唯一の解放方法である未練無き成仏に永遠に辿り着けない。
この空間から跡形も無く消え去ったキュゥべぇを待つのは『閉じられた輪(メビウス・リング)』なる密閉空間への空間遮断か、または物理的に行動不能に陥るコンクリート詰めか――何方にしろ、この『魔術師』が彼を逃す余地を絶対に与えない事は確かである。
同情はしない。したくても出来ない。
何故なら『魔術師』は最初から、宇宙的な悪意を凌駕する殺意を、キュゥべぇではなく白に向けていたのだから――。
「さて、君の事は何と呼べばいいかな? 元『ワルプルギスの夜』? 元『クリームヒルト・グレートヒェン』? それとも――全ての『魔女』をこの世界に持ってきた『三回目』の転生者かな?」
前座は終わりと言わんばかりに、『魔術師』は白の『ソウルジェム』を片手で弄りながら、初めから解り切った質問を敢えて投げかける。
裁定を待つ罪人というのが今の自分の立場であり、白は「間違いなく殺されるなぁ」と自身の生存を呆気無く諦めた。
自分の前に彼が立ち塞がるのは、彼との因縁を考えれば必然とさえ言えよう。だが、いや、だからこそ疑問が浮かぶ。白はそれを口にする事にした。
「……どうして『ソウルジェム』を砕かなかったのかな? 貴方には私に対して強い遺恨がある。助ける意味は無いと思うのだけど――ただ殺すだけじゃ物足りない、という処かな?」
そう、彼には『ソウルジェム』を浄化させる必要が無い。そのまま砕けば終わる話である。
だが、それ以上を求めてるとするならば――『魔術師』は嘲笑った。
「――然り。私は『クリームヒルト・グレートヒェン』を排除する為に『セイバー』を召喚し、彼女に特攻宝具を使用させてまた自害させてしまった。嗚呼、許し難いな。もはやただ殺すだけでは採算が全く取れない」
愛から生まれた憎悪の矛先は自分にあり、こんなのと比べれば魔女の生み出す呪いなど子供騙しの三文劇にも等しいと思えるほど、ただただ恐ろしかった。
「君を酷く責め抜いて殺してやれば、釣りの上に特典もつく。――さて、私からの質問だ。抵抗する気は無いのかい?」
……それなのに、『魔術師』から返ってきた質問は、人間的な悪意を究極まで煮詰めた恐怖の権化たる彼に余りにも相応しくなかった。
「……随分とおかしな事を言うね。私の『ソウルジェム』が貴方の手にある以上、既に詰んでると思うのだけど? 何をするよりも砕く方が早いし、どうせ貴方の事だからそれ以上の事も出来るんでしょ?」
……立ち上がる気力など、既に白には存在しない。
自分は彼に殺されて当然の事をした。其処に発狂状態だったから、などという女々しい言い訳など通用する次元ではない。
この世界に『魔女』という呪いを振り撒いたのは他ならぬ自分である以上、罪過の報いを受けるのは当然の理である。
「……それに、これは私の犯した罪だから、別に私がどうなっても構わないよ」
「そうか。ならば言い方を変えよう。――君は暁美ほむらの死をどうしたいんだい?」
それなのに――どうして、何故そこで『暁美ほむら』の名前が出てくるのだろうか?
「彼女の死はただ無意味で無価値なものだったのかい? ――大切な親友の救済を蹴ってまで果たした彼女の蛮行は無様なまでに無駄で愚かの極みだったのかい?」
……客観的に見るのなら、暁美ほむらのした事に意味は無い。
正しい物語に至る道筋を自分から捨てた世紀の愚行である。救われる救われないにしろ、『円環の理』に至る結末に辿り着けなかった物語である。
――そして、彼女に間違いを犯させてしまったのは自分である。償っても償い切れない罪が、其処にある。
だからこそ、暁美ほむらの死は無駄だったと――自分だけは、何があろうと絶対に否定してはならない。
「それを決めるのは他ならない、今の君自身だ。何の因果が巡ってこうなったかは知らぬが、今、此処に君が存在する以上、答えは君自身の手で出さなければなるまい」
それは全力で生き抜いた彼女に対する宇宙的な冒涜だ。自分と歩んだ彼女を否定する事だ。
自分自身が惨めで無様で愚かなのは良い。それは彼女自身が一番痛感している事であるし、何を言われようが否定出来ない。
――だが、彼女の生き様を何も知らない第三者に否定されるのだけは我慢ならない……!
「――もう一度聞こう。暁美ほむらの死は無意味なものだったのかい?」
何もかも諦観した心に火が灯る。血が滲み出るほど拳を握り締め、白は重い身体に活を入れて立ち上がる。
勝機なんてこの状況下では皆無だ。抵抗した瞬間に『ソウルジェム』を砕かれて終わる。だが、その言葉だけは、全存在を賭けて否定する――!
「無意味なんかじゃ、ない……! 今は、これしか答えられない。けど、けど――!」
それは余りにも弱々しい宣言だ。
論理的な根拠も何一つ無い、ただの無根拠な弁明であり――それでは目の前の悪鬼の理論武装は崩せない。
それなのに、『魔術師』は満足気に笑った。笑って、彼女の『ソウルジェム』を投げ渡した。余りにも自然過ぎる行為で罠と疑えずに受け取ってしまい――何も起こらない理由が解らなくて、白は逆に疑心暗鬼に陥る。
「既に細工は終わった。私がその気ならいつでもその『ソウルジェム』を潰せるし、元より君の『ソウルジェム』が生む呪いを吸い尽くせるのは私の『グリーフシード』だけだ」
一見した処で自身の『ソウルジェム』に何らかの仕掛けがあるのか見て取れなかったが、相手は別系統の神秘の使い手、それも最悪なまでに悪辣な『魔術師』だ。何らかの仕掛けが施されたのはほぼ間違いないだろう。
――その『魔法』の仕掛けが、本当に種も仕掛けも無いハッタリであるが故に解呪不能という逆説的な事実に、彼女は自ら育てた『魔術師』の偶像によって永遠に気づけないだろう。
「――扱き使える『使い魔』がもう一人欲しかった処だ。散々使い潰してボロ雑巾のようにしてやるから精々覚悟すると良いさ」
クラス キャスター
マスター ????
真名 神咲悠陽
性別 男性
属性 秩序・悪
筋力■□□□□ E 魔力■■■■□ B
敏捷■■□□□ D 幸運■□□□□ E
耐久■□□□□ E 宝具■□□□□ -
クラス別能力 陣地作成:A 海鳴市で好き勝手した結果、神殿級の陣地を構築可能と判定され
た。
道具作成:E 基本的に適正が無いが、殺害・妨害・破壊を意図したものに関して
はC+判定で作成可能。
魔術:B あらゆる魔術系統に通じている。万能とは聞こえが良いが器用貧乏。その目的は『殺
害』である。
魔眼:A+ 神の魔眼『バロール』だが、彼の起源に著しく引き摺られ、真価を発揮できずにい
る。
魔力・幸運・対魔力のいずれかがB以下ならば即死判定。
一つでもAランクならば、即死を回避出来る判定が生まれる(例え2つのランクがAラ
ンクでも1つでもB以下なら即死する可能性はある)
抵抗出来た場合でも、炎属性に対する抵抗を数ランク下げる。
反骨の相:A+ 同ランクまでの『カリスマ』を無効化する。
最高ランクを保持する『英雄王』の威光すら彼に届かない。
無辜の怪物:E 生前の行いから生じたイメージにより過去の在り方をねじ曲げられ、能力・姿
が変容してしまうスキル。
彼の場合、魔術師殺しの逸話から低ランクの対魔力、死徒二十七祖の一角を討
滅した事から吸血鬼特攻、人外じみた戦果から魔と混血だと疑われた為に人外系
のスキル、今尚生存しているという恐怖から最低ランクの蘇生スキルを保持す
る。
本来持ち得なかった多種多様のスキルを最低ランクで保持するが、現状のまま
では戦術的な意味はなく、多くはデメリットでしかない。が――。
自己改造:A++ 自身の肉体を魔術によって人外化・または吸血鬼化させる。別の肉体を付属・
融合させれば『無辜の怪物』で付属した多種多様のスキルをランクアップ出来
る。このスキルのランクが高くなればなるほど、正純の英雄からは遠ざかる。
知識として持ちながらも生前は解禁される事の無かった魔術系統。
ありのままの人間である事を至上とした彼はこれらの魔術知識を迷う事無く死
蔵したが――果たして、サーヴァントとは彼にとって如何なる種別なのか、それ
は実際に召喚したマスターのみが知る事となる。
令呪:- 冬木での第二次聖杯戦争を勝ち抜いたマスターの反則的特権。
同じく元マスターだったエミヤはアーチャーとして召喚される際、令呪を持ってな
かったが、他のマスターから令呪を奪い取った逸話が余りにも有名、尚且つ強烈過ぎ
た為、持ち越せたもの。
彼が略奪した令呪七画+最初の三画を合わせて十画保持する。海鳴市での令呪は異世
界産の『ジュエルシード(検閲品)』なので持ち込めなかった。
彼は本来英霊の域にない下級の亡霊、それを無理矢理サーヴァントシステムのクラス
の枠に嵌めたが故に必然的に史上最弱の『奴隷(サーヴァント)』となったが、マス
ターにとっては三画の令呪をもってしても制御出来ない史上最悪の『反逆者(サー
ヴァント)』と化す。
『聖杯』:--(EX) 第二次聖杯戦争での戦利品。ただし、自身のサーヴァントだった『彼女』
の魂を分解していない為、未来永劫に渡って使用不可である。
『■■■』:EX 雛形が存在している為、検閲を免れた。或いは免れてしまった。
これがあるせいで『単独行動:EX』を凌駕する自由行動を彼に許してしまう。
SG・1『光』
あらゆるモノを焼き尽くす神域の魔眼を持って生まれた彼が見出した光。
それは冬木での第二次聖杯戦争の折に触媒無しで召喚した、自身のサーヴァントだった。
生まれて初めて『愛』という感情を知った彼はその感情の赴くままに戦い抜き、本来の歴史では勝者無き決着となった第二次聖杯戦争での勝者となった。不可能を可能に貶めてしまった。
そう、彼は自らの『愛』を何一つ顧みずに走り抜けた。――『Fate』という物語が、別れの物語である事に最後まで目を逸らしながら。
『愛』とは彼の原動力であり、弱点であり、また呪いである。
彼が『愛』した者はその手に残らず、彼を『愛』した者はその身を焼き尽くされるのみ。
例え『魔眼』が無くとも彼は元々そういう類の、何もかも真っ黒に焼き尽くす太陽の化身の如き災厄である。