「サーヴァント。セイバー。召喚に応じ参上した。マスター指示を」
左手の刻印を見ながら、黒き騎士はそう高らかに言う。あの時と同じ、されど全く異なった状況が、衛宮士郎の瞳に広がった。
「ああ、戦闘だセイバー。眼前のランサーを蹴散らせ」
不敵に浮かべる笑みに、同じように返すセイバー。その手に握られているのは、潔き精錬の剣ではなく、純黒の邪悪な聖剣だった。
「了解だ。マスター。これより我が剣は貴様と共にあり、貴様の運命は我が手中にある。
ーーーーここに契約は完了した」
そう言うと、セイバーは己の黒い剣から魔力を放出し、目にも留まらぬ速さでランサーに接近する。
高速の剣戟の歓声が、夕焼けをバックに繰り広げられる。
セイバーの放つ強力無比な攻撃を、ランサーは正面から打ち合う形になる。状況は完全にセイバーが優勢と見える。なんせそもそもの火力が違う。火力だけで言えば、拳銃と散弾銃のようなものだろう。それに今回はランサーが能力をセーブしている。一撃一撃打ち合うたびに、ランサーの穂先から火花が飛び、ランサーは後退を余儀なくされる。
それでもさすがは英雄というものか、大振りのセイバーの攻撃の隙間を縫って致命傷を狙っていく。
しかし事もあろうにセイバーはそれを剣で守るのではなく、見切ったかのようにかわしては、魔力放出をしながら腕につけられた鎧によって弾いていく。
さすがに状況を不利と見たか、ランサーは一旦距離を取る。約7メートル。お互いの獲物の射程ではない。
だが、最速の英霊。一呼吸で、距離を戻し、セイバーのその首へ穂先を伸ばす。
しかしそれを、当然のように、いともたやすくセイバーは、片手でそれを掴む。纏った魔力によってその勢いは完全に殺された。
表情は依然笑みを保ち、見切ったと言わんばかりに叫ぶ。
「どうしたランサー!最速の英霊が聞いて呆れる!その程度なら英霊などとは名乗らぬ方がいいぞ!」
槍を右に押し出し、それとは逆側に回転し、左脇腹から薙ぎ払う。
「だめだセイバー。まだそいつは殺るな!」
セイバーの剣が一瞬止まる。その隙にランサーは弾かれた槍を体の間に入れ衝撃を逃す。しかし、トドメを狙った一撃。数メートルは吹き飛ばされる。
1秒待たずに立ち上がり、視線が向くのはこちら。
「....戦士を愚弄するか。坊主」
さっきの発言を気にしたのか、殺意はセイバーではなくこちらに向く。
「手心を加えるとは随分と余裕があるようだな。先ほどの逃げ腰はどうした?」
不敵に笑うランサーの表情からは怒りが目に取るようにわかる。
「それはそちらも同じだろ。ランサー。様子見が目的なのがバレバレだ。それとも、それが本気なんなら、いつでも殺せる。何も今殺さなくても、泳がしておいた方が効果的だ」
お前より弱い奴もいるんだろう?と付け足したところで、ランサーの眉間に青筋が立つ。
「よく言った。ならば受けるか我が宝具。侮るなよ。そこの女一人片すぐらいの力はある」
ランサーは離れたそこから、左腕を大きく下げ、特殊な型を取る。
《ゲイ・ボルグ》因果逆転の呪いの槍。放たれた瞬間。命中するという事実を確定付ける。
躱すのに必要なのは俊敏ではなく幸運。染められたセイバーの幸運はC。放たれれば万に一つも躱し用は無い。
しかし、それは放たれればの話だ。
「.....それは悪手だぞ。ランサー。止まっていれば槍兵の名が泣くぞ?」
宝具発動のリスクの一つは、何の英霊なのかが発覚しやすいこと。そうなっては弱点や他の宝具、能力を悟られてしまう。
他にも、魔力消費量なんかもあるが、それはマスターによるから人それぞれだ。少なくとも目の前の槍兵には関係あるまい。
では何が問題なのか。それは真名解放型の宝具では、解放時決定的な隙が生まれること。
ランサーが言を紡ごうとした瞬間、一瞬、目の前の空間を黒い闇が走る。線にも見えたそれは、その場を凍りつかせた。
ランサーの首筋、その先端薄皮一枚が裂かれツーと血が垂れる。
その一瞬、セイバーの剣が伸びたのだ。いやその表現は間違っている。魔力によって剣筋に編まれた刃がランサーの首筋に達したのだ。
ランサーは見誤っていた。セイバーの間合い。聖剣の射程距離を。
「騎士道精神とやらはどうした。剣使い」
眼に見えて動揺し、同じように憤怒の気を浮かばせている。それは、こちらにも、セイバーにも向いていた。
「マスターの命だ仕方あるまい。それになランサー。そんなもので剣を振るえなくなるなら、戦場に立つ資格はない」
決着は決定的だった。仮とはいえ必死の前まで剣を滑り込ませられたのだ。今彼にはこれ以上槍を振るう資格はない。
「引けよ。ランサー。どうせ偵察が目的だろ。マスターからも指示が出てるはずだ」
「...確かに。この場は引くしかねぇようだな」
槍をくるくると回転させ、一度地にコツンとつけると、こちらを一瞥する。
「次は必ず殺してやる。それまでは生き残ってろよ坊主。お前と、あの嬢ちゃんがいるなら、この争いもなかなか楽しくなりそうだ」
そう残し霊体化して消えていく。共に夕立もそろそろ落ち夜がやってくるころだ。
そして、運命の通りに事が進んでいるのならそれは。
「外敵が二人接近中だ。マスター。撃破するがいいな?」
やはり。遠坂とアーチャーだ。すべての時間軸が一日ずれていると思ったほうがいい。
「いや、ダメだ。傷は負わせてもいいが致命傷は避けろ。いいな?」
「....マスター。一つ聞いていいか?」
「俺に返答できることなら」
セイバーは立ち止まり、こちらの目を査定するかのような目で見る。色は疑念。試すような態度でセイバーは問うてきた。黒色の剣が今衛宮士郎の首の横に置かれる。
「それは、無闇に人を傷つけるなという理想論に基づくものか?戦わなくていいのなら戦わないと」
とげとげしい口調でそう攻めるように言う。確かにランサーとの時の指示とこの発言からしたら、そう思うのも無理はない。然しそれは今の自分にとって大きな侮辱だ。
「見くびるなよセイバー。これからするのは戦争だ。その先に理想を求めるほど俺は子供じゃない。殺るなということに不満があるなら、その真意は撃退してから好きなように聞け。いいな」
眉間にしわを寄せながら、強い口調でそう言う。
「...ああ。了解したマスター」
剣を下し、玄関へと走っていく。一応は納得してくれたようだ。疑念はあるようだが、ちゃんとサーヴァントとして命を通すあたり、彼女の芯は何も変わっちゃいないんだろう。
「待てセイバー。もう一つだけいいか」
目線をこちらに向け早く言えと示唆してくる。ったく。せっかちなところも変わらない。
「これから俺がする劇に付き合ってくれ。頼むぞ」
運命が俺を追いかけるというのなら。ことごとくそれを利用してやろう。
「なんだってまだ校舎内に人がいるのよ!」
アーチャーとランサーの剣劇の中、気配を察知したのかランサーは目撃者の殺害に向かった。アーチャーに足止めを頼んだものの、俊敏の差が出てしまい、完全に押しとどめるまでにはいかなかった。
「リン。結界を張ったのではなかったのか?」
「もちろん張ったわよ!だから驚いてるの!」
すでに設置された結界とは別に、人払いの術をかけたはずだった。校舎内にある結界を探索するのに人がいては、いつ人質に取られるかわからない。
「全く。詰めが甘い。これでは先が思いやられるな」
「....ッ!だから今急いで救助に向かってるんでしょうが!記憶を消せばランサーもそう深追いはしないだろうし」
アーチャーに担がれながら、凛は悪態をつく。彼女のうっかりはとどまるところを知らない。
「いいから早くしなさいアーチャー!殺されでもしたら夢見が悪いでしょう!」
「全く。難儀な性格だな君は」
すると、近くで刃の重なる音がする。応戦している?一般人が?そんなわけない。ならなぜ。
「サーヴァントはランサーだけではないようだ」
目の前にある家は赤髪の同級生の家だ。そこから二体の気配。残りのクラスはセイバーだけ。先ほどの強大な魔力の連発。戦闘の真っ最中でしかも近接戦闘。となるとあの中にいるのは。
「セイバーとランサー。ったく。何があったんだか!アーチャー。二体同時はきつい!?」
アーチャーはその名の通り弓兵だ。近接戦闘のプロフェッショナルではない。本来ならば、遠距離からの超高精度狙撃で攻撃するのがベストだけれど。もう相手のサーヴァントには100パーセント気づかれてる。
「防衛だけならまだしも、撃破は無理だろうな。だがリン。ランサーの方はしっぽを巻いて逃げたようだぞ」
霊体化したランサーが去っていくのを目撃したようだ。多少の負傷も負わせている。
「少なくとも、あのランサーを撃退するほどには強いサーヴァントってことね。アーチャー。易々と死なないでよ?」
「安心しろリン。せめてマスターが命乞いできるくらいの時間は稼ぐさ」
皮肉の止まらないアーチャー。ああなんてはずれを引いてしまったんだか。それなのに腕はあるってんだから憎めないのよねこいつ。
「リン。前方から来る。戦闘になるがいいな」
「うん。アーチャー頼んだわよ」
アーチャーが両手に宝具を出した瞬間。よきせぬ暗黒が、彼女らの視界を覆った。
「リン!下がれ!」
アーチャーの腕で後ろに飛ばされ、尻餅をつく。同時にアーチャーが武器を右に揃え衝撃を下に逸らす。エンカウント前の攻撃にしては、威力が強大すぎた。そして間髪入れず、その攻撃の源泉であるサーヴァント。セイバーが轟音を立てて嵐のように近づいていた。黒いフェイスに邪悪な剣。全身黒の鎧に身を包んだサーヴァント。
それが、暗黒の剣をアーチャーに向かって振り下す。至ってシンプルなその攻撃を、アーチャーは必死に受け流す。手数のランサーとは違う、一撃一撃で蹂躙するようなセイバーの攻撃。
アーチャーとの攻防が続く。セイバーの攻撃は威力は高いが力任せに見えた。まるで力をひけらかしているかのようで。対してアーチャーは、防御は相変わらず達人級のくせに、いまいちキレがない。刃を振ることに躊躇しているわけではなさそうだが、やはり相性だろうか。
先手を取れるはずだったこちらが、今は後手。状況はこのサーヴァントによってひっくり返された。
ポケットから宝石を二つほど取り出す。戦況は不利。アーチャーにはおそらく現状決め手はないし、このまま続けば撤退は厳しくなる。アーチャーをここで失うわけにはいかない。対魔力のあるセイバーには焼け石に水だろうが、一瞬の隙ぐらいは作れるだろう。
そう思っ....
「やめろセイバー!一旦引いて今の状況を説明してくれ!!」
そう思った矢先に。一人の間抜けの声が聞こえた。
後ろから走ってくる赤髪の青年。先程までどんな状況だったのか、制服の至る所が破れ、数カ所から血が出ていた。
その言葉でセイバーの圧力が少し薄れ、その隙にアーチャーは後方へ下り体制を立て直す。
「どうしたアーチャー。距離をくれてやったのだから弓を出せ。よもやその拙い剣技で私と渡り合おうと考えているわけじゃあるまい」
「なに、君に比べれば役者不足ではあるが、それでも君以上の剣士と背を預け会った事があるのでな。我が稚拙な剣技でも、流すくらいは容易い」
言葉とは相反して、アーチャーは体重を後ろにかけ、いつでも凛を抱えて逃走できる状態になる。
「マスター。どうする。引くが吉だと思うが」
「セイバーが動きを見せようとしたらすぐに引いて。それまでは警戒状態でお願い」
さっきの発言からしてあのマスターは多分。
「.....遠坂!?なにやってるんだこんなところで」
やっぱり。何にも知らない。アホヅラぶら下げて目の前の状況に困惑してる。それもそうだろう。目の前にいるマスターは私が魔術師であることをここ冬木にいるのに知らないのだから。
「セイバーも剣を下げろ!ったくなんだこの状況は!」
赤髪の青年はアーチャーとセイバーの間に入る。その状態がどれだけ危険なのかを理解してないのか。
それとも、セイバーがそれを止めない時点で、ハンデとすら思っていないのか。
「....なぜだマスター。今ならこの者たちを屠る事ができた」
「マスターなんて呼ぶんならまずはこの状況を説明してくれ!何が何だかさっぱりだ。突然殺し合いとか、そんなことさせるもんか!」
「敵を目の前にして何を言う!」
目の前にもかかわらず、口論を始める二人。今の現状がわかっているのかしら。まったく。見た目通りなんだから。あの子が慕うのも無理はないわね。
「ふーん。つまり。そうゆうわけね。素人のマスターさん」
立ち上がり、お尻をパンパンとはたく。
「とりあえずこんばんわ。衛宮くん」
少しはしゃんとして欲しいものね。一人のマスターとなったからには。
「それにしても衛宮君。その服装からして、途中まで一人でランサーと戦ってたの?」
「やりあってなんかない。ただ一方的に襲われてただけだ」
事実。反撃は一度たりともしてない。その方法については言えないが。
「ふぅん、ヘンな見栄張らないのね。.....そっか。ますます見た目通りね。衛宮君は」
少しうれしそうに顔を綻ばせ、真ん中に置かれた座布団に座る。いそいそと自分も反対側に座る。セイバーは左隣だ。今は甲冑を外し、黒いドレス姿に身を包んでいる。
「で、まず一つ質問を受ける前に聞いていい?」
会釈で返答する。首を縦に振ると、真剣な顔つきに変わる。
「そこのセイバー。召還したのは衛宮君で間違いないのよね?ということは衛宮君も魔術の訓練を受けてきたの?」
「いや、全然。親父から教わったのは強化と魔術回路のつくり方だけだ」
「作り方?開き方ではなく?」
「作り方だ。なんか変か?」
「変も何も....てことは何。魔術の行使をするたびに回路を作り直してるの?」
「ああ。そうだ。お前もそうなんじゃないのか?」
遠坂の顔が驚愕から困惑、怒りへと移り変わっていく。深いため息をついた後改めてこちらを振り向く。
「まあ、その件については後で言及させてもらうとして。さて衛宮君。貴方の番よ」
それから、聞いたことのある質問を遠坂に聞いていった。何も知らない体をよそおい、令呪のことや今の現状のこと、サーヴァントのことを。すると何も知らないと思ったのか呆れたように遠坂は立ち上がり。
「今から監督役のところに連れて行くから、詳しいことはそいつに聞きなさい。いいわね」
立って準備をするようせかしてくる。現在夜の6時。ていうか、そろそろ桜が帰ってこないと心配なのだが。
そう思った矢先、ピンポンとチャイムを鳴らす音がする。全く。桜は今ここが完全に家なんだから、鳴らす必要は全くないのに。
「悪い遠坂。出てくる」
遠坂に座ってるよう示唆して玄関を開ける。すると、買い物袋いっぱいに荷物を持った桜が経っていた。
「遅くなってごめんなさい先輩!お客さんが来るのって今日でしたよね?歓迎するためにお夕飯の食材を買いに行ったんですけど何にしようか迷ってしまって」
食材は明らかに2人分ではなく、藤ねえを含めて4人と言っても多すぎる量だった。それなのに、同じくらいの量を持って歩いてくる縞々がいるのは気のせいだろう。
「士郎~それならそうと話してくれればよかったのに。切嗣さんのお知り合いなんでしょ~だったら私もあいさつしないと」
そういって、玄関をくぐる藤ねえ。多分あれはただ自分の食べたいものを買ってきただけだ。
「先輩。今からの準備になりますけど。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ桜。それに、言ってくれれば荷物持ち位したから次からは言ってくれ。あまり夜遅くに女の子一人で歩かせるのは忍びないしな」
荷物をすべて受け取り、一緒に廊下を歩くと、なぜか藤ねえの叫び声が聞こえた。
「な、なんで遠坂さんがいるのよ!士郎!いつの間に女なんて連れ込んで!そ、それにこんなきれいな外国の方まで!」
それはセイバーのことだろうか。まあ、超美人なのは認めるが、ここにいる人はみんなきれいなんだよな。より取り見取りというか。
「はいはいわかったわかった。藤ねえは黙ってせんべいでも齧りながらテレビでも見ててくれ」
桜も少し萎縮しているようだ。逃げるようにキッチンに向かう。ここは、紹介すべきだろう。
「こちらがセイバーさんだ。今日からここに居候してもらう。それと今逃げて行ったのが間桐桜。うちの学校の後輩。それでそこでだらけてるのが、藤村大河。姉替わりで保護者みたいなもん」
一通り説明をする。遠坂は有名人だし紹介する必要ないだろう。
「とりあえず、今から飯にしようか。いい時間だし」
遠坂にアイコンタクトで、すまんと言って、キッチンに向かう。後ろで藤ねえとなんでいるんだーみたいな口げんかが始まったが、ほっといても遠坂が勝つだろうから心配はいらない。
「先輩。セイバーさん?はわかりますけど。どうして遠坂先輩がいるんですか?」
「あー。なんていうか。セイバーの身元の保証とかその辺遠坂にやってもらってたんだ。切嗣の知り合いだっていうし、あんまり事情は聞けないし、その辺詳しくないからさ俺」
あのセイバーかどうかは別として、アルトリア・ペンドラゴンは前の聖杯戦争でもセイバーで、切嗣がそのマスターだ。遠坂の件も、状況だけ見ればあながち間違いではない。
「何も説明しなくてごめんな。驚いただろ」
「い、いえ。いいんですそれなら」
下を向いて調理を始めようとする桜。ここの隣はなんというか、こんな状況でも落ち着くものだ。
「この量も無駄にはなりそうにないな。改めてありがとう桜。それで何を作るかは決めてるのか?」
「ああ、それはですね」
桜があたふたしながらもうれしそうに手振りを使いながら説明してくる。これは大変になりそうだが、二人ならそれもいい。
一時間ほどで料理を作って、5人で食卓を囲む。口論は案の定遠坂の勝ち、それも、ちゃんと言い訳は俺たちのことを考慮して合わせてくれた。さすがは仮面優等生。口裏合わせはお手の物だった。
セイバーの口に合うか心配だったが、から揚げにマヨネーズをつける藤ねえをマネして食べてみたようで、大変口にあったようだ。
「美味だなこれは」
そんなことを言ってマヨネーズを凝視している。確かにそれは万物を超越するものだが中毒性があるから乱用は控えるべきだ。
そんなこんなで夕食が終わり、今は夜9時過ぎ。そろそろ時間だろうかと、遠坂に声をかける。
「遠坂、もう夜遅いし送っていくよ」
「え、いいわよそんなの」
すっかりくつろいでいる自称優等生。残念ながらもう正体は知ってるんだこっちは。そしてそうじゃない。目的を忘れるな目的を。そう目線で強く伝えてみた。
「あ、ああ。それじゃあ。お言葉に甘えましょうか。衛宮君の顔に泥を塗るわけにはいかないしね」
そうして、立ち上がる遠坂。お前絶対さっきまで忘れてただろ。
「でも、間桐さんを送ってあげなくてもいいの?私はそのあとでもいいけど」
「いや、桜はうちに泊まってるから心配するな」
無言で食後のスイーツを見るセイバーにも声をかける。セイバーはとりあえず生活必需品を買いにいくってことでいいだろう。
じゃあ行ってくると声をかけて廊下に行こうとすると、肩をすごい力で掴まれる。
「意識が飛んじゃってたわ衛宮君。もう一度言ってくれるかしら。間桐さんが、なに?」
「桜はいまうちに住んでるから送る必要はないぞ」
はて、そんな驚くようなことを言っただろうか。しかし、相反して、遠坂は握り拳を作って腹にさしこんできた。
「ブッッ。何すんだ遠坂!」
「それはこっちのセリフよ!何勝手に家に後輩泊めてんのよあんた!そんなの犯罪よ犯罪!大体なんで間桐さんがここに泊まらなきゃいけないのよ!」
そ、そういえば。桜がここに寝泊まりしているのが当たり前になってた節がある。ここは何とか言いくるめないと。
「遠坂先輩それは.....」
「遠坂。それは、俺が頼んだからだ。慎二が最近荒れてるみたいだし、大事な人がそんなところにいるのを黙って見過ごせない。それに俺自身桜にはここにいてほしかったからな」
「せ、先輩....」
慎二のことには心当たりがあるのか遠坂はそれ以上文句をいうことはなかった。桜もそれ以上説明をはさむことはなかった。頭からは湯気がもくもくと出ているようだった。
「士郎....あんたいつの間にそんな風に育ったのよ」
つい最近ですよ。藤ねえの知らないところで衛宮士郎は成長しているのです。
「わかったわ。それじゃあ行きましょう衛宮君。ちょっと長めにお借りするわ。間桐さん」
「お、お構いなく」
いまだもくもくとしている桜。頭を撫でたい気持ちを抑え、遅くなるだろうから先に寝てていいぞと言っておいた。
さっきの騒動から歩き出して早30分ほど、時刻は10時を回ろうとしている。
「今向かっているのは新都にある教会。あともうちょいで着くから覚悟しといてね。その中にいるのは悪魔みたいなやつだから」
「了解だ。覚悟固めとくよ」
今回では初めての会話となるだろう。覚悟は必要だ。遠坂の言っている意味とは違い、死ぬほど理解できる相手だからこその覚悟というものを。
「リン。これ以上肩入れする必要があるのかね?」
「仕方ないでしょ。私のミスで巻き込んじゃったんだし、ご飯も頂いちゃったし」
遠坂が何もない空間とお話を始める。何も知らない人からすればそれは病的に見えるだろう。
「マスター。少しいいか」
隣に歩いているセイバーが声をかけてくる。相変わらず黒いドレスに身を包んでいるが、闇に溶け込んで今はあまり目立たない。昼間その格好だとどれだけ目立つのだろう。
「ああ、端的に頼む。もちろん聞こえないように」
「サクラといい、タイガといい。態度や食材の量からして客人をもてなす準備ができているようだった。居候についても、存知のようだ」
話を続ける。いくらか言葉に刃を感じる。
「リンに桜を泊めている理由を聞かれた時、あわてて桜の言葉を遮ったな。考えられる理由は一つ。貴様、最初から知っていたな?」
「....何をだセイバー」
「とぼけるな。今から聞きに行くことも先ほど聞いたこともすべて知ったうえで、リンをだましているな」
さすがというか、騎士王の目はごまかせないというわけか。まあ、いずれ知れることだから構わない。
「....正解だセイバー。もっとも、食材の量はあれくらいなら3日もたないよ。うちには大食がふたりいるからな」
前との距離を遠ざける。向こうも向こうで内密な話をしているタイミングだった。それを見計らってだろう。
「サーヴァントを殺すなというのも引っかかる。だが、覚悟がないようには見えない。ランサーとの戦いのとき、お前の目は戦いを拒否してはいなかった」
「単刀直入に言えよセイバー。何が聞きたい」
彼女にしては遠回りだ。まだ心を開かれていない証拠だろうか。
「貴様の行動の動機はなんだ。教えるといったのをよもや忘れたわけではあるまい」
アーチャーとの初見時の前の発言か。そんな約束をしたものだ。しかし。
「.....百聞は一見にしかずだ。セイバー。教えるのは簡単だが、所詮は言葉。それでは物の真意は伝わらない。空虚なもんだ。悪いが今いえるのは、今の行動は目的があってなされていることだってことだけだ」
「それでは、今は黙って貴様に従えと?」
「そうだ。それに急がずとも直に視える」
そうすれば、すべてわかる。俺が何を成し。何を成すのか。
「了解だマスター。精々それまでに死んでくれるなよ」
言葉にもう刃はなく、むしろ楽しんでいるかのような声色。
「衛宮君。お話し中のところ悪いけど、着いたわよ」
坂を上った先に在った、高台のほぼすべての敷地を使った教会。
「マスター。私はここに残る」
「了解だ。それと武装をしておいてくれ、いつ敵が来るかわからない」
今は10時半。あの時の時間とは全く違うが、予測はできない。警戒するに越したことはない。
「それと、マスター。名を聞いておこう」
ああ。まだ言ってなかったな。
「衛宮士郎だ。好きに呼んでくれてかまわない」
「ではシロウ。健闘を期待している」
月夜に照らされた、透き通る肌と金の髪が、浮世離れしていて神々しかった。
広い、荘厳な礼拝堂にかつんと響く足音。祭壇の後ろから現れた長身の男。聖職者としては優秀なそれが、コツコツと音を立てて近づいてくる。顔に張り付く気持ちの悪い笑み。今すぐ殴り飛ばしてやりたいくらいだ。
「私はこの教会を任されている言峰綺礼というものだが。君の名はなんというのかな、七人目のマスターよ」
知っている。知っているとも。その名を。その忌々しいまでの理解者の名を。
生まれながらの欠陥品。ありきたりな幸福を感じれず、いや、もともとそんなものを持ち合わせなかった、悲しき欠陥品。
同じような在りかたでありながら正反対であった者。懐かしさすら感じる。
自己紹介は自分にとっては不必要。だが、不思議と不快感は無い。
「----衛宮士郎。よろしく、言峰神父」
己が幻想の為ならば、悪魔にだって魂を売ろう。この肉体を罪科で浸そう。なあ言峰。互いに目的がある者、欠陥品同士、精々利用し合おうではないか。