闇堕ち士郎のリスタート   作:流れ星0111

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一時的ではありますが日間ランキング1位をいただいました!本当に、読んでいただいている皆様に感謝を申し上げます。今後とも流れ星0111をよろしくお願いします。


第3話

「ーーーーマスターとして戦う。

十年前の火事の原因が聖杯戦争だっていうのなら、俺が戦わないわけにはいかない」

 

「それでは君をマスターとして認めよう。この瞬間に今回の聖杯戦争は受理された」

 

 神父はこちらを一瞥し、邪悪な笑みを浮かべた後。息を大きく吸って言った。

「-----これよりマスターが残り一人になるまで、この街における魔術戦を許可する。各々が自身の誇りに従い、存分に競い合え」

 

 意味のない宣言は教会を木霊し、開幕の狼煙。鐘を鳴らす。この場で聞いているのは自分と遠坂だけだが、それでも一つのピリオドが今打たれた。

 

「決まりね。それじゃあ帰るけど、私も一つぐらい....」

 

 途中で遠坂の声が止まる。喉から出かけた声を、直後に別の声に打ち消されたようだった。....状況から察すれば、何があったかは容易に想像できる。

 

「悪いけど綺礼。失礼するわ。狼煙に一人群がる小娘がいたそうなのよ。引き金が引かれてしまった以上、油断はできないから」

 

 そういって背中を翻して、教会の扉を開ける。すでに手には宝石が握られ、隣には長身の男が控えて、そこにいたのは一人の魔術師だった。

 

「衛宮君。送ってくれてありがとう。でも、もういいわ。早く家に帰って今日はさっさと寝なさい。あと、泊めるって決めたなら護りなさいよ。何かあったら承知しないんだから」

 

 そういって立ち止まることなく、教会に二人を残し、遠坂は走って戦場に向かってしまった。

 

 背後には気配を消して近づいていた神父の姿が見える。臆することなく、言峰の顔を見返す。そこに張り付いた神父としての気持ちの悪い笑みが、より一層この男に邪悪さを付け足す。

 

「行かなくていいのか?衛宮士郎。君は十年前のようにならないために戦うんだろう?」

 

「ああ、そうだな。あんなことはもう起こってほしくはない」

 

 その気持ちは事実だ。目を閉じればいくらでも思い出せる。目の前に広がる灼熱の海。憎悪と救済を求める感情の渦。そこから流れ出る悪意という名の結晶体。黒く浮かんだ太陽は、何度も何度も自身の体をむしばんでいく。

 

 ああ、起こってほしいわけではない。あんな現象を人生で何度も得たいというのはそれこそ狂った狂人くらいだろう。それでも、あの光景よりは何倍もましだ。目の前で、何よりも大切なものを奪われて、手が届く距離にいるのに届かない。

 

 そうなるくらいなら。その手を届かせるため、今から自分はあの景色をもう一度。

 たとえ、世界を染めようとも。

 

 そう思っている時点で、この存在は何ら狂人と変わりない。

 

「-----喜べ少年、君の願いは、ようやく叶う」

 

 そう、神託を下すように言う神父を、つい嘲笑ってしまった。

 

 きっと、過去の自分なら困惑もしただろう。敵を必要とする正義の味方という理想を掲げるくせに、すべてを救いたいなんてことを言った、あの理想の自分なら。

 

 もしも衛宮士郎が願いを叶えていたならば、ここに立っているのは自分ではない。

 

「叶うのか?俺の願いは」

煽るように言った質問を、言峰はいとも容易く受け流して、口に嗤いを貼り付ける。

「ああ、叶うとも。これから先、君の目の前には明確な、これ以上に無い悪が現れる。たとえそれが君にとって容認できないものであったとしても、正義の味方には倒すべき悪が必要だ」

「...そうだな」

 

 何かを護ろうというのなら、同時に何かを犯すものがあることと同義だから。

 

「....その通りだよ神父。俺の願いはようやく叶う」

 

 簡単なことだ。いつかの日常(幻想)を護ろうというのなら、正義の味方(理想)と戦うことは目に見えている。

 

「ひとつ問おう。衛宮士郎。君は魔術師か?」

 

 帰り際に、ぽつりと。言い忘れたことがあるように言峰綺礼は問うてきた。

 その問いの意味がわかるものが果たして何人いるのか。遠坂なら迷わずイエスというだろう。だがこの質問の真意を。言峰綺礼が、衛宮士郎に問う意味を真にわかるのは、この場にいる二人だけかもしれない。

 

 

 昔。憧れだった男に言われたことがあるセリフを思い出す。

「一番大事な事はね、魔術は自分の為じゃなくて他人の為だけに使う、という事だよ。そうすれば士郎は魔術使いではあるけれど、魔術師ではなくなるからね」

 理想だった男の、吐き出すような想いがそこに詰まっていた気がした。

 衛宮士郎の根底にある言葉。正義の味方の説明書のようなセリフが、脳裏に鳴り響いた。

 

 返答は決まっている。ここにいる俺は最初から。

 

「魔術師だよ。紛れもなく」

 

 俺は自身の願いをかなえるために、衛宮士郎の願いを殺すのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 教会の門を開けると、ツゥと寒気が背中に流し込まれる。突き詰めた神経をさらに機敏に、鋭利にするような風。少し前には黒い甲冑に暗黒のフェイスを付けた我がサーヴァントが、威風堂々と佇んでいる。

 

 もう、赤い二人の影は無い。きっと、この先の下で戦闘を始めるんだろう。すでに空気が通常の物とは異なり、異色の殺気と魔力が向き合っているのを肌で感じる。

 

「セイバー。救援に向かうぞ。次の相手は桁違いだ。出し惜しみはしなくていい」

 

「了解だ。殺す気でいいということだな?」

 

 戦闘狂のように嗤うセイバー。その手にはすでに黒色の剣が、解放を今か今かと待っているようだった。

 首を縦に振って走り出した時、轟音が鳴り響く。続いている音のように聞こえるがよく聞けば、高速で別の音が奏でられている。

 

 坂を全力で走る。こうなるくらいなら、遠坂を先に行かせるんじゃなかった。ここでアーチャーが易々殺されるとは思わないが、それでも可能性はある。

 

 見える。前方に。こちらにいるのは赤いコートを着た悪魔と、それを守護する朱色の騎士。

 対するのは、黒色の化身。立ちふさがる姿はまさしく野生の神性。

 

 何度か打ち合ったのか、赤い騎士の礼装は少しばかり破れ、武器も方翼が破壊されていた。

 悪魔の方にも少し見受けられる。この少ない時間で、魔術戦もしていたのだろう。

 

 こちらを振り向いてにらむ悪魔。だが、その中には安堵と期待も含まれているように見えた。

 識っている。アーチャーの通常の戦い方では、バーサーカーには傷一つ、つけられない。

 

 その中で、気づいたのだろう。白髪の少女がちょんとバーサーカーの陰から出て、こちらに微笑んだ。

 

「初めまして。遅かったね。お兄ちゃん」

 

 月の光が彼女の滑らかな髪と、朱色の目を輝かせた。氷点下のようにも思える声色だけれど、自分の心を溶かしていくには十分すぎるほどだった。

 

 その一瞬の隙を、眼前の巨人は見逃さなかった。風圧で前方にいる二人を後退させ、振り上げた巨刀が命を刈り取ろうとするのが、わずかながら見えた。

 だけれど、それが届くことはない。これまでとは違い頭上で受けた衝撃を肩の側面に沿うようにして流す。それは鮮やかで、まさしく最優のクラスと呼ばれるにふさわしい動きだった。

 

「----油断するな。シロウ。戦場に立ったからには、いつ何時も覚悟を離すな」

「ああ、悪い。自分のサーヴァントは信用してるもんでな」

「ふっ。戯言を。美辞麗句はあとにしてほしいものだな」

 

 そういって、力任せにバーサーカーの巨体を弾く。少女から繰り出された攻撃は巨人を宙に浮かせ、その先には。正確無比な矢が大量に迫っていた。威力はもはや矢と思えないそれは巨人の肉体に襲来する。

 

 しかし、それでは足りない。守るそぶりも見せず、バーサーカーは落下地点で起こる次の剣戟に備える。

 

「チィ....!」

 

 アーチャーの舌打ちが聞こえてくる。あの数秒間に遠坂を抱え、こちらよりも後方で矢を構えている。

 援護射撃の準備をしているが、それでは目くらまし程度にしかならない。

 

「衛宮君!逃げろって言ったじゃない!あれは少なくとも、単純な能力ならあなたのセイバーも凌ぐ!ここは私に任せて、早く撤退しなさい!」

 

 抱えられた少女はいらだつように声を荒げていた。

 

「それはこっちのセリフだ。遠坂、見た感じだけどアーチャーの矢は今のところ通用していない。ここにいたらお前の身が危険だ」

「だからって未熟者のあんた見捨てて逃げろっての!?今日はあんたに借りがあるんだから、あんたを家に無事に返さないと私の顔がないの!」

「借りならもうとっくに返してもらった!それと俺を思うなら、もう少し距離を取って援護するなり方法があるだろうが!」

 

 セイバーたちの動きから一瞬だけ目をそらして、遠坂ではなく弓の英霊に目を向ける。

「お前の仕事はなんだアーチャー!お前の優先すべきことはなんだ!」

 そう強く言うと、力強く握られた弓が、虚空へと戻る。眉間にしわが寄っているものの、納得したように背を翻した。

「....撤退する。つかまっていろ。リン」

 抵抗する遠坂を無理やり抱え、こちらを一瞥した後、飛ぶように撤退していった。

 その目が、死ぬなと言っていた。それは案じていたわけではない。純に殺意のこもった目。

 俺がお前を殺す。そんな風に聞こえた。

「戻りなさいアーチャー!ここであいつを死なせたら....あの子にどんな顔して会えば」

 そう言っても止まらないアーチャーに遠坂は右手の令呪をむける。しかし、そんな脅しも、アーチャーは完全に無視していた。

「お前にもわかっているはずだ。リン。その行動は何の意味もなさん」

「そうだけど....でも」

「それならより早く、狙撃地点に着くことだ。それに、ここですぐ死ぬような男ではあるまい」

「アーチャー?」

 その声色は、期待でも安堵でもなく信用でもなく、ただひたすらに失望していた。呆れるようなその声に、少しの哀愁を感じさせるとふとおもった。

 

 セイバーとバーサーカーの戦闘。正直に言えばセイバーの不利に見えた。純粋に火力の違い。いくら流したところでこちらはダメージは蓄積していく。そうじゃなくても今日3戦目だ。魔力的にも限界が近い可能性がある。

 しかしそれでも追いすがるように、隙を見出せば、射程の変わる黒色の剣は少しずつバーサーカーの肉体を傷つけていく。暴走する黒い暴風と、それを躱し、いなす騎士の戦い。

 振り払われた横なぎを、もろに受けたかと思えば、後方に力を逃がし、空中で回転しこちらの隣に着地する。

「一つ聞くが、セイバー、俺からの魔力はそちらに流れているか?」

「.....なくはない。しかし量が少ない。おそらくではあるが、パスが開ききっていない」

 詠唱なしの召還。やはり多少のハンデはあるものと思ったほうがいい。

「今の戦闘スタイルで、何分持つ?」

「あと15分が限度だ。それ以上はこちらが不利になる。魔力量も、ダメージ量も」

「3分だ。宝具レベルの魔力を使ってもいいから、その時間内に一つ減らしてくれ。それと同時に即離脱する」

「可能だが、なぜ3分なんだ?」

「宝具レベルの援護射撃が来るのがそれくらいだからだ」

 アーチャーの狙撃位置と、宝具詠唱を考えて、多く見積もっても3分が限度。それ以上なら間違いなく撃たれる。

 それがイリヤに放たれるような羽目になれば、防衛することは難しい。

「いいな。3分以内にカタをつける。マスターの方は俺に任せろ」

「....全く。そちらの顔つきの方が私には好ましい」

 セイバーが小声で吐き捨てるようにそういう。顔にはフェイスガードからでもわかるくらい笑みが映っていた。

「それともう一つ、オーダーをしてもいいか」

「なんだ、言ってみろ」

「バーサーカーとイリヤの距離をあまり遠ざけないでくれ。いいな」

 そう言った瞬間。バーサーカーに向かって黒い剣士は魔力を放ちながら高速で向かっていく。迷いのない剣筋はバーサーカーと拮抗し、迫る巨刀をわずかな動きで回避し、流れるように刀傷を刻んでいく。

 そして、目線を、後ろにいる少女に移す。何度焦がれたことか。何度願ったことか。つい先ほどまで共に過ごした錯覚をするくらいには、想っていた少女が。

 刃を交え続ける二体のサーヴァントを横目に、少女に向かって走っていく。少女はまるで待っていたかのような笑みを浮かべると、髪の毛から一体の使い魔を生み出した。

 こちらが今使っていいのは強化。それも改変しない程度のわずかな物。絶対に、投影のことは気づかれてはいけない。

 老朽化していた手すりの鉄部分を掴み、内部構造を解析、魔術を加え引きちぎる。

 それを見たとたん、失望するような顔を浮かべた。

「がっかり。そんなもので私の使い魔に歯が立つと思ってるの?あんまりがっかりさせないでよね。お兄ちゃん」

 そういうと、小鳥のような使い魔から魔弾が放たれる。それを、ギリギリで避けていく。そして避けながら、向かうのは少女の方ではなく木々生い茂る林の中。回避しながら逃げ惑うように林の中へと入っていった。

同調、開始(トレース・オン)

 何度ともなく口に出したセリフを詠唱する。自身のスイッチを入れる。そんなセリフを。

「基本骨子、解明」

 走りながら手元の鉄棒に意識を向ける。今この場で衛宮士郎ができるはずだったギリギリのラインを見極め、自身の腕に魔力を込める。

「構成材質、解明」

 後ろからの攻撃はやまず、何回か体に受けながら。傷をつけながらも、転がるように奥へと進んでいく。

「基本骨子、変更」

 少しでも奥へ。少しでも視認できないところへ。降り注ぐ矢が彼女に向かぬよう、走り続ける。

「構成材質、変更」

 光もわずかにしか通さないと思われるほど奥まで来た。気づけば、木々を打ち倒す轟音は今も鳴り響いている。先ほどからゆうに2分は経った。タイムリミットは残り一分。

全行程、完了(トレース・オフ)

 右手に持ったみすぼらしい気休めの武器を体の中心線で構え、後ろを振り向く。

 同時に数発の魔弾がこちらに襲来。一撃一撃は嬲るように、威力を調節してある。致命傷になりそうな箇所だけを、棒の切っ先で軌道をずらす。

「へぇ。器用なんだね。少し見直したわ」

 少しばかり木々の隙間が開いたところから光が差し込み、少女を照らしている。

 照らす月が、少女を幻想的に染め上げる。その髪も、その瞳も、その佇まいも。太陽の下で光り輝く少女も、けれど確かに。

 夜の中、一つ煌めく女王のように胸を誇る少女は、泣けるほどに美しい。

「追いかけっこはおしまい?それとも諦めちゃったの?」

 下がらなければと思っているのに、足は言うことを聞いてはくれない。それどころか前に前にと急かしてくる。

 こちらを余裕の笑みで見つめる少女に言葉が出ない。何を話したかったのか。何を伝えたかったのか。思いはあれど言葉にすることは、とてつもなく困難だった。

 だから、今、一番聞きたいことを聞くことにした。

「....名前を、聞いてもいいかな」

 そんな、場違いな発言に、少女は素直にうれしそうに、フフッと笑った。

「イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。改めてよろしくね。お兄ちゃん」

 

 さっきとは違った暖かい声でそう言う彼女に、ダメだと思っても思考が止まってしまった。何度も何度も呼んだ名前。あの儚い少女の名前。最後に笑った愛おしい姉の名前。

 

「イリ....ヤ」

 だから、必死に思いを込めないように、か細い声でそう言った。

「うん。イリヤ。じゃあ次はお兄ちゃんの番だよ。名前、教えてほしい」

「俺...は....」

 その言葉を遮るように、二つの暗黒が視界に現れる。引くように戦闘するセイバーに、余裕は無い。そこかしこから出血も見受けられる。もう猶予はないようだ。

 鉄棒を構え少女を見つめる。少女は少し不思議そうで、困惑したような表情を浮かべていた。それは、誰に向けられていたのか、少女はバーサーカーに指示を出す。

 

「何よそいつ。おかしい!バーサーカー!早くそいつを叩き潰しなさい!」

 その指示を引き金に圧が増す。セイバーに覆いかぶさるように力を加えるバーサーカーの重圧に耐えきれなくなったのか、セイバーが横に逃がすも、ものすごい勢いで転がる。そして追撃をしようとしたところで、今の位置関係にバーサーカーが気づいた。致命的なミスを犯したことと、今の転倒は狙われたことであることを。

 セイバーとバーサーカーをつなぐ線上に、二人のマスターがいることを。

「今更遅い。覚悟はいいか狂戦士」

 黒き聖剣がうごめきだし、膨大な魔力の渦が形成される。あれこそはセイバーの宝具。収束し、回転し、臨界に達する星の光。星の聖剣の強大な黒い衝撃が、野生の化身を覆った。

約束された、(エクス)-----」

「...っ!ダメだセイバー。今は!」

 そう冷徹に放った一撃が届く一瞬前に、螺旋状の剣のようなものが襲来した。バーサーカーの眉間をもろに命中させたそれは、着弾と同時に破裂爆散。衝撃波を生み出す。

「-----勝利の剣(カリバー)!!!」

 それに上乗せする形で、全力ではないもののセイバーの宝具が命中する。燃焼した赤い炎を闇がまとめて飲み込む。漆黒の剣が、容赦なくバーサーカーをえぐり去った。

 放った瞬間セイバーはそれを後悔した。火力が高すぎる。これでは。

 後ろにいるマスター二人に被弾する。少なくともこちら側にいたバーサーカーのマスターには、撤退を余儀なくされるくらいには負傷は免れない。

 本来であれば、傷をつけられるかどうかわからない矢も、一方に衝撃を逃がしてはならないという条件が加われば、格段に威力が変わる。それに加えての我が宝具。手心を多少加えたとはいえ、耐えきれる威力ではない。

 闇がはれ、視界が戻ると、バーサーカーの半身が消滅し、活動を停止していた。

 一度にAランク相当の宝具を同時に喰らったのだ。原型を留めているだけで尊敬に値する。

 だが、気になるのはそれではない。いち早く安否を確認しなければならない。

 あの少年を、死なせるわけにはいかない。

 

 

 

 セイバーが転がった時点で、その目論見と状況判断を理解した。さすがともいうべきか。その手ならバーサーカーの回避の手は防げる。

 しかし、その時脳天に、響いてしまった。アーチャーが宝具を放ったことが。螺旋剣がこちらに向かってきていることが。

 しかも、タイミングは理想といえる。確実にバーサーカーを行動不能にする、ここしかないというタイミングでの宝具命中。すぐに察した。セイバーの宝具はバーサーカーを貫通する。

 そして、それを浴びるのは、他でもない目の前の少女。

 そう思った瞬間、足が動いていた。今ならまだ簡単に動く。今ならまだ、あの時のようにはならない。

 腕を大きく開いて少女の射線上にかぶさるように動き。そして、衝撃に包まれた。

 自身の体がなくなったと誤解するように、視覚や聴覚が奪われる。今ここにいない感覚は何度経験してもなれないものだ。

 意識を少しずつ取り戻していく。目の前にすぐに見えるのは無傷な少女。呆然と立ち尽くして言葉を発しているように見える。然し耳がやられているのか今は何も音が入ってくることはない。

 

 目の前に立つ白髪の少女の最後を、目をつぶれば思い出す。

 手を伸ばせば触れられる。喉を動かせば思いは伝わる。抱きしめれば体温がわかる。頬を撫でれば愛しく思う。

 でもきっと。そうしたらきっと泣いてしまうから。

 資格はあの時すでに捨ててきたから。

 護るためなら何を殺したって構わないって、決めたから。

 けれど、それでも一言だけ。届かないってわかっていても、それでも言っておきたかった。

 

 --------ありがとう。イリヤ。

 

 君がいたから、俺はここまで生きてこれた。

 

 未だ動かない体に鞭を打って声を張り上げる。呼ぶのはたった一人。地獄を共に歩む契約者を。

「セイバァァァァァァァア!」

 そう叫んだ瞬間。体から重力が消えた。

 自身の視界から少女は消えうせ、星空が視界を包んだ。月のような金の瞳がこちらを見つめている。フェイスを外したセイバーの顔は、いくらか不機嫌そうに見える。

「痛っ.....」

 背の皮膚を丸ごと持って行かれたかのような痛み。焼きただれるような痛みがやっと脳髄に響く。しかし、もう修復の兆しを見せているということは、発動しているとみて間違いないか。

「全く。無茶をする」

「....心配をかけたな」

「フン。依り代に先に逝かれてはこちらも意味がない。そのことをしかとその脳に焼き付けておけ」

 そう嫌味のように言う彼女の体は、其処彼処が傷ついていた。重傷と言うほどではないかもしれないけれど、それでも、無視していいダメージ量じゃない。

 そうなると分かってはいても、見たい光景ではない。自分の為に誰かが傷つくのは、吐き気がするほどに嫌悪する。

「本当に、付き合わせてしまって悪かったな」

 全ての戦闘において、セイバーを縛り付ける様な指示をしていた。それで反感を買っていても、文句を言う気はさらさらない。

「...その心配は見当違いもいいところだぞ。シロウ」

 こちらを見るセイバーの目は、呆れるようで、どこかその雰囲気に似合わず、安心しているように見えた。

「貴様の策にも、聖杯戦争も、乗ったのは私で、決定したのも私だ。手綱を握るのは私なのだから、貴様がその様な無価値な思考はしなくていい」

 後ろを見ると、すでにバーサーカーの影はなく、無事撤退した様だった。災害後の様な有様の切り裂かれた大地が、冬木の街をより不気味に染め上げている。

「そんな事を心配するのならな。下手な小芝居をやめてくれた方がまだありがたい。笑うのを堪えるのに必死になるだろう」

「....そこはあまり触れてくれないでほしい」

 自分でも、無知を演じるのは抵抗がないわけではない。

「今くらいは気を抜いていい。貴様も人の子だろう。少しは気を緩めることも、戦いにおいては大切だ」

 そう笑う彼女は、あの日見た気高さと何も変わらない。背負い続ける運命の上で生きる先輩が、こちらに道を示している様だった。

 だが、それはセイバーにとっても同じだ。

「セイバー、そろそろ家も近い。もう下ろしてくれて構わないよ」

「了解した。舌を噛むなよ。シロウ」

 そうは言うが、着地はスムーズで余計な力が響いてくることはない。

 立った足には今は何ら問題はない。平衡感覚も戻りつつある。戦闘は置いといて、帰宅くらいなら問題はない。

「セイバー。いいぞ」

「何がだ?シロウ」

 そうはてなを頭の上に乗せた彼女の膝から、少しずつ力が失われる。鎧は自動的に解け、華奢な女の子が前屈みになって倒れそうになっていた。

 それを、正面から支える。生きているのかわからないほどの透き通った、青白い肌。冷たいけれど、生きているのがわかる。

「苦労をかけた。魔力切れだろ。ここから先は背負って行くから、寝てていいぞ」

「...舐めるな。こんなの、少し蹴躓いただけだ」

 そう言って足に力を入れようとするも、なかなか動力は回らない。より深く胸に埋まるだけだ。

「....不本意だが、仕方あるまい」

「無理ばっかして。最初っから照れずにそういえばいいのに」

「なっ!?照れてなどいない!愚弄するにも程がある!シロウ!」

 そう訴えるセイバーの頬が赤く見えるのは、魔力切れのせいか、それともイかれた脳が見せている幻覚か。

「ほら、黙っておぶられてろ。抵抗すると、帰る時間が遅くなるだけだぞ」

 多少文句はある様だが、あっさりと背に乗り、直ぐに寝息を立て始めた。

 

 音も、光も薄れた、冬木の街。ここにある家の数だけ、それぞれの世界があって、それぞれの居場所がある。

 それはかけがえのないもので、何物にも代え難いもので。

 きっと護らなければいけないもので。

 それでも、この背で背負った者を、途中で降ろそうとは思わない。

 この温もりを失うのは、2度と。

 そんな自分を軽蔑するかの様に、月の光は雲に遮られ、消えて行った。

 月の光の残像が、視界のフィルムに焼き付いて、未だ脳裏から離れなかった。


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