それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
深海棲艦出現から6年以上経過し、その過程で途上国、先進国問わず多くの国が滅んだ。その様な事になれば、周辺地域だけでなく世界全体への悪影響という物は、当然発生する事になる。経済問題、軍事問題、難民etc……。深海棲艦により世界が分断されたとは言え、国家崩壊と言う大事件で生じる悪影響は小さい物ではない。
そしてそんな煽りを最も受けた組織も、当然存在する。数多くの国が所属していた国際機関、国際連合である。
そもそも深海棲艦出現により海路が寸断され、実質的に世界が分断されたために機能不全に陥りかけていたにも関わらず、追い打ちを掛けるように構成国が次々と消滅したのだ。しかもその中にはフランスや中国といった常任理事国すら含まれている。その様な事から、総会など久しく開かれておらず、国連として機能はほぼ停止したと言っても良いレベルだった。
そして当然の事だが、IMFやWHOといった国連の専門機関も活動を低調化させていく事になるのだが――、しかしながら、例外も存在する。
国際防衛研究機関(International Defense Research Organization)、通称IDROである。
深海棲艦に対する研究及び各国で得られた情報の共有のために設立された組織であり、その有用性故に生き残っている国々より支援されているのだ。
そんなIDROだが、主要な活動の一つに「今後の深海棲艦の活動に対する予想」という物がある。戦況や深海棲艦の規模、行動傾向など、様々な情報を勘案し、今後の深海棲艦の動向を予測する物だ。
予想は年に4度発表されるのだが、実の所、的中率はあまり高くはない。何せ対深海棲艦戦は国家間戦争と類似する点が多い事から、ちょっとした出来事で状況は大きく変わる故に、動向の予想は困難なのだ。受け手側からすれば、当たらない天気予報も同然だった。
そんな背景があるため、各国指導者はIDROの季刊予測を半ば聞き流していたのだが――、2020年1月に発信された予想を前に、無視する事が出来ないでいた。
アメリカ合衆国に物資不足の兆しが見え始めた2020年1月のある日。日本の首相官邸では、最早定例となった閣僚会議が開催されていた。日本の今後の方針を決める重要な会議であるものの、定期的に開催されている故にメンバーにとっては最早慣れ親しんだものだ。
そんな定例会議だが、今回は少々雰囲気が違っていた。多くの閣僚が何処か緊張した雰囲気を隠せずにおり、配布された資料を食い入るように読み取っていた。
「……まさか、IDROからこのような発表が出されるとはな」
真鍋首相は手にしていた資料をテーブルに放り出しつつ、ため息を吐いた。表紙には機密資料を示す印鑑と共に、「深海棲艦の増加ペースに関する予測」と表題が記載されている。
「今回のIDROの予測だが、防衛省の見解は?」
「……特別チームを結成して検証しましたが、残念な事に今回の予測は、近い将来に高確率で発生する事になるとの回答が出ています」
「……」
坂田防衛大臣の返答に、誰もが沈黙するしかなかった。重苦しい空気が場を占める中、天野外務大臣は雰囲気を気にした様子もなく肩を竦める。
「予測の裏付けがされたんだ。ウダウダと悩んだ所で仕方あるまい」
「天野外務大臣、そうは言いますが、今回は内容が内容ですから……」
他の参加者に対して呆れているような発言をする天野に、坂田がすかさずフォローするように口を挟み、場の空気が悪化する事を防ぐ。その様な光景を眺めつつ、真鍋は顔を顰めつつ、呟いた。
「まさかこうもはっきりと、『このまま行けば、人類が敗北する』と書かれるとは思わなかったな」
この事が今回の定例会議の主要議題だった。
深海棲艦は時間経過と共にその数を増やし、更に新型や新武装を繰り出す等、戦力を着実に増やしている事は、一般常識レベルである。深海棲艦の主な生産拠点は特級、1、2級拠点以外に、東南アジア、ミクロネシア、オセアニア、インド洋に面した群島及び一部大陸、そしてアフリカ南部の一部である事が確認されており、そこから生産された深海棲艦が断続的に各国に攻め込んでいる形になっている。
そんな深海棲艦に対して、各国は艦娘戦力の増強及び、通常戦力の強化で対抗しているのが今の情勢だ。特に艦娘についてはその能力ゆえに各国が増強に力を入れており、総合的には着実に戦力を伸ばしている。その甲斐もあってか、昨年までの戦力比はほぼ互角レベルで拮抗しており、戦略次第では押し返せるとの試算が出されていたのだ。
しかし、ある国で起こった出来事のせいで、その拮抗は一気に崩れる事となる。
「ここでアメリカが足を引っ張るとは思いませんでした」
「全くだ」
アメリカ合衆国への深海棲艦勢力の上陸。この事は世界最大の国家の危機を招くだけでなく、世界戦略にも大きな影響を与えてしまったのだ。
まず戦力面についての影響は、世界最大の海軍戦力が消滅してしまったことである。太平洋及び大西洋での海戦で、大量の駆逐艦、そして何よりも数多くの原子力空母が全て沈んでしまったのだ。この事は世界全体から見た場合、外征能力が著しく低下した事を意味している。様々な思惑の下、アメリカの艦娘戦力は回収されたため致命的な戦力の低下までには至らなかったものの、空母機動部隊の喪失は反航作戦の際に採れる選択肢の幅が著しく狭まってしまった。
しかしこの事は次の問題と比べれば、まだ「些細な事」と言い切れるものだった。一番の問題。それは南北アメリカ大陸の陥落が確実化した事なのだ。
現在、アメリカでは必死の防衛戦を繰り広げているが、艦娘戦力の居ないアメリカが深海棲艦を押し返す事など不可能だ。近い内にアメリカと言う国家が消滅する事は確実である。
ではその次に矛先を向けられるのは? 当然北のカナダ及び中南米諸国に向けられるだろう。そして彼らはほぼ確実に深海棲艦からの攻勢を凌ぎ切る事は出来ない。南北のアメリカ大陸は、戦力面で見ればアメリカ合衆国一国で保ってきたのだ。そんな合衆国が消滅すれば、押し切られるのは当然の事なのだ。
こうして新大陸と呼ばれた大陸は深海棲艦の手に墜ちる事となるだろう。だがこれは始まりでしかない。
「アメリカ大陸陥落後、大陸は深海棲艦の一大生産拠点と化し、敵の増加スピードは急加速する、か。実に絶望的なシナリオだ」
「アメリカ亡き後、有力な艦娘保有国は日本とイギリス。アメリカ大陸はその両方から大洋を挟んで離れているため、生産拠点としてはうってつけだ。私が深海棲艦側だったら、迷いなく新大陸を生産拠点にするぞ」
「人類側も艦娘戦力の強化を続けていますが、艦娘中小国は既に頭打ちです。日本を含めた大国は暫くは持ちますが、提督の増員方法が未だに解明できていない現状では、頭打ちは見えています。……最終的に人類は戦力増強競争に競り負ける事になるでしょう」
「そして最後には人類は深海棲艦に数で押しつぶされる事となる、か」
真鍋の言葉に誰もが参加者の多くが顔を真っ青にさせる。これこそまさにIDROの予測通りなのだ。
「このまま行けば最短8年で致命的なまでの戦力差が発生する、とされているな」
「年数については議論の余地は残っていますが、我々が生きている間に、深海棲艦に押し込まれる事は確実です」
「戦前に暴れていた環境団体の戯言より、よっぽど説得力があるじゃないか。それで? IDROから提示された、人類絶滅を回避するための対応策は?」
皮肉気に笑う天野。その様子を見た坂田は、資料を手にしつつ、小さくため息を吐いた。
「どれもこれも現実的な案ではありません。……第一案、早急なアメリカ合衆国の救援、若しくは早期の大陸奪還ですね」
「拠点化される前に人類で確保する方法か。……坂田防衛大臣、出来そうなのか?」
「まず日本単体では不可能です。純粋に戦力が足りません。やるとしたら各国の協力の下での攻勢となるでしょう」
「……」
「また仮に共同作戦が実行できたとしても、内陸部への侵攻は困難です。何せ必要な物資を太平洋を渡って運んでいく事になりますからね。幾ら各国が連携するという前提があっても補給が持ちません」
大洋を超えての外征には多大な資源や労力が必要になって来る。各国ともアメリカの艦娘を取り込んだお蔭で、戦力に余裕が出始めたものの、アメリカ大陸全土を確保するという、類を見ない大規模作戦など困難であった。
また奇跡的に大陸を確保できたとしても、更なる問題が生じる事になる。
「仮にアメリカと大陸の深海棲艦を追い出した所で、今のアメリカに大陸の維持は不可能です」
「海軍戦力は消滅、陸空戦力もボロボロ、本土決戦により国力も激減。何より痛いのは艦娘戦力が居ない事だ。日英で駐屯しなければ大陸の維持は不可能だろうな」
「やはりか。……いや、艦娘を返還すれば行けるか?」
真鍋の呟きに、天野は呆れたように鼻を鳴らす。
「出来る訳ないだろう。彼女たちは完全にアメリカを見捨てたんだぞ」
「……そうだな」
アメリカの艦娘たちは唯でさえ祖国で碌な目にあっていなかったのだ。仮に無理矢理戻した所で、各国が期待するようなアメリカ大陸防衛などするはずがない。
「では第一案は却下という事で。次に第二案ですが、通常兵器枠の増強が挙げられています。具体的には既存兵器の改良や新規兵器の開発といった所でしょうか」
「これは我が国を含めて、各国も取り組んでいるはずだが?」
「今まで以上に開発を強化しろ、との事です」
現在の対深海棲艦戦は、主力は艦娘であり、人類の操る兵器は補助戦力な位置づけとなっている。IDROはその補助戦力を主力戦力たるまで強化し、深海棲艦に対抗しようと訴えていたのだ。確かに人類の作り出した兵器で敵の主力艦クラスを倒せるようになれば、戦況は人類側に有利になるのは確実であり、例えアメリカが生産拠点化されても、対抗できる可能性は十分にあった。
だがこの案には根本的な問題があった。
「今まで以上に予算を投入しろと? 無茶を言わないで下さい」
真っ先に口を挟んだのは井上財務大臣だった。
「やはり、無理があるか」
「既に兵器開発に予算を出していますし、何より我が国は今、空母機動部隊の編制のために多大な軍事予算を投入しているのです。これ以上の予算投入は無理です」
「……だろうな」
いくら人類の危機が迫っているとは言え、先立つものが無ければ何もすることが出来ない。幾ら日本が経済大国とは言え、予算は無限ではない。更に井上を援護するように、坂田も口を開く。
「そもそも新兵器開発となると、かなりの時間が必要になりますので、完成前に日本が滅ぶ可能性も十分あります」
「……」
防衛省も兵器開発自体は継続するべきだと考えているし、事実開発にはそれなりの予算を投じてはいる。しかし国防の事を考えれば、影も形も無い新兵器を当てにする事は出来なかったのだ。
「そうなると第二案も却下か?」
「いやスケールダウンして採用する。……兵器開発は継続するが新規計画も規模拡大も行わない」
「つまり現状維持か。そうなると第三案に期待だ」
天野はニヤニヤと笑いつつ、坂田に目を向けた。そんな様子に坂田は苦笑で返す。
「第三案は第二案よりも無茶な物ですよ。『艦娘戦力の根本的な増強』です」
艦娘戦力は強力だが、同時に制約も多い。艦娘を建造出来る提督の数は一定以上から増やす事は出来ず、建造出来る艦娘も提督のいる国がWW2時に保有していた艦艇に限定されている。勿論メリットも多々あるものの、軍政、軍令の面からすると、艦娘という存在は、いささか面倒なモノでもあったのだ。そこでIDROは、艦娘の研究を行い、それらの制約を解除しようと提案したのだ。
「それで? 防衛省の見解は?」
からかうように尋ねる天野に、坂田は苦笑しながら肩を竦める。
「予算の無駄ですね」
はっきりと言い切る坂田。艦娘は人間大にまで圧縮された軍艦なのだ。そんな強力な存在を国が研究しないはずがない。当の昔に、各国が研究を進めているのだ。
そんな艦娘研究だが――非常に残念な事に、彼女たちの秘密の手がかりすら掴めていないのが現状である。勿論研究自体は続けるべきではあるものの、彼としては仮に研究規模を拡大した所で、どうにかなるとは思えなかった。
「第三案も却下だな。――そうなると最後の手段しかないな、首相」
目を細め、首相に向き直る天野。真鍋も小さく頷く。
「軍事行動による深海棲艦拠点の排除。これしかない」
彼らが選択したのは最も単純で、同時に困難な案だった。敵の拠点を武力で制圧し、深海棲艦の戦力増強を抑えようと言うのだ。日本の場合、攻撃先は一大生産拠点と化している東南アジア、そして1級拠点である南沙諸島拠点の制圧する事になる。
仮にこれらを排除した場合、南方方面の安全が確保されるだけでなく、天然資源の確保が出来ると言う、副次効果も付いてくるのだ。経済面でもメリットは大きい。
「まさか東南アジア進行作戦が、実行される事になるとは思いませんでしたよ」
坂田のぼやきに誰もが苦笑する。東南アジア進行作戦という過去の遺物を、今更になって引っ張り出す事になるとは思いもしなかったのだ。
「ともかく目標は東南アジアになる。全員、よろしく頼む」
こうして日本は国家のため、ひいては人類全体の生存のために動き出した。
Q:日本が東南アジアに行くことになった原因は?
A:大体、アメリカのせい