それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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政府の無茶振りに悶える人たちの話です。


海を征く者たち83話 戦いへの道のり

 深海棲艦の一大拠点と化している東南アジアの攻略をする事になった日本。だが、実際に現地で戦う事になる自衛隊からすれば、頭を抱えたくなる状況でもあった。

 

「深海棲艦の巣に手を突っ込む事になるとは……」

 

 防衛省庁舎のとある会議室。陸海空のトップに統合幕僚長、そして防衛大臣という、日本の国防を担う者たちによる会議がそこで開催されている中、開口一番に吐き出された関口統合幕僚長のボヤキに、多くの者が頷いた。そんな様子に、坂田防衛大臣は苦笑するしかない。

 

「まあ、その様な感想が出るのは当然ですよね」

 

 坂田としても、現場を担う者からこのような反応をされる事は予想出来ていた。何せ攻め込む先である東南アジアは、現在世界でも有数の深海棲艦の生産拠点と化している地域なのだ。下手に手を出せば火傷どころでは済まない。

 

「東南アジアが制圧されて以来、多少の戦力の動きこそありましたが、あそこは基本的にひたすらに戦力の増強を図っていた地域です。相当数の戦力が蠢いている事は確実です」

「分かっています」

 

 前田海上幕僚長の言葉に、坂田も頷く。東南アジアが生産拠点と化している事から、当然の事だが敵の数は多く、そして防備も固められていた。近隣の艦娘大国である日本を警戒してか、台湾やフィリピンに迎撃のための拠点が複数建造されており、その防衛戦力は、多少の戦力では突破は不可能なレベルにある。

 では東南アジアの内側はどうかと問われれば、やはり厳しい。かつての大規模沿岸都市にはパナマ程ではないとはいえ、大型拠点が複数敷かれており、迂闊に突出すれば複数拠点から出撃した大艦隊に囲まれる事になってしまうのだ。また南側のマレーシアやインドネシアには生産拠点が多数確認されており、戦力工場のための要地となっている。

 そんな東南アジア地域最大の深海棲艦拠点は、南沙諸島拠点だ。元々は中国が建設した各種施設を占領、改修した形で築かれた南沙諸島拠点だが、分類上1級拠点として区分されているが、ハワイやアゾレスと比べていささか規模は小さい。しかしそれでも1級拠点の名に恥じず、推定8500隻の深海棲艦が詰めており、更に航空戦力として大型航空機である「フリント」も多数配備されているのだ。どう楽観視しても、激戦は免れなかった。

 

「今回は遅くとも2月中旬には出撃する事になるでしょうが、我々は何処まで進撃すればいいのですかな? それが決まっていなければ、我々も戦略を立てられない」

「……ある所から案が出されていますが、聴きたいですか?」

「……え、ええお聞かせ下さい」

 

 何処か自嘲したような坂田の様子に、何か嫌な予感を感じつつも関口は促した。

 

「……電撃戦にて東南アジアを始めとし、オセアニア、ミクロネシアの開放。それにより南方方面の縦深防御を確保する、との声が出ています」

「どんな無茶だ!?」

 

 思わずツッコミを入れる関口。これには坂田も笑うしかない。この案は明らかに自衛隊の能力では不可能なのだ。

 

「どこからその様な非常識な案が出てきたのです?」

「威勢のいい野党議員の一部ですね。彼らも生き残りには必死の様です」

 

 艦娘の活用、ロシアとの交易再開のよる経済の活発化などにより、真鍋内閣及び与党の支持率はかなり高い所にある。そうなると当然その煽りを食らうのが野党だ。野党政党の支持率は現政権の支持率に反比例するように低下しているのが現状だった。このような背景から、野党の議員たちが支持者を得るために過激な発言を繰り返す事が度々見られているのだ。

 

「だからと言って、このような非常識極まりない事を叫ばれても困りますな……。政府の見解は?」

「流石に一度の出撃で東南アジア全域の開放は無理である事は理解していますが、今回の出撃では出来るだけ進撃してもらいたい、といった所でしょうか。恐らく南沙諸島拠点とフィリピンの制圧を要請して来るでしょう」

「南沙諸島拠点は当然として、フィリピン――ああ、ミンダナオ島に天然資源がありますね」

「その通りです」

 

 フィリピンで2番目に大きい島であるミンダナオ島には、天然ガス、石油に加え、銅、金、アルミニウムなどの手つかずの豊富な天然資源が眠っている。その規模は日本円にして100兆円に上るとされており、無資源国でロシアからの輸入に頼っている日本にとっては、垂涎モノの島なのだ。東南アジア開放には日本の資源事情も大いに関わる事となる。

 

「フィリピンもキツイが、一番の問題は南沙諸島か」

「あそこを攻略するには、先に台湾を獲る必要がありますね」

「台湾ですか……」

 

 台湾に詰めている戦力を思い出し、前田は若干顔を顰めた。現在の台湾には2級程ではないとは言え、大型の拠点が複数個建造されている上に、旧空軍基地にはフリントの姿が確認されている。また立地の関係上、南沙諸島拠点に近い事も問題であり、台湾を攻略する場合、大規模な援軍が出されるのが確実。攻め込む側からすれば、実に厄介な場所なのである。

 

「台湾とフィリピンで進撃が止まる可能性もありますな。それどころか攻勢に失敗する可能性すらありますぞ」

「分かっています。しかしハワイの目がアメリカに向いている今、このチャンスを逃す訳にはいきません」

「……」

 

 坂田の言葉もまた事実だった。2020年1月現在、アメリカ合衆国は艦娘が居ないにも関わらず、膨大な通常戦力と広大な国土を利用して深海棲艦を相手に必死の防衛戦を繰り広げている。この事もあってか、対岸の日本では太平洋方面からの圧力が軽減しているのだ。今後アメリカ大陸が深海棲艦の巣になる可能性を考慮すれば、今この時こそ攻勢に出る必要があったのだ。

 

「これは相当な戦力が必要になりますな。各地の防衛戦力を掻き集める必要がある」

「幸い今の日本には多数の艦娘がいます。多少防衛戦力から抽出した所で、本土防衛には影響はないかと」

「そうですね。しかし、我が国の艦娘事情も当初から随分と変わりましたね。海外の艦娘を一定数保有する事になるとは思いませんでした」

 

 今の日本には日本以外の国からやって来た艦娘は多数存在する。中国の内乱から逃れるためにやって来た台湾系艦娘と、昨年各国がわざわざ大洋を超えて救出したアメリカ系艦娘だ。これにより今の日本には10万近くの艦娘を保有していた。この事が攻勢に出るための余裕を持たせていたのだ。

 

「国を追われた彼女たちには悪いが、我々にとっては天の恵みだな。特にアメリカ系の提督を予想以上に引き入れられたのは幸運だった」

「……とは言え、あれが外務省の功績かと訊かれれば、首を傾げざるを得ないですが」

 

 昨年、各国で必死に救助したアメリカ系提督及び艦娘の帰属だが、当然の事ながら大いにもめる事になる。何せアメリカ系提督の潜在能力は他の追随を許さないレベルにまで隔絶しているのだ。一人でも自国に多く引き入れようとするのは当然の事だった。

 各国代表者による会議は誰も一歩も引かない白熱した様相を見せており、また各国は会議室の外でも、様々な手段を用いた駆け引きを繰り広げていた。

 そして最終的に勝ち残ったのは――イギリスだった。

 

「日本も後半はイギリスを援護したのでおこぼれは貰えましたが……、少々複雑ですね」

「現場を預かる側からすれば、予定よりも多く引き入れられたので、文句はありません。そのお蔭で戦力に余裕が出来ました」

「最も、運用は慎重に行わなければなりませんがね。――ともかく、艦娘戦力は良いでしょう。しかし南方攻勢となると通常戦力も相当数必要になります。フリントの件も有りますし」

「フリントに付いてですが、台湾攻略においては沖縄からならば航空支援は十分可能です」

 

 そう自信を持って発言したのは、航空幕僚長の倉崎だった。

 

「F-15J改では若干の不安がありますが……、F-35の方はどうなっています?」

「十分実戦に耐えられる練度にはなっています。対フリント戦となっても問題は無いかと」

 

 航空自衛隊では対フリント対策として、F-35の配備が急速に拡大していた。パイロットの方も、訓練は勿論の事、日本近海での実戦も積んでいる事も有り、その事が倉崎の自信に繋がっていた。

 だが、それでも不安要素は残っている。

 

「空自としてはフィリピン方面が問題です。ルソン島まででしたら支援は何とか可能ですが、ルソン島以南となると、航続距離の関係上、支援は困難になります」

 

 沖縄からルソン島までは約1600km。空中給油機を駆使すれば戦闘機を送れるものの、空中給油の手間の分、十分な支援は難しいのだ。フィリピンにもフリントが確認されている以上、この問題は戦略にも関わって来る程の大きな問題である。

 

「ならば最初に台湾を攻略か?」

「はい。台湾からでしたらフィリピンにも十分な航空支援を出せるかと」

 

 関口が示した案は、最初に大戦力を持って台湾を攻略。しかる後に、南沙諸島、若しくはフィリピン方面へ攻勢に出るという物だ。これは台湾を前線基地として利用できるため、南沙諸島は勿論の事、フィリピン方面にも攻勢に出やすい、という利点があった。

 しかしその案に、坂田が待ったをかける。

 

「いえ、それでは時間が掛かり過ぎる可能性が高いです」

 

 坂田の懸念は、時間だった。今はアメリカが何とか持ちこたえているが、それも長く続かない。最悪の場合、台湾に基地を作っている最中に、太平洋から攻勢を受けかねないのだ。

 

「台湾、フィリピンの同時攻略を提案します。艦娘戦力が向上している今なら、戦力を分散させても攻略は可能なはずです」

 

 この言葉に、この場の多くの者が若干ながら顔を歪める。確かに同時攻略が出来れば、南沙諸島攻略は楽になるだろうし、何より資源地帯が手に入るため、日本にとっては有効だ。しかしそれは同時に戦力の分散を意味しており、攻略失敗の可能性もある博打でもあった。

 

「確かに艦娘戦力は昨年と比べて増強しています。しかし航空戦力はそうもいきません。フィリピンでフリントに攻勢に出られれば打撃を受ける可能性は高いです」

 

 勿論、イージス艦を始めとした艦艇たちを投入しても、フリントの大軍を相手には心もとないのが現状だ。フリントに対抗するためには、人類の操る戦闘機が必要不可欠と言っても良い。そしてその事は坂田も理解している。だからこそ、

 

「ほうしょうを使いましょう」

 

 彼は新たな戦力の投入を提案した。この言葉にざわつく会議室。その反応は驚きというより、戸惑いに近いものだ。そんな中で真っ先に反応したのは海自を預かる前田だ。

 

「待って下さい。確かにほうしょうは修理も終わり、現場に配備はされましたが、実戦に出すのは反対です。乗組員もパイロットも練度が足りません」

 

 急ピッチで修復作業が行われていた原子力空母「ほうしょう」は、昨年12月始めにとうとう自衛艦隊に編入された。しかし空母と言う存在自体が、初体験である海上自衛隊にとって、「ほうしょう」は難物だったのだ。空母を動かす乗組員も艦載機を操るパイロットも、自衛隊からすればまだまだ未熟なものだった。

 しかし坂田は頭を振るう。

 

「確かに空母の投入には不安は大きい事は理解しています。ですが、ここは不確定要素を容認してでも最大戦力を投入するべきです。何より時間がありません」

「……何かあったのですかな?」

 

 坂田の様子に関口は何か不穏なものを感じ取った。坂田は基本的に政策にしろ、戦略にしろ、慎重な意見を持つことが多い人物のだ。そんな彼が未だ不完全な空母の投入を主張する事に違和感があったのだ。

 

「今朝、外務省からアメリカに付いての情報が入りました。現在のアメリカは深海棲艦に圧されているだけでなく、物資不足からくる情勢不安も見られています」

「と、なると?」

「近い内に内部崩壊する可能性があるとの事です。外務省では――最短で3月始めと見ています」

「……なるほど。確かに時間が無い」

 

 思わぬ情報に関口は顔を歪めた。外務省の見立て通りの場合、3月上旬には太平洋側の圧力が復活する事になるのだ。関口案を採用した場合、台湾で次の攻略の準備に入っている途中で太平洋側からの攻勢に対応しなければならない可能性があったのだ。

 

「タイムリミットは3月。それまでに東南アジア方面の戦力を少しでも削るためには、多少の無茶は許容しなければなりません」

 

 そう言い切る坂田。

――後世の視点で見た場合、この坂田の不安は見当違いであり、仮にアメリカが5月8日に崩壊する事を知っていれば、坂田もこのような冒険的な提案は出していなかっただろう。最も、未来を知らぬ彼がその様な事を知る由もないのだが。

 ともかく、この情報により会議の流れは一気に変わる事になる。

 

「失敗する可能性ある上に、時間もない。しかし成功すれば東南アジアからの敵勢力を削る事になるし、何より資源地帯を手に入れられる。ハイリスクハイリターンですな」

「南沙諸島攻略まで行けなくとも、台湾とフィリピンを奪還できれば、本土への縦深も得られる事になります。戦略的にも大きいです」

「何よりこんなチャンスは滅多にない。リスクを承知で攻撃に出るのも手か」

 

 参加者が坂田案に鞍替えを始めていったのだ。前田も何とか抵抗するも、流れを変えるには至らない。

 暫しの議論の後、前田は顔を歪め、そして諦めたようにため息を吐いた。

 

「……分かりました。ほうしょうを出しましょう」

「ありがとうございます」

「ただ、ほうしょうに不安要素があるのは確かです。海自も努力はしますが、空自からも出来るだけ支援を出してもらいたい所です」

 

 紆余曲折の末、方針は決まった。それを見届けた、関口は会議室全体に届くように、声を響かせた。

 

「では坂田大臣の案を叩き台とし、作戦を立案していく」

 

 こうして防衛省は迫り来る戦いを前に、準備を進める事となる。

 




アメリカ系提督争奪戦。1d100で対決
日本:73、ロシア:09、イギリス:93

これは全盛期のブリテンやな!



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