それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
歴史背景故に独特な文化を持ち、そして太平洋戦争末期、日本とアメリカが激戦を繰り広げた島である沖縄。この島は2020年現在、日本における特異点であった。
沖縄は深海棲艦出現によりシーレーンの寸断に晒されながらも、日本の手で維持されていた離島の一つである。艦娘出現以降は勿論の事、出現以前でも護衛船団方式での海路、そして輸送機による空路を活用する事で、沖縄は未だに人類の勢力圏であり続けていた。
目ぼしい資源が産出される事は無い沖縄を、これほどまでの労力をかけて、日本が維持する理由は当然ある。言ってしまえば、彼の地は周辺国にとって地政学的に重要な島だからだ。仮に沖縄が深海棲艦の手に墜ちた場合、日本だけでなく中国、台湾にも容易に攻撃できる事になってしまう。これを防ぐためにも、日本政府と自衛隊は何としてでも沖縄を守らなければならなかった。
その様な背景もあり、対深海棲艦戦以降、沖縄には多数の戦力が集結している。空自からは多数の戦闘機、陸自からは対艦、対空ミサイル連隊や機甲部隊、多数の歩兵部隊。そして海自からは艦娘戦力。この三軍により、沖縄は強固な防衛能力を有していた。
こうして多くの戦力が配備されている沖縄だが、実の所、彼の島には民間人と呼ばれる者は殆ど存在しない。民間人の大半は本土に強制的に避難させられているためだ。深海棲艦は地政学的にも重要な土地を占拠しようと攻撃に出るパターンが多い。そして沖縄はまさにそのケースに当てはまる立地にあるのだ。その様な事になれば激戦は必至であり、その時に犠牲になるのは、力を持たない民間人だ。政府としても自衛隊としても、この様な犠牲を許容できるはずもなく、彼らは多くの地元民の反対を押し切り、本土への強制避難を行った。現在の沖縄にいる人間は、自衛隊とそれに関わる人々、そしてこの地を枕に死んでも良いと覚悟を持つ僅かばかりの民間人のみである。
このような背景故に、沖縄は人口が減った故にかつての賑わい鳴りを潜めているにも関わらず、島の重要性故に常に何処か緊張感が漂う異様な光景が見られていた。
そんな異様な状況下に沖縄だが、2020年1月26日、この日は熱気に包まれていた。
《ようこそ沖縄へ、Orange-1》
「おい、また入港だ。今度は艦娘母艦あすかだ」
《岩国のUS-2が着水するぞ。近隣を航行中の艦娘は注意してくれ》
海では次々と護衛艦や輸送船、そして艦娘が港に入港し、空では航空自衛隊の戦闘機や哨戒機、空中給油機が飛来して来ているのだ。それに伴い沖縄の人口は一気に増加。上陸した自衛隊員や艦娘によって、極一部の地域だけあるものの、かつての活気を取り戻していた。
そんな賑わいを見せている場所の一つである那覇港。港に併設されている食堂の一つに、秋山と叢雲の姿があった。
「中々イケるわね」
「……食いすぎるなよ? この後も仕事があるんだから」
二杯目の沖縄そばに取り掛かる叢雲を、若干呆れながら秋山は眺めていた。そんな提督の様子に、叢雲は小さく鼻を鳴らす。
「この程度の量なら直ぐに消化出来るわよ。仕事には支障はないわ」
「いやまあ、艦娘なら余裕だろうけどさ」
艦娘は人間を圧倒する身体能力を持つためなのか、カロリー消費量もそれ相応に激しい。見た目こそ小学生と同等な駆逐艦や海防艦であっても、平気でアスリート並の食事量を摂取するし、戦艦、空母といった主力艦クラスになれば当然の様に駆逐艦以上の量を食べるのだ。そのため鎮守府運営にかかる食費の割合は、通常の自衛隊基地と比べて遥かに大きかったりする。
「それに折角沖縄まで来たのよ? 戦いに来たとは言え、少しぐらい沖縄気分に浸りたいじゃない」
「それを言われたら、何も言えないな」
本来なら伊豆諸島の鎮守府に詰めている彼らが沖縄にいるのも、日本による台湾、フィリピン攻略作戦「TF作戦」に参加する事になったためだ。この作戦に投入される艦娘は約15000名。これらの戦力のために、防衛省は全国から艦娘を掻き集めていた。
戦力の抽出先は主に、ロシアがアメリカ艦娘を獲得した事により戦力に余裕が出た大湊地方隊、対露貿易航路の確保という重要な役割があるものの、日本海側に大型拠点がないため戦力がダブついていた舞鶴地方隊がメインとなっている。最も、他の地方隊からの引き抜きが行われていない訳では無く、横須賀、呉、佐世保からも防衛省が鎮守府を指名する形で、艦娘戦力の提供が行われていた。伊豆諸島鎮守府の場合もこれに当てはまり、防衛省からの要請を受けて、100名の艦娘及び提督である秋山が出征している。
「まあ、ちゃんと仕事をしてくれるなら良いや」
「そう言えば、他の子たちは、何処に行ったのよ」
「訓練中。とは言え訓練場の使用時間も短いし、流すだけになるな」
「じゃあ、その訓練が終わったら自由時間って事? 私は秘書艦の仕事なのに羨ましいわね」
「その埋め合わせでそばを奢ってるんだから、良いだろ」
「仕方ないわね。それで、この後は何があるのよ」
「アメリカ系艦娘が使う艤装の研修会だな」
「へえ、アメリカ系ねぇ」
様々な経緯により多くの艦娘が沖縄に集結しているのだが、実は作戦に投入される艦娘には日本艦だけではない。昨年アメリカ大陸から救出し日本にやってきたアメリカ出身の提督及び艦娘も少なからず作戦に参加しており、政府内から活躍する事を期待されていた。
こうして防衛省の努力により万全の体制が整えられる事となったのだが――、実の所、不安要素もあった。
「叢雲から見て、アメリカ艦娘はどう見てる?」
「どう、って?」
「練度や連携とかだな」
「そうね……」
叢雲は沖縄そばを啜る手を止め、暫し思案する。
「練度は十分あるし、アメリカ系艦娘同士の連携も取れてるわ。性能については言わずもがなね」
「なら作戦行動に何の問題ない、とか?」
秋山の言葉に、叢雲は肩を竦めた。
「まさか。アンタも分っているでしょ? 日本の艦娘との連携が、十分ではないわ。下手を打ったら作戦にも響きかねないレベルよ」
「やっぱりか……」
叢雲の答えに、秋山は小さくため息を吐いた。
日米の艦娘間の連携不足。それが現場で戦う事になる提督たち、そして自衛隊の悩みだった。何せ艦娘が出現したのは、世界が分断された後からなのだ。アメリカ系艦娘にしろ日本系艦娘にしろ、お互いが連携して作戦行動をする事は今回が初めてであった。
「こっちに来るまでの航海中にやった連携訓練は? かなり集中的にやったけど」
「確かに多少は連携が取れるようになったけど、本当に最低限程度よ? 実戦になったら役に立つか分からないわ」
勿論、この問題には自衛隊も気付いており、何とか連携が取れるように、様々な対策を立てている。だが今回は時間がなさ過ぎた。アメリカ系艦娘が日本系艦娘と交流するようになってから、高々3か月しか経っていないのだ。このような短時間で自衛隊が望むような連携――深海棲艦出現前の米海軍と海自の様な連携など不可能だった。また時間以外にも連携が取れない要員もある。
「ついでに言わせてもらうけど、日本系とアメリカ系とで仲が悪い事も多いわよ? 日本系が『アメリカ系は深海棲艦から逃げ出した臆病者』だって陰口を叩くし、アメリカ系の方は『低スペックの癖に生意気だ』って言ってたりするわ。こんな連中が、連携なんて無理ね」
「そんな状態なのかよ……」
「因みに、こないだ私もアメリカ系に挑発されたから、訓練場に連れ込んでボコボコにしておいたわ」
「ちょっと待て。それ初めて聞いたぞ?」
「大したことじゃなかったから、言わなかっただけよ」
「そう言うのはちゃんと報告しておいてくれよ。……そう言えば、一部のアメリカ系提督が傲慢になっているって、問題になってたな。それと同じようなものか」
アメリカ系提督と艦娘は、そのキャパシティとスペック故に国家というマクロ視点で見れば強力な戦力と見られているのだが、現場というミクロ視点では、その強力さ故に既存の提督、艦娘との軋轢を生みかねない厄介な一面もあるのだ。叢雲が語った様なトラブルは、現在世界各国で見られていおり、現場の人間たちは頭を悩ませていた。
「……せめて無事に終わってくれれば、良いんだけどなぁ」
「ま、無理でしょうね」
二人は揃って、小さくため息を吐いた。
日本が沖縄に多くの戦力が集結させている頃、遠く離れた欧州の地でも動きがあった。地中海のクレタ島に欧州各地から急速に戦力が集結しているのだ。主力である艦娘は勿論の事、ジェット戦闘機や管制機、更には欧州では数が少なくなっている水上艦艇すら、次々と到着していた。
彼らがクレタ島に集結した理由はただ一つだ。
「今こそスエズ運河を奪還する!」
下は非戦闘員、上は今作戦の最高司令官まで。この作戦に関わる誰もが気炎を挙げていた。それ故に集結した戦力も欧州において過去最大級の物であり、気合の入れようが良く分かる。
当然だがその様子はメディアにより全世界に放映されており、欧州に属する国民たちが彼らに期待を寄せ、そしてその動向に注目している。
――当然の事だが、沖縄とクレタ島で同時期に人類が攻勢に出ようとしているのは、偶然ではない。インド方面や東南アジア方面の深海棲艦をお互いで拘束するために、事前に協議されていたのだ。日本と欧州による共同作戦と言っても差し支えない。
そんな熱気に包まれる地中海から約2000キロ離れた島国、イギリスの首都ロンドンのある政府庁舎。その一室で二人の人物が会談していた。
「全く見事なモノですな。大西洋側がある程度余裕を持てるとは言え、これだけの戦力を掻き集めるとは」
一人は日本の天野外務大臣。彼は手にしている資料を眺めつつ笑っていた。その様子にもう一人の男も笑みを見せる。
「スエズ拠点はヨーロッパに突き付けられたナイフですからね。気合も入りますよ」
イギリスのサービン外務・英連邦大臣はそう言い切った。これまでスエズ奪還のために様々な下準備をしてきた事も有り、誰もがこの作戦を成功させなければならない事を理解しているのだ。欧州地域の安全確保の事も合わさり、作戦参加者の士気はかなり高かった。
「日本としても、欧州の作戦が成功するように祈っているよ。まあ、アメリカ系艦娘も大量に投入しているようではあるし、戦力面では問題は無いとは思うがね」
「ええ、折角苦労して獲得した戦力です。存分に働いてもらいますよ」
二人は昨年末に開催されたアメリカ系提督の分配についての国際会議「ワルシャワ会議」を思い浮かべる。
参加国は太平洋方面での有力国である日本、今や資源産出国として国際的に重要な地位にあるロシア、そして欧州代表として出席する事になったイギリスだった。
錚々たるメンバーが揃う中、多くの者たちが「この会議は荒れる」と予想していた。なにせアメリカ系提督の戦力はとても強力なのだ。当然一人でも多く取り入れようとするのは、政治家として当然の事であるからだ。
モスクワにて始まる三国会議。――そして、多くの者の予想に違わず、交渉は難航した。
日本は平等に分けるように訴えつつ自国分を確保しようとし、ロシアは資源産出地が陥落した場合の危険性を訴えつつ救助した提督をそのまま取り込もうとし、そしてイギリスは提督の自由裁量を訴えつつ欧州全体で提督を囲い込もうとしたのだ。
どの国も本音を隠し、建前を全面的に押し出して利益を確保しようとし、そして衝突していた。会議の期間は一週間としていたが、前半戦である三日間で決まった事は、
○提督を最低限は分散させる事により、戦力の極端な片寄りを防ぐ。
○欧州の沿岸部に面している国に最低1人提督を確保するために、欧州代表のイギリス側に多少融通する。
この程度である。
この会談の様子に、多くの政府関係者や知識人が最悪会議が流れると、予想していた。
だが、4日目より突然流れが変わり始める。
前日までは各国と対立していた日本が、突如としてイギリスに歩調を合わせ始めたのだ。
これにより、ロシアは日英両国に圧され始める事になる。ロシアも自国の艦娘戦力の弱さや資源産出地陥落の危険性を訴え必死に対抗するも、主要な深海棲艦の産出地域から離れている事を指摘されてしまい防戦一方となってしまう。
最終的にアメリカ系提督の獲得数は英日露の順となり、ロシアにとっては悔しい結果となっていた。
「あの会議は本当に骨が折れた。もう二度とあのような事はやりたくないな。――まあ、それはともかく、本題に入ろうじゃないか」
天野は顔に笑みを張り付けたまま、目を細めた。それに合わせてサービンも笑顔でありつつも若干引き締める。
「例の取引。実現可能でしょうな?」
「当然です。英国は契約は守りますとも」
双方笑みを崩さぬまま、応酬が始まる。
この日英の外交戦の始まりは、ワルシャワ会議の4日目の夜に、イギリス交渉団が日本交渉団に秘密裏に行われた交渉だった。
この秘密交渉でイギリスは、ロシアが力を着けすぎない様にするために、本交渉にてイギリス側に付く事を要請して来たのだ。
これに対し、突然訪問に内心訝しみつつも、当初は要請を拒否していた。日本側からすれば、ロシアへの危惧については同意できるものの、それだけのためにイギリス側に付くメリットは無かったためだ。
この日本側の拒否に頷く英国交渉団。このまま流れるかと日本側が考えた時、英国はあるカードを出してきた。
「欧州地域での、日本からのIC及び精密機械に対する関税の引き下げを行いましょう」
この思わぬ提案を前に、日本側は無視をする事が出来なくなる。答えを保留にし、英国交渉団を返す、外交団による緊急会議が開催された。
真っ先に賛成に回ったのは経済に明るい者たちだ。日本における対欧州輸出製品はICや精密機械。それらの関税が引き下げられるとなれば、日本経済に大きなメリットとなる事は確実なためだ。
そして次に賛成に回ったのは、意外な事に軍事、それも艦娘に詳しい者たちだった。
「結果はどうあれ、アメリカ系提督が各国に配置されるのは確実。そうなれば、日本から輸出している艦娘用装備が売れなくなります。何せアメリカ系提督が開発出来ますので」
アメリカ系提督が各国に配置される事により、欧州は日本からの輸入に頼る必要が無くなるのだ。勿論、酸素魚雷や46センチ砲など、日本固有の強力な装備なら問題ないだろうが、航空機系は壊滅するのは確実だ。彼らは英国の提案が、それらの損害を緩和できるのではないかと考えたのだ。
勿論、反対意見もある。このような提案が実際に行われるか分からないし、提案を受け入れるにしても相手側が隠している意図を把握しておかなければ、後で痛い目に合いかねない。
その夜、交渉団は喧々諤々の議論が重ねられ――翌日、本交渉の場でイギリス側の援護を始める事となった。
「仮に貴国が実行するとしても、他国はそう簡単に首を縦に振るかな? 特にドイツは煩いだろう」
「彼の国も恩恵を受けているのです。当然振ることになるでしょう」
日英外相による、双方での舌戦が続いていく。艦娘や軍人たちが迫り来る戦いに備える中、政治家たちによるテーブルの上での戦いが、世界の片隅で繰り広げられていた。
秋山くんのシーンは詰まってたのに、政治、外交がらみのシーンを始めたら一気に筆が進むってどういう事や……。