それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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10月26日、一部変更しました。


海を征く者たち85話 不穏な台湾沖

 2020年1月30日。自衛隊は沖縄に予定されていた戦力が集結した事を確認した後、台湾、フィリピン侵攻作戦「TF作戦」を発令した。

 今次攻勢の最終目標である南沙諸島拠点攻略のための前哨戦とも言えるTF作戦だが、投入戦力は海上自衛隊だけでも、艦娘15000、空母1、ヘリ空母1、イージス艦2、汎用駆逐艦8と、膨大な戦力が揃えられていた。特に護衛艦戦力に関しては、動かせる艦艇を文字通り全て投入しており、防衛省が如何にこの作戦に力を入れているかが良く分かる。目標は台湾とフィリピンの二か所。そこで自衛艦隊は艦隊を二つに分離させ、同時刻に攻略開始する予定だった。

 だがそれについては予定通りには行かなかった。気象衛星がフィリピン方面で大型の低気圧を観測したのだ。この季節外れの大雨を前に、フィリピン攻略部隊は出発を延期。これにより台湾攻略が先行する形となった。

 

「……そろそろか」

 

 台湾方面攻略部隊――第一任務艦隊司令官の岩波は、艦隊旗艦「いずも」のCICで小さく呟いた。彼の見ているモニターには、轟音を上げながら艦隊をフライパスしていく戦闘機群が見えていた。対フリントの切り札たる航空自衛隊のF-35AとF-15J改だ。

 

「先行していた潜水艦部隊より、台湾から迎撃艦隊が出撃したとの通信が入っています。またフリントも順次発進しているとの事です」

「……そうか」

 

 川島参謀長の報告に、岩波は小さく頷いた。

 

「フリントとの競り合いに勝たなければ、戦いを始める事すら出来ん。空自には頑張ってもらわないといけないな」

「問題は無いでしょう。空自も今回の作戦のためにF-35Aを掻き集めてきました。それにフリントへの対抗だけならF-15J改でも可能です。余程のイレギュラーが無い限り、敗北は無いでしょう」

「だと良いがな」

 

 空自からは万全と太鼓判を押されているが、岩波としては僅かながらに不安もある。実の所、日本はこれまでフリントとの戦闘経験が無いのだ。布号作戦、北太平洋ロシア領援護、アメリカ系提督救援と、フリント出現以降も幾度か外征しているが、そのどれもがフリントと遭遇しない様な立ち回りをしていた。いくらフリントが第四世代戦闘機と同等とは言え、やはり遭遇経験が無いのは、彼にとって若干の不安要素であった。

 その程度の不安要素は、些細な物だろう。空自の航空戦力を考慮すれば、勝利はほぼ確実。空戦後にどれだけ消耗しているかの問題だからだ。最大の不安要素は台湾のさらに後方にある。

 

「……空の事は空自に任せるか。それより南沙諸島はどうなっている?」

 

 岩波の質問に、川島が表情を引き締めた。

 

「やはり我が方の攻勢に反応したようです。通常より活動が活発化しています」

「やはりか。援軍を送るための準備といった所か?」

「確実に」

「だろうな」

 

 台湾侵攻にしろフィリピン占領にしろ、ネックとなるのは後方に控える南沙諸島拠点の存在だ。南沙諸島がどう動くかで作戦の難易度がガラリと変わって来るのだ。彼らが気に掛けるのは当然の事だった。

 

「援軍を台湾とフィリピンに二分してくれるなら十分勝機はあるが……、深海棲艦はどう動くと思う?」

「そうですね……」

 

 川島は手を口に当て、暫し考え込む。

 

「深海棲艦側の情報収集能力次第ですので大分曖昧になりますが、順当に行った場合、台湾に来る可能性は高いかと」

「ほう、根拠は?」

「単純に海戦時期のズレによるものですね。フィリピンに向かっている第二任務艦隊は、まだ会敵していない様ですので、我が方が先に戦闘に入る分、台湾側に援軍が送られる可能性があります」

「ふむ」

「また、フィリピンについては、深海棲艦からすればインドネシア方面から援軍を送れますので、無理に南沙諸島から援軍を出す必要はないでしょう」

「やはりそうなるか。……中々苦しい戦いになりそうだ」

 

 台湾の艦隊を撃破し、敵がひしめく台湾を上陸占領し、更に南沙諸島からの援軍を撃退する。連戦に次ぐ連戦である。しかも相手が深海棲艦である以上、全ての戦いが艦娘が主体として戦う事になるため、艦娘の疲弊にも注意を払わなければならない。そして疲弊問題への対処こそ、彼ら艦隊上層部の重要が仕事だった。

 

「何とかするしかないな。まあ、補給の心配がない事だけは救いだな」

 

 岩波の言葉に、思わず川島も苦笑した。作戦を進めていた防衛省は勿論の事、日本政府もTF作戦が重要である事は理解している。だからこそ政府はこの作戦のために、必要となる物資を掻き集めて、沖縄に送り出しているのだ。この事もあり、食料、燃料、弾薬その他諸々の、必要物資は潤沢に揃えられていた。――逆に言えば、これだけお膳立てされたにも関わらず無様に作戦に失敗した場合、国民からだけでなく政府からもバッシングされる事になるのだが。

 艦隊上層部が議論している中、不意に通信士官が叫んだ。

 

「早期警戒機『Crow』より通信! 敵大型機を捕捉しました!」

「来たか」

 

 岩波はモニターに向き直り、気を引き締める。日本の未来を左右する戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 台湾沖合の上空。そこには多くのジェット戦闘機の姿があった。

 

《Canary-1、FOX-3!》

《Enemy down!》

《FOX-2!FOX-2!》

《Break、Break!》

 

 戦場となった空を戦闘機が縦横無尽に飛行し、そして無線を通して符号が飛び交う。航空自衛隊のF-35AとF-15J改、計72機と、深海棲艦が繰り出した大型航空機「フリント」52機が、相手を殲滅せんと激突していた。

 激しい戦いが繰り広げられる空域。そして戦況は自衛隊側に大きく傾いていた。

 対フリントとして導入した空自期待第5世代戦闘機であるF-35Aは勿論の事、第4.5世代機であるF-15J改でもフリントとは互角に戦う事は可能なのだ。更には数も勝っているのだから、これで勝てない方が可笑しい。

 そんな優位な状況にある空自パイロットだが、目の前の敵と戦いつつも、首を傾げていた。

 

《Canary-1よりCrow。確認する本当に迎撃に出たのはこれだけなのか?》

《ブリーティングと違う。数が少なすぎるぞ》

《Crowより全機。台湾から上がって来た大型機は今いるだけだ》

《待ってくれ。事前の情報じゃあ、台湾には100機はいたはずだぞ。残りは何処に行った?》

《所在不明。少なくともこの空域に向かってくる様子は無い》

《おいおい。深海棲艦は何を考えてやがるんだ》

《それにフリントの動きに積極性が欠けている。データと違うぞ》

《そちらも原因は不明だ。ともかく何か企んでいる可能性は十分ある。各機警戒は怠るな》

《Roger》

 

 その様なやり取りが行われつつ、パイロットたちは警戒しつつも、各々に与えられた仕事をこなしていく。

空戦開始から数十分。最終的に数を減らした深海棲艦のフリントたちが撤退した事により、航空自衛隊は台湾沖合での航空戦に勝利した。自衛隊が航空優勢を確保し、戦いの場はメインである海上に移る事となる。

 

「全航空隊、発艦始め!」

「やるよ! 艦首風上、攻撃隊、発艦始め!」

 

 第一任務艦隊の空母艦娘たちが一斉に航空機を発艦させ、敵を殲滅せんと飛び立っていく。そんな第一任務艦隊に対して、深海棲艦側だが――やはり先程と同じく特異な行動を見せる事となる。

 

“あれ? 敵の迎撃機が上がってない?”

 

 攻撃隊の護衛をしている烈風の妖精は、目の前の光景に訝しんだ。敵は何万もの航空機が襲い掛かろうとしているにも関わらず、迎撃機を繰り出していないのだ。これまでの深海棲艦の行動を勘案した場合、これはあり得ない光景だった。

 

“雲に隠れてるのかな?”

“いや、先行している彩雲の方も見つけられないみたい”

“おい、彩雲からの報告だ。深海棲艦は攻撃隊を出してないみたいだ”

“はあ? 何考えてんだ? いくら何でも反撃が無いのはあり得ないだろ”

“……もしかして空母が居ない?”

“いや、ちゃんといるよ? でも規模の割には数が少ないらしい。それに護衛艦は対空が強い奴ばっかりだって”

“なんか不気味なんだけど。絶対何か企んでるって”

“……でもここまで来ちゃったし、どうしようも出来ないよ。ともかく、行こう!”

 

 この状況に困惑しつつ攻撃隊の妖精たちは、深海棲艦艦隊に突入していく。軽巡ツ級を始めとした対空能力が高い艦が多いため弾幕は激しかったものの、攻撃隊たちは果敢に攻め立てる。またこの時点に至って深海棲艦側の空母がようやく動き出す。

 

“っ! 空母が艦載機を出し始めた! 上で待機している空自に連絡して!”

“待った! 攻撃隊との距離が近すぎてミサイルが使えないよ! 巻き込まれる!”

“くっそー、それ狙いか!”

 

 深海棲艦の意図を察し、焦る攻撃隊。そうこうしている内に、飛び立った戦闘機たちが次々と攻撃隊に襲い掛かろうとする。だがそれに待ったをかける存在がいた。

 

“援護する!”

 

 零戦五二型や紫電改二、烈風など護衛機たちが、攻撃隊を守らんと躍り出たのだ。海上からの弾幕が飛び交う中、敵味方双方による熾烈な航空戦が繰り広げられる。

 ――そして結果から言えば、この航空戦は艦娘側の勝利となった。攻撃隊は多数の深海棲艦を撃破若しくは損傷させる事に成功し、引き上げていく事となる。

 但し攻撃隊も無傷と言う訳では無い。敵空母の作戦は迎撃の初動が遅いため当初こそ護衛機で楽に対応出来たものの、敵が全艦載機を戦闘機としていた事から、最終的に護衛機のが守り切れずに攻撃隊に食いつかれてしまったのだ。また護衛艦の対空砲火も通常よりも激しかった事から損害も拡大しており、最終的には攻撃隊は相応の損害を受ける事となる。

 とは言え、深海棲艦に相応に損害を与えたのは事実だ。だからこそ、第一任務艦隊の主戦力は突入していく。

 

「第一、第二主砲、斉射、始めます!」

「砲雷撃戦、用意!」

 

 戦艦、重巡を主力とした艦娘部隊が敵艦隊へ距離を詰め主砲を撃ち、深海棲艦側も反撃するように砲撃を始める。

 無数の砲弾が飛び交う大海戦が繰り広げられる台湾沖。そして戦いは、艦娘側が優位に進めていた。艦娘7000名に対し深海棲艦4500隻と数で勝っている上に、先の航空戦でダメージを与えているのだ。数で押すだけでも十分に勝てる戦いなのだ。

 順調に戦いを進めていく艦娘たち。だが彼女たちも空自パイロットや攻撃隊の妖精と同じように、相手に違和感を抱いていた。

 

「やっぱり変ですね」

『ああ、変だ』

 

 横須賀から参戦している大和と彼女に乗艦する有賀提督は、相対する深海棲艦の動きを前に警戒していた。

 

「これまでの戦闘もそうでしたし、もしかしたらと思いましたけど、やっぱり深海棲艦の攻撃に積極性がありません」

『それにいつもより撃破数も少ない。……戦力を温存しようとしているな』

 

艦娘たちの攻撃に、深海棲艦が防戦一方である事は変わらない。だが有賀からすれば、深海棲艦側が自艦隊の消耗を抑えように上手く動いているようにしか見えなかったのだ。

そして彼はすぐさま敵の意図を察した。

 

『やっぱり時間稼ぎか』

「ですね」

 

 台湾の近くには、東南アジア最大の深海棲艦拠点である南沙諸島拠点があるのだ。台湾を守る深海棲艦からすれば、ここで無理をして攻勢に出るよりも、台湾で援軍到着まで耐え忍び、その後南沙諸島の軍勢と共に艦娘たちを追い落とす方が勝率はずっと高い。

 この結論を前に、大和はため息を吐きたくなるのをグッと堪えつつ、敵に砲撃を浴びせる。数瞬後、中破しつつも脅威の粘りを見せていた戦艦タ級が無数の砲弾に貫かれ倒れ伏した。

 

「戦艦タ級の撃破を確認。上層部は気付いていると思いますか?」

『まあ、気付いているだろ。動きがあからさま過ぎる』

「なら、場合によっては撤退もあり得る事ですか?」

 

 敵の狙いは明らかであり、更に作戦に失敗する可能性も十分にある。下手に被害を出す前に撤退するのも、選択肢として上がって来るだろう。だが、

 

『難しいだろうな』

 

日本を取り巻く状況が、艦隊司令官に作戦中止を選ばせない。日本にとって、ハワイを始めとした太平洋側の深海棲艦戦力がアメリカ大陸占領のために向けられる、と言う最初で最後のチャンスを、ただ黙って見過ごす事など出来るはずもないのだ。この期間限定の戦略的優位を活かすためにも、台湾方面での苦戦を承知で攻勢に出るしか選択肢は無かった。

 

『……ともかく、目の前の敵に集中するぞ。ここで少しでも削れば、後が楽になるはずだ』

「はい」

 

 こうして誰もが不穏なモノを感じつつも、海戦は続いていく。

 




艦娘の皆さん「どう考えても、台湾がヤバい事になりそうな件について」

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