それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
“こちら偵察隊、砲台小鬼を発見!”
「攻撃が激しくて全然進めないよ!?」
『戦艦部隊、掩護砲撃を求む!』
「朝霜被弾、大破!」
「明石を連れて来て! 駄目なら秋津洲でも良いわ!」
《こちらStork-1、負傷艦の輸送を開始する》
台湾に築かれた深海棲艦の拠点の一つ、台湾桃園国際空港。滑走路や管制塔、ターミナルなど、人間が支配していた時代の面影が所々に残るその場所で、敵拠点を占拠しようとする艦娘たちと、それに抵抗する深海棲艦たちによる激しい戦闘が繰り広げられていた。
陸戦では考えられない様な大口径の砲弾が無数に飛び交う戦場で、ある者は吠え、ある者は悲鳴を上げつつも各々が戦っている。本来艦娘の主戦場は海上だ。部隊の士気は高いものの、多くの艦娘たちは慣れない陸上での戦いで苦戦を強いられている。
「これは酷い状況であります!」
『そんなこたぁ、上陸前から分かってただろうに!』
そんな戦場の片隅、砲弾が次々と降り注ぐ中で、軍刀を片手に駆けるあきつ丸と彼女に乗艦している寺尾提督はいた。
『正面塹壕に砲台小鬼1、軽巡ツ級1! 行けるか?』
「んー、弾幕が張られているので難しいでありますな」
『なら――、扶桑、援護砲撃を頼む。一斉射で良い。座標は56-77』
《わかりました。――主砲、撃てぇ!》
一拍の間の後、敵が籠っている塹壕に砲弾が降り注いだ。爆音が辺りに響き渡り、同時に舞い上がった土煙が塹壕を覆い隠す。同時に塹壕からの砲撃が止んだ。
「やったでありますか?」
『いや、伏せてるだけだな』
「やれやれであります」
小さく肩を竦めつつ、未だに視界不良な塹壕に向かってあきつ丸は駆けだした。塹壕の砲台小鬼たちは、援護砲撃によって強制的に頭を下げられていたため、あきつ丸の接近に気付くことが出来ない。彼女は一気に距離を詰め、
「はっ!」
一閃と共に小鬼の首を切り飛ばし、更に返す刀で軽巡ツ級を袈裟斬りにし打ち倒す。彼女は一仕事を終えて、軍刀を鞘に納める。
「全く、誰でありますか。艦娘の大軍を前にして敵は慌てて逃げていったなんて言った阿呆は。真に受けた自分が馬鹿みたいであります。」
『そりゃ、アメ公が冗談で言ったヤツだろ? 真に受けるなよ』
「自分は楽がしたかったであります!」
『開き直るな!?』
この激しい陸戦の始まりは台湾に上陸してからだった。
敵艦隊が簡単に引いた形で、台湾沖での戦いに勝利した第一任務艦隊は、翌日に台湾北部の港、基隆港への上陸を開始。この時誰もが上陸阻止のための砲撃、若しくは上陸後の陸上戦を予想していた。だが彼らの目の前に広がっていたのは、もぬけの殻となった基隆港の姿だった。上陸部隊は奇襲やトラップ等を警戒したものの、それらの危険すらなく、結局第一任務艦隊はあっさりと基隆港を占拠してしまった。
「余りの戦力差に逃げ出したんじゃないか?」
一部でこの様な噂が流れるほど、呆気なく橋頭保を確保した第一任務艦隊。彼らは予定通り基隆港を仮拠点とし、そのまま台湾占領のために進撃を開始する。そして、彼らが順調なのはここまでだった。
――獲物が檻に入った。全艦、反撃開始。
次の占領予定地に上陸した所で、深海棲艦たちが突如として反撃を開始。台湾北部の複数の箇所で泥沼の市街地戦が開始されたのだ。
こうして本格的に台湾攻略戦が始まったのだが――、戦況は芳しくなかった。
《こちら大林艦隊、敵の抵抗が激しく前進できない! 誰か援護してくれ!》
《艦隊の損害が激しい。後退の許可を求む》
《クソ、陸戦じゃあ思うように戦えない!》
各部隊を率いる提督たちから悲鳴のような無線が立て続けに飛ぶ。本来艦娘の主戦場は海上だ。今回作戦に参加した艦娘も多少は陸戦の訓練も行っているものの、やはり普段の様に動けるはずもない。未だに艦隊の士気は高いものの、多くの艦娘たちは慣れない陸上での戦いで苦戦を強いられていた。
《司令部より寺尾艦隊。大林艦隊の援護に向かえ》
『了解。救援に向かう』
「また救援でありますか? そろそろ弾薬が心もとないであります」
『仕方ないだろ。これが俺たちの仕事だ』
ため息を吐く寺尾。
第一任務艦隊もこの事態に手を拱いている訳では無い。あきつ丸やにぎつ丸、神州丸といった陸軍特殊船――世界でも珍しい陸軍系の艦娘を積極的に投入していた。陸軍特殊船は陸戦において他の艦娘の追随を許さない戦闘能力を有しており、事実今回の台湾攻略作戦において大きな活躍を見せている。寺尾の率いる艦隊もこの戦場で最も活躍している部隊の一つだった。
とは言え、その程度で何とかなるのであれば、第一任務艦隊は苦労はしていない。深海棲艦側も防衛の策を巡らせていた。
『っと、対空電探に反応』
「また陣地に籠っている空母からの攻撃でありますか? こちらも流石に対策はしているであります」
『いや、反応が大きい。これはフリントだな』
寺尾が結論を導き出したと同時に、彼方に三機編隊のフリントが姿を現わした。だが二人は気にした様子もなく会話を続ける。
「今度こそここに爆撃すると思うでありますか?」
『まあ、無いだろうな』
肩を竦める寺尾。そして彼の言葉通り、フリントは高高度を維持したまま、戦場を素通りしていった。フリントが狙うのは、ここよりも余程重要な場所だという事を、彼らは知っていた。
『ワザと橋頭保を作らせて、後から航空攻撃で叩き軍全体の進行を遅らせる、か。面倒な事をして来る』
「しかし有効であります」
基隆港に築かれた橋頭保は、連日深海棲艦による航空攻撃に晒されており、特に台湾南部の高雄から飛来するフリントによる航空攻撃により、甚大な被害を受けていた。
超音速で接近し爆弾をばら撒いていくフリントを相手に、WW2クラスの戦闘機で相手をする事など不可能なのだ。そうなると空自の戦闘機に頼らなければならないのだが――そちらも難しい。
基隆港の橋頭保にはジェット戦闘機を運用出来る設備が無いのだ。現地で滑走路の建造も予定されてはいるのだが、ジェット戦闘機というデリケートな兵器を運用出来る施設を一朝一夕で作れるはずもない。
そのため大型機による空襲を受けた時、空自の戦闘機は態々沖縄からスクランブルを掛けなければならないのだが、はっきり言って間に合わない。高雄から基隆までの距離が約350kmに対して、沖縄から基隆までは約630kmあるのだ。仮にフリント発進直後に自衛隊側がそれを察知したとしても、フリントが基隆に辿り着く前に空自機が到着する事など不可能だった。
第一任務艦隊も地対空ミサイルや護衛艦などで対抗しているが、やはりフリントに対抗できる航空戦力が居ないのは大きい。既に何度か集積していた物資が焼き払われており、これにより作戦行動にも影響が出ていた。
「昨日の高雄にやった大規模航空攻撃も意味は無かったようでありますな」
『どうもフリントを退避壕に隠していたらしい』
「敵の司令官も中々面倒な事をするであります」
『全くだ』
あきつ丸と寺尾はうんざりしたように呟いた。
同時刻、高雄。寺尾たちに噂されている件の深海棲艦の司令官は、フリントからもたらされた報告に満足げに頷いた。
――攻撃成功か。よくやった。
黒い長髪で、何処か和服を連想する衣装を身に纏った姫級の深海棲艦は撤退中の大型機たちに労いの言葉を掛けると、目の前のテーブルに広げられている台湾の地図に目を向ける。地図には幾つもの駒が置かれており、彼女は素早く戦況を読み込む。
――桃園市の部隊はそろそろ限界か。遅滞攻撃をしつつ後退せよ。
――!――!
――そう、後退だ。決戦はここではない。戦力を温存する。
前線に通達し、彼女は小さく息を吐いた。今台湾に配置されている艦の数は地上戦力を含めて5500。幾ら防御側が有利とは言え、数的不利及び艦娘との性能差を考えれば、彼女たちが劣勢である。南沙諸島拠点からの援軍が到達するまで、何としてでも耐えるしかない。
――……。
だが彼女には耐えきる自信があった。何度も演習を繰り返し、綿密に防衛計画を立ててきたのだ。艦娘たちも果敢に攻めて来るだろうが、そう易々とは負けるつもりはない。
――今度は勝たせてもらうぞ。
地図を眺めつつ台湾の総司令艦、硫黄棲姫は小さく笑った。
第一任務艦隊が台湾で苦戦している頃、フィリピン、ルソン島の北東の海域に展開する第二任務艦隊は、慌ただしく動き始めていた。
《Boar-1、Take off》
《Boar-1の発艦を確認した。Boar-2の発艦を許可する》
「敵は待ってはくれないぞ! 急げ急げ!」
「艦娘たちはもう準備万端なんだ! お嬢さんたちを待たせるなよ!」
フィリピン攻略部隊、第二任務艦隊の旗艦であり日本唯一の空母「ほうしょう」から、次々と海上自衛隊のF-35Cが発艦していく。また艦隊の前方には艦娘たちも既に出撃しており、臨戦態勢が整えられつつあった。
そんな緊張感に包まれる第二任務艦隊の中、艦隊のトップはもたらされた情報を前に、頭を悩ませていた。
「第一任務艦隊は苦戦中、か」
第二任務艦隊の旗艦「ほうしょう」のCICで、白髪の初老の男、艦隊司令官である水上は若干顔を顰めた。
「敵は陸上に重厚な防御陣地を敷いている様です。南沙諸島の援軍を待っている可能性が高いとの分析が出ています」
「やはりか」
五木参謀長の言葉に、水上は小さく頷いた。台湾で見せている行動パターンは、昨年のパナマのそれに似ている。この行動パターンは第一任務艦隊の方でも事前に予測しており、それなりに準備していたはずなのだが、それでも苦戦しているのだ。敵が如何に手ごわい存在であるかを、彼は理解できた。
また台湾の苦戦が他人事ではない事も、水上は良く分かっていた。
「五木参謀長。フィリピンの敵だが……」
「こちらも台湾と変わらないでしょうな。泥沼の上陸戦を覚悟しなければなりません」
「そうなると今出撃している敵は威力偵察程度か」
「恐らくは」
現在、第二任務艦隊は偵察機からの深海棲艦の大艦隊発見の報を受けて、迎撃態勢を取っていた。敵の数は大よそ4500隻。艦娘戦力7000名を有する第二任務艦隊ならば、余裕で対処できるだろう。だが台湾の例から考えれば、直ぐに撤退していく可能性は高かった。
「まず勝てるだろうな」
「フィリピンに配備されているフリントは大よそ60機との事です。仮に全機が飛来しても十分勝てるでしょう。こう言っては問題でしょうが、我々にとって良い経験になるでしょう」
「そうだな」
日本初の大型空母「ほうしょう」は今回が初戦という事も有り、機動部隊としての経験値は不安を覚えるものがあるのが、正直な所だ。実戦とは言え本格的な戦闘にはならないと考えている水上たちからすれば、今回の海戦は今後も機動部隊を運用する日本にとって、経験の蓄積や問題の洗い出しなど、丁度良い機会だったのだ。
だがそんな淡い期待は――
《こちらCanary》
早期警戒機から飛び込んできた通信により、脆くも崩れ去る事になる。
《敵大型機の編隊を捉えた。――数110》
「何?」
思わぬ報告に五木が目を見開く。
「馬鹿な。フィリピンのフリントは50機程度のはず」
「Canary、見間違いではないのか?」
《Canaryよりほうしょう。間違いない、現在確認されている大型機の数は110機だ》
「なら、残りの50機は何処から来たんだ?」
「……」
水上は暫し考え込み、そして先日入手した情報の中に一つ気になる項目がある事を思い出す。
「……まさか台湾?」
「確かに先の台湾沖での海戦では、フリント50機が行方不明でしたが、まさかフィリピンに回したと?」
「可能性はあるな。……これはほうしょうの飛行隊だけでは荷が重いか?」
アメリカでのニミッツ級原子力空母の標準搭載機はCTOL機56機、ヘリコプター15機。ほうしょうの運用もそれに倣っている。F-35ならばフリント相手に優位に戦えるだろうが、圧倒的に数的不利である事は変わらない。
予想外の事態を前にほうしょうのCICに不穏な空気が漂い始める。
「仕方ありません。沖縄の空自からも援軍を出してもらいましょう」
「そうだな。ここで無理をする必要はない」
若干の動揺をしつつも、冷静に対処する二人。だがアクシデントはそれだけでは終わらなかった。
《敵艦隊が小型航空機の発艦を開始! 戦闘機だけじゃない、攻撃機、爆撃機も混ざっている!》
《こちら偵察隊! 正面艦隊の後方から新たな艦隊を確認しました! 数2000!》
《ルソン島各地より小型機の発進を確認。全て第二任務艦隊の方角に向かっている》
《こちら早期警戒機Owl。我が艦隊の南方より深海棲艦の艦隊を確認。数1500》
次々と現れる深海棲艦。CICが一気に慌ただしくなっていく。
「各方面に通達しろ! 第二任務艦隊は迎撃準備!」
「了解しました! クソ、何がどうなっている!?」
こうして第二任務艦隊が慌ただしく動き始めた頃、フィリピンの深海棲艦たちは彼女たちの司令艦からの通信に耳を傾けていた。
――目標は敵の大型空母よ。
下は駆逐艦クラス、上は姫級まで。出撃した全ての艦の士気は旺盛だった。突然発生した低気圧には焦ったが、結果的にインドネシアとパプアニューギニアの援軍が間に合ったのだから人間万事塞翁が馬だ。
――敵の空母は強いわ。強力な艦載機をいつでもどこでも飛ばしてくる。人類の最強の兵器と言っても良いわ。その脅威はアメリカの仲間から嫌と言う程、聴かされている。
フリントがエレメントを組み、対峙する事となる強敵に備える。
――でも、逆に言えばここで撃破する事が出来れば、戦略的にも有利になるという事よ。しかも私たちの目の前にいるのは、人類最後の超大型空母。ここで叩かない手は無いわ。
水上で、上空で、レーダーが敵を捉える。敵は艦娘、護衛艦、そして原子力空母「ほうしょう」。
――総員、行くわよ!
フィリピン総司令艦、深海鶴棲姫の号令と共に、深海棲艦たちは人類に襲い掛かった。
台湾:今度は勝つという確固たる意志。
フィリピン:ここで敵空母を沈めるという確固たる意志。
なんか、書いてたら深海棲艦が主人公ムーブ始めてた。