それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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最近、妙に忙しいせいか、中々海域周回出来ない……。


海を征く者たち87話 ほうしょう防衛戦

「こちらの航空戦力は!?」

「飛行隊全48機発艦完了しました! 更に沖縄のF-2一個飛行隊も当空域に到達しています!」

「数の差が大きすぎる。空自に援軍を急がせろ! 小型機の航空戦力差の分析はどうなっている!?」

「現在詳細な分析を続けています。しかし深海棲艦側が数的優位である事は確実との事です!」

「護衛艦のリソースが全てフリントに使わなければならない可能性が高い! 沖縄の鎮守府から戦闘機を送り出すように要請しろ!」

「了解!」

 

 迫り来る敵を前に、第二任務艦隊を指揮する水上司令官は矢継ぎ早に指示を出していく。幸いな事に現海域は、沖縄から約1000km程度離れているだけだ。航空機ならば短時間での到達が可能である。援軍さえ到達すれば、何とか持ち直せるのだ。

 

「航空隊が敵大型機編隊との交戦を開始しました!」

「始まったか! 援軍到達まで何としてでも耐えろ!」

 

 だが逆に言えば、援軍が到達するまで何としてでも耐えなければいけないという事である。第二任務艦隊による決死の戦いが始まろうとしていた。

 最初に激突したのは、遥か上空だった。

 

《Boar-1、FOX-3》

《Boar-2、FOX-3、FOX-3!》

《Wolf-1、FOX-3!》

 

 ほうしょう航空隊のF-35C、そして空自のF-2による、敵大型機フリント大編隊との航空戦が始まった。

 性能は人類側が優位だ。フリントが第4世代戦闘機と同等のスペックであり、強力な戦闘機であるが、自衛隊のF-35C とF-2の性能はそれを上回る。両戦力が正面衝突すれば、損害が出るだろうが勝てるだろう。

 だが今回、フリントの狙いは航空優勢の確保ではない。

 

《クソ、数が多い!》

《それに動きが事前情報と違い過ぎる。 あいつ等まともに戦おうとしていないぞ!?》

 

 自衛隊のパイロットたちは、相対するフリントに驚愕しつつも必死に機体を操り、フリントの編隊を食い止めていた。対するフリントたちはフレアやチャフ、そして人間のパイロットでは困難な機動で飛来するミサイルを躱し、時に反撃しつつ、必至に戦闘空域を突破しようとする。

 深海棲艦も現状のフリントでは敵の戦闘機に対抗する事が出来ない事は理解している。幾ら数を揃えた所で、航空優勢を獲る事は出来ないだろう。

 そこで深海鶴棲姫は――航空優勢を最初から諦めた。

 彼女の狙いは航空優勢ではなく、ほうしょうの撃沈だ。彼女は犠牲を許容し、数的優位を活かして敵の航空機隊を突破、後方に控えるほうしょうに迫る、という捨て身の戦術を選択したのだ。

 各機が連携し、時に囮となる等、様々な手段で空域を突破しようとするフリントを前に、数的不利にある自衛隊はどんどんと押されていく。そして、

 

《っ! 敵に突破された!》

 

 とうとう自衛隊機の防空網を突破し、1機のフリントが戦闘空域を飛び出した。更にはそれを切っ掛けに次々とフリントが飛び立っていく。

その数12機。フリントはアフターバーナーを炊き、一気に加速していく。自衛隊機が追いすがろうとするが、未だに戦闘空域に残るフリントが妨害し、後を追えない。

この状況を後方に控える艦隊はいち早く察知した。

 

「対空戦闘用意!」

 

 水上が吠える。迫り来るフリントを迎え撃つのは、護衛艦「あたご」「あきづき」「ゆうだち」「はるさめ」そして旗艦「ほうしょう」。五隻はほうしょうを中心とした輪形陣が形成されており、更にその外周には対深海棲艦として艦娘部隊が展開している。とは言えジェット戦闘機を相手に艦娘で対抗する事は出来ないため、五隻の通常艦隊での戦いとなる。

 迫り来る敵機を前に、誰もが固唾を飲む。そして、

 

「敵機、射程に入りました」

「攻撃開始!」

 

 「あたご」、「あきづき」からスタンダードミサイルと発展型シースパローが発射される。敵機を撃墜すべく、轟音と共に飛翔していくミサイル群。

だが敵がただやられるはずがない。

 

「敵機より飛翔体を発射を確認!」

「迎撃開始!」

 

 各艦の艦長たちの号令と共に、飛来するミサイルを撃ち落とさんと迎撃行動に入る。防空ミサイルが放たれ、主砲や機銃が起動する。更に外周の艦娘たちも、砲や機銃を掲げ、弾幕を形成する。

 第二任務艦隊の必死の防空により、次々とミサイルが撃ち落とされていく。状況としてはかつてのアラビア海海戦と似ているが、あの時と違い今回はフリントが初見ではない。各艦はしっかりと通常の対空ミサイルを搭載している事から、防空能力は格段に上昇しているのだ。

 だが――アラビア海海戦と違い、艦艇の数が少ない事は大きかった。たったの五隻では、雨霰と飛来する飛来するミサイルを全て撃墜する事は出来なかったのだ。何発ものミサイルが各艦による必死の防空をすり抜け、そして他の護衛艦より防空能力の低い「ゆうだち」「はるさめ」に降り注いだ。

 

「ダメージコントロール!」

 

 艦が大きく揺れる中、二隻の艦長たちが叫び、乗員たちは艦を沈めまいと動き始める。そんな様子をモニターで見ていた水上は、悔し気に唇を噛んだ。

 

「フリントは?」

「12機中、9機撃墜を確認しました。残り3機は反転し、戦闘空域から離脱中です」

「追撃は無いか。……各艦の被害状況は?」

「ゆうだちが2発、はるさめが3発被弾しています。ゆうだちは速度低下と一部武装の使用不能で済んでいますが、問題ははるさめです。艦の被害が大きく、ダメージコントロールは続けられていますが、このまま沈む可能性が高いとの事です」

「ほうしょうが守れたのは僥倖だが――、やはり被害が大きいか」

 

 防空能力の高い「あたご」「あきづき」の奮闘により、自艦と黄金よりも貴重な空母である「ほうしょう」は何とか守れたものの、二隻の被弾により艦隊全体の防空能力は格段に落ちていた。第二波が襲来した場合、今度こそ「ほうしょう」に被害が及ぶ可能性が高い。仮に沈みでもすれば、今後の日本に大きな悪影響を及ぼす事になるだろう。

 

「……ここで引くわけにはいかない。急いで陣形を組みなおせ。次の航空攻撃に備えるんだ」

 

 しかし水上はこのまま戦闘を継続する事を選択した。危険度は高いものの、戦略的にここで引くわけにはいかなかった。慌ただしく各艦が動き始める。

また空でも気炎を挙げる者がいる。

 

《もうこれ以上は行かせん!》

 

 艦隊の被害を聴き愕然としつつも、パイロットたちは気合を入れなおす。再度フリントが空域を突破する事になれば、更なる被害が出る事は確実なのだ。この事実が自衛隊パイロットたちを奮い立たせた。

そして同時刻もう一つの航空戦が始まっていた。

 

“突入!”

“これ以上行かせるな!”

 

 遥か上空で自衛隊機とフリントが未だに鎬を削っている中、その下で艦娘たちが繰り出した航空隊と、深海棲艦の小型機による戦いが行われていた。何万もの航空機同士による航空戦という世界でも類を見ない激戦が繰り広げられ、天候が快晴であるにも関わらず入り乱れる機体たちのせいで、空の青色が殆ど見る事が出来ない。

 そんな凄惨な戦場で優位にあったのは――深海棲艦たちだった。

 

“ヤバい、数が多すぎる!”

“そんな事は解ってるよ!”

“人間さん戦闘機の援護は!?”

“フリントで手が一杯みたいだ!”

“嘘だろ!? 俺たちだけじゃ、押しとどめられないよ!”

 

 航空機の妖精たちの悲鳴が響く。深海棲艦は艦隊から発艦した機体だけでなく、フィリピン本土に駐留している小型航空機も投入して来ているのだ。沖縄防衛の事も有り、沖縄の基地航空隊を投入していない第二任務艦隊のそれと比べれば、その数の差は非常に大きい。

 また艦娘側が劣勢にあるのは、数の差以外にも要素があった。

 

“1機撃墜! 次!”

 

 敵の戦闘機を撃墜した零戦五二型が、次の獲物に狙いを定める。目標は黒い球に翼と足が生えたような戦闘機だ。速度を上げ、後方から追いすがろうとする妖精。だが全く距離を詰める事が出来ない。

 

“駄目か!”

 

 この状況に妖精は悔し気に歯噛みする。このような光景はこの戦場では至る所で見られていた。

 原因は機体性能の差だった。

 深海棲艦の繰り出す小型航空機のモデルはアメリカ軍機であり、スペック的に日本軍機ではどうしても劣勢になってしまうのだ。

過去の太平洋戦争の様に低い工作精度やガソリンの低オクタン価から来る性能低下はないため、日本機でもアメリカ軍機相手にそれなりには戦えるものの、数的劣勢となるとスペックの差が戦況に大きく響いてくる。

 そうなるとこの戦場で重要になって来るのは、敵と同じ性能の機体を操る事の出来るアメリカ系艦娘であるが、

 

“アメリカ系の奴らは!?”

“あっちも手一杯だ”

“あいつ等、大口叩いておいてこれか!”

 

 数的不利である現在の戦況では、敵と同スペック程度では状況を挽回できるはずもない。アメリカ系航空機も日本系と同じく戦うので精一杯だった。

 こうして数の差、スペックの差によって不利な状況にある第二任務艦隊の航空隊たち。しかしながら、彼らはそれでも何とか踏みとどまっていた。自分たちが突破されれば、更なる被害が出るという事実を前に、妖精たちは敵を先には進ませまいと奮闘していたのだ。

 だが、そんな彼らに深海棲艦は更なる手札を切った。

 妖精たちが戦う遥か上空、自衛隊機と戦っていたフリントの編隊の内、三機がミサイルを斉射した。だが可笑しなことに、ミサイル群は自衛隊機に向かわずに、低空域の小型機同士の戦う空域へと飛翔していった。

 

《なんだ?》

 

 その光景に戦いながらも訝しむ、F-35のパイロット。そして次の瞬間――空に幾つもの火球が花開いた。

 妖精たちの操る航空機が突如出現した火球に飲み込まれ、一瞬にして次々と海に墜ちていく。

 この光景に、人間、妖精問わず、愕然とする。

 

《特殊弾頭型だと!?》

 

 人類の対小型機兵器として多くの戦場で使用して来た特殊弾頭搭載型ミサイル。この時を持って、人類の専売特許ではなくなったのだ。

 

《よりにもよってこのタイミングでか!?》

 

 特殊弾頭搭載型ミサイルを深海棲艦が使ってくる可能性は、以前から示唆されていた。フリントという前例がある事から、各国の軍ではいつか敵も実用化すると考えていたのだ。そして彼らの予想は当たったのだが――、そのタイミングは自衛隊にとって悪すぎた。

 チャンスと見た敵の小型機たちが、果敢に攻め立てる。

 

“ヤバいヤバいヤバい!”

“早く穴を埋めろ!”

“無茶言うなよ!?”

 

 妖精たちが形成していた防空網が敵のミサイルによって大穴が開いてしまったのだ。唯でさえギリギリの状況で戦っていた彼らに、この穴を簡単には埋める事は出来ない。

 深海棲艦の小型機が次々と空域を突破していく。小型機は第二任務艦隊の前衛として出撃している艦娘部隊を狙う事無くその上空を通過していく。狙うは更に後方、ほうしょうを旗艦とした、自衛隊唯一の空母機動部隊。

 

「来るぞ、攻撃開始」

『対空戦闘!』

「直掩機は迎撃して!」

 

 「ほうしょう」を筆頭とした艦艇たちが、敵機を撃滅せんと対空ミサイルを発射する。更に艦隊外縁に展開する艦隊護衛の艦娘たちが戦闘機を差し向け、更に対空砲火を上げる。対する深海棲艦の航空隊は、最重要目標である「ほうしょう」に迫るべく、犠牲を恐れず果敢に突撃していく。

 ミサイルが敵機を薙ぎ払い、直掩機が追い散らし、弾幕が敵の侵攻を阻み、そして巧みな操艦で何とか攻撃を躱す。第二任務艦隊は必死に戦っていた。しかし深海棲艦の苛烈な攻撃の前に徐々に押されていく。

そしてその時はやって来た。

 

「敵機襲来!」

 

 「ほうしょう」の乗員が叫ぶ。超低空で飛来した四機の雷撃機が艦娘の護衛を突破し、「ほうしょう」に向けて魚雷を投下した。

 

「取り舵一杯!」

「――艦を前に出せ!」

 

 「ほうしょう」が転舵し、更にこの雷撃が直撃コースだと判断した「ゆうだち」が、空母の盾となるべく魚雷の射線に割り込む。直後、ゆうだちの右舷に轟音と共に、二つの水柱が立ち昇る。

 

「ゆうだち被雷!」

 

 浸水し、急速に右に傾いていく「ゆうだち」。

だがそれに終わりではない。「ゆうだち」を潜り抜けた二発の魚雷が、必死に躱そうとする「ほうしょう」に迫る。

そして数秒後、爆音と共に「ほうしょう」の船体が揺れた。

 

「ダメージレポート!」

「右舷艦尾に被雷! これにより速度が低下しています!」

「ダメコン急げ!」

 

 「ほうしょう」乗員が事態に対処しようと慌ただしく動く。この「ほうしょう」は日本唯一の空母なのだ。誰もが沈めさせまいとしていた。

 だが、このチャンスを深海棲艦が逃すはずもなかった。

 

「敵機直上!」

 

 迎撃網をすり抜けた敵爆撃機が、急降下と共にその腹に抱えていた爆弾を投下する。そして――

 

 「ほうしょう」の甲板から巨大な火柱が立ち昇った。

 




前々から気になってたけど、護衛艦の名前ががひらがなのせいで、文章にすると目が滑る……。

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