それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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秋刀魚、鰯漁は何とか終了。後半は鰯すら出なくなるから大変でした。


海を征く者たち88話 フィリピン沖海戦

「注水傾斜復元開始しました!」

「消火班は飛行甲板に急げ!」

「手が空いてる奴は、消火班の手伝いに行け! 高々被弾数発でこの艦を沈めるなよ!」

 

 被弾の影響のため大きな振動が断続的に続く「ほうしょう」。そこに乗艦している多くの者たちは、慌ただしく駆けまわっていた。ある者は甲板で起きる火災を消さんと走り、ある者は艦を沈めまいと指揮を執り、そしてある者は再度の攻撃に備えている。

 そんなある種の熱気が、「ほうしょう」全体を包んでいる中、CICに陣取る艦隊の上層部たちは、努めて冷静に情報を分析していた。

 

「艦隊の被害状況は?」

「今の空襲で、はるさめ、ゆうだちが轟沈し、ほうしょうが中破。あたご、あきづきは幾度か至近弾を受けたこともあり、両艦ともに小破です」

「不味いな……」

 

 海図、タブレットに記載された報告書を睨みながら、水上司令官と五木参謀長は唸っていた。

 

「予想以上に被害が大きいな」

「しかし空自機が到着したので、これで済んだともいえます」

「ああ、分かっている」

 

 ほうしょうが被弾して暫くした頃、ようやく沖縄から緊急発進した航空自衛隊のF-35Aが到達したのだ。彼らは艦隊に纏わりついていた小型機の大軍を特殊弾頭搭載型ミサイルで散らし、現在はほうしょうの飛行隊と共に、フリントを相手に戦っている。お蔭で、これ以上の被害の拡大を阻止する事が出来ていた。仮に救援が間に合わなければ、「ほうしょう」が沈んでいた可能性も高い。

 とは言え、被害が大きい事には変わりなかった。

 

「あたご、あきづきは戦闘に支障は無いが、問題はほうしょうだ。飛行甲板が使えない上に、被弾で速度10ノットも出ない」

「再出撃が出来ない以上、ほうしょうの飛行隊はフリントの撃退で精一杯でしょう。それ以降は、空中給油で何とか沖縄に向かうしかありません」

「そうなると、小型機の相手は艦娘に頑張ってもらうしかないが……、そちらはどうなっている?」

「先程と変わらず、苦戦を強いられているようです」

 

 通常艦隊による防空戦と救援機による掃討で、敵の小型機はそれなりに数は減らされてはいるものの、数自体は未だに深海棲艦の方が多く、妖精たちの苦戦は続いている。救援のための沖縄の基地航空隊の戦闘機たちは向かっているのだが、未だに海域まで到達できないでいた。そのため小型機による再度の空襲が行われる可能性もある。

 

「とは言え、今の我々の戦力ではどうする事も出来ない。最悪、後退するのも選択肢だが……」

「それも選択肢の一つですが、敵が撤退を許すかが問題です。先程の攻撃で、敵の狙いがほうしょうである事が分かりました。深海棲艦がこの状態のほうしょうを見逃す筈がありません」

「だろうな。空襲もあるだろうが、直接殴り込んで来る可能性もある」

 

 深海棲艦の視点からすれば、フリントは救援機の到達により抑え込まれ、小型機の方も優勢ではあるものの、防空に優れた艦娘と護衛艦の守りを前に空襲だけで仕留めきれるとは限らない状況だ。確実に仕留めるには、やはり「ほうしょう」に、直接砲撃するべきだろう。何せほうしょうの速度が低下しているのだ。捕捉は容易い。

 そんな深海棲艦に対抗するための手段は、一つしかない。

 

「対抗策は艦娘による艦隊決戦か。戦力差は?」

「我が方7000に対し、敵は8000。数的不利な上に、航空優勢は敵に取られている為、我が方が劣勢です」

「航空優勢を獲れれば数の差は埋められるが、飛行隊がフリントに抑えられている以上、艦娘への援護は出来ないか」

 

 水上は暫し考え込み、そして艦隊の未来を左右する決断を下す。

 

「艦娘部隊を前進させ、敵の殲滅を計る」

「よろしいのですか?」

「構わん。折角敵さんが出張ってくれたんだ。それに甘えようじゃないか」

 

 第二任務艦隊も台湾方面での泥沼の陸戦の顛末を聴いており、当初は誰もが頭を抱えていた。台湾よりも広いフィリピンで陸戦となれば、どれだけの被害が出るかも解らないし、どれだけの時間が費やされるか予想もつかなかったのだ。

 だがいざ蓋を開けてみれば、待ち受けていたのは海上での戦いだ。「ほうしょう」が狙われたのは予想外ではあったものの、深海棲艦はわざわざ縦深のある防御陣地を投げ捨ててまで、海に出てきてくれたのだ。第二任務艦隊にとっては、ここで敵を撃破出来れば今後のフィリピン占領にかかる際の手間がグッと抑えられる事も有り、艦隊壊滅の危機でもあるが、同時に千載一遇のチャンスでもあった。

 

「前線の艦娘部隊に通達。艦隊戦用意」

 

 水上の号令が艦隊全体に通達される。対する前線の艦娘たちだが反応は様々だった。

 

『戦況が不利なんだろ? 撤退じゃないのか?』 

 

 前線で戦っているある提督は訝しんだ。このまま戦っても勝てるかどうかは解らない。ならば一度引いた方が良いのではないか? そう考えつつも彼は準備進める事になる。残念な事だが、彼は艦隊全体を指揮する立場にはないのだ。勝手な真似は出来ない。

 

「よっしゃあ、来やがれ!」

 

 ある艦娘は喜んでいた。これまでずっと敵の小型機を相手に苦戦していたため、フラストレーションが溜まっていたのだ。ようやく鬱憤を晴らせると、彼女は気炎を挙げていた。

 

「燃料と弾薬をお持ちしました!」

 

 ある艦娘は駆けまわっていた。先程までの航空戦で多くの艦娘が燃料、弾薬を消耗している。そこで活躍するのが補給艦だ。彼女たちは水上戦が始まるまでに少しでも多くの艦娘に物資を届けるために、奮闘していた。

 第二任務艦隊の艦娘部隊が前進する中、深海棲艦側にも動きがあった。

 

――水上戦用意! 突入するわ!

 

 深海鶴棲姫の号令と共に、深海棲艦たちが眼前の艦娘に向けて速度を上げていく。艦隊の指揮を執っている深海鶴棲姫としては、敵の行動は都合が良かった。

 今でこそ航空戦で優位ではあるものの、いつまでも続くとは考えていなかった。先程の航空攻撃はフィリピンの機体を掻き集めて繰り出した乾坤一擲のものであるため、既に二の矢は残っていない。対して人類側は沖縄からの援軍が残っているのだ。

 このまま航空攻撃を継続しても敵空母の撃破は困難。目標を達成するには水上戦で決着を着けるしかない。

 そう考えていた所で、敵が態々逃げずにこちらに向かって来てくれたのだ。深海鶴棲姫としても、このチャンスを逃すつもりは無かった。本隊に援軍を合流させ、一大決戦に備える。

 両者の思惑が一致し、両艦隊の距離が一気に縮まっていく。そして、

 

「敵艦が射程に入りました!」

『攻撃開始』

「了解、全門斉射!」

 

 戦艦同士の一斉射から、フィリピン沖での水上戦が始まった。

 最初は戦艦、次に重巡、時間を置いて軽巡、駆逐と、互いの距離が狭まると共に砲撃が激しさを増していく。

 第二任務艦隊、深海棲艦、双方の動きは似通っている。ある部隊は敵を突破しようとし、ある部隊は敵の陣形の隙間を突こうと迂回し、ある部隊は陣形に開けられた穴を即座に塞ぐ。その動きは人数も相まってまるで陸戦における浸透戦術のそれに近い。

 そんな戦いが続く海域だが、流れは一方に傾きつつあった。

 

「分かってはいたが、押されるか」

 

 次々ともたらされる情報を捌き、艦隊を指揮する水上は、海図を睨みながら呟いた。

 戦場には第二任務艦隊にとって不利な状況が多い。戦力差からして艦娘が7000名であるのに対して、深海棲艦は約8000隻を繰り出しているのだ。今行われている水上戦では、双方が空母戦力とその護衛が後方に下がっているため、数の差は多少は緩和したかもしれないが、数的優位が敵方にある事には変わりない。

 だが更に深刻なのは、航空優勢が未だに深海棲艦にある事だ。現代戦において航空優勢は重要項目であり、対深海棲艦戦においてもそれは変わらない。空と海、双方からの攻撃により、艦娘部隊の苦戦は免れなかった。

 

「前線部隊の打撃力の縮小が止まりません。このままでは……」

「……」

 

 艦娘の特性故に轟沈しにくいものの、轟沈率が低いだけで、状況如何では当然だが艦娘は轟沈する。そうでなくとも大破した艦娘は戦力にならないため、戦線から離脱するのだ。ダメージレースで相手が上回るのは当然と言っても良い。

 戦況は明らかに不利。このまま手を拱いていては敗北は免れないだろう。だが彼らにも、希望は残っている。

 

「沖縄から発進した基地航空隊より、間もなく戦場海域に到着するとの事です」

「来たか」

 

 通信士官の報告に、水上は小さく笑った。事前の報告によれば基地航空隊は戦闘機を中心とした部隊だ。戦場に到達出来れば確実に航空優勢は拮抗状態まで持ち込める。そうなれば艦娘と深海棲艦のスペック差を考えれば、逆転は可能なのだ。

 この情報は直ぐに前線にも伝えられ、それにより士気を持ち直す艦娘部隊。だがこの情報は深海棲艦にも入っていた。

 

――不味いわね。

 

 艦隊の指揮を執りつつ、周辺海域を航行していた潜水艦からもたらされた報告を前に、深海鶴棲姫は焦りを隠せなかった。

 当初の見立てでは航空優勢を獲っている以上、艦娘部隊の早期撃破が可能だと思われていたのだが、艦娘たちが予想以上に強く、そのせいで沖縄の航空隊が到着しようとしている。航空優勢が拮抗となれば、敵部隊の突破の難易度は一気に上がってしまうのだ。

 深海棲艦にとっての勝負は、敵の援軍が到達するまでの短い時間だ。その時間で敵に致命打を与えれば、援軍など些細な障害に過ぎなくなる。

 だからこそ深海鶴棲姫は、最大の突破力を発揮する戦法を選択する。

 

――指揮艦に通達よ。直ぐに第二艦隊後方に集結して。

 

 彼女の通信と共に、戦場で戦っている部隊から一部の艦が後方に下がり、そしてある地点に集結していく。

 数は少ないが、その艦は錚々たる者ばかりだ。駆逐棲姫、防空棲姫、重巡棲姫、戦艦棲姫etc。そのどれもが、強力な力を持つ姫級と呼ばれる艦種ばかりだった。

 深海鶴棲姫の狙いは一つ。過去、紅海での戦いで行われた姫級の集中運用による浸透突破である。

 次々と姫級が集結し、その規模の小ささに関わらず凶悪なまでの戦力が集中していく。そんな状況を第二任務艦隊が見逃す筈もない。

 

「来たか。機動打撃部隊に通達しろ」

 

 その情報は直ぐに前線部隊の直ぐ後ろ、これまで前線部隊のフォローを中心に動いていた機動打撃部隊に通達される。

 

『仕事の時間だ。行くぞ』

 

 機動打撃部隊を担当する各艦隊が、前線の何処に穴が開いても直ぐに動けるように準備を始める。

 深海棲艦の浸透突破部隊の集結と、機動打撃部隊の配置完了は同時だった。

そしてそれは始まった。

 

「艦娘部隊右翼に航空攻撃が集中しています!」

 

 「ほうしょう」の通信士官が叫ぶ。これまで空を所狭しと舞っていた深海棲艦の小型機たちが、前線部隊右翼に集中攻撃を開始する。攻撃された部隊は対空性能の高い艦娘を揃えてはいたものの、数の暴力の前には役には立たず、前線に穴が開く。

 

――突入!

 

 姫級200隻で構成された浸透突破部隊が、前線の穴に向けて突撃した。その圧倒的な能力で周囲の艦娘たちを次々と打ち倒しつつ、陣形の突破を図ろうとする姫級の深海棲艦たち。

 だがそれを機動打撃部隊が黙って見ているはずもない。

 

『ポイント42‐33だ! 食い止めろ!』

『急げ!』

 

 各地点で配備についていた計600名の高練度艦娘からなる、機動打撃部隊が集結していく。

 双方がこの勝敗の結末で、フィリピン沖での戦いの趨勢が決まる事を理解していた。攻める浸透突破部隊からすれば、目の前の部隊を突破出来れば艦娘部隊を後方から蹂躙出来る。守る機動打撃部隊からすれば、ここを凌げば反撃に転じる事が出来る。

それ故に双方から大量の砲弾と魚雷が飛び交う、海戦が始まって以来最も激しい戦いが繰り広げられていた。

 そして双方の切り札同士がぶつかり合う戦いを制したのは――

 

『足が止まった! 突っ込め!』

 

 第二任務艦隊の機動打撃部隊だった。彼女たちは突破しようとする姫級たちに対して、高い打撃力と分厚い装甲を持つ戦艦たちによる集中攻撃を敢行。乱打戦となり敵の目が戦艦たちに向けられている所に、水雷戦隊が突入し魚雷を叩きこむ、と言うかつての連合艦隊のお家芸を披露して見せたのだ。

 結果、深海棲艦の浸透突破部隊は大打撃を受け、突破力を喪失。深海鶴棲姫による乾坤一擲の攻撃は失敗に終わる。

 

――まだよ!

 

 浸透突破戦術失敗の動揺を隠せないながらも、深海鶴棲姫の心は折れない。確かに切り札は破られたが、戦況自体は未だに優位にある。艦娘の機動打撃部隊も損害を戦いで損害を出しており、平押しでも勝てると目していた。

だがその目論見も、戦場海域の北からやって来たそれによって阻止される事となる。

 

“騎兵隊の到着だー!”

“掛かれー!”

 

 沖縄から飛来した零戦、烈風を中心とした戦闘機隊が、未だに敵味方双方が入り乱れる空域に躍り出た。彼らの活躍は目覚ましく次々と敵機を撃破し、航空優勢を獲得する。更に数こそ少ないものの、戦闘機隊に同行していた一式陸攻編隊が、深海棲艦に魚雷や爆弾を叩きつけていく。

 

 浸透突破部隊の阻止、基地航空隊の到達より戦況は逆転した。

 

 数こそ深海棲艦が上ではあるが、個艦での戦力は艦娘の方が上だ。更に航空優勢も艦娘部隊の手にある事から、ダメージレースは逆転していた。

この機に乗じよと言わんばかりに、攻勢を仕掛ける艦娘部隊。対するは深海鶴棲姫は押し返そうと必死に指揮を執るも、一度動き始めた流れを簡単には止める事は出来ない。見る見るうちに損害が拡大していく。そして、

 

――……撤退よ。

 

 最早逆転は不可能と判断した深海鶴棲姫、歯噛みしつつも生き残っている艦艇全てに通達した。

 こうしてフィリピン沖海戦は、激戦の末に第二任務艦隊の勝利と言う形で幕を閉じた。

 

 




やっぱり、海戦シーンは難しい。

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