それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回のダイスロール結果で、一番頭を抱えた項目です。
何があったって? タイトルで察して欲しい。

余談ですが、
ほうしょうの損害判定、1~10(無傷)、11~30(小破)、31~60(中破)、61~90(大破)、91~(轟沈)。
結果、1d100:46

誤字修正ありがとうございました。ようやく大まかな修正が終わりました。

11月25日、ポルトガル系艦娘について一部改訂しました。


海を征く者たち89話 欧州戦線異状アリ

 2020年2月上旬。未だにTF作戦が継続され、前線で自衛隊員や艦娘たちが戦っている間であっても、自衛隊上層部の仕事は変わらない。日々下から送られてくる書類を捌き、そして自衛隊を動かすための会議を行い、また書類仕事をこなす。防衛省の仕事は外敵と戦うという特殊な仕事を受け持つ組織であるが、本質は官僚組織だ。そのためこの様な業務が延々と続くのは当然とも言える。

 

「分かっていましたが終わりませんね、これ」

 

 防衛省庁舎の大臣執務室、坂田防衛大臣は山の様に積まれた書類の束の前で、ため息を吐いていた。TF作戦と言う二方面同時攻略作戦により、大臣クラスが目を通さなければならない書類が一挙に膨れ上がり、通常時とは比べ物にならない程の書類の量となっているのだ。

 必要な仕事とは言え、執務机一杯に積み上げられた書類を前にしては、愚痴の一つでも零したくはなる。

 

「気持ちは分かりますが、仕事はして下さい。これ、追加分です」

 

 大淀が呆れながら、抱えていた書類を執務机に更に積み上げる。その光景を前に、坂田は思わず顔を歪めそうになっていしまう。本音としては大淀にも手伝ってもらいたい所だが、残念な事に積み上がる書類の全てが坂田の承認が必要なものばかりであるため、彼がこなす以外に手は無かった。

 

「分かっています。……所で、例の報告は?」

「先程届きました。こちらです」

 

 坂田は差し出された書類を受け取ると、手早く書かれた内容を読み解いていく。

 

「やはりほうしょうの修理には時間がかかりますか」

「艦尾と飛行甲板に大穴が開いていますし、仕方ありません」

 

 敵の小型機からの雷撃及び爆撃により損傷した「ほうしょう」は、再び横須賀の第六ドックにて修理される事になった。チェックの結果、艦が受けたダメージは幸いな事に修理可能な程度であるものの、ドックから出られるのは最短でも年末という話であり、当面の間の海上戦力の低下は免れなかった。

 とはいえ坂田はそこまで悲観はしていなかった。

 

「最も、フィリピン攻略は順調に進んでいます。こう言っては変な話ですが、ほうしょうが居なくとも、今の所問題は無いでしょう」

 

 「はるさめ」「ゆうだち」を喪失し、機動部隊の中核たる「ほうしょう」が中破のため本土に帰還、生き残っている「あたご」「あきづき」も小破と、第二任務艦隊の通常艦艇は壊滅と言ってもいいだろう。

 だが通常艦艇は対深海棲艦戦においては補助戦力なのだ。主力たる艦娘たちの損害は許容範囲内に収まっており、作戦の継続は可能だった。

 またフィリピン沖での海戦で勝利したためか、フィリピン方面の深海棲艦の戦力はかなり減少しており、フィリピン本土の占領は事前の予想以上の速度で進んでいた。勿論、深海棲艦の抵抗は続いているが、余裕を持って跳ね除けられる程度であり、大した損害もないまま占領作戦は続いている。

 だがそんなフィリピンを見て、TF作戦が順調に進んでいるかと問われれば、坂田としては素直に頷くことが出来かった。

 

「問題は台湾です。何とか台湾本土の半分までは占領出来ましたが、そこから逆襲されています」

「南沙諸島拠点からの援軍が到達してしまいましたからね……」

「今思えば、無理を言ってでも、いずもを空母に改装しておいた方が良かったですよ」

 

 憂鬱気にため息を吐く大淀。坂田も小さく肩を落とす。

 台湾は上陸当初から荒れていた。艦娘たちの慣れない陸戦、空自基地のある沖縄から距離がある故に対フリントのエアカバーが十分でないと言う不利な条件の上に、深海棲艦による強固かつ粘り強い抵抗にあった事から、第一任務艦隊は苦戦を強いられていた。それでも徐々に、だが確実に占領は出来ていた。

 だが第一任務艦隊は時間を掛け過ぎていた。

 

――反撃を開始する。

 

 台湾本土の二分の一を占領した時点で、南沙諸島拠点からの援軍が到着。その数5000隻。唯でさえ敵の防衛能力を相手に苦戦していたにも関わらず、ここで攻勢のための戦力が補充されてしまったのだ。形勢は一気に逆転、第一任務艦隊は押され始めてしまう。

 この事態に慌てて沖縄に待機させていた、予備戦力である艦娘1000名を投入したものの、決定的な決め手にはならず戦線後退を遅らせるに過ぎなかった。

 

「更なる援軍を佐世保から出す事になっていますが、編成の関係で現地到着まで少なくとも1週間は掛かります」

「それまで台湾が持てばいいのですが……」

「そこは第一任務艦隊の頑張りに期待するしかありません。ですが、何としてでも台湾は落としておきたい所です」

「南沙諸島攻略には、台湾の立地は都合が良いですしね」

「勿論、それも有りますが――オーストラリアで深海棲艦が活発化し始めた事も気になります。狙いは分かりませんが本土防衛のためにも縦深は欲しいです」

「そうですね」

 

 坂田の言葉に大淀は頷いた。

 救援要請も虚しく孤立無援の末に昨年に陥落し、深海棲艦の勢力圏に入ったオーストラリアは、これまで大規模な深海棲艦の動きは確認されていなかった。だが今月に入り、オーストラリアの深海棲艦が大規模で動く姿が確認され、更にインドネシアに控えている深海棲艦の一部がオーストラリアに向かう光景が、日本の情報収集衛星によって確認されていた。

 この一連の動きに、IDROや日本の研究機関は「オーストラリアを本格的に生産拠点化するための活動」と判断していた。何せオーストラリアが人類の勢力圏から最も離れているのだ。生産拠点としてはオーストラリアは最適だった。

 日本政府としてもこの判断は妥当だと考えており、数年以内に東南アジア方面からの圧力が上昇する事は確実視されている。この圧力に対する日本本土の盾として、台湾とフィリピンは手に入れたい所だった。

 

「では、そんな未来を作るためにも、溜まっている書類を片付けてしまいましょう」

「現実に引き戻すのをやめて下さいよ……」

 

 大淀の無慈悲な注文に、坂田は思わずため息を吐きつつ、仕事を片付けようと新たな書類に手を伸ばす。

 だが、そんな彼に待ったをかける存在が現れる。遠くからドタドタと足音が近づいて来たと思うと、乱暴に執務室の扉が開かれる。

 

「司令官、失礼します!」

 

 飛び込んできたのは、大淀と同じく秘書として働く青葉だった。彼女は書類が入っているであろう封筒を手に、慌ただしく坂田に駆け寄って来る。

 

「青葉? どうしましたか?」

 

 その只ならぬ様子に、坂田は緊張感を強めるしかない。青葉は息を整えると、手にしていた封筒を差し出す。

 

「外務省から緊急連絡です! ヨーロッパ戦線で緊急事態が発生しました!」

 

 

 

 2020年2月始め、欧州ではスエズ奪還の機運が最高潮に達していた。スエズ陥落と言う欧州史に記された汚点を、今次作戦で雪ごうとしているのだ。その気合の入りようは壮絶なものであった。

 今この時のために、彼らは入念な準備をしてきた。

 事前準備として、スエズを占領する深海棲艦に対して、散発的なハラスメント攻撃をして相手を消耗させたり、紅海に定期的に機雷をばら撒き補給路を断つなど、入念に相手を弱体化させてきたのだ。少しでも奪還成功確率を上げるための作戦だった。「今度は負けない」 そんな想いの下、多くの者がこの前段作戦に従事して来ていた。そのお蔭か事前の偵察ではかなりの弱体化が見られており、軍上層部は前段作戦が間違っていなかった事を確信した。

 今次作戦ではそんなスエズを相手にする事になるのだが、相手が弱体化しているからと言って、欧州は手を抜くつもりは無かった。

 主力戦力として投入する艦娘は、各国から掻き集めた約12000名。しかもその多くが高練度艦娘だったりアメリカ系艦娘だ。複数国からなる連合故に、連携にやや難があるものの、強力な戦力である事は変わりない。

 また通常兵器も掻き集められている。

 空は対フリントとして各国で量産されたF-35と、欧州におけるフリントに対抗できる機体であるタイフーンが集結。

 海では各国で辛うじて生き残っている艦艇から、今次作戦のために集結したフリゲート、コルベット群。そんな通常戦力の中で中心となっているのが、費用対効果を無視しつつ改修された結果、F-35Bが運用可能になったイギリス海軍所属の「イラストリアス」と、スペイン海軍の強襲揚陸艦「フアン・カルロス1世」だ。両艦とも戦場海域での航空機運用が期待されていた。

 

「アラビア海、紅海、そしてスエズで散っていった同胞たちの無念を晴らす!」

 

 上級将校、将兵、提督、艦娘。誰もが気炎を上げ、作戦開始を今か今かと待ち望んでいた。

 そして作戦が始まる直前――、ヨーロッパの西で思わぬ動きがあった。

 

「アゾレス諸島拠点に動きアリ」

 

 この情報が出回った当初、各国の軍上層部は共通して「やはり来たか」という認識だった。彼らも深海棲艦が拠点間で連携をとることは嫌と言う程知っているのだ。今回の件も恐らくスエズへの援護であると考えていた。

 それ故に、という訳でもないが大西洋側の防備に関しては既に対処はしてあった。地中海の出入り口であるジブラルタルは、その地域の重要性故に以前より多くの戦力が配備されていたのだ。主力である艦娘4000名を始め、空軍の航空隊、対空ミサイル連隊、更には艦娘用装備を流用した防衛設備など、強力な戦力が置かれており、ジブラルタル防衛は勿論の事、多少の攻勢にも即座に可能であったのだ。

 このジブラルタルがある限り守りは固い。誰もがそう考えていた。

 だが事態は、想定を上回る事になる。

 

「深海棲艦による大規模艦隊の出撃を確認。数10000。予想進路上にジブラルタル」

 

 この報告に各国、特にジブラルタルを保有し、戦力を置いているイギリス軍軍上層部は顔を歪めることになる。10000隻という数は、アゾレス諸島拠点に予想されている戦力の大半だ。まさかそれだけの戦力を陽動のために繰り出してくるとは思っても見なかったのだ。

 とはいえ、イギリス軍上層部はその時点では、そこまで慌ててはいなかった。確かに相手は10000隻もの大軍であり数的不利ではあるが、対処は可能なレベルにあると考えていた。ジブラルタルは要塞化されており、それを活用すれば敵の大軍相手にも十分に戦えるように訓練していたのだ。

 しかし翌日、更なる情報に想定がひっくり返る事になる。

 

「敵4000隻が艦隊を離脱、二手に分かれる。なお、分離した艦隊の予想進路上にリスボンあり」

 

 この事態に泡を食ったのがポルトガルだった。敵艦隊に対して警戒はしていたが、狙いはジブラルタルだと考えていたのだ。しかも近場に大戦力を擁しているジブラルタルに救援を呼ぼうにも、あちらも6000隻の大艦隊を前に防衛戦に徹するしかないため、救援は期待できなかった。

 

「戦力を掻き集めろ! 早く!」

 

 ポルトガル軍上層部は叫びつつ、ポルトガルに残されている戦力を文字通り掻き集めた。更に隣国のスペインにも救援を頼み込みつつ、艦娘戦力を首都であるリスボンに集結させ、敵の襲来に備えた。

 2月5日。ジブラルタルで衝突するのと同時期に、急遽掻き集めたリスボンに立てこもる5000名の艦娘を中心としたポルトガル軍と、深海棲艦4000隻の大艦隊が激突。後にリスボン防衛戦と呼ばれる戦いが始まった。

 果敢に攻め込む深海棲艦を前に、必至に防戦をするポルトガル軍。その戦いの流れは――終始、深海棲艦が握っていた。

 

 5000対4000。数だけ見ればポルトガルが優位だろう。だがその戦力の内実は貧弱としか言いようが無かったのだ。その原因は艦種にあった。

 少数の駆逐艦とフリゲート、通報艦、そして時代遅れの装甲艦。欧州の艦娘小国であるポルトガル系提督では、その程度の艦娘しか建造出来なかった。つまり艦娘5000名の内訳の殆どが、貧弱な戦力で構成されているのだ。

 対する深海棲艦は戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐と諸兵科連合。いくら数で優位にあっても、性能差を埋める事が出来なかった。

 そうなると頼りはスペインからの援軍、そしてポルトガルが獲得したアメリカ系提督に頼るしかないのだが――こちらも難しかった。

 スペイン系提督の最大戦力は戦艦であるものの、運用しているのは世界最小の弩級戦艦であるエスパーニャ級3隻。敵の戦艦クラスを相手にするにはスペック不安があり、そして予想通り苦戦していた。

 そのため頼りはアメリカ系だが、奮闘はしていたのだが数が不足しており終始苦戦していた。ポルトガル軍もアメリカ系提督を獲得しているのだが、その多くをスエズ奪還作戦に送り出していたのだ。この背景には、ポルトガル政府による「スエズ奪還作戦に多くの戦力を出す事で、国際社会でのアピールを行いたい」という意図はあったのだが――、今回、裏目に出てしまった。

 

 このような状況ではポルトガル軍が、深海棲艦の大軍に勝てるはずもなかった。最終的にポルトガル軍はリスボン防衛戦に敗北。ポルトガルの首都が深海棲艦に占領されてしまう。

 そしてこの事が、スエズ奪還作戦に大きな影響を与える事になる。

 




とりあえず、ポルトガルは全盛期に自国産業を育成していなかったのが悪い。

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