それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
ある日の鎮守府執務室。提督は書類仕事に追われていた。ここ数日、この鎮守府の担当区域ギリギリに大規模な深海棲艦の艦隊が出現。隣接鎮守府と連携して対応することとなった。
問題は隣接した鎮守府の戦力は当鎮守府より貧弱で、こちらが大半の戦力を出す羽目になっていた。そのために出撃に関する各種書類を早急に作成する必要が出たのだ。
「ふむ……」
チラリと時計に目を向ける。そろそろ昼食の時間で空腹ではあるのだが、目の前の書類の山を見ると、とてもではないが食堂まで行ってのんびりと昼食を採る時間はなさそうである。食堂で仕事をしながら食べるのもいいが、食堂を取り仕切る間宮があまりいい顔をしないだろう。以前やったら調理をしつつもチラチラとこちらを見ていた。
ベストなのは今日の秘書艦の龍驤に食堂から昼食を持ってきてもらうことなのだが、生憎と先に休憩に出していてここにはいない。十分前に出たばかりなので当分帰ってこないだろう。
いっそのこと食べないという選択肢もあるが、それをやると確実に間宮が乗り込んで来る。彼女は食事を抜く等の食にまつわる不健康な行為には厳しい。
(出前しかないか)
間宮が提案、構築した食事のデリバリーシステム。この鎮守府では大規模作戦従事時や緊急時によく使用されるシステムで、食堂に連絡を入れることにより、食堂で働いている者、間宮や伊良子、手すきの艦娘や妖精が持ってきてくれる。最もメニューはおにぎりの様な軽食だけだし、食堂が混雑時には届くのに時間がかかることが多い。
現時刻は食堂が一番忙しい時間帯。出前が届くのはかなり遅くなるだろうが、仕方がない。
そのようなことを考えつつ執務机に備え付けてある電話に手を伸ばした所で、室内にノックの音が響いた。
「ふむ」
目の前には白米に、味噌汁、ほうれん草のお浸し、たくあんが数切れ、そしてメインのサバの味噌煮。いつもなら食堂で出される間宮謹製のサバの味噌煮定食が目の前に並んでいる。
「お茶入れてきたわよ」
出される緑茶。食堂にいつも備え付けているものではなく、提督が執務中に飲む自費で購入した茶葉で入れられたものだ。付き合いの長い彼女が入れたものであるため、見事に提督の好みの濃さになっている。
「ああ、ありがとう叢雲」
特型駆逐艦五番艦叢雲。
提督が初めて出会った艦娘、いわゆる初期艦である。
「どういたしまして。お礼代わりにこれもらうわよ」
「それが狙いだったか」
彼女の手にはアイスが一本――間宮や伊良子が作る本格的なアイスではなく、安物のソーダ味の棒アイスが握られていた。執務室には間宮羊羹だけでなく、煎餅やクッキー、アイスと言った保存のきく菓子類がストックされている。提督が自分用に自費購入したものではあるものの、艦娘たちは割と容赦なく持っていっていた。
「しかしよくわかったな」
「なにが?」
「俺が食堂に行けないってこと」
「龍驤さんに頼まれたのよ。『忙しいらしい』だって」
「その龍驤は?」
「鳳翔さんのところに行ってるわ。試作品の試食だって」
「そうか」
この鎮守府の龍驤はかなり舌が肥えている。そのためか間宮や伊良子、鳳翔といった料理が得意な艦娘から味見を頼まれることが多かった。
「しかし叢雲」
「なによ」
「随分と思い切った髪の切り方をしたな」
サバの味噌煮に箸を付けつつ、提督は叢雲の髪に視線を移す。そこに腰まで届く銀髪はなく、ショートカットにカットされていた。
「今日はショートカットの気分だったのよ」
「三日前がボブカットだったっけ」
「そうよ。入渠すれば身体が元に戻るんだから便利だわ」
戦闘により負傷をすることが多い艦娘が常に戦場に出ることが出来る要因が、鎮守府に設置されている入渠施設だ。大概の傷なら入渠施設を使えば、長くても24時間で全快する脅威の施設。元々人間と比べて傷の治りが早い艦娘ではあるが、入渠施設がなければ無限に湧き出してくる深海棲艦との戦闘はできないことは、誰の目にも明らかである。
入渠による治療だが、艦娘が無意識に思い浮かべる『自分の姿』を元に治療しているようである。そのため叢雲の様に髪を切っても、入渠での治療の際『髪の長い叢雲』を元に治療するため、入渠が完了するとよく見る髪の長い叢雲が出てくる。
「しかしお前も随分と変わったな。昔は中々融通が利かないタイプだったのに」
「アンタに呼ばれてもう二十年よ。ある程度性格だって変わるに決まってるじゃない」
「その結果性格が丸くなった、と」
艦娘は建造された際、基本的に体格や性格はその艦によってある程度テンプレが決まっている。そして艦娘が過ごした環境、年月で変化していくのだ。
叢雲の場合、建造当初は所謂クールな一匹狼なタイプだったが、十八年程前にとある作戦で出会ったお節介好きな女性自衛官と出会ってから大きく変化し始めた。女性自衛官に引きずられる形で性格も柔らかくなり始め、またファッション関連全般に興味を持つようになった。現在の叢雲の趣味が洋服の作成なあたり、入れ込み具合がよく分かる。なお件の女性自衛官とは交流が続いている。
「大和用の服も作ってるんだって?」
「武蔵さんの依頼でね。後にペアで着れる様に武蔵さん用のやつも作ってるわ」
「アイツの大和への入れ込み具合も中々だな」
「ああ言うのをシスコンっていうのかしら」
「どちらかと言えば庇護欲に近くないか?」
「あー、ウチの大和さんって他より小さいものね」
艦娘は基本的にどこの鎮守府で建造されようが容姿は変わらないが、ごく稀にだが他と容姿が違う艦娘が建造されることがある。ここの鎮守府では大和がその例に入る。
身長は駆逐艦――吹雪型程度であり、性格の方は通常の大和のそれだが、体格に引きずられたのかどことなく子供っぽい。そのせいなのか戦艦組よりも駆逐艦たちとの方が、仲が良かったりする。鎮守府内では駆逐艦に混じって遊ぶ大和の姿がよく見かけられる。最も当の大和は自分の体格の事を大分気にしており、身長が伸びるようにと毎朝の牛乳は欠かさないのだが。
「でもなんでああいうイレギュラーな艦娘が出るのかしらね」
「さあな。案外妖精さんがいじくったせいかもな」
「それもあるかもね。どうせだったら私も大人の身体が良かったのに」
「あー大人の叢雲は見たことないな。代わりに大人の龍驤なら見たことあるぞ」
「そうなの?」
「ああ、体格は蒼龍に近かった――」
そこまで言ったところで――
執務室の扉が乱暴に開かれ、小さい影が飛び込んできた。それは一直線に提督まで駆け抜けると、彼に飛びついた。
「それ本当なんやな!?」
その影の名は龍驤。提督の肩をつかむ彼女には並々ならぬ気迫をまとっていた。
「確かに蒼龍の身体のウチがいたんやな!」
「た、確かに見たが……」
「よし、よしよしよしよし!」
提督から離れ、両拳を握りガッツポーズを取る龍驤。叢雲が恐る恐る声を掛けた。
「えっと、どうしたのよ……」
「希望が見えたんや」
「えっと?」
「『蒼龍の様な身体の龍驤』がいるということは、ウチも将来そうなる可能性があるということや。もちろん蒼龍みたいになるのは難しいかもしれへんが、それなりに成長する可能性は高い!」
「お、おう」
「キミィ、いつか成長した身体でブイブイいわしちゃるからな。楽しみにしててや!」
それだけ言うと龍驤は執務室から飛び出していった。因みにまだ彼女は休憩時間中なので、出ていくことには問題はない。
あまりの展開の速さについていけていない執務室の二人。しばらくの沈黙の後、口を開いたのは提督だった。
「……あいつ自分の体系については、悩んでなかったんじゃ?龍驤自身がネタにしてたぞ」
「……アンタが希望を見せちゃったから、ああなったんじゃない?」
「つまり俺のせいか……」
「艦娘って成長できるの?」
「……艦娘が出てきてから二十年経っているが、改造以外での成長例は一応ある」
「そうなの?」
「ただ成長したといっても身長が数センチ伸びたというものだ。スリーサイズや体重の変動の例もあるが、そっちは食生活の問題だったらしい」
「つまり?」
「龍驤の言うような大きな変化は見込めない。あったとしても少し成長するぐらいだ」
「……」
その後、仕事に戻ったキラキラオーラ全開な龍驤の仕事スピードは凄まじく、提督が抱えていた仕事が夕方には終わる程であった。なお提督はそんな彼女に艦娘の成長についての事例を言うようなことは出来なかった。
龍驤成長可能性判定:98
( ゚д゚) ・・・
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚) ・・・
(つд⊂)ゴシゴシゴシ
_, ._
(;゚ Д゚) …!?
( ゚д゚ ) これは蒼龍こえますわ…