それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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前話のポルトガル海軍の保有艦娘について、改訂しました。なお戦闘結果が変わる事はありません。低スペックの装甲艦と通報艦が増えた所で、ひっくり返しようがないのです。


海を征く者たち90話 政治と国防の狭間で

 リスボンの陥落。この思わぬ事態を前に、スエズ奪還に期待を寄せていた欧州各国は、先日までの気概は吹き飛ばされ、上から下まで阿鼻叫喚に陥っていた。

 この反応も仕方のない事だろう。本土に深海棲艦が上陸した場合、どのような事になるのかなど、現在のアメリカ合衆国を見ればすぐに理解できる。誰であってもアメリカの二の舞は御免である。

 また軍事的にも直近の危険性として、リスボンが深海棲艦のジブラルタル攻略の前線基地として機能している事が挙げられる。2月5日での攻防ではジブラルタルの防衛部隊は、何とか敵の攻撃を凌ぎ切ったのだが、撤退した深海棲艦艦隊はリスボンに入場している。深海棲艦がリスボンを前線基地として利用している事は明らかであり、近い内に再度攻撃を受ける可能性が恐ろしく高いのだ。

 直近、そして今後のためにもリスボンの奪還は最優先課題だった。

 

「……面倒な事になった」

 

 クレタ島、スエズ奪還作戦の司令部として使われている庁舎の会議室では、各国の上級将校が顔を突き合わせていた。だがその空気は重苦しく、更に誰もが苦り切った表情を浮かべている。

 

「仮に内陸部に侵攻されれば、敵の排除がかなり面倒になる。リスボンを何とかしろと言う政府の要望は、理解は出来るな」

「それにジブラルタルの件もある。今は何とか持ちこたえているが何度も攻撃されれば陥落する可能性が高い。ジブラルタルの救援、リスボンの奪還は急務だ」

「ああ、それについては異存はない。だがな……」

 

 今次作戦のためにイギリスから派遣された司令官は、指令書を眺めつつため息を吐いた。

 

「リスボン奪還と並行して、本来の作戦目的のスエズ攻略もやれと言うのは、無理があるだろうに」

 

 

 スエズ攻略部隊がこの様な状況に追いやられたのは、深海棲艦の戦術、そして欧州各国政府による思惑によるものだった。

 リスボンでの敗戦の知らせを聞いて、最初に動きを見せたのは、NATOの最高司令部である、欧州連合最高司令部だった。彼らは欧州本土に深海棲艦の拠点が建造された際の危険性を正確に理解していた事から、即座にスエズ奪還作戦を中止し、戦力をそのままジブラルタル救援及びリスボン奪還に転用しようとしていた。

 だがここで待ったをかける存在があった。欧州各国の政府たち、正確にはイタリアやギリシャ、トルコといったスエズから近い地中海に面した国々だ。

 

「確かにリスボンの奪還は急務だ。だがリスボンにかまけてスエズを放置する訳には行かないはずだ」

 

 彼らとしてもリスボンの放置がそのまま自身の身の安全に繋がる事は理解しているのだが、だからといってスエズからやって来るであろう深海棲艦の危機も見過ごせなかったのだ。立地故にスエズの危険性を身に染みている故の主張だった。

 また一部軍人からも、これまで長い時間を掛けてスエズを弱体化させたのに、ここで放置するのは問題ではないか? という声も上がっており、この意見に各国政府も同調。欧州連合最高司令部は政治的な介入を受ける事となる。

 この事態を受け、欧州連合最高司令部は方針を一部転換する羽目になった。スエズ奪還作戦については「中止」ではなく「延期」とし、リスボン奪還後に返す刀でスエズ奪還作戦を発動する事となったのだ。連戦に次ぐ連戦故に現場に大きな負担が掛かるのは確実であり、その点を不安視する声が絶えなかったが、政治的要求を満たすにはこれしかなかった。

 このプランに各国政府も賛同の意を示す事となる。また現場の負担の問題については、各国が部隊に資源や物資、更には慰安について出来る限り融通する事が決まっており、最高司令部の努力がうかがえた。

 だが直ぐにその努力が吹き飛ばされる事となる。

 

「ソコトラ島にて深海棲艦に動きアリ」

 

 始まりはトルコの保有する偵察衛星が捉えた映像だった。紅海のインド洋側出口に位置するソコトラ島で数千規模の大艦隊が集結している事が確認されたのだ。この情報を前に、トルコは急遽、航空機による偵察を行った。

 

《ソコトラ島の大規模艦隊の紅海突入を確認》

 

 F-16の見たモノは、紅海を突き進む、4000隻からなる深海棲艦の大艦隊の姿だった。

 とは言え、この情報を手にしたトルコ軍は、当初は誤報を疑っていた。何せ紅海は欧州各国の連携により、数えきれないほどの機雷が敷設されているのだ。幾ら数千隻もの大艦隊とは言え、通り抜けられないと考えていたのだ。

 だが、深海棲艦はこの機雷原を力技で押し進んでいた。彼女らは機銃や砲を進行方向に絶えず撃ち込むことで機雷を排除していたのだ。まるで陸戦における簡易的な地雷排除方法だが、当然その様な乱暴な方法で全ての機雷が排除できるはずがない。何隻もの艦が機雷の餌食になるのだが、艦隊はその様な犠牲を厭わず突き進んでいた。

 

「どこまで非常識な奴らなんだ!?」

 

 この報告に各国の軍事関係者は思わず叫んだのだが、今はそれどころではない。このタイミング、そして紅海を進む艦隊が大量の補給艦を擁している事に、深海棲艦の狙いはスエズの救援である事は間違いない。しかし司令部が考えているプランでは、援軍到達前にスエズを攻略出来る見込みは全くなかったのだ。また援軍合流後に決戦を挑んだとしても、物資が補給され、更に数も増強されたスエズを相手に勝てるかどうかは未知数だった。

 この状況を前に、欧州連合最高司令部ではスエズ攻略作戦を中止しようとしていた。現在のプランではスエズ攻略に不安がある。ならば緊急性の高いリスボン攻略に注力した方が良い。その様な意見が大勢を占めていたのだ。

 が、ここでまたもや政治が口を出してくる。

 

「クレタ島の艦隊を分割させ、リスボン、スエズを同時攻略せよ」

 

 この要求に欧州連合最高司令部は頭を抱える事になる。この非常識極まりない政治的要請の背景は、リスボンの早期奪還を訴える西ヨーロッパとスエズの危険性を訴える地中海諸国が対決の結果の妥協の産物であったのだが――政治のツケを払う事になる軍人たちにとしてはたまったものではなかった。当然、多くの軍人たちは強固に反対したものの、最終的に各国政府に押し込まれ、クレタ島の艦隊はリスボン、スエズ同時攻略をする羽目になってしまったのだ。

 

 

「やはり分割した艦隊で同時攻略は無理があります」

「分かっている。最高司令部も各国と掛け合って、攻略の際には増援を出すように要請したお蔭で、リスボンについては目途がついた」

「リスボンに援軍ですか?」

「イギリス、スペイン、フランスで増援艦隊を出す事になった。数も2000名は見込まれていて、ジブラルタルの防衛部隊を合わせれば相手を上回れる」

 

 この情報に、リスボンを担当する者たちは、安堵のため息を漏らした。援軍はポルトガルに近い国々が担当する事になっているのだが、数、質共に欧州最強のイギリスが援軍に参加しているため、リスボンでの勝率は大きく上がったのだ。またイギリスは艦娘戦力にはまだまだ余裕があり、場合によっては更なる援軍を送れる余裕すらあった。だがその様な背景があると、ある疑問が生じる事となる。

 

「……イギリスにはまだ多くの艦娘がいるはずです。我々がリスボンに向かわずとも良かったのでは?」

 

 スペインから派遣された軍人が不満を述べた。事実、アゾレス諸島の深海棲艦がその持てる戦力の殆どをリスボン、ジブラルタルに向けている為、今のイギリスでは深海棲艦の脅威からはかなり遠ざかっている。艦娘戦力だけ見れば、イギリス単独でイベリアの救援は可能なように見える。

 この意見に、艦隊司令官は思わず苦笑した。

 

「確かに艦娘はいるが、今のイギリスは遠征に必要な艦娘母艦が不足している。大規模な遠征は不可能だ」

 

 大規模海戦となると、大破した艦娘の収容、修理、補給が可能な艦娘母艦は必須であり、艦娘母艦の数が、その国の攻勢能力に直結している。イギリスの場合客船を改装した艦娘母艦はそれなりに揃えているものの、不足している通常戦闘艦艇の補充が最優先である事から、保有する艦娘の総数に対して艦娘母艦の数は少ない。更に間の悪いことに、スエズ攻略のために多くの艦娘母艦を派遣していた事から、本国には母艦は殆ど残っていなかったのだ。……もっともこの説明は、他国から必要以上に戦力を拠出させられないようにするための言い訳の面も大きかったりするが。

 

「ともかくリスボンについては、目途がついた。問題はスエズだ」

「こちらも2000名規模の増援が来るはずだが?」

「増援の内訳が問題だ。どこもかしこもアメリカ系艦娘を出そうとしない」

 

 この司令官の言葉に、誰もがため息を吐いた。

 スエズ攻略において、リスボンの件と同じく近隣の国々が増援を出す事になっているのだが、問題はその国々の艦娘事情にあった。主にイタリアやトルコ、ギリシャなどの国々から増援が出されるのだが、有力な主力艦があるのはイタリアだけであり、その他の国は何処も小型艦ばかりなのだ。また最大戦力たるイタリアも、戦艦は15インチクラス、空母に至ってはアクィラのみと、イギリスに比べれば見劣りするものであり、質の面ではリスボンのそれと比べて格段に下であった。

 この余りの状況に、欧州連合最高司令部も各国に抗議するも、その返答は何処も同じだった。

 

「これ以上のアメリカ系艦娘の放出は、自国防衛に悪影響を及ぼす」

 

 艦娘小国にとって強力な力を持つアメリカ系艦娘と彼女らを建造できる提督は、文字通り黄金よりも貴重な存在だ。彼女らは既に国土防衛の要となっており、そう易々とは手放す事は出来なかった。またアメリカ系提督は入手経路の背景も相まって、一度喪失すれば補充の利かない人物であり、各国は喪失する可能性の高い戦場に投入する事に慎重になっていたのだ。

 このような背景もあり、各国は動かしやすい自国生まれの提督と艦娘――言い方は悪いが、自国で補填が可能な戦力を増援として送り出した。この危機的状況においてスエズ攻略艦隊は、複数国からなる合同軍事作戦でのデメリット、それぞれの国の政治、軍事事情に左右されやすい事に、直面してしまったのだ。

 

「……とは言え時間が無い以上、現有戦力でやるしかない」

「ですな。幸い通常艦艇については、多くがスエズ側で使える。これを活用するしかない」

 

 各国の政治に振り回されるこの状況に苦々しさを感じつつも、何とか己の任務を全うしようとするクレタ島司令部の面々。こうして彼らの戦いが、本格的に始まろうとしていた。

 




作中ではギリシャとトルコに有力な主力艦が無いと書いていますが、実の所、両国にも戦艦艦娘はいます。ギリシャは準弩級戦艦2、トルコは海防戦艦1と巡洋戦艦1。
まあまともに使えそうなのはトルコの巡洋戦艦ヤウズくらいでしょうが。
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