それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
始まりは2月17日正午、SNSに上げられた書き込みからだった。
「提督になれたよ!」
このような文章ともに自身と艦娘が一緒に移った画像が上げられた。とは言えこの時点では、ネット上での反応自体は大きかったものの、異常事態とまでは行かなかった。
当時、TF作戦で艦娘部隊は打撃を受けた事は既に広く知られており、「政府発表には無かったが提督にも戦死者が出たのではないか?」という憶測も流れていたのだ。そんな中でのこの投稿である。提督となった者への称賛ややっかみ等の反応以外にも、「やっぱり戦死した提督がいたか」という感想もあった。
通常であれば「恐ろしく低確率ではあるが、あり得る事」として、ネットも世間もそこで終わるはずだった。
だが提督出現に関する投稿はこれだけで終わらなかった。
「俺も提督になったんだが」
「友人が提督になって、艦娘出現を生で見た」
「自分の子供が提督になってしまい、どうしたらいいか解らない」
最初の投稿を皮切りに、提督出現の報がネット上に次々と上げられ始めたのだ。最初はTF作戦での被害に慄いていた人々も、新規提督報告の数が20を超え始めた頃には、否が応にもその異常性を認識し、そして誰もが熱狂していた。
「新規提督の大量出現」と言うこれまでの常識がひっくり返る様な事態に、ネットにアクセス出来る者の多くは端末にかじりつき動向を見守る。余りに大量の人間による急なアクセスに、回線がパンクする程だった。当然、マスメディアの者たちもこの事態を把握しようと、慌ただしく駆けまわる。
2月17日正午過ぎ、この時日本は異様な熱気に包まれていた。
「おい、なんか日本で提督が大量出現したらしいぞ!」
そしてこの日本の異常事態に、海外も反応するのは当然だった。ネット、マスメディア、そして各国政府機関が、日本の動向に注目する。この時の熱狂は後々まで語り継がれる程に、大きなものであった。
2月18日の午前1時。日を跨いだにも関わらず、閣僚たちは急遽首相官邸に集結し、この未曽有の事態の対処に当たっていた防衛省からの報告に耳を傾けていた。
「先程、新規提督の各地方隊基地への護送が完了しました。一部で護送時に若干のトラブルが生じた様ですが、送迎に艦娘を送っていたため護送自体は問題なく行われています。人数ですが、現時点で150名が確認されています」
「150……、随分と多いな。その新規提督の中に便乗犯がいる可能性は?」
「現地にて軽いテストを行っているため、基地に収容した者は確実に提督であるそうです」
「テスト?」
「妖精を使いました」
「妖精? ああ、妖精は提督と艦娘にしか見えないんだったな。なら確実だ」
「既存の提督と今回現れた提督に違いは確認されましたか?」
「現在、調査中です。ただ基地で行われたペーパーテストを鑑みるに、既存の提督と同じ性質を持っている可能性が高いとの事です」
「なるほど」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、次々と答えていく坂田防衛大臣。しばらくの間、その様なやり取りが続いていく。中には傍から見ればくだらない質問が出る事も有ったが、彼らは真剣だった。
「しかし、フィリピンで忙しい時に、こんなことが起きるとはな」
真鍋首相は苦笑しつつ、椅子の背もたれに身体を預ける。日本がフィリピンを編入した事により、国土交通省や農林水産省を始めとした、フィリピン統治に関連する部署がフル稼働している真っ最中だったのだ。そんな所に降って湧いた、今回の騒動である。確実に国の利益となるため諸手を挙げて歓迎ではあるが、同時に政府が対処しなければならない案件が更に増えてしまった。
「今回の騒動だが、原因は何だと思う?」
「原因不明です。最も、心当たりはありますが」
「だろうな。状況証拠がそろっている」
苦笑する坂田に、肩を竦める天野外務大臣。
「外国領土の編入。これしかあるまい」
今回のフィリピンの様な深海棲艦の支配地となっていた地域を自国編入するという行為は、世界でも初めての事例なのだ。
類似する事例としては、アメリカが行ったパナマ奪還があるが、実の所、アメリカは無人の地となっているパナマを自国に併合していない。
この背景として亡命政府がアメリカ国内にあったためでもあるが、それ以上にパナマからの大量の難民がアメリカを含めた周辺国に雪崩れ込んでおり、大きな問題になっていたためだ。
そのため、アメリカはパナマ難民問題を一挙に解決するために、パナマ共和国を復活させると言う選択肢を取っていた。勿論、アメリカ軍の駐留や国土再建のための借款など、自国の影響力が及ぶようにしていたのだが。
ともかく、フィリピンとパナマの差異は、自国編入の有無しかない。状況証拠的にもこれが新規提督出現に鍵だった。
「しかしそうなると、今後世論が過熱する事は確実ですね」
坂田は口に手を当て考え込む。深海棲艦に支配されていた土地を確保すれば、自国の戦力も増強される。その事実を前にして、国民が何を望むかなど、火を見るよりも明らかだ。
「早期の攻勢を望むだろうな」
真鍋の言葉に誰もが頷いた。敵を追い出せばその分日本本土が安全になるし、手に入れた土地は自由に使える。しかも土地を手に入れれば戦力も自動的に出現するのだ。余程極まった左翼思想家でない限り、深海棲艦への攻勢を叫ぶのは確実だった。
「今後の軍事計画は?」
「3月に台湾への再攻撃を予定しています」
「そうなると、当面は世論から余計な介入をされずに済む、ということか」
「ええ、最も、作戦が成功した場合、本土への縦深防御の事もありますので、台湾を編入する事になりますが」
「それは……財務省としては、出来れば勘弁願いたい所ですな。……恐らく無理でしょうが」
思わず顔を歪める井上財務大臣。更に江口経済産業大臣も同意するように頷いた。フィリピンと違い、台湾の地は地下資源が乏しく、資源確保の面では旨みが無かった。農業面では、気候が北部が亜熱帯、南部が熱帯であるため、ある程度の商業作物の生産は見込めるが、フィリピンと比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。そんな土地にもかかわらず、軍事面での資金投入が必要であるため、経済面で言えば台湾が赤字経営となる可能性は高かった。
「それに台湾が上手く行った場合、世論が更に調子づく可能性が高いぞ。下手をするといつかの野党議員の様に東南アジアを電撃的に侵攻しろとか言い出しかねん」
「……本当に勘弁して下さい」
東南アジアから深海棲艦を追い出さなければならないのは事実ではあるが、だからと言って日本の軍事力でその様な事など簡単に出来るはずもないのだ。勿論、坂田も自国の軍事事情を考えて予定を立てていくつもりではあるが、硫黄島攻略の時の様に変な横やりを入れられる可能性もあった。
また今回の新規提督の出現の影響は、日本だけに留まらない。
「ついでに言わせてもらうが、我が国を取り巻く情勢も変わりかねんな」
そう口を挟んだのは天野だった。
「新規提督の恩恵を我が国でも…と、世論が過熱する可能性は高いんだ。ならば欧州でも恩恵を受けようと世論が攻勢を叫ぶだろうな。スエズでの敗北で支持率を落としている各国は、それを突っぱねる事は出来ない。最低でもスエズの再攻略の時期が早まる事は確実だろう」
「ふむ、そうなると経済にも確実に影響は出るだろうな。軍事関係に使える精密機械の輸出に影響が――」
「最も、これは大したことではないがね」
「なに?」
思わず目を剥く江口。そんな彼の反応を気にした様子もなく、天野は続ける。
「現在、新規提督出現条件の候補として挙げられているのは、『深海棲艦支配下』の『海外領土』を『自国領とする』だ。そうだな、坂田大臣?」
「はい。現状ではそれが最有力候補です」
「当然欧州各国も、そう考えるだろう。だが直ぐに行き詰まる。何せ近場の深海棲艦の支配地域は限られているからだ」
「……東はロシア、北のグリーンランドはイギリスと深海棲艦の不活性のお蔭で国家として生き残っています」
「アフリカはどうなんだ?」
「アフリカの場合は国家としては崩壊していますが、深海棲艦の侵攻が殆どありません。恐らく脅威とならないため、深海棲艦も放置していると考えられます。……確かに欧州の近くにある深海棲艦支配地域はスエズぐらいですね」
「スエズ攻略は欧州の安全保障的には重要なのは確かだが、必要となる労力が大きい。新規提督の出現条件は現時点では確定していないが、複数国で攻略する関係上、新規提督の出現数が分散される可能性は十分あり得る」
「ではスエズ攻略後、支配地域となっている紅海周辺の土地の獲得競争となる、と?」
「それだったら、まだマシだな」
肩を竦める天野。彼は机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持っていく。
「新規提督の出現条件が、間違っているとしたら?」
「……どういうことです?」
「では分かりやすく言おう。 『深海棲艦支配下』の項目が条件に関係がないとしたら、どうなると思う?」
「そんなバカな」
「艦娘出現以降、艦娘保有国が他国領土に侵攻した例はない。可能性は十分あるのではないかね?」
「……」
「仮に『海外領土の自国編入』が条件であれば、我が国を含めて世界は確実に荒れるだろう」
会議室に重苦しい沈黙のしかかる。誰も天野の言葉を否定する事が出来なかいのだ。
「……今回の出来事を機密にする事は出来ないか?」
沈黙を破り、真鍋がポツリと呟いた。その顔は何処か青白い。
「アメリカが滅亡に瀕している現状で、これ以上の混乱は世界の今後に悪影響を与える。ならば今回の件を捏造してでも、闇に葬った方が……」
「無理だな」
真鍋の願いを、天野はバッサリと切り捨てる。
「今回の件は、既に日本国民どころか、世界中から注目されている。今更ごまかしなど不可能だ」
「……」
反論できずに、再度口をつぐむ真鍋。天野はそのまま続ける。
「分かるか首相。選択肢など存在しない。我々に出来る事はありのままを公表し、流れに身を任せる事だけだ」
特段大声で無かったはずの天野の言葉は、嫌が応にも参加者の耳に響いた。
2月18日正午、世界中が注目する中、真鍋は首相官邸で行われた記者会見の場で、何処か疲れた表情を浮かべつつもハッキリと告げた。
「先日からのSNS及びマスメディアが報道していた新規提督の大量出現ですが、調査の結果、事実である事が確認されました」
この瞬間、世界は歓声に沸いた。各国が求めて止まなかった提督の総数を増やす方法が、仮定段階ではあるものの発見されたのだ。将来的な戦力の頭打ちが見えており、将来的には深海棲艦に押し切られてしまうと考えられていた現状にとっては、今回の日本のケースは福音とも言っても過言ではなかった。
そんな歓喜の渦の中で、日本の発表と同時に動き出す国があった。
フランスだ。
あらかじめ待機させておいた近年創設された連隊規模の即応部隊を乗せた輸送機群が、フランスから飛び立ったのである。
フランスがこれほど動き出したのには、当然理由がある。フランス軍部は日本での新規提督出現の報を聴き、直ぐに日本と同じように大よその出現条件を察した。だが同時にこう思案したのである。
「『深海棲艦支配下』は、本当に必要なのか?」
そしてその考えは、直ぐに次の段階に進む。
「『海外領土の編入』だけで、行けるのでは?」
天野が危惧した考えを、フランス軍部は見事に辿っていったのだ。
この仮定に辿り着いたフランス軍上層部は普段ではあり得ない程のスピードで計画を纏めると当時に、政府に思案を説明しつつ海外領土侵攻を提案。そして――トップであるフランス大統領であるジェミニは、軍の提案に頷いた。
「提督が出現せず、更に周辺国からバッシングされる可能性は十分ある。だがこのチャンスを逃せば、フランスが復活する見込みは更に遠のくだろう」
フランス崩壊、そして欧州各国介入によるフランス再建から約3年。国内の混乱は落ち着いたものの、フランスはボロボロだった。崩壊時の影響により経済は低迷、政治面は各国に介入された結果、EUの指導と言う名の強要に苦しみ、軍事もフランス系提督の流出により本来の能力から低下している。
そんな状況下にあるフランスだが、当然の事だがこの環境を良しとしていない。政府も軍も国民も、かつての偉大なフランスを復活させるべく、虎視眈々とチャンスをうかがっているのだ。
そこへ、今回の日本での騒動だ。ジェミニはフランスを散々食い物にしてきた他国を出し抜き、フランス復活のための原動力とするチャンスであると判断した。
このような背景の下、フランス本土から飛び立った輸送機たちはそのまま南下していく。
目的地は――フランスから地中海を挟んで対岸に位置する地、アルジェリア。
地中海沿岸国という事もあり、欧州各国により支援はしていたものの、内陸部からの難民流入により経済が崩壊。その後立て直す事が出来ずにアルジェリア政府も崩壊し、今は沿岸部の所々にNATOの軍事基地が点在するだけの地域だった。
フランス軍即応連隊は、ある軍事基地に半ば強引に着陸すると、事態が呑み込めずに混乱する現地部隊を余所に、アルジェリア内陸へと進撃を開始する事となる。
「フランスは何をやっているんだ!?」
このフランス軍の電撃的な行動に、欧州各国は慌てた。軍を無断で動かした上に、更に深海棲艦と関係のない地域での軍事行動を始めたのだから、当然とも言える。
欧州各国が非難声明を出し、フランスの暴走を止めようとした。だが当のフランスは涼しい顔だ。
「アルジェリア国内の在外邦人、及び現地難民の保護を目的としたものである」
そう表明すると同時に、裏では各国政府との交渉を行っていた。
「アルジェリアには地下資源がある。これはエネルギーをロシアに依存している欧州にとって有用だ」
「アルジェリアの沿岸部を抑えれば、地中海の防衛はより容易になる」
「これは新規提督出現条件を確認するための実験だ。いつか、どこかが行わなければならない。それを我が国が身銭を切ってやっているだけだ。勿論データは公表するとも。それとも貴国がやるかね? 失敗する可能性は十二分にあるが」
各国に散っていったフランス外交官たちは、各国政府を相手に時に宥め、時に利を見せ、時に脅し、各国の介入を阻止しようと奮闘する。そんな必死の努力が実り、各国政府は非難声明こそ撤回されなかったが、アルジェリアでの軍事行動に関しては静観させる事に成功する事となる。
こうして外国による政治的介入を排したフランスによる軍事行動は本格化していく事となる。フランス即応連隊は現地の暴徒や不穏分子を排除しつつ、進撃を続けていく。時には盗賊と化したアルジェリア軍の残党が挑みかかって来る事もあったが、即応連隊に同行していた艦娘の砲火によってあっと言う間に粉砕される。更に本国から増援も到達し、占領地域を確保していく。
アルジェリアには大した抵抗勢力もなく、アルジェリア領の北半分がフランスに占領されるのに、1週間と掛からなかった。
「アルジェリアは統治機構が消滅している。現地民の安全のために、占領地域をフランスに編入する」
軍が目標としていた到達したと同時に、高らかと世界に宣言するジェミニ。現地難民という問題を抱え込んでしまったものの、サブの目標であったガス田及び油田の確保は一通り終わっていたため、仮に新規提督が出現しなくともフランスにとって利益を得られていた。
そして更に1週間後、フランス政府は世界に対して発表した。
「フランス国内に新規提督が出現した」
この瞬間、世界に新たな潮流が誕生した。
アフリカ分割競争が始まる!