それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
フランスによるアルジェリア編入及び新規提督出現の報は、世界中の国々の意識を一変させた。
実の所、これまで国の上層部から一般市民まで、世界に対して無意識ながらも何処か悲観的なモノを感じていた。
深海棲艦の攻勢に防戦一方、時折行われる人類の反撃も勝率は高くはない、そして対深海棲艦戦の主力である艦娘戦力は将来的な頭打ちと、ネガティブな要素が積み重なった結果だった。
特に戦力の頭打ちは深刻であり、艦娘小国では自国防衛が精一杯、大国も多少の攻勢は出来るだろうが、数が限られている以上、必ず攻勢限界がある。深海棲艦の数も日々増加している事もあり、全ての提督が建造上限まで艦娘を作ったとしても、深海棲艦を駆逐する事は困難であるだろう、と仮説が立てられていた。艦娘戦力の頭打ちは悲観意識の根っこと言っても良かった。
しかし日本、そしてフランスの案件により、その根本的な問題が解決された。
この事実に誰もが歓喜した。ネックとなっていた問題の解決方法が提示されたのだから当然とも言えた。勿論、海外領土を広げるにも相応の労力はいるため、実行するにも相応の投資が必要となって来るが、編入する土地をしっかりと選べば投資分は直ぐに回収できるし、以降の国益にも繋がる。
「領土拡大こそが、我が国の発展に繋がる!」
直ぐに世界各国でこのような声が高まるのは、当然とも言えた。その様はまさに帝国主義そのものであるが、異を唱える者は殆ど居なかった。今は深海棲艦との生存競争の真っ最中であり、自身が生き残るために弱者を食い物にする事に何のためらいも無かった。
2020年3月。世界は帝国主義の時代に回帰した。
「酷いな」
2020年3月始め、フランス政府の許可を受けたテレビクルーたちが、アルジェリアの地に降り立った。彼らはフランスのアルジェリア侵攻拠点となっているアルジェリア旧首都アルジェで取材をしていたのだが、悲惨な光景に眉をひそめていた。
提督と艦娘の協力により、フランス軍の拠点となっている基地は立派ではあるが、その外周は悲惨そのものだ。かつての首都は深海棲艦の攻撃に晒され、更に現地政府崩壊時の暴動により、かつての整然とした街並みはその面影を残すのみとなっている。
またそこに集まる人々も同様だ。碌な治療を受けられず怪我に苦しむ者、栄養も満足に得られずやせ衰えた者。誰もがボロボロの衣服を身に纏い身を寄せ合っていた。
「アルジェリアが崩壊して以来、どこからも助けはなかった。……こうなるのも仕方ない、か」
クルーの一人はそう呟いた。彼の言葉は正しい。国家崩壊による治安崩壊となれば、平時であれば国連機関やNGO、NPO、更には外国からの援助が届いていただろう。だが今は深海棲艦との戦いの真っ最中だ。どの国も自国が生き残るのに精一杯であり、その国が崩壊した際に余程悪影響が出ない限り、外から救いの手を差し伸べられる事は無い。
そしてアルジェリアは救いの手を差し伸べられなかった側だった。ヨーロッパとは地中海を挟んだ立地ではあったが、ヨーロッパからは難民の流入を嫌い放置したのだ。また現地にはNATOの基地こそあったが彼らの任務は飽くまで地中海防衛であったため、その基地が行えたのも精々が雀の涙程度の食料援助程度。その地の人々を助ける事は出来なかった。
「しかしここは随分と難民が多いですね。以前はもっと少なかったと聞いていましたが?」
TVクルーの問いに、フランス軍の担当者は頷いた。
「ええ、アルジェ基地の周辺には、日々難民が集まっています。どうやら援助を期待しているようです」
「そうですか」
「それにここは内陸部よりは治安が保たれていますからね。それも関係しているのでしょう」
フランスはアルジェリア編入にあたって、彼の地を軍事力を持って制圧したのだが、その事が一部難民たちからの支持を得ていた。なにせ当時のアルジェリアは法も秩序もない無放地帯と化しており、難民たちは常に死の危険に晒されていたのだ。他国からの軍ではあるが、暴徒や野盗を容赦なく殲滅し、ある程度の秩序をもたらしたフランスを歓迎する者は一定数はいた。
そのためフランス軍の庇護を受けやすいアルジェの地には、噂を聞きつけた難民たちが続々と集まっていたのだ。
だがアルジェに集まった所で、全ての者が救われる訳では無かった。
「しかし余りの難民の多さに、対応し切れない状況です。我々も何とかしようとしていますが、根本的に物資が足りず、どうする事も出来ません」
「……フランスも三年前の革命騒ぎでボロボロだ。アルジェリアに送れる物資は無い、か」
この地を編入したフランスも余裕がある訳では無い。長年の深海棲艦との戦い、そして2017年の暴動により疲弊しており、今は再建の真っ最中なのだ。アルジェリアの住民に出せる物資はお世辞にも多いとは言えなかった。
わずかな救援物資では、アルジェに集まる難民たちを救うことは叶わない。この地で暴動が起こらないのは、軍が徹底して治安維持に力を入れているに過ぎなかった。
「分かっていたけど、本国とはえらい違いだな……」
「……」
あるクルーの呟きに、誰もが返答も出来ずに押し黙る。今のフランス本国はアルジェリア編入によりお祭り騒ぎだ。新手に出現した提督と艦娘に喜び、将来アルジェリアから得られるだろう資源を前にして顔を綻ばせている。だが本国の誰もが、今のアルジェリアの惨状を見ようともしていなかった。
「……報道しよう」
そうクルーの誰かが呟いた。
「なに?」
「私たちが撮った映像が本国に流れれば、世論が変わってアルジェリアの人々を救えるかもしれない」
「……そうだな」
誰もが頷き、取材を再開する。そして彼らはアルジェリアの地で様々な情景をカメラに収めた。この映像がフランスを変える事をクルーたちは信じていた。
だが――彼らの収めた映像が、世間に流れる事は無かった。
フランス共和国、パリ市内にある大統領官邸であるエリゼ宮殿。宮殿の主として君臨しているジェミニは、執務室で上げられてきた報告書を手にしていた。
「どうやら賭けには勝ったようだな」
手早く内容に目を通し、ジェミニは思わず顔を綻ばせる。その様子を見た、外務・国際開発省のトップであるビトーも頷いた。
「各国もアルジェリア併合――いえ、『アルジェリア国民の保護』を称賛しています。今後、EUからの干渉はないでしょう」
「それは何よりだ」
各国とも最初こそ独断専行したフランスに激怒していたEU各国だったが、実際にフランス軍部の見立て通りに新規の提督が出現すると、掌を返しフランスへの干渉を辞めた。
それも当然だろう。何せ「新規領土獲得=新規提督の獲得」の構図が出来上がったため、各国の目はヨーロッパから近く、併合しても批判されにくい無政府状態のアフリカに向けられているのだ。どこもフランスに構っている暇など無かった。
「国内は?」
「こちらも当初こそ負担増を不安視する声が上がっていましたが、現在は落ち着いています。今は一般市民は新規提督の獲得、財界はアルジェリアの資源に注目しており、当初の不安要素はほぼなくなったと見るべきでしょう」
「ふむ」
「更に政府支持率も急上昇しており、今後の政策はかなりやりやすくなったかと」
「ますます結構」
満足したように大きく頷くジェミニ。アルジェリア併合という文字通り国の命運がかかった一世一代の大博打に挑み、そして勝ったのだ。フランス、そしてジェミニは勝者の特権を大いに享受出来た。
とはいえ、いくら彼がフランス躍進の立役者とは言え、いつまでも胡坐をかく事は出来ない。アルジェリアの件は慎重に事を勧めなければならなかった。アルジェリア人の扱いについてもその一つだ。
「そう言えば、アルジェリア人の扱いはどのようにするつもりですか?」
「今は21世紀だ。下手な人種差別政策は不味かろう。多少の援助は必要だな」
そう言ってから、ジェミニは露骨に顔を顰める。
「だがお花畑共がほざいているような、難民受け入れだけはする気はない。今その様な事をすれば、全てが吹き飛びかねん」
アルジェリア編入に湧くフランスではあるが、極々一部の富裕層や知識人層から、「アルジェリア人を助けよう」という声は上がっていた。彼らはアルジェリアは未だ危険であるので、フランス本土で受け入れよう、と主張していたのだ。
だがジェミニはその動きに対して冷めた目で見ていた。ビトーも彼が何を考えているかを察し、小さく嘲る。
「ああ、彼らですか。現地で自分の私財をなげうって救援活動をするなら応援はしますがね。国庫を使って難民の受け入れなどすれば碌な事にはならないでしょう」
「今思うと、アルジェリアにマスコミを入れたのは時期尚早だったな」
「確かにあれは危なかったです。幸い放送前に介入出来たお蔭で、事なきを得ましたが」
「全く、あの頭でっかちどもは、少し考えれば分かる事すら理解しようとしない」
彼らはマスコミを通して、難民受け入れを支持する派閥が強化される事を恐れていた。
フランスも革命騒ぎでボロボロなのだ。少なくとも一般市民は、自分の生活の立て直しが最優先であり、アルジェリア人を助けるくらいなら自分たちを助けろ、と言い出すのは確実だ。
そんな所に、見たい物しか見ない様な輩と彼らの言う綺麗ごとに賛同する者の声に押されて本国での難民受け入れなどすれば、一般市民がどのような反応をするのか容易に想像がついた。最低でもフランス人とアルジェリア人の対立。最悪の場合は革命再びで、お花畑共とジェミニを始めとした政治家たちが街灯に吊るされるだろう。
今のフランス人は革命騒ぎから余り時間が経っていない為か、武力蜂起のトリガーが軽い。フランス政府は慎重な対応をしなければならなかった。
「ではアルジェリア人は現地で対応するという事で。後はアルジェリア本土に付いてですが、内地化については各部署で反対意見が出ています」
「財務と国防が特にうるさかったな。勿論分かっているさ」
「では?」
「私としてもアルジェリアに入れ込むつもりはない。安定化させるのに、どれだけの金と時間がかかるか分かったものではないからな」
今のアルジェリアはボロボロだ。農地は荒廃、工場も国家崩壊で稼働停止して久しく、流通網も崩壊している。当然、現地の経済も崩壊しており、貨幣など無意味であり、フランスが来るまでは、物々交換や貴金属、銃弾が貨幣の替りに使われていた。治安は当然の如く悪いし、民心も荒れている。そんなアルジェリアを完全に立て直すための政策など、数年前までの革命騒ぎで荒れているフランスでは難しかった。
また軍事面でもアルジェリア、正確にはアフリカの地は厄介だった。フランスとの間に地中海があるため、深海棲艦によって航路が寸断されるリスクが常に付きまとうのだ。そうでなくとも、航路の維持のために常に一定の軍事力は張り付けておく必要があり、いくら新規提督が出現したとはいえ、軍部としてはむやみに防衛範囲を広げたくは無かった。
「当面は資源工場として活用するつもりだ。天然資源が取れるのは大きい。徹底して搾り取るぞ」
ジェミニはアルジェリアを資源地帯としてフランスのために活用していくつもりだった。この言葉にビトーは首を傾げる。
「市場化はしないのですか?」
「将来は多少の投資はする事になるだろうが、本格化させるつもりはない」
「財界が煩いのでは?」
「そこは政府で何とか抑えようじゃないか。……私としては、折角苦労して育てた土地が、勝手に独り立ちしたせいで苦労が水の泡、などとさせるつもりはない」
今はアルジェリアでも一定の支持者がいるので保持できるだろう。その後についても深海棲艦が跋扈している状況下では、艦娘を持たない彼の地はフランスから離れる事は出来ないだろう。
だが将来、深海棲艦が駆逐され、平和になったらどうなる? 支配されていたアルジェリア人は独立を求めるだろう。フランスが認めなくても独立運動を起こし、統治コストはグンと上昇し、植民地経営は赤字と化す。そして赤字に耐えきれず手放す事になるだろう。――かつてWW2後に起こった植民地独立の様に。
「ともかく、だ。何事も始めが肝心だ。慎重に進めていくぞ」
こうしてフランスによる植民地運用は始まった。
次回は多分掲示板形式で世界の状況を描写するつもりです。……イベントに集中したいので。