それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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冬イベお疲れ様でした。今回はリアルの関係で、乙攻略も覚悟していましたが、甲の維持が出来て良かったです。


海を征く者たち96話 深海棲艦は何処に行った?

 新規提督の出現により世界の在り方がガラリと変化したのだが、この事象により恩恵を最も受けているのは、当然の事だが深海棲艦と戦っている軍隊だ。

 提督の数が増えるという事は単純に総戦力の増大に繋がるという事であり、防衛にしろ攻勢にしろ執れる戦略の幅が広がる事を意味している。この事実は彼らにとって手放しで歓迎できることであった。もちろん、今現在は新規提督の保有する艦娘の数が少ないため、現時点では戦力として数える事は出来ないが、総戦力の上限がグッと上がった事には変わりない。

 新規提督を獲得できた日本、フランスの軍上層部は、拡大した防衛範囲に若干頭を悩ませつつも、増える予定の戦力を前に、小躍りしていた。

 では直接深海棲艦と戦っている現場もそうなのか? そう問われると、必ずしもその恩恵を受けられているとは言えなかったりする。

 

 2020年3月中旬。台湾でリベンジに燃える艦娘部隊と深海棲艦が激突している頃、伊豆諸島鎮守府の責任者である秋山は、執務室で仕事に追われていた。彼の執務机にはいつもの業務ではあり得ない程に書類が山積みされており、秋山の行動スペースを圧迫していた。

 

「クッソ、なんでまた仕事が増えるんだよ」

 

 書類にペンを走らせつつ、思わず愚痴をこぼす秋山。そんな彼を眺めつつ、本日の秘書艦を務める叢雲は、秘書用の椅子に腰かけながら肩を竦めた。

 

「ぼやいたところで仕事は減らないわよ」

「そうは言うけどな、フィリピンに行ってる間に溜まってた仕事が、こないだやっと終わった所でこれだぞ?」

「ま、宮仕えの辛い所ね。頑張りなさい」

「……いや、手伝えよ」

「それ機密書類でしょ? アンタにしか処理出来ないわよ」

「……」

 

 机に薄高く積まれている書類にはどれもこれも「軍事機密」を示す赤い判が押されており、どれも提督が目を通さなければならない事を意味している。これを前にしては、表向きはどんな艦娘でも太刀打ち出来ない。

 彼は再び書類に目を落とした。書類には伊豆諸島鎮守府の担当する海域の情報が記されているのだが、これまでの情報に加えて余所の鎮守府が担当していた海域情報も記されている。この光景に、秋山は思わずため息を吐いた。

 

「今は台湾攻略の真っ最中だろ? なにもこのタイミングで防衛体制の見直しとかするなよ……」

 

 防衛省主体による艦娘戦力による防衛体制の再編成、通称「第二次艦娘戦力再編計画」。これこそが秋山を書類地獄に突き落とした犯人だった。

 再編に至った背景は、現在の防衛体制では非効率的であるとの声が大きかった事が挙げられる。そもそも現在の防衛体制は、2017年10月に策定された「提督分散配備計画」に基づいて構築されたものなのだが、当然の事であるが当時の常識を持ってして「提督分散配備計画」は作られている。

 つまり防衛範囲の面では本土だけしか考えられていなかったし、戦力面でも台湾、アメリカ系提督が日本にやって来る事も、ましてや領土獲得により新規提督が出現は想定されていなかったのだ。

 今はアメリカ系などの多少の余剰戦力があるため、防衛能力は一応許容範囲内ではあるが、将来領土が増えていった場合、防衛計画が致命レベルに崩壊する可能性は高い。これを防衛省は看過できなかった。

 

「今のうちに再編するしかないですね」

 

 坂田防衛大臣の言葉に、防衛省上層部は誰も反対意見は出さなかった。幸いな事に太平洋側の深海棲艦の目はアメリカに向いている。南方で会戦の最中ではあるものの、防衛省はこの猶予を最大限に生かす事にしたのだ。

 

 こうして防衛体制の効率化が始まったのだが、当然の事だが、現場で働いている提督、艦娘たちへの影響は大なり小なり例外なくあった。

 叢雲は彼女の机に置かれている資料を手に取り、小さく鼻を鳴らす。

 

「戦力は増えたって言うし仕事が楽になると思ったけど、まさかウチの担当海域が増えるとは思わなかったわ。良かったじゃない、栄転よ」

「石廊崎の提督がフィリピンに飛ばされる事になったからな。そこが担当していた海域一部がこっちに回って来たんだ」

「へえ。あそこ左遷になったのね」

「あそこは他の鎮守府とトラブルが多かったからな。それで目を着けられたんだろ」

 

 「第二次艦娘戦力再編計画」と仰々しい名称が付けられているが、提督からすれば、人事異動や事業整理のそれに近い。今回の再編によって、権限が拡大された者、これまでと変わらない者、これまで勤めていた地を離れ新天地へと旅立つ事になった者と様々だ。

 この再編において提督間では、権限の拡大――つまり担当海域が拡大した場合は、急拡大した担当海域に苦労する事に皮肉を込めて「栄転」と呼び、フィリピンといった日本が新規に獲得した地に飛ばされた場合はストレートに「左遷」と呼んでいた。

 

「でもそうなると、警備網とかローテーションを組み直さないといけないわね。目途は立ってるの?」

「まだそっちは手が回って無いな」

「引継ぎは来月からでしょ? 急いでやっておかないと間に合わないわよ?」

「あー……」

 

 秘書艦の指摘に、秋山は目の前の書類の山に目をやる。薄高く積まれた紙束を全て片付けるには当面の時間がかかる事が容易に想像がついた。

 

「……叢雲、草案だけでも頼む」

「アンタねぇ……、まあ良いわ」

 

 この秋山の言葉には付き合いの長い叢雲も呆れてしまうが、直ぐに小さく笑みを浮かべた。

 

「今度外出、付き合いなさい」

「分かった」

「交渉成立ね。そっちの資料貸して」

 

 世界の在り方が激変する中、日本の片隅ではいつもと変わらない光景が続いていた。

 

 

 

 新規提督の出現という強大なインパクトにより、世間での話題性を持っていかれてしまったものの、自衛隊は予定通り2020年3月7日に第二次台湾攻略作戦を開始した。

 リベンジマッチを誓う自衛隊は、今次作戦において前回の戦力を上回る艦娘戦力13000名を投入、更に艦娘部隊の援護として海自、空自の通常戦力も前回を上回る物量を注ぎ込んでおり、傍目からでもその力の入れようが良く分かる陣容であった。

 攻略部隊は緒戦として基隆港を占拠していた深海棲艦を相手に選ぶと、数の暴力をもって短期間で粉砕。現在は、前回と同じく基隆港を起点として台湾攻略を進めている真っ最中だった。

 

「どうやら順調な様ですね」

 

 3月中旬。戦場となっている台湾から遠く離れた防衛省の庁舎にある大臣執務室では、坂田防衛大臣が安堵した表情を浮かべながら報告書に目を通していた。そんな彼に秘書を務める大淀は、坂田が処理した書類を片付けながら答えた。

 

「どうやら深海棲艦の抵抗も前回と比べて精彩が欠けているそうです」

「前回の戦いでは損害は大きかったですが、その分敵にも相応のダメージを与えていましたからね。恐らくあちらも戦力の補充が間に合わなかったのでしょう」

 

 坂田の予想は当たっていた。前回の基隆を巡る戦いでは、自衛隊は確かに多大な被害を出して敗北したが、深海棲艦側も撤退する艦娘部隊を追撃出来ない程に損害を受けていたのだ。勿論、後方から補給や増援を送ってもらっており、戦力もそれなりには回復しているものの、戦場となった台湾北部の施設へのダメージは大きく、一か月程度では元通りとまでは行かなかったのだ。

 そんな状況で、人類が前回を上回る戦力を引き連れて再び殴り掛かって来たのだ。前会戦の勝者である硫黄棲姫であっても苦戦は必至だった。

 もっとも相対している自衛隊側も実の所、全てが万全である訳ではなかったりするのだが。

 

「前線は問題ありませんが、代わりに本土の方で問題が発生している様です」

「予想はしていましたが、やはり発生しましたか。内容は?」

 

 大淀の言葉に、坂田は真剣な表情を向ける。台湾攻略のために前回を上回る戦力を投入した自衛隊だが、当然の事ではあるが、別の場所にしわ寄せは来ることになる。今回の場合は本土を守っている鎮守府や提督、艦娘に代償が降り注いでいた。

 

「一番多いのは、敵小部隊の浸透です。特に前回の会戦で被害が大きかった鎮守府で発生するパターンが多数発生しています。現時点では民間に被害は出ていませんが、ヒヤリとするケースが散見しています」

 

 大規模海戦ばかりが目に行きがちだが、深海棲艦は普段は発見されにくい小規模艦隊による浸透戦術を使って、人類に対して攻撃して来る。それを防ぐのが各地に設置された鎮守府なのだ。

 平時であればその鎮守府で作られた防衛計画の通りに対応出来るのだが、大規模海戦等で大きな損害を受けてた場合はそうも言っていられない。何せ純粋に戦力が不足してしいるのだ。勿論戦力の回復は通常の軍と比べれば速いのだが、それでも相応の時間は必要なのだ。

とはいえ、これは大規模海戦後ではよくある光景だ。だからこそ対応策がある。

 

「やはりそれが起きていますか。しかし近隣鎮守府からのフォローはないのですか?」

 

 坂田の挙げた案は、減衰した戦力が回復するまでの間、担当する海域の一部を近隣の無事な鎮守府に受け持ってもらう、と言う地方隊では一般的な方法だった。これまでこの方法で十分に対応出来ていたので、問題は無いと考えていたのだ。だが、

 

「勿論、これまでのケースと同様に、各地方隊の指示の下で該当鎮守府へのフォローは行われているそうですが、その近隣鎮守府も今次作戦に従事しているケースも多く、万全には行かないそうです」

 

 今回は勝手が違った。前回の大規模作戦から一か月しか経っていないにも関わらず、新たな大規模作戦が発令されたのだ。前回の戦いでの損耗が回復し切っていないにも関わらず周辺の鎮守府が出兵してしまい、該当鎮守府へのフォローが出来ないパターンが各地で発生していた。

 その結果、日本を守る様に張り巡らされていた防衛網に穴が開いてしまうと言う、実に危険な状態に陥っていた。

 

「今回の作戦をするのに、相当無茶をしましたからね……」

「やはり時期をずらすべきだったのではないでしょうか?」

 

 太平洋の深海棲艦を引き付けているアメリカが滅ぶのは恐らく5月。滅亡までは多少の時間があり、大淀はこの時期での台湾攻略は時期尚早という印象を受けていた。

 だがそんな大淀に坂田は頭を振るう。

 

「余り敵に時間を与えすぎると、台湾の防備が強化されてしまいます。敵の損害が回復し切っていない今が、攻撃のチャンスでした」

「……」

「それに、南沙諸島の件もあります。あの動きが解らない以上、本土への縦深となる台湾は今のうちに取っておく必要がありました」

「南沙諸島拠点ですか……」

 

 南沙諸島を上げれられてしまい、大淀もこれ以上の異論は言えなくなってしまう。

 東南アジア最大の拠点であり、日本が短期目標として彼の地の攻略としてる南沙諸島拠点であるが、偵察していた潜水艦隊から思わぬ報告が飛び込んできていた。

 

「南沙諸島拠点の戦力が激減している」

 

 彼らの報告によると、幾度にも渡り数百隻規模の艦隊が南方に向かって出撃するものの、それらの艦隊が帰還する事は一度たりとも無く、そのために南沙諸島に駐留する戦力が減少していると言うのだ。

 当然この不可解な行動に対して、防衛省上層部も重く見ており、フィリピンに駐留する艦娘や空自機による偵察を指示。防衛省でも対策チームが組まれ敵の真意を探ろうした。

 しかしそんな彼らの努力は、報告が入ってから一か月経った現在でも未だに実を結んでいなかった。分かった事と言えば、かつては12000隻以上だった駐留部隊が4000隻規模に縮小され、更に一部地上施設が消失した事くらいだ。また予想の域を脱していないが、深海棲艦の生産能力すら喪失している可能性が高い事も挙げられている。

 

「今の南沙諸島拠点は、東南アジアと台湾を結ぶための中継地点程度まで規模が縮小されましたが、敵の真意が読めません。何かしら行動したとしても、後手に回るのは確実です」

「出たとこ勝負、ですね」

 

 前線で戦いが続く中であっても、敵の次の手を警戒する坂田。だがこの時、遥か南で不穏な動きがあった事を、彼はまだ知らなかった。

 

 

 

 東京都新宿区に所在する政府機関の一つである内閣衛星情報センター。安全保障や大規模災害への対応など、危機管理のために必要な情報を収集を目的とし、日本で運用する情報収集衛星の運用、画像分析を担う組織である。当然の事だが対深海棲艦戦でも重要な役割を持つ部署であり、戦前よりも予算と人員が大幅に増大した組織の一つだ。

 その異変に気付いたのは、そんな組織の分析班に所属しているある職員だった。

 

「なあ、これ変じゃないか?」

 

 彼は隣の同僚にモニターに移る画像を見せる。同僚は見せられた画像を前に首を傾げた。

 

「ん、オーストラリアか? また海岸線のどこかに深海棲艦の拠点でも出来たか?」

 

 同僚がそう考えるのも無理はない。以前よりオーストラリア近辺では深海棲艦の動きが活発化しており、防衛省が警戒しているのだ。今回もその件だと思い込んでいた。

 しかし今回は違った。

 

「いや、これ見てくれよ。大陸の真ん中辺り」

「ああ、アマデウス湖か。それがどうしたんだ?」

「イマイチ分かりにくいけどさ……、ここ、なんか変な物が映ってないか? 前まで無かったぞ」

 

 そうして職員が問題となっている地点を拡大させ、同時に比較用として以前撮影した時の画像も映し出す。分析にかける前の画像故に若干荒いが、そこには確かに以前には確認出来なかった建築物らしきものが映し出されている。

 

「……確かに何かあるな」

「だろ? これなんだと思う?」

「大陸中央部は多少人間が生き残っているって噂だし、そいつらが作ったやつかもしれないな」

「あー、それもあるかもな」

「まあ、一応解析してみるか。おーい、誰か手伝ってくれ」

 

 そんなどこか気安い雰囲気で分析が開始させたのだが――、その様な空気は直ぐに消し飛ぶ事となる。

 

「……おい、これ滑走路じゃねーか」

「これ見ろよ。チャゴス諸島拠点にもあったフリントの格納庫とそっくりだ」

「よく見ると、湖もちょっと大きくなってる上に、水路が増えてるな」

「ボートがあると思ったけど、これ駆逐イ級だ……」

「て、事は岸辺の人影っぽい奴って、人型の深海棲艦か?」

「まて、千人単位でいるぞ!?」

 

 解析が進む毎に次々と人手が増えていき、同時に分析している画像の危険性がドンドンと露わになっていく。最終的には分析班総出で解析が行われる程にまで大事になったいた。

 そして分析開始から幾日か経過した頃、彼らは一つの結論を下した。

 

「オーストラリア大陸中央部に、一万隻以上の戦力を有する大規模な深海棲艦拠点が出現した」

 

 




南沙諸島の深海棲艦「今の家が手狭だったので、広い家に引越しました」
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