それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
人類:89+82+74=218
深海棲艦:49+63+26=138
圧勝過ぎるので、台湾戦はカットです。
――ちっ、やはり無理があるな。
台湾南部、高雄の人類時代に使われていた港湾施設をベースに建設された深海棲艦拠点。何処かWW2時代の軍事施設の雰囲気を漂わせる司令部施設のある一室で、硫黄棲姫は広げられた台湾の地図を前に悪態を吐いていた。
――これでは勝負にならない。
テーブルに広げられた地図の上には、幾つもの駒が至る所に置かれている。駒は敵味方が分かる様に区別されているのだが、味方を示す駒は敵の物と比べて圧倒的に少ない。誰が見ても深海棲艦が押されている事を否定する事は出来なかった。
先月は苦戦しながらも艦娘たちを撃退出来た硫黄棲姫率いる台湾方面の深海棲艦が、今回は相手に良いように押されているのには、当然理由があった。
――せめて防衛設備が整っていれば、多少は違ったんだろうが……、無い物ねだりをしても仕方ない。
一つは日本が予想以上に早く台湾に再戦を挑んできた事だ。硫黄棲姫としては、前回の戦いで敵戦力に相応のダメージを与えた事から、少なくとも二か月は時間を稼げると考えていた。日本に限らず生き残っている国家は、常に小艦隊による浸透戦術を受けており、それを防いでいるのが各地に散っている艦娘なのだ。前回の戦いで与えた損害は、日本の敷く防衛網に影響を与える物であり、日本は防衛網の立て直しを図ると硫黄棲姫は見てい居た。
だがその予想は外れ、日本は翌月には前回を上回る戦力を引き連れて台湾に殴り込みをかけてきたのだ。彼女としてもまさかアメリカ戦線での人類からの思わぬ反撃が、こんな所に影響するとは思っても見なかった。
再戦を挑まれた台湾側だが、この時その防衛能力は未だに回復し切っていなかった。前回の戦いの結果、台湾の艦隊戦力は大打撃を受けていたし、何よりも緒戦の持久戦の頃に活用していた陸上防衛設備は壊滅状態だったのだ。勿論、この一か月戦力の補充や防衛設備の修復をしていたが、戦前の戦力には至っていない。そんな状況で前回を上回る戦力を相手に戦えるはずもなかった。
――いや……。
とは言え、これだけであればここまで苦戦はしなかっただろう。確かに台湾の戦力は弱体化しているが、孤立している訳では無い。フィリピンこそ取られたが、後方には戦力が十分に残されており、それらを台湾に送り込めば十分戦えるはずだった。
だが――送られて来た援軍は、敵の戦力に対して明らかに不足していた。
――あの腰抜けどもが、そもそもの原因だな……。
忌々し気に吐き捨てる硫黄棲姫。彼女の苦境の一番の原因は、他ならぬ味方にあったのだ。南沙諸島にあった拠点能力のオーストラリアへの移設のために、周辺海域の戦力が空白化してしまったのだ。
――やりたい事は解らんでもないが、何も今やる必要は無かろうに。
そもそもなぜ、南沙諸島の拠点設備がオーストラリアに移設される事になったかだが、周辺地域の環境の変化が要因にある。
南沙諸島拠点は駐留戦力、生産能力共に東南アジア最大であり、更に東南アジア、オセアニア、ミクロネシアを総括する司令部的な役割を持っているのだが、拠点が築かれている土地の広さと言う面を見ると、恐ろしく狭い。そのため駐留できる戦力が一万強が限界と上限が低いのだ。この数はハワイは勿論の事、アゾレスよりも上限が低い。
かつて東南アジア地域全域を制圧する際は、その立地故に大変便利であったので問題は無かったのだが、既に東南アジア、オーストラリア、ミクロネシアを制圧した現在では、この手狭さが問題となっていたのだ。
また現在の戦況的にもかつて利があったその立地が、今は仇となっている。アジア最大の艦娘保有国たる日本とかなり近いのだ。広大な地域を総括する司令部が、敵勢力圏の目と鼻の先にあるのは問題だった。仮に陥落でもすれば今後の戦力に支障が出る事は確実なのだ。
このような背景もあり、日本から距離があり、更にその広大さ故に無尽蔵の戦力が保有可能なオーストラリアに司令部施設を移設する事となったのだが――、色々とタイミングが悪かった。
オーストラリアの下準備が完了する寸前に、日本が台湾とフィリピンに攻め込んできたのだ。激しい戦いの結果、台湾は僅差で勝利したものの、フィリピンは陥落。日本が南沙諸島にあと一歩まで迫ると言う非常事態に陥ってしまった。
そしてこの状況に焦ったのが南沙諸島の深海棲艦たちだった。
――少しでも早く、司令部施設をオーストラリアに移設せよ。
最悪の予想が当たってしまい焦っていた彼女らは、フィリピン奪還を早々に諦め、当初時間をかけて行う予定であった南沙諸島の移設を短時間で行う事を決定。南沙諸島にあった拠点能力のオーストラリアへの移設のために、周辺海域の戦力の一部が労働力として駆り出された。
こうして短期間での移設は完了したのだが、割を食ったのが台湾だ。本来であれば送られて来るはずだった援軍が労働力に持っていかれてしまい、日本を追い出せる程の戦力を用意出来なかったのだ。
――……移設完了まで時間を稼げなど、あいつらは敗北主義者か何かか?
硫黄棲姫としては、一連の南沙諸島の行動は一応の理解は示すが、納得はしていなかった。司令部施設の後方への移行は戦略的に必要である事は分かるが、あの慌てようを見てしまうと、唯の敗走にしか見えなかった。
彼女も司令部の命令故に戦ってはいるが、味方から後ろ玉を撃たれたこの状況ではやる気は起きなかった。
――まあ良い。撤退の許可は得ている。ならばやりようはあるか。
硫黄棲姫は闘争心は強いが、別に無謀ではない。玉砕などする気は無かった。先日、ようやくオーストラリアへの移設が一定レベルまで達成されたと通信が入ったので、もはや無理に戦う必要はない。適当なタイミングで台湾から撤退する予定だった。彼女の仕事は如何に相手に嫌がらせをしつつ、自軍の損害を抑えるかとなっている。
硫黄棲姫は小さくため息を吐くと、再び戦術を練るべく頭を働かせ始めた。
台湾の姫がため息を吐いている頃、相対する日本では政府関係者各位が、頭を抱えていた。
「やられたな……」
首相官邸のある会議室。緊急で招集された閣僚たちが集まる中で、真鍋首相は配布された資料を前に深くため息を吐いた。他の閣僚もその殆どが、資料を手にしながら顔を歪めている。話題は当然の事だが、オーストラリア内部に出現した大型拠点だ。
「このオーストラリアの拠点が、例の南沙諸島拠点の弱体化に関係があると?」
「……確実ではありませんが、南沙諸島拠点の異常行動と、件の拠点に駐留する戦力の規模を勘案すると、状況判断になりますが南沙諸島拠点の機能をオーストラリアに移設したと考えるのが自然です」
真鍋の質問に、坂田防衛大臣は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべつつ答える。衛星により収集された情報の中には、オーストラリアの拠点が新規に、そしてかつての南沙諸島拠点と同等に深海棲艦を生産したと思われる光景も撮影されており、少なくともオーストラリアの拠点が一級に区分される事は確実だった。
「深海棲艦からすれば、南沙諸島は敵の勢力圏の目と鼻の先――どころか戦闘機の行動半径を考えれば攻撃範囲内。交戦せず撤退するのも、まあ選択肢の一つではあるがね」
資料をパラパラとめくりながら、皮肉気に笑う天野外務大臣。彼は読み終えた書類をテーブルに置くと、肩を竦めた。
「拠点の引っ越し先の選定はベストだろう。全く、よく考えているじゃないか」
「……天野大臣。あなたはどっちの味方ですか」
「日本だとも。当然ではないか」
思わず引きつった顔になった坂田の問いに、悪びれもせず堂々と答える天野。そんな光景に小さくため息を吐きながらも問いかける。
「坂田大臣。こうしてオーストラリアに大型拠点が作られたわけだが、……攻略は可能か? もし可能ならばいつ頃になりそうなんだ?」
この言葉に坂田が引きつった表情のまま、真鍋に向き直った。暫しの沈黙の後、彼は口を開いた。
「……可能性はゼロではありません、としか言いようがありません」
「……」
この返答に真鍋は押し黙る。彼の言葉は要するに「攻略出来ない可能性が高い」と言う事だ。だからこそ、
「詳細を」
短く、そう問いかけた。
「第一に立地にあります。日本、オーストラリア間の距離はおよそ6800km。これだけでも戦力を送り込むのにかつてない程の労力が必要になります。しかも道中には深海棲艦の巣となっている島々がありますので、オーストラリア攻略の前に、航路確保が必要になります」
「確保が必要な地点は?」
「最低でも、インドネシアのボルネオ島、スラウェシ島、ニューギニア島の確保。補給路の安全を考えれば東南アジア全域の制圧が必要になります」
「……それだけでも、恐ろしい程時間がかかりそうだ」
そう呻く事しか出来ない真鍋。だがこれは問題の序章に過ぎない。何処か顔を青くさせ始めた真鍋を無視して、坂田は続ける。
「第二に、件の一級拠点がオーストラリアにある事、更にその場所がオーストラリア中央、アマデウス湖に居座っている点です。既にオーストラリア沿岸部にはいくつかの拠点が確認されていますが、今後拠点数が増える可能性が大いにあります。遠征軍はオーストラリアに上陸する前に、先にそれら沿岸部の拠点群を相手にしなければなりません」
「ついでに言わせてもらうと、オーストラリア近海で海戦となった場合、沿岸部の軍勢に加えて、本命のアマデウス湖からの戦力が合流するだろうな。つまりオーストラリア全軍と戦う事になる訳だ。どれだけの戦力になるかなど、予想もつかんな」
「……」
「天野大臣の言った通り、上陸前に起きるであろう海戦も難易度が高いですが、その海戦も前哨戦に過ぎません。オーストラリア上陸後、遠征軍は約1500km先のアマデウス湖まで進撃しなければならないでしょう。移動は河川や深海棲艦が作った水路を利用出来るでしょうが、当然、道中で迎撃のための軍勢と交戦する事になります」
「そして多くの苦難を乗り越えて、目標のアマデウス湖に辿り着けば、防衛設備が満載の大型拠点がお出迎えだ。深海棲艦からすれば、相手は連戦に次ぐ連戦で疲弊しているので、撃退するのは楽だろう」
「天野大臣、だからあなたはどっちの味方なのですか……。ああついでに言いますと、オーストラリア攻略が長引けば、インド方面やミクロネシアから援軍が出される可能性があります。そのため攻略は出来る限り短期間で完遂しなければなりません。またこれら全ての工程を、太平洋側からの深海棲艦の攻勢を耐えながら、こなさなければならない事にも留意して下さい」
坂田、天野両名の説明を前に、真鍋は頭を抱えたくなるのを必死にこらえる事しか出来なかった。薄々は感づいてはいたが、オーストラリア攻略が恐ろしい程に難易度の高いものだったのだ。事実、二人の説明を聞いていた閣僚たちの顔色は真っ青である。
「……不可能じゃないか?」
「理論上は可能でしょう。領土が増えれば増える程、艦娘戦力の上限は増しますので、勝敗はともかく戦う事自体は出来ます。もっとも失敗する可能性の方が高いですし、仮に成功するとしても、どれだけの時間がかかるか分かったものではありませんが」
新規領土の編入による各種調整、戦力再配分、新規に現れた提督及び艦娘の育成、etc。
オーストラリアに辿り着くだけでも、何年かかるか分かったものではない。また坂田は口には出さなかったが、これらの想定は「深海棲艦の支配地域が拡大していない」事を前提としており、現実で実行した場合、想定よりも時間がかかる事はまず間違いなかった。
天野は何処か嘲る様に笑うと、視線を真鍋に向けた。
「さて、首相。防衛省からこのような想定が出ているが、どうするかね?」
「……」
そんな問い掛けに、真鍋は沈黙するしかない。事が大きすぎて、そう簡単に答えが出なかった。暫し後、小さくため息を吐きながら、真鍋は口を開く。
「オーストラリアの件はもう少し協議が必要だ。結論を急ぐ事は無い。……今言える事は、今回の件によって我々の当初の目的は果たせなくなった事は確定した」
「私たちの本命は、南沙諸島―――正確には一級拠点の制圧でしたからね。今の南沙諸島に無理をしてでも攻め込む程の価値はありません。現時点での南沙諸島攻略は延期するのがよろしいかと」
TF作戦にしろ、今実行中の第二次台湾攻略作戦にしろ、南沙諸島攻略のための航路確保のための軍事行動であり、言い方は悪いが飽くまで前座なのだ。だが今回の一件により、その前提自体が崩れてしまったのだ。現時点でオーストラリアに攻め込む手段が無い以上、これ以上の進撃は無意味だった。
「……我々はいつまで戦い続けなければならないのだろうな」
真鍋の問いに誰も答える事は出来なかった。
まさにクソゲー……。