それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

119 / 184
節分イベントですけど、5-5とか面倒過ぎるので、ウィークリーは西方任務までで辞めてます。少なくとも銀河は取れるし。


海を征く者たち98話 波及の末

 2020年3月下旬。日本の上層部が半ば将来に絶望している頃、深海棲艦による拠点機能移転の影響は日本から遠く離れたヨーロッパにも波及していた。

 

「面倒な事になったな……」

 

 イギリス首相官邸のある会議室。定例となっている閣僚会議の場で、英首相マクドネルはため息を吐いた。周囲を見れば参加している閣僚たちも、誰もが顔を顰めている。

 日本で起こった一級拠点の機能移転は、イギリスにとっても他人事ではない。何せすぐ近くに一級拠点であるアゾレス諸島があるのだ。

 

「アゾレス諸島の様子は?」

「今回の件を受けて急遽偵察したが、幸い異常な行動は確認されなかった。スペインからも同じ結論に至っている」

 

 当然の事だが、アゾレス諸島の動向に気に掛けている国は多い。特にスペインは距離的にも近いため、イギリスと同じようにアゾレス諸島への偵察を行っていた。

 

「なら当面は大丈夫か」

 

 シモンズ国防大臣の報告に、胸を撫で下ろすマクドネル。アゾレス諸島拠点は、ヨーロッパ各国にとって大軍をもって容易に攻め込んで来る厄介な深海棲艦拠点ではある。だがそれは、ヨーロッパからもアゾレス諸島に攻め込みやすい事を意味しているのだ。守勢を強いられている今現在はともかく、戦略的を左右する程の戦力、生産力を有する1級拠点がヨーロッパから目と鼻の先にあるのは、将来攻勢に出る事になった場合にはメリットになる。

 

「だが将来は解らん。アゾレス諸島への監視を強化する必要があるぞ」

「分かっている。……スペインを巻き込むか。サービン、出来るか?」

「可能でしょう。スペインにはアゾレス諸島への監視体制がありますし、それを補助する形でイギリス軍も参加すれば、問題ないかと」

 

 そう言ってサービン外務・英連邦大臣は頷いた。ヨーロッパ最大の艦娘戦力を保有し、ここの所経済も好調なイギリスではあるが、湯水のように資金を使える程余裕がある訳では無い。節約できるところは節約しなければならなった。

 こうしてアゾレス諸島に対する現時点での方針は決まった。だが本題はこれからだ。

 

「アゾレス諸島はどう動くと見ている?」

 

 イギリスは艦娘戦力の数、質共にヨーロッパ最大であり、対深海棲艦戦における主導権を持っている。そんな立場故に、深海棲艦の動きを予想し、対策を立てなければならないのだ。

 マクドネルの問い掛けに、閣僚たちの視線がシモンズに集中する。

 

「……拠点機能移設については、いくつかパターンが予測されている」

 

 シモンズは小さく肩を竦めると、集まる視線に臆することなく、そう告げた。

 

「まず一つ目。ヨーロッパ大陸上陸パターンだ。これは先月のポルトガルの事例を思い出せばいい。リスボンに居座った深海棲艦は戦力を増やしつつ、常に攻勢を掛けて来る事になるだろうな」

「……ヨーロッパ陥落もあり得る最悪のパターンじゃないですか」

 

 青い顔で呟くサービン。しかしシモンズは苦笑すると頭を振った。

 

「もっとも、その様な状況になる可能性はまだ低いがね」

「……どう言う事です?」

「深海棲艦の行動パターンを見るに、どうも彼女らは慎重な性格の様だ。ポルトガルの様に一時的な占領ならともかく、恒常的な占領は早々は行わないと見ている」

「何故です? イベリア半島に拠点を構えれば攻め込みやすいはずです」

「深海棲艦からすれば、イベリア半島から東には大量の艦娘戦力が控えているんだ。そんな所に重要拠点を移す馬鹿はいない」

 

 彼の説明に、納得したように頷く閣僚たち。逆に言えば何かしらの理由で艦娘戦力が大幅に消耗した場合、このパターンが発生する可能性が高くなるのだが、シモンズはあえて語らなかった。

 

「さてここからが本番だ。第二のパターンは、アメリカ本土。先に言っておくが、これが一番現実としてあり得る想定だ」

「と、言いますと?」

「想定としては日本のそれと同じだ。人類から攻め込まれやすいアゾレス諸島から、安全地帯となっているアメリカ大陸に拠点機能を移設。残されたアゾレス諸島は前線基地として残す。これだけで我々は戦略的要地に挑む事すら困難になる」

「確かに厄介だな」

 

 口に手を当てマクドネルは唸った。世界でも四か所しか存在しない圧倒的な生産能力と戦力を持つ一級拠点が、遥か海の向こうに移設されれば、手を出す事は非常に難しい。今のヨーロッパには大西洋を越えて、大戦力を送り込む能力は無いのだ。艦を新たに作るにしても、必要となる量を揃えるのに何年かかるか分かったものではない。

 

「そして最後の第三パターンだが、こちらも実現する可能性が高い上に、内容も厄介だ」

「場所は?」

「アフリカ大陸」

 

 その言葉を聞いた多くの閣僚たちが思わず顔を歪めた。アフリカの分割については他国と折り合いがつかず、未だにもめているのだ。そんな地に更なる問題が振り掛かろうとしているとなれば、嫌な顔の一つも浮かべたくなる。

 

「気持ちは分かるが続けるぞ。移設場所が南部か中央部かで若干差異はあるが、基本は第二パターンに近い。だがアフリカパターンの場合、深海棲艦が力技で地中海に続く河川を作って来る可能性がある」

「オーストラリアでも深海棲艦が作ったと思われる河川が出来たという報告もあったな。……そうなればイタリアやフランスも最前線となるか」

「そうなると諸国連合編成時に、我が国の負担が増大しかねません」

 

 伊仏両国ともイギリスには及ばないとは言え、艦娘の質は高い。深海棲艦からの圧力を本格的に受けた所で陥落する事は無いが、自由に動かせる戦力が激減するだろう。このような状況では外征でのイギリスにのしかかる負担が増大するのは確実だった。思わず顔を歪める首相と外相。だがここでシモンズは思わぬ言葉を口にした。

 

「だが第三パターンについては予防策がある」

「何?」

 

 この言葉に、マクドネルは思わず目を剥いた。

 

「簡単だ。先にアフリカを制圧すればいい」

 

 事も無しげに、シモンズはそう告げた。南沙諸島拠点の事例では、2月始め頃のオーストラリアでの深海棲艦の活発化から機能移設まで、約一か月の時間がかかっている。これを見るに、機能移転するにも移転先で一か月程度の下準備が必要という事になる。

 シモンズの提案は、移転先となる地点を先に抑える事により、必要となる事前準備を妨害しようというものなのだ。

 だが、

 

「……それが出来れば苦労はしない」

 

シモンズの案を前にして、閣僚の誰もが渋面を作らざるを得なかった。この光景には、提案者のシモンズも苦笑するしかない。現在、ヨーロッパ各国によるアフリカを巡る外交での争いは、見事なまでに停滞しているのだ。

 

事の始まりは、3月始めにフランスにより証明された新規提督の出現条件の判明。これにより艦娘を保有する国々は、アフリカへ進出しようとしていた。艦娘戦力を確保できるだけでなく資源も手に入るとなれば、国益のためにも動こうとするのは国家として当然の事だった。

だがそんな流れに待ったをかけたのがイギリスだった。英国はアフリカ確保に関連する国際会議を提案、各国に参加を呼びかけた。

 

「無秩序な進出は、かつての植民地競争の様に、武力衝突に繋がりかねない」

 

この主張を前にしては、各国とも足を止めざるを得なかった。アメリカ大陸、インド亜大陸etc。過去、植民地獲得競争により戦争となった事例は幾らでもあるのだ。唯でさえ深海棲艦との戦争で疲弊している各国にとっても、植民地を巡っての国家間紛争など望んでいなかった。

こうして急遽ロンドンで開催される国際会議の場に立つことになった。この時の様子を社会学の専門家たちは、「各国とも過去の失敗に学び、理性をもって一致団結した」と称賛したと言う。

だが――理性が働いていたのはここまでだった。

 

「今後の対深海棲艦戦を考慮すれば、我が国によるアフリカ全土の保有が妥当である」

 

ロンドン国際会議が始まった直後、よりにもよって言い出しっぺのイギリスが、荒唐無稽な主張を繰り出したのだ。

当然の事だが各艦娘保有国は大いに反発、国際会議は一気に荒れ模様となった。イギリスの発言を切っ掛けに、各国とも各々が自国の国益を確保するために主張を繰り返し、全く纏まらなかった。

結局、余りのグダグダ具合に、オブザーバーとして参加していた日本、ロシアの提案により会議は一時中断。現在、各国によるアフリカ進出は行われていないものの、何かしらの切っ掛けがあれば、即座に各国の部隊がアフリカに展開しかねないという、実に危い状況にあった。

 

 

「流石にアフリカ全土保有は、やり過ぎたな」

 

 外務・英連邦省に推されたとは言え、荒れる切っ掛けを作ってしまったマクドネルは反省していた。イギリスとしてはこの主張は交渉のための叩き台であったのだが、外務・英連邦省の予想を超えるレベルで相手国に反発を買ってしまっていた。現在も個別に交渉は続けているが、相手の反応は芳しくない。

 

「アフリカの資源関連の権益で釣るか? これなら文句も出にくいはずだ」

 

 各国がアフリカを狙う理由には、アフリカから産出する資源も含まれている。周辺地域の治安維持に費用を掛けずに権益を持てるというシモンズの提案には、相手国の軍はともかく政治家にとっては十分旨みがあった。だが、これにはそう易々と頷けない。

 

「やめて下さい。権益を放り出すなんて事をすれば、財政赤字で大変な事になります」

 

 顔を青くして大蔵省のトップ、パーシングだ。イギリスがどれだけ領土を得られるかは解らないが、土地も民心も荒れ果てたアフリカの地を維持するには、膨大な資金が必要となる事は確実なのだ。大蔵省としては、歳出を少しでも補填するためにも、各種利権を手放したくはなかった。

 

「……ともかく、交渉を続けていくしかないか」

 

 このようなやり取りが交わされつつも、イギリスのトップたちによる会議は続いていく。しかし同時刻、とある国が動き出した事を、今の彼らが知る由もなかった。

 

 

 

 太平洋で起こった拠点移設に対する議論は、何も英国だけで行われている訳では無い。当然、欧州各国でも喧々諤々の議論が繰り広げられていた。とはいえ、各国とも議論の内容はイギリスのそれと左程変わらない。どの国も主な情報源は日本からのものであり、ベースとなる情報が共通である以上、似通うのは仕方のない事だろう。

 そのため差異が出るとすれば、議論の結果どのような選択肢を取るか、である。とはいえ、結論についても似通う事も多い。多くの国はイギリスと同じく、アフリカについては交渉を続けると言う結論に至っていた。

 が、何事にも例外はある。

 

「一秒でも早く、アフリカを人類の手で確保しなければならない!」

 

 このような結論に至った国が2カ国あった。フランスとドイツだ。

 まずフランスだが、これは安全保障面を重視してのものだ。なにせアフリカパターンの場合、地中海も戦場となる事が予想されている。フランス本国の立地上、大西洋、地中海から圧力を受ける事となる事はとても看過できなかったのだ。

 ではドイツはどうなのかと問われると、強いて言えば資源問題だろうか。アフリカ大陸が内包する各種資源はヨーロッパにとって魅力的であり、それらが深海棲艦の手に墜ちるのは、今後の対深海棲艦戦に大きな影響を及ぼす事となる。このような背景の元、先の結論に辿り着いたのだ。もっとも彼らには、実態は経済もEUの主導権もイギリスに圧されている状況を挽回したい、という思いが半ば無意識に存在するのだが。

 ともかく、「早急なアフリカ確保」という結論を出した両国の動きは早かった。

 

「作戦行動を開始する」

 

現地や本国で、いつでも動ける様に待機させていた部隊を出撃させ、アフリカ大陸の確保を始めたのだ。

流石にロンドン国際会議の一時中断中に、このような事をするのはマズいのではないか、との声も上がったのだが、フランスは本国の安全の確保が最優先である事、ドイツは領有宣言をしなければ批判はある程度躱せるとの想定を掲げ、批判を黙殺していた。

 こうして独自行動が大好きな国と甘い想定をする国により、唐突に始まったアフリカ占領。当然の事だが、この両国の動きに各国は驚愕した。

 

「すぐさま進撃を停止せよ!」

 

 イギリスを始め各国が両国に対して様々な外交ルートを用いて、作戦の中止を勧告するが、この二国がその程度で止まるはずもない。特にフランスはこれまでEU各国に良いように操られていた事への反発もあり、進撃速度が緩まる事は無かった。

 二国による侵攻が始まって3日後、各国の必死の呼びかけは無視され、仏独がもはや止まるつもりはない事を理解し、そしてある結論に至った。

 

「このままでは仏独によって、アフリカが制圧される。ならば――」

 

 最初に軍を派遣したのはイタリアだった。輸送機により部隊はアフリカに到着。そして現地の仏独軍部隊とは別の方向に向かって進撃を始めた。

 

「両国が有力な地域を制圧する前に、確保しなければ」

 

 このイタリアの行動が、最後のひと押しになった。イタリアに続けと言わんばかりに、ヨーロッパの艦娘保有国たちが次々と仏独との交渉を打ち切り、アフリカに軍部隊を出動させていく。それらの国々の中には、イギリスも含まれていた。

 

 こうしてなし崩しにヨーロッパ各国による、アフリカ分割競争が始まった。

 




因みにグリーンランドですが、デンマークが各国に泣きついて少数ながら部隊を現地に駐留してもらっています。勿論駐留のための費用は、デンマーク持ちです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。