それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は99話と最終話の間になります。相変わらず艦娘が出てこないお話です。


それぞれの憂鬱外伝2 2020年の防衛大綱 もしくは空母狂想曲

 2020年10月。防衛大綱の草案は防衛省内部ですったもんだあったものの何とか纏まり、その後国家安全保障会議が行われていた。このニュースが発表される直前、専門家や軍事知識を持つ者は、共通した感想を抱きつつ注目していたと言われている。

 

「やっぱり、今年も変更するのか」

 

 2017年の艦娘出現から始まり、一年、下手をすれば半年も経てば戦況が大きく変わると言う状況が続いている。そのため本来ならば中長期な安全保障政策の指針である防衛大綱が、毎年変更されているのだ。軍事に注目している者たちにとっては、もはや恒例行事と言っても良かった。

 そんないささか希少性が下がっている防衛大綱だが、2020年の防衛大綱についてはその注目度は例年の比では無かったりする。

 

「やっぱり大幅増強になるかな?」

「そりゃそうだ。なにせ台湾とフィリピンが日本領になっているんだ。防衛や航路確保の為にも海自を中心に戦力強化は必須だろ」

「それに予定調和だったけどアメリカは滅んだしな」

「そうなると、去年の大綱の増強版が妥当かな」

 

 SNSやネット掲示板では、多くの者たちによって防衛大綱の内容を予想していた。2020年の上半期だけでも、これまでの常識を覆すような事件が多発していたのだ。当然、防衛大綱もそれに合わせてアップデートされるだろうと、誰もが予想していた。

 そうして世間が注目する中、国家安全保障会議を通過した草案は、閣議により決定。すぐさま防衛大綱が発表されたのだが、

 

「本気かよ……」

 

 その内容に多くの者が驚愕する事になる。

陸は以前アメリカより少数導入したレールガンの改良型の研究開発。空はF-35の追加調達、新型戦闘機F-3の開発、有人戦闘機支援のための無人戦闘機構想「ウィングマン」の研究開発に、完全自立型無人戦闘機の研究。

 これだけでも十分野心的であるが、彼らの視線を釘点けにしたのは、以前より注目していた海自だった。前年通り、イージス艦や対空性能を重視した護衛艦の建造は変わっていない。対深海棲艦戦における、通常艦艇の役割的にも納得の出来るものだ。だが問題はその数だった。

 

「艦隊規模を戦前に戻すつもりなのか!?」

 

 ミサイル護衛艦こそ多少自重したのか4隻建造で止まっているが、あきづき型及び改あきづき型と呼べる艦艇を文字通り量産する旨が記載されていたのだ。大綱には艦の改良を行いつつ15年を掛けて建造を続けるとされており、予定通りに進んだ場合、護衛艦の数だけ見れば、深海棲艦が出現する直前のそれに迫る事となる。

 だがそれは前座でしかない。本命は別にあった。

 

「空母も作る気かよ」

 

 原子力空母「ほうしょう」を参考にした、基準排水量3万トンクラスの国産空母の建造が決定されていたのだ。建造されれば、「ほうしょう」、軽空母への改装中の「いずも」に次ぐ3隻目の空母となる予定であった。

 また新規に建造される艦はそれら水上戦闘艦だけではない。各種補給艦や支援艦艇、そして艦娘母艦の建造なども予定されている。まさに大軍拡と言っても差し支えなかった。

 南方の地を得た事による拡大した防衛領域、太平洋方面からの圧力の増大、そして今後予定される南方への攻勢。これらに対応するためには、この大規模な艦隊の増強は必須だったのだ。

こうして陸、空、海全てが野心的な目標を掲げる事となった防衛大綱だが、一部の者は不安視していた。

 

「予算とか足りるのか?」

 

 当然の事であるが、予算は有限である。フィリピン、台湾を平らげた事で将来的に国力が増強する事もあり、財務省も軍事費への予算の増額は了承しているが、満額回答とまではいかないだろう。彼らは艦艇数大幅増のしわ寄せが何処に行くのか心配していた。

 そして彼らの予想は当たっていた。

 

「やっぱり駄目だったか……」

 

 防衛大綱が映されたモニターを前に、潜水艦隊司令官大波海将は項垂れていた。退役の項目には、これまで何とか生き延びて来た多くの潜水艦たちの名前が記載されている。

 今回もそうだが近年の防衛大綱は飽くまで、「対深海棲艦」を主眼としているのだ。戦後を見据えて潜水艦や掃海艇など、対深海棲艦戦に使えない艦艇を残しておく余裕など無かった。多くを退役させて余った資金を護衛艦の建造に当てられる事となる。勿論、完全に手放してロストテクノロジーと化すつもりはないため、各艦種とも極少数が残される事にはなっているのだが。

 またしわ寄せは海自内部だけに留まらず、優先順位が低い軍にも波及する。

 まず空自だが、F-35の追加調達をする代わりに、対フリント戦において投入するにはやや微妙な存在と化しているF-15を順次退役させる事になっていた。そのため大綱通りに調達が行われたとしても、総機数は微増程度に収まる事となっている。なお、これには倉崎航空幕僚長も防衛領域のエアカバーに不安があると抗議したのだが、空母戦力があるとの事で、押し切られてしまった。

だが、空自はまだマシな方だ。陸上自衛隊はそれ以上の被害を受けていた。

 深海棲艦を相手に戦う事の出来る地対空、地対艦ミサイル部隊については手を付けられなかったどころか増強されたのだが、その他については容赦なく削られる事になったのだ。

 

「歩兵、しかも徴兵された国民がメインの練度が低い部隊で深海棲艦と戦うとか、無茶の極みですよね」

 

 その一言と共に、深海棲艦との戦いが激化した頃から増強されていた師団や旅団が、戦時中にもかかわらず削られていった。その結果、10個師団、7旅団と戦前よりは規模は大きいものの、自国民どころか他国からも「本当に大丈夫か?」と心配される程に縮小される事となる。これには陸上幕僚長の黒木も顔を覆うしかなかったと言う。

 防衛大綱策定の裏で起こった悲喜交々はともかく、日本は今後の戦いのための準備を進めていく事となる。

 

 

 

 ところ変わって、ある日の防衛装備庁の会議室。内定した国産空母の建造のために、今日も今日とて技官たちが集まっていた。

 

「今の案だとどの位の大きさになるんだっけ?」

「基準排水量37000トン、全長265m。大体フランスのシャルル・ド・ゴールと同じだな」

「見事に中型空母だな。海自は大型空母を欲しがってたとか聞いたけど、これで良いのか?」

「中型空母建造派が勝ったからいいんだよ」

 

 海自では一時期、6万トンクラスの空母の建造すら囁かれていたのだが、坂田防衛大臣を筆頭に良識派がその案を叩きつぶしていた。

 

「いきなり大型空母を作って、失敗したらどうするんですか」

 

 何せ日本には現代型の空母の建造経験など無いのだ。もしも失敗すれば国防計画に大きな穴が開くことは確実である。

 この指摘に海自の主だった者たちも坂田に賛同。まずは3万トンクラスの空母を建造して空母建造経験を積み、しかる後に大型空母を建造することにしていた。

 なおこの決定に、財務省からは「経験積むためならもっと小さい奴でも良いだろ」と突っ込まれたのだが、「ある種の試験艦とは言え実戦に投入する事は確定であるため、ある程度の大きさの空母は必要」と答え、半ば無理矢理予算を出させていたりする。

 そんな建造決定までのすったもんだはあったものの、中型空母建造は決定され、こうして防衛装備庁で設計が始まった。幾度も意見が交わされ、段々と形になっていく国産空母。だが設計が進むにつれて、技官たちは何処か微妙な表情を浮かべるようになっていく。

 

「しっかし、結局どこかで見た事のある形になったな」

「言うなよ」

 

 ある技官の言葉に、誰もが苦笑する。彼らの目の前には建造する空母のイラストが描かれた用紙があるのだが、どう見てもニミッツ級原子力空母なのだ。

 

「ニミッツ級がカタパルト4基に対して、ウチの空母が2基か。後、エレベーターも2基でニミッツ級の半分」

「搭載機数も『ほうしょう』の半分くらいか?」

「見事にミニニミッツ級、いや『ミニほうしょう』だな」

 

 このようになった経緯は至極単純だ。日本には現代型の正規空母の建造経験がない。だからこそ、既存の空母を参考にする必要があるのだが、幸いな事に参考にできるものがあった。

 ニミッツ級空母「ロナルド・レーガン」改め、「ほうしょう」

 拙いながらも運用経験があり、ある程度特性が分かった「ほうしょう」を、防衛装備庁は参考にする事にしたのだ。だが何分初めての正規空母の設計だ。経験の無さ故に、独自要素を入れる機会が少なく、結局、外見や武装配置どころか、内部構造まで「ほうしょう」に似通う事になっていた。

 そんな「ミニほうしょう」と化している次期空母だが、一部だけは参考元と大きな差異があったりする。

 

「動力は蒸気タービンか。まさか今更蒸気タービンを使うなんてな」

「仕方ないだろ。原子炉は真っ先に却下されたんだから」

「仮に原子炉積みますとか言ってみろよ。反原発団体の前に、財務省が殴り込んで来るぞ?」

「原子力動力って高いからなぁ……」

 

 彼らの言う通り、この「ミニほうしょう」の動力は原子力ではなく蒸気タービンを使った通常動力が採用される事となっていた。これは日本に軍艦に積めるような原子炉の開発をした事がない事も要因だが、一番大きいのは予算だ。

 原子力動力という物は、通常動力と比べて恐ろしいレベルで金が掛かるのだ。アメリカ合衆国の会計検査院によれば、原子力空母の開発費は通常動力型の2倍であるし、ライフサイクルコストについても、通常動力型と比べて1.5倍掛かるのである。

 幾ら今後のために空母が必要だからと言って、そんな金食い虫を作る余裕など日本には無かった。

 

「まあ、原子炉が使えないのは分かるけど、なんで蒸気タービンなんだ?」

「そりゃあ、蒸気タービンじゃないとカタパルトが使えないからだろ。載せるのは『ほうしょう』のヤツと同じ蒸気カタパルトなんだから」

「いや、それは分かってるけどさ。……ぶっちゃけ、カタパルト要ら無くないか? スキージャンプ式で行けるだろ」

 

 日本はF-35の垂直離着陸型であるB型も「いずも」用に少数ながら取得している。そのため彼の技官だけでなく、坂田防衛大臣や一部防衛省上層部からも「今後の空母はスキージャンプ式でいいのでは?」との意見もあったりする。だが、この意見には反対者が多かった。

 

「『今後の敵大型航空機の進化に対応するためにも、航続距離と搭載量に勝るC型の運用が望ましい』だとさ」

「あー、それでカタパルトを使いたい訳か」

 

 敵の事を言われてしまうと、なんとも言えなくなる。何せ深海棲艦は人類と戦い始めて10年も経たずにで第4世代戦闘機と同等の物を繰り出してきたのだ。今後、敵がどのような進化をしてくるかは解らないが、対抗手段として少しでも性能の良い戦闘機を使いたいのは理解できた。

 

「まあともかく、船体の設計は割と早く終わりそうだな」

「ほぼ『ほうしょう』の流用だしな」

 

 このように、参考元が手元にあったおかげで、何だかんだで順調に進んでいる次期空母建造計画だが、障害が無い訳では無い。

 

「後はシステム周りか」

「これが一番大変だな」

 

 会議室の一同は思わずため息を漏らす。今の時代、軍艦の建造においてシステム周りの構築が重要になる。ミサイルを撃つにも、敵をレーダーに捉えるにも、各種システムが必要になるのだ。

当然の事だが、空母も例外ではない。ヘリコプター搭載型護衛艦での経験があるのである程度参考にできるだろうが、今後技官たちはシステム構築に苦労する事になるだろう。

 これだけでも大変であるのに、防衛省から更に厄介な注文が付けられていた。

 

「オートメーションを随所に使い徹底した省力化と乗員の削減か。簡単に言ってくれる」

「だな」

 

 ある技官のボヤキに会議室の一同は思わずため息を漏らす。要するにアメリカのジェラルド・R・フォード級原子力空母と、同じことをしろという事なのだが――、そう簡単に出来るとは思えなかった。

 とは言え、これには防衛省側にも言い分がある。

 

「これからの軍拡を考えると、人員がいくらあっても足りない」

 

 何せ防衛大綱で護衛艦の大量建造が決まっており、そちらにも人員を割かなければならないのだ。そんな状況で、このままでは個艦要員と航空要員を合わせて2000名が必要になりかねない中型空母の運用をするとなると、海自全体に影響が出かねないのだ。そのため少しでも、省力化のために力を入れる必要があった。

 そんな事情もあり、システム周りの構築のための予算は、かなりの額が掛けられる事が確定していた。その余りの金額に、やはり財務省が文句を言っていたのだが、「他の護衛艦にも省力化したシステムを流用できるかもしれない」との事で、半ば無理矢理納得させていたりする。もっとも、現時点でどこまで流用できるかは未知数であるし、他艦に流用出来ない可能性は十二分にあるのだが。

 また彼らを悩ませる問題はそれ以外にもある。それも軍政面でだ。

 

「しかし、システム周りの設計で余り時間を取るのも不味いぞ? 下手をすると納期に間に合わなくなる」

「起工から10年以内に就役しないといけないんだっけか?」

「正確には、2030年までにだな」

 

 防衛省は防衛装備庁に対して、次期空母を2030年までに就役させる事を厳命していたのだ。しかも難航するであろう省力化システム周りを、場合によっては妥協しても就役に間に合わせろ、と言う徹底振りである。

 そんな防衛省の態度には、当然の事だが理由もある。

 

「しかしなんで10年縛りなんだ?」

「そりゃあ、『ほうしょう』が寿命だからなぁ」

 

 海上自衛隊唯一の正規空母「ほうしょう」だが、その船体は幾度も大きなダメージを受けている。

「ロナルド・レーガン」時代の2016年6月に戦艦棲姫の16インチ砲を受け大破。その後、物資不足により碌な修理がされず約2年間ドックに放置された。日本に船籍が移った事からようやく修理され、名前を変えて戦線に復帰したと思ったら、2020年2月にフィリピンで再び中破したのだ。

 幾ら修復しているとは言え、船体全体のダメージは回復する事は無い。2020年現在、防衛省の見立てでは、「ほうしょう」が現役でいられるのは、長くて10年であると見ていた。

 そのため、「ほうしょう」が使える内に、代艦となる空母を用意する必要があったのだ。

 

「まあ平時と違って、予算削減で工期が遅れるって事は無いのは救いか?」

「工期の遅れは無くても、設計ミスで工期延長はあるぞ。慎重に設計しておかないといけないな」

「船体の設計、もう一回見直しておくか」

 

 このようなやり取りが幾度も続けられながら、海上自衛隊の主力の一翼を担う次世代の空母は作られていった。

 

 




坂田防衛大臣「軍拡しすぎ? 太平洋全体を日本だけで対応しなきゃならない事を考えたら、これでも足りませんよ……」

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