それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編最終話辺りです。


それぞれの憂鬱外伝4 遥かなる星に向かって

 2019年9月末。アメリカ太平洋艦隊が打ち破られ、そして西海岸に深海棲艦が上陸していた事で、アメリカの命運は決まった。このニュースに各国の国民たちは大パニックを起こすのだが、対照的に政府の人間は冷静だった。以前より艦娘との関係の悪化から、近い内にアメリカが滅ぶ可能性が高いと見ていたのだ。

 確定したアメリカの滅びに、各国政府はパニックに陥る事なく、冷徹にアメリカ亡き後の世界に備える事となる。艦艇の整備、アメリカ系提督及び艦娘の回収、各国との連絡の強化etc。今後より強くなるであろう深海棲艦に対抗するため、軍事力の強化に邁進する事となる。そしてその中には、現代の軍事において欠かせない分野も含まれていた。

 

 

 

 時は流れ、アメリカ崩壊から数年後、着々と海南島攻略のための準備が進む中、防衛省の執務室で坂田防衛大臣は挙げられてきた書類を手に、安堵のため息を吐いていた。

 

「完成しましたか」

「何がですか、提督?」

 

 坂田の執務机に新たな未決済書類を置きつつ尋ねる大淀。そんな光景に彼は若干顔を引きつらせつつも答える。

 

「衛星ですよ」

「衛星?」

「ええ、イギリスと共同開発していた軍事用衛星が完成したようです」

「ああ、そう言えば、そんな事をしていましたね」

 

 深海棲艦との戦いが始まって以来、世界は分断された。各国は海路、空路が寸断された事で他国との交易が出来なくなり経済が悪化し、軍事面でも一部地域で複数国による戦力の集結が難しくなってしまった事は周知の事実だ。

 しかしそのような封鎖された世界であるが、深海棲艦の手の及ばない範囲もあった。

宇宙空間だ。

 非常に幸いな事に、深海棲艦は衛星軌道上に浮かぶ各種衛星を撃墜する手段を持ち合わせていなかった。そのため各国は、寸断された海の向こうの情報を仕入れる事が出来ていたし、GPSといった衛星由来の技術はこれまで通り使えていた。勿論軍事でもデータリンクやGPS、宇宙空間からの偵察など大活躍である。仮に深海棲艦に衛星を破壊する術を持っていた場合、人類は艦娘出現前に滅んでいる、と唱える学者もいる程だ。

 そんな人類にとって完全な安全領域となっている衛星分野だが、ある事件により安全神話は終わりを告げる事となる。

 

「そう言えば、軍事衛星はアメリカの物を間借りする事が多かったのでしたっけ」

「ええ、その通りです。ただアメリカが滅んだ事により、そうも言っていられなくなりました。今、我々がこれまで通りの軍事作戦を行える様にするためにも、各種軍事衛星の打ち上げは急務です」

 

 アメリカ合衆国の崩壊による悪影響は、地上だけでなく宇宙にも及んだ。彼の国が崩壊するという事は、アメリカが打ち上げ、管理し、そして各国と共有していた軍事衛星が使えなくなくなる事と同じことだったのだ。

 アメリカの軍部か政府がこの事を危惧していたのか、幸いな事にアメリカが崩壊しても、今現在はアメリカ製軍事衛星をこれまで通り使えている。だがそれも今動いている衛星が寿命を迎えるまでなのだ。

 だからこそ、アメリカ製軍事衛星を間借りしていた国々は、早急に代替となる衛星を打ち上げる必要があった。このような背景もあり、今後人類側の主力となる日本とイギリスは各種軍事衛星の共同開発をする事となる。

 

「でも、なぜ日英だけなのですか? 欧州宇宙機関に話を持ち掛ければよかったのでは?」

「共同開発国が多すぎると、碌な事にならないんですよ……」

「ああ、なるほど」

 

 国際共同開発の場合、参加国同士の足並みが揃わなかった場合、予定通りに開発が進まないと言う欠点があるのだ。欧州で運用されている戦闘機「タイフーン」が良い例である。

 今回の衛星の開発において、何かと口を出してくるドイツや独自行動が大好きなフランスが足を引っ張るのは目に見えており、発案者であった日本が共同開発国として声を掛けていたのは、イギリスだけだった。

 こうしてアメリカが崩壊した翌月から、開発が始まる事となった。幸いな事に両国とも島国という事もあり衛星に求める要求は似通っていた。そのため目論見通り、多額の予算を掛けた事もあって比較的順調に開発が進み――2年で衛星を完成させた。

 そうたった2年である。

 

「あれ? 軍事衛星ってそんなに簡単に出来るものじゃ無いような?」

「まあ、そうですね」

「……どうやったんですか?」

 

 当然の事だが、短期での開発の裏にはカラクリがある。

 

「既存技術のみででっちあげましたからね。新技術を新たに組み込むよりは大分速いです」

 

 笑いながら肩を竦める坂田。なんてことはない。「各国が現時点で保有している技術で作成する」という、タイフーンの当初のコンセプトと同じ事を行ったのだ。タイムリミットが近い故に行える強硬策である。

 

「それ、性能は足りるんですか?」

「正直足りないでしょう。まあ、今回の衛星はピンチヒッターの様なものです。本格的なものはこれから開発する事になりますよ」

 

 色々な不安はあるが、ともかく今回の開発成功により、当面の軍事衛星の問題は回避された。ではこれで万々歳化と問われれば、答えは否であった。日本、いや世界は更なる宇宙開発が必要だった。

 

「そう言えば、衛星で思い出しましたが……」

「どうしました?」

「以前、防衛費の内訳を確認した事があるのですが、なぜ宇宙太陽光発電の予算が組まれているのですか? これ、JAXAの方にも同じ項目があったのですが」

 

 そう言うと、大淀はタブレットを操作し、坂田に差し出した。画面には二つのウィンドウが開かれており、防衛省及びJAXAの事業項目が表示されている。そして彼女の言った通り、その両方に宇宙太陽光発電衛星の項目があった。

 

「ああ、それですか。それはJAXAが以前から開発していた宇宙太陽光発電プロジェクトに、防衛省も共同開発という形で参入する事になったからですよ。来年に実証実験機を飛ばすってニュースがあったじゃないですか。あれは防衛省とJAXAで作った物です」

「……すいません。それがどう防衛省に関わるのかが理解できないのですが」

 

 首を傾げる大淀。その様子に坂田は苦笑する。確かにその字面だけ見れば、軍事と関連付けるのは難しい物だった。

 宇宙太陽光発電のシステムだが、宇宙空間に配置した衛星で太陽光発電を行い、その電力をマイクロ波若しくはレーザー光に変換して地上の受信機に送り、地上で再び電力に変換すると言う物である。これに送電を中継する送電衛星を利用すれば太陽光と言う無尽蔵のエネルギーを1年中利用できるとされている。

 宇宙太陽光発電プロジェクト自体は、戦前から細々と続けられていたものであるが、深海棲艦大戦以来、常にエネルギーに頭を悩ませている日本は、この夢の発電システムは是非ともモノにしたいと考えており、ロシアとの交易が再開し国内がある程度安定して以来、少なくない額の予算を掛けて実現させようと目論んでいた。

 

「簡単に言えば、深海棲艦に有効かもしれないからです」

 

 そんなJAXAのプロジェクトに最初は、防衛省は興味を示さなかった。確かに国内のエネルギー問題が解決されるのは諸手を挙げて賛成なのだが、それは自分達とは関係が無いと思っていたのだ。

 だが、ある防衛省の職員が宇宙太陽光発電で使われるある項目に注目した事により、流れが変わる。

 

「これまで無関係だった我々が横から口を出すと、先方がうるさいのでは?」

「多少ですが防衛省から予算を出していますので、今の所表立っては文句は出ていませんよ。それに我々が出す要求は簡単な物です」

「簡単な物?」

「ええ。送電はマイクロ波、送電アンテナを可動式にし、周波数も変えられるようにするだけです」

「……マイクロ波?」

「ええ、マイクロ波です」

 

 坂田の返答に引っ掛かりを覚えた大淀が、思わず聞き返す。彼女は暫し考え込んだ後、何かに気付いたのか、目を見開いた。

 

「提督、差し支えなければ、我々がその衛星で使う事になる周波数を教えてください」

「構いませんよ。――2450メガヘルツです」

「やっぱりですか」

 

 2450メガヘルツ。それは水と同じ固有振動数だった。

――宇宙太陽光発電システムを読んだある防衛省の職員はこう考えた。

 

「深海棲艦って滅茶苦茶な奴らだけど、生物なんだろ? 宇宙から照射したマイクロ波で体内の水分を加熱させれば倒せるんじゃないか?」

 

 長く続いた深海棲艦との戦いにより、敵の死体を解剖する機会は幾らでもあった。未だに深海棲艦は謎な存在である事は変わらないが、哺乳類に近い生命体である事は分かっている。そして肉体には多分な水分が含まれている事も。

 もしかしたらマイクロ波で体内の水分を摩擦熱で上げてしまえば、生物の例に漏れず倒せるのではないか。

 この思考実験はその職員が同僚に話した事により、防衛省内で急速に広まっていった。日本は太平洋全域の深海棲艦を相手にしなければならず、その負担が大きい事は周知の事実。少しでも負担を減らせる可能性があるなら縋りたいと言う思いがあった。ましてや艦種関係なく容易に倒せる可能性もあるのだ。多くの者が注目するのは当然の事だった。

 こうしてあれよあれよと言う間に、防衛省は研究が進んでいるJAXAのプロジェクトに協力する事が決定されたのだった。

 

「事情は分かりましたけど……」

「どうしましたか?」

「そう上手く行きますか? 失敗するかもしれませんよ」

 

 これもまた事実だ。深海棲艦は謎が多い。マイクロ波が効かない可能性も十分あった。だが坂田は気にした様子もなく告げる。

 

「これはいわば兵器開発ですからね。失敗する可能性は十分あります。とは言え、今回の場合は今後の日本の未来のためにもなる分野ですから、無駄にはならないでしょう」

「そうですね」

 

 防衛省が参入したとは言え、プロジェクトのメインは飽くまで発電であり、対深海棲艦攻撃はオマケ程度だ。また資金面についても、今回、防衛省がJAXAに出した資金は、来年打ち上げる実証実験機に関してのみであるため、失敗した所で予算面でのダメージは少なかった。勿論、防衛省の目論見が成功した場合は、更なる追加予算を出す予定ではあるが。

 

「まあ過度な期待はせずに、結果を待つとしましょう」

 

 坂田はそう言って、肩を竦めた。

 

 

 

 東京都調布市、調布航空宇宙センターの敷地内にあるJAXA本社の理事長室。そこに備え付けられている執務机に向かう初老の男、JAXAのトップである大川はある書類を手にしつつニヤリと笑っていた。

 

「ようやくここまで漕ぎ着けたな」

 

 彼の手の中にあるのは、宇宙太陽光発電プロジェクトの第一歩となる、実証実験機についての資料だった。試験機故に性能は未だ発展途上としか言いようがないレベルではあるが、JAXAと関連企業の技術を結集させた機体であり、実験を成功させる自信はあった。もっとも、防衛省の狙う対深海棲艦用兵器の面での実績については知った事ではないが。

 

「まったく、防衛省もいきなり口を出してきおって。これさえなければ、今年中に打ち上げられたんだ」 

 

 吐き捨てるように呟く大川。幾ら金を出すとはいえ、いきなり横から口を出される事になった時は、文句の一つは言いたくなったものだった。

 とは言え、それを表立って口に出す事は出来なかった。今の時代、防衛省の政府内での地位、そしてその発言力はトップクラスであり、JAXAでは太刀打ちできないレベルに合った。また対深海棲艦と言うお題目を掲げられると、安易に拒絶する事が出来なかった。

 結局、JAXAは防衛省の要求に対して、半ば完成していた実証実験機の多少の改造でお茶を濁す形で答え、何とかやり過ごす事にした。そのせいで攻撃能力は、地球低軌道上から鶏肉を調理出来る程度に過ぎなかったが、防衛省側もそこまで期待していなかった事もあって、問題視されていなかった。

 

「まあいいだろう。余った予算で実験機の性能向上も出来たしな」

 

 ともかく、衛星は完成した。見立てでは余程のイレギュラーが無い限り、実験には成功はするだろう。後は上手く政府から予算を引っ張って来て、実験データを元にこれを発展させていけばいい。

 勿論、障害は多い。地上の受信施設、太陽光パネルの耐久性と軽量化、宇宙空間での大規模組み立て技術、そして最大のネックとなる衛星の宇宙への輸送コストの削減。

 特に輸送コストの削減は必須だ。2011年の宇宙開発戦略本部から出された資料によれば、発電コスト8円/kwhを達成するためには輸送費をこれまでの50分の1にしなければならないとされている。予算だって無限ではない。これを解決しなければ、宇宙太陽光発電プロジェクトは道半ばで頓挫する事になるだろう。

 だが――、この時、その輸送コストを削減する手段が成立されようとしていた。

 

「当面は時々小型機の打ち上げでデータを収集して、沖縄のマスドライバーが完成したら本格始動だな」

 

 JAXA、欧州宇宙機関、ロシア航空宇宙局の共同開発により、マスドライバーの技術が研究されているのだ。それも近い内に技術が確立し、各国で建造が予定されているレベルにまであった。

 一部の者たちからは、これまでSF世界の物として語られて来た物が、直ぐに作れるのかと疑問を呈しているのだが、勿論これにはカラクリがあった。

 マスドライバーの発射方式は幾つか候補がある。多薬室砲、ライトガスガン、コイルガン、そしてレールガン。

 そう、レールガンである。この技術は今は亡きアメリカ合衆国が完成させ、そして実戦で使用していたのだ。しかもアメリカの同盟国も少数だが導入していると言うおまけつきである。これを活用しない手は無かった。こうして夢物語であったマスドライバーは恐ろしい勢いで現実の物になろうとしていた。

 

「宇宙太陽光発電はハイリターンが確定しているプロジェクトだ。マスドライバーの建造が確定している時点で、まず止められる事はない」

 

 完成すれば太陽からの無限のエネルギーを得られ、しかも現実的なコストで実現可能なのだ。この誘惑に政治家も官僚も国民も耐える事は不可能だ。完成まで何年かかるかは解らないが、余程の事が無い限りプロジェクトが止まる事は無いだろう。そして完成すればJAXAの名声は鰻登りとなり、政府内での地位も確実に向上する。

 だが大川、いやJAXA上層部はこれだけで満足する気は無かった。

 

「人も物も格安で宇宙に送り出せるようになれば、我々の野望は一気に進む」

 

 思わぬ形で手に入る事となったマスドライバーだが、これは大川たち宇宙を目指す者たちにとって革命となるだろう。何かとかかっていた輸送コストが大幅に削られるのだ。これにより宇宙技術が格段に進歩するのは確実だった。これはJAXAの先代理事長及び理事たちの野望が、実現に近づく事を意味している。

 

『人類を恒常的に宇宙に住まわせる』

 

 つまるところ、彼らは最終的にスペースコロニーを建造し、そこを人類の第二の故郷とする事を目指しているのだ。

 その様な壮大な野望の始まりは、やはり深海棲艦の出現だった。最初は海からやってくる脅威の戦闘能力と数に人類は敗北を続けた。後に艦娘というオカルト要素により深海棲艦に対抗する術を得られたが、彼女たちだけで全てを解決出来る訳では無く、世界全体で見れば相変わらず人類は劣勢のままだった。

 そのような状況で、いかにして日本、いや人類が生き延びるか。JAXA上層部は長い間思案し、そして彼らは地球の外を目指すべきであると結論付けたのだ。

 彼らにとって宇宙太陽光発電システムの構築は、日本の安定化という野望実現のための寄り道に過ぎなかった。

 

「ともかく必要になるのは、マスドライバーだな。……もう少し予算を出させるように、政府をせっつくか」

 

 大川を筆頭に宇宙を目指す者たちは、己の野望のために動き始めていた。

 




タイトルからしてバレバレですが、元ネタは当然「遥かなる星」です。

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