それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
2018年5月。防衛省から各鎮守府に、深海棲艦教によるテロを警戒するように通達された時、一般的に鎮守府内での反応は二つに分かれたと言われている。
一つはそこまで関心を示さなかった者。これは主に提督に多かった。彼らが居を構える場所は対深海棲艦を想定して武装している軍事基地であり、更に周りには軍艦の化身である艦娘が多数いるのだ。こんな場所に攻撃する事など、手の込んだ自殺の同意義と考えていた。
そしてもう一つは、この通達に過剰に反応する者だ。当然の事だがこのような反応をするのは、主に艦娘だった。なにせ彼女たちは提督を守るために出現したのだ。愛する提督が命を狙われているとなって、平静でいられるものは少なかった。
防衛省からの通知が来た日の深夜。伊豆諸島鎮守府では鎮守府内に備え付けられている講堂に、全艦娘が集結していた。その誰もが真剣な表情を浮かべており、壇上を見つめている。
「以上が防衛省から通達された内容よ。相手は小規模だから、仮に戦闘となった場合、駆逐艦、海防艦クラスでも圧倒出来るわ」
全ての艦娘たちが注目する中、壇上に立つ叢雲はプロジェクターを操作しつつ、説明を続ける。
「更にテロをしようとしている海底会には、公安も動いているから、こちらから何かしらのアクションを取る必要はないわ。私たちは仮に失敗した場合に備えて、司令官の護衛だけを考えておけばいい。ここまでで質問は?」
直後、最前列の一人から手が上がった。
「ウチ、ええか?」
「龍驤さん、どうぞ」
「提督は今回の件については、どう考えてるん?」
「多少の危機感は持っているみたいね。少なくとも今月は外出しない事は確約しているわ」
この言葉に、多くの艦娘たちはほっと胸を撫で下ろした。護衛する側からすると、護衛対象の理解が有るだけで、護衛の難易度はグッと下がるのだ。だが叢雲は何処か呆れたように続けた。
「ただし、飽くまでも『多少』よ。アイツ、鎮守府が対深海棲艦用の重武装だからって、油断してるわ」
「気持ちは分から無くないけど、それは問題があるわね。提督って自分の立場を軽く見ているみたいだし」
五十鈴の呟きにこの場にいる誰もが頷いた。彼女の意見は実の所正しい。秋山は昨年9月の戦艦棲姫の艦隊による東京湾侵攻未遂での功績により叙勲されている。これ自体は問題ないのだが、マスコミが未成年の叙勲者として大々的に報道しており、秋山の知名度は高いのだ。そしてその知名度故に、テロの標的となる可能性は高かった。
「そこは私たちがフォローすれば良いわ。いつでも異変に対応できるように、常時、秘書艦が側に着くように秘書艦ルールを改訂したいけど、反対意見はあるかしら?」
「寧ろ大歓迎ネー!」
真っ先に賛成の声を上げる金剛。当然の事だが他の艦娘たちからも反対意見は無い。それどころか、歓喜する者が多数だった。その光景に叢雲は満足げに頷く。
「じゃあ、司令官への護衛方法については後で詳細を決めるわ。後は鎮守府の防衛設備も問題ね。今回の件で、対人も考慮しなければならなくなったわ。――今後のためにも改訂が必要よ」
「今の設備は対深海棲艦を想定しているからね。対人だと使いにくいわ」
「人間相手だと、取り回しがネックネ」
「火力は十分なんやけどなぁ」
鎮守府創設時に、防衛設備の配置を担当した艦娘たちがため息を吐く。彼女らもこのような状況は想定していなかった。
「上陸阻止の陸上砲は、今ある奴で十分ネ」
「そうね。そうなると上陸された時に使う機銃が問題になるわね」
「今使ってる25mm機銃は、どれも銃身が複数やからな。対人戦をするにも旋回性能が悪いのは問題や」
「やっぱり取り回しの良い、7.7mmや12.7mmを各地に配置したいわ」
「あれなら皆の装備のお下がりで使えるから、調達コストが掛からないわね」
「後は対地用の火力かぁ。迫撃砲でも置いとく?」
「んー、それだけだと相手の装備次第で火力が足りない可能性もあるネ。駆逐艦用の単装砲を配置しまショウ」
「確かに10cm砲なら対地なら十分ね」
白熱する議論。仮にこの場に秋山がいれば「お前は何と戦うつもりなんだ?」とツッコミを入れただろう。彼女らの議論は明後日の方向に飛んでいく。
――テロリスト側からすれば、伊豆諸島鎮守府と言う物は、難攻不落の要塞と言っても過言ではない。周囲は海と言う深海棲艦が出るかもしれない危険な領域に守られており、艦娘と戦う前の段階で上陸はほぼ不可能。仮に上陸出来たとしても重武装を持ち込む事はまず無理だ。ドローンを使った航空攻撃ならば行けるかもしれないが、基地航空隊の防空網に加えて、立地上全方位に対空武装が施されている為、容易に迎撃されるだろう。
そんな安全圏にある伊豆諸島鎮守府だが、そこに所属する艦娘たちは油断しない。
「毒殺が怖いわね」
「それに郵便を使った爆弾テロやバイオテロもあるわ」
「それは鎮守府内に入れる前に、チェックを入れておきましょう。それで対応出来るわ」
「ドローンや小型プロペラ機からの特攻も怖いですね」
「そっちは航空隊や上陸阻止用の機銃で迎撃出来るんじゃないですか?」
「でもプライベートジェットを相手だと――」
彼女らは愛する提督を守る為、あらゆる可能性に対応できるよう、夜通し喧々諤々の議論が繰り広げられていった。
テロ警戒の通達から2週間。本土ではそろそろ海底会の摘発を行おうと公安が準備をしている頃、
「どうしてこうなった……」
秋山は湯船に浸かりながら、憂鬱気にため息を吐いていた。直後、外から声が響く。
「司令官、いかがしましたか?」
「いや、何でもない」
「そうですか」
外に控えている朝潮に、彼は努めて平静を装いつつ返答する。ここで何か言ったら事が大きくなる事はこの一か月で十分学習していた。
「司令官、何か御用事がありましたら、直ぐにお申し付け下さい」
「……あ、ああ」
思わず顔をひくつかせる秋山。
(いや、ホントどうしてこうなった)
――事の始まりは、一か月前に防衛省から通達された対テロ警戒の通知だった。この通知に対しては、伊豆諸島鎮守府は孤島という事もあり、狙われる危険性は殆どないと秋山自身は考えていた。
が、残念な事に艦娘たちは楽観視していなかった。通知の翌日、当日の秘書艦だった叢雲から朝一番でこのような事を伝えられた。
「今日から当面の間、アンタに護衛が付くから」
「……鎮守府内で?」
「鎮守府内で。まっ、護衛はその日の秘書艦がするから、いつもと余り変わらないわよ」
「……まあ、そのくらいなら」
この時、「余り変わらない」という言葉に反応し、秋山は特に何も考えずに了承した。だが数時間後、彼は了承した事に後悔する事になる。
いつもの業務が始まって暫くした時、催してきた秋山は席を立った。
「どうしたのよ?」
「ちょっとトイレ行ってくる」
「ええ、分かったわ」
叢雲も席を立ち、トイレへと向かう秋山の直ぐ後ろをぴったりと着いていく。
「……叢雲?」
「何よ」
「なんで着いてくるんだ?」
「秘書艦業務の一環よ。朝に言ったじゃない」
「いや、トイレ行くだけなんだが」
「業務の一環よ、諦めなさい」
「……」
なお、流石にトイレの中までは入って来なかった。叢雲曰く「流石に羞恥プレイをさせるつもりはない」との事。
その後も――
「休憩時間もいるんだな」
「当然よ。あ、お茶いる?」
「頼む」
休憩時間でくつろいでいる時も、
「メシの時もか」
「それは前からでしょ」
食事時も、
「風呂の時は外で待機だよな?」
「そこは秘書艦の裁量次第ね。安心しなさい。入る場合は水着着用を義務にしておいたわ」
「因みに今回は?」
「ちゃんと水着持ってきたから、入るわ」
「……俺も水着持ってくる」
入浴時間も、
「流れ的に予感はしてたけど、寝る時もか」
「当然よ。ああ、安心しなさい。布団は持参よ」
就寝時間も秘書艦が着いて来た。
そう。秋山の側には24時間誰かしら艦娘がいる事になったのだ。
確かにこれならば、不意を突かれても乗艦出来るので安全性は増すのだが、秋山のプライベートは完全に消失してしまった。
一日二日はともかく、コレが何日も続くと辟易してしまう。流石の秋山も抗議するのだが、
「諦めなさい」
叢雲にバッサリ切り捨てられた。
「護衛業務の廃止は、艦娘全員が反対に回るわよ?」
「いや、もうちょっと手加減をだな」
「それにこれでも抑えた方よ」
「……因みに他に案が?」
「地下司令部に缶詰めとか、常時乗艦状態とかあったわ」
「ホントに今の方がマシじゃねぇか」
結局、艦娘たちの反対多数で、護衛範囲を緩める事が出来なかった。
こんな生活が2週間続いたのだが、この時期になると秋山も、状況に適応しつつあった。諦めの境地に近いのだが。
ともかく常に艦娘が側にいる事に慣れつつあった秋山だが、時間経過と共に、新たな問題が発生していた。
「もうすぐ着替え終わりますので、お待ちください」
「あ、ああ」
風呂場の外から布が擦れる音がする。朝潮が何をしているのかは、容易に分かる。秋山は半ば無意識にその光景を想像仕掛けてしまい、
(ヤバいヤバい、落ち着け俺!)
ムラっときた事に気付き、心を落ち着かせる。
プライベートが無くなって2週間経過した現在、秋山は性欲を持て余していた。
この時、秋山の年齢は16歳。見事に性欲が最も強い時期にあるのだ。そんな少年が2週間も性欲を発散できなければ、大いに性欲が蓄積されるのは当たり前である。流石に艦娘が側にいる時に、自分で性欲を発散する事など無理だった。
また彼のいる環境も色々マズイ。艦娘は誰も彼もそこら辺のモデルが裸足で逃げ出すような美人であり、更に一部の艦娘の格好も中々際どく、彼の性欲を刺激していた。
更に艦娘側からのアプローチもある。唯でさえ提督への好意を表明する艦娘はそれなりにいるのに、今回の護衛業務によりより過激になってしまった。筆頭は金剛、朝潮。そして叢雲は上記の二人に程過激ではないが、以前よりスキンシップが確実に増えていた。余談だがこの三人は入浴時には確実に入って来る。
性欲を増幅させるような要素が三つもあり、なおかつ発散させる機会が無いとなれば、性欲を持て余すのは当たり前であった。
「失礼します。お背中をお流しします」
朝潮が扉を開ける。秋山は思わず振り向き、
「いやダメだろ。外で待ってろ」
思わずツッコミを入れた。
「何故ですか!?」
「いやその水着と持ってるものがアウト過ぎるだろ」
秋山の指摘に、朝潮は自分の格好と脇に抱えている物を確認し、
「何も変ではありませんが?」
「アウトだよ」
首を傾げる朝潮に、再度ツッコミを入れる秋山。少なくともほぼ用途を放棄しているレベルのマイクロビキニと、脇のピンク色のエアーマット、更に手にはローションと、何をやりたいかが丸見えだった。
「てか、流石にそこまで露骨だと規定違反判定だろ」
「いえ、事前確認しましたが、この水着は必要最低限は隠せていますのでセーフ判定でした。後マットを使った洗身は本番に至らなければセーフです」
「どんなガバガバ判定だよ」
「因みにこの判定は、叢雲が行いました」
「何やってんだよ叢雲……」
まさかの初期艦の暴走に頭を抱える秋山。もっともこの判定、と言うよりも秘書艦業務に護衛業務を組み込んだ叢雲にはある思惑があった。
秋山は色々な考えの下、艦娘とは一定以上には関係を深めない様にしている。だがその行動は艦娘側からすると複雑だ。鎮守府という組織維持の面では確かに秋山の行動は分かる。だが艦娘は提督を守るために生まれた存在であり、やはり提督から愛されたいと言う感情もあるのだ。叢雲はこの齟齬に危機感を覚えていた。
「その内爆発するわよ……」
今はまだまだ許容範囲内であるが、艦娘側の不満は少しずつだが蓄積されている。だがこの爆弾は時間経過と共に威力が強化される。その上時間が経過すればするほど鎮守府の規模も大きくなるので、爆発した時の影響も広くなる。
どう処理するか。叢雲が悩んでいる時に降って湧いたのが今回の対テロ警戒の通達だった。これを見た時、彼女はひらめいた。
「制御可能な内に爆発させましょ」
要するに、提督に艦娘に手を出させる事にしたのだ。仮に秋山が誰かに手を出せば、鎮守府内の空気は確実に変わる。だが今ならば鎮守府の規模も小さいため、艦娘同士の連携も容易であり、また対応しやすい。そして然る後に、提督と艦娘の関係性を新たに構築する事を、叢雲は目論んだ。
――つまり秋山の性欲の蓄積も、朝潮の暴走した格好も予定通りであったのだ。
「そうそう。お風呂上がりの本番についてですが、私からは求めません。逆○イプは違反ですので」
「本当に止めてくれよ……」
余談だが当然の如く、逆○イプは厳禁とされている。やらかしてしまって、秋山に艦娘への不信感を与えてしまっては意味が無いのだ。
ただし誘い受けは可である。最終目標を考えれば、寧ろ推奨されている。そのため提督への好意が大いにある者たちは、手を変え品を変え、秋山へのアピール攻勢を仕掛けていた。
「司令官。余り長く湯船に浸かってもお体に障ります。お体を流しますので、どうぞこちらへ」
「……因みにタオルとかスポンジで、だよな?」
「いえ、この朝潮の――」
「よし、大体分かったから何も言わなくていい」
もっとも、これほどのアピール攻勢をするのは朝潮くらいであるが。
ともかく、叢雲の企みは順調に進んでいった。
ラスダンが終わらんとです……。既に47連敗。洋上補給は半分消費し、間宮伊良湖、ダメコンすら使っても突破出来ない……。道中突破しやすい様に基地航空に対潜を振っていますが、明日から対潜は祈りで行きますかね……。
追伸。今さっきラスダンが完了しました! 本当にアドバイス有難うございます!