それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編74話と75話の間になります。今回は本編で入れるか迷って、テンポが悪いため省略した話を改訂したものです。

そして誤字のご指摘有難うございました。


それぞれの憂鬱外伝7 アメリカ軍VS艦娘

 テキサスで発生した艦娘による近隣住民虐殺のニュースは、SNSを通して瞬く間に、アメリカ中を駆け巡った。この時、文字情報だけでなく、現地で撮影された画像、映像も大量に流出しており、その事件性もあって多くのアメリカ国民が現地で突如として起きた惨劇を知ることとなる。

 この事件を切っ掛けに多くの国民が反艦娘に傾いていった。兵器派や排斥派が常日頃から叫んでいた「艦娘の反乱」が実際に発生してしまったのだ。このような反応も当然の事であった。

 こうしてアメリカの世論が反艦娘に固まったのだが、この時艦娘を運用するための施設である鎮守府の近くに住む住民たちは、パニックに陥る事となる。

 

「艦娘が襲ってくるかもしれない!」

 

 艦娘による反乱がテキサス州で実際に起きたのだ。近くにいる艦娘が砲を自分たちに向けかねないと考えるのは、反艦娘で思考が固まった住民ならば容易にたどり着いた。

 この結論に至った鎮守府近隣住民の大部分は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。何せ敵はWW2時代の軍艦の化身なのだ。生身の人間が勝てるはずがない事くらい、理解出来きた。

 だが、全ての住民がその様な考えに至る事は無かった。極々一部の住民は別の結論に辿り着いたのだった。そしてその人間たちによって、事態は更に悪化させる事となる。

 

 

 

 2019年9月サウスカロライナ州のとある沿岸に面した都市。そこでは地獄の様な光景が広がっていた。街のあちらこちらで火の手が上がり、爆音と共に噴煙が立ち昇り続ける。更に銃声と悲鳴が断続的に街中で響き渡っており、この都市はまさに戦場と化していた。

 

「来るぞ、急げ!」

「車じゃ動けない! 走って逃げるんだ!」

 

銃声と怒号に追われるように、多くの人々が圧倒的な破壊力から逃げようと足掻いていた。街は逃げ纏う人々でごった返しており、そこで生じた混雑が迅速な避難を妨げていた。

 そんな中、敵と戦う者もいた。

 

「来たぞ、撃て撃て!」

「ありったけ撃ち込め!」

 

 敵に向けて必死に銃を撃つ人々。彼らの持つ銃は、軽機関銃、小銃、猟銃、拳銃とバラバラで、更に服装も人によって異なっている。彼らはこの街に住む民間人だった。

 彼らの目標は数人程度の少女たち。

 勇敢な住民たちは建物の蔭や屋内から、少女たちに銃弾の雨を敵に集中させる。その火力は人間相手なオーバーキルも良い所だ。だが、相手は人間ではない。

 

「ああクソっ! 駄目か!」

 

 若い男は民家の二階で軽機関銃を撃ちながら悪態を吐いた。人の姿をした何かは何百発もの銃弾を受けてもなお、堪えた様子はない。一人の少女が手にしている奇妙な銃を男に向けた。

 

「ヤバ――」

 

 危険を察知し、慌てて逃げようとする男。だが次の瞬間、彼は民家ごと跡形もなく吹き飛ばされた。それを切っ掛けに他の少女たちも手に持った武器で、敵対者を周辺の建物ごと殺傷してく。暫し後、これまで無言だった少女たちの一人が、口を開いた。

 

「砲撃中止よ。これ以上は弾の無駄ね」

「……ええ、そうね」

「行きましょ。敵はまだまだいるわ」

 

 少女たちは瓦礫の山と化した街を歩もうとし――次の瞬間、銃声が響いた。少女たちが一斉に音のした方向に振り返ると、ボロボロになりながらも拳銃を向ける中年の男の姿があった。

 

「近くにいたじゃない」

「良く生き残ってたわね」

 

 何処か呆れたような様子を見せる少女たち。だがそんな光景を余所に中年は叫ぶ。

 

「この化け物が!」

 

 絶叫と共に何発もの銃弾が放たれ、少女たちに集中する。だがその弾丸は全て軽い金属音と共にはじき返されていく。男が撃ち終った所で、

 

「ねえ」

 

 一人の少女が瞬く間に間合いを詰め、片手で顔を掴み吊し上げる。男が苦悶の表情を浮かべるが、彼女は気にも留めない。

 

「その化け物にこれまで守ってもらっておきながら、散々偉そうにしていたのは、誰なのかしら?」

 

 彼女は嘲笑しつつ、手にしているモノを力任せに地面に叩きつけた。何かが弾けた様な音が辺りに響いた。

 

「はい、これで殲滅完了」

「わざわざ素手でやるなんて悪趣味ね」

「こんな奴に弾を使うなんて勿体無いわ」

 

 これほどの凄惨な現場を作り出したにも関わらず、少女たち――艦娘たちはなんてこともないかのように会話を続けながら、歩みを進めていく。だが彼女たちの目には、どす黒い憎悪の火が灯っていた。このような光景はこの街のあちらこちらで、見られていた。

 

 

 事の始まりはやはりテキサス州での民間人の虐殺事件だった。この事件が知れ渡った事により、多くの鎮守府近隣の住民が鎮守府から少しでも離れようとパニックに陥ったのだが、極一部の者がそうは考えなかった。

 

「一刻も早く、艦娘を排除しなければ!」

 

 極一部の住民たち――襲撃派住民は銃を片手にそう叫んだ。だがそれは、ほぼ不可能である事だと少し頭を働かせれば分かる事だった。事実、襲撃派住民だけならば少し時間を置けば思い留まっただろう。だが最悪な事に、ある組織により事態はややこしくなる。

 

「我々も協力しよう」

 

 そう言って彼らに接触してきたのは艦娘排斥過激派組織「人類解放戦線」の末端メンバーだった。彼らはシンパからもたらされた情報から、ドローンや爆薬を持って駆け付けたのだ。余談だがこの接触については、人類解放戦線上層部の指示ではなく、末端メンバーの独断行動である。上層部は艦娘の脅威を良く理解しており、現時点では艦娘を刺激したくないと考えていたのだが、アメリカ政府の捜査から逃れる過程で組織全体の統制に綻びが生じてしまい、今回の様な末端の独断に繋がっていた。

その様な裏の事情を知らない襲撃派住民は、人類解放戦線メンバーの登場に歓喜した。

 

「実績のある組織が協力してくれるなら、勝てるかもしれない!」

 

 何せ人類解放戦線は、実際に提督を殺害し艦娘を消し去った実績を持っているのだ。彼らの協力が得られたのなら、艦娘の排除が出来ると襲撃派住民は考えてしまったのだ。

――これまでのテロやテキサスの件で警戒度が限界まで上がっている鎮守府相手に、テロリストと雑多な近隣住民が力を合わせた所で勝率など有るはずもないにも関わらず。

 そしてテキサスでの虐殺事件の翌日。襲撃派住民と人類解放戦線メンバーが近隣鎮守府に対して襲撃を仕掛け――そして、テキサスでの光景がサウスカロライナで再生産されてしまった。

 だが問題はこの後だった。這う這うの体で逃げていく襲撃派住民に対して、怒り狂った艦娘たちが追撃したのだが、その過程で戦場が市街地にまで拡大してしまったのだ。流石に近隣住民を巻き込むのは大問題なのだが、唯一艦娘を止められる立場にあった提督は彼女らを止めなかった。

 

「誰に手を出したのか、解らせる必要がある。……いい加減、あいつらにはうんざりしているんだ」

 

 サウスカロライナ州も保守的な思想のある州であり、近隣住民は艦娘に対して何かと差別、迫害するような言動を繰り返していた。これまでは何とか耐えて己の職務をこなしてきたのだが、今回の襲撃で堪忍袋の緒が切れた事で、市街地での追撃戦を承認したのだ。

 こうして市街地で艦娘が、その火力を持って人間に襲い掛かると言う悪夢のような光景が繰り広げられる事となる。

 

 

 艦娘たちの歩みを止められる者が存在しない中、艦娘たちは思う存分暴れ回っていた。

 だがそんな時、周辺空域に展開していた偵察機から、街に展開する全ての艦娘に通信が入った。

 

「軍部隊が展開を始めたの? それなら――え、空軍もいるの?」

 

 廃墟の中一人次の獲物を探していたヒューストンは、もたらされた情報に若干顔を顰めた。艦娘は圧倒的な攻撃力、防御力を持つが、その能力は飽くまでWW2時代の軍艦のそれである。当然の事ながら音速を越えて飛行する現代ジェット戦闘機を相手に、戦う能力は有していないのだ。そのため人類の操る航空機は艦娘の天敵と言っても良かった。

 彼女は対空砲を構えつつ襲来するであろうミサイル群に備える。だが、

 

「……空爆しない?」

 

 遥か上空を飛行するF-16編隊は街で暴れる艦娘を無視し、そのまま彼方へと飛び去って行った。代わりに上空には偵察機が居座っている。

 その光景に思わず、首を傾げるヒューストン。だがこれは大きな隙となった。

 

 彼女の胴体に何かが突き刺さり、そして大爆発が巻き起こった。

 

「っ、なに!?」

 

 己の迂闊さを呪いつつ、噴煙から飛び出し正面を見据えるヒューストン。そして彼女は大通りの2km先に自身を撃った存在を見つけた。

 

「戦車?」

 

 そこにはこちらに主砲を向けた一両のM1A1姿があった。

 

 

「命中! あ、クソ。少し焦げただけだ」

「だろうな」

 

 余りにも小さな戦果に、車長は苦笑した。重巡相手に戦車砲などただの豆鉄砲であるのは理解していたが、やはり実際に自分の目で見ると、艦娘の出鱈目具合には笑うしかない。そんな感情はともかく、車長は次の指示を出す。

 

「さあ、予定通りいくぞ! 操縦士、出せ! 装填手は次弾装填後、目標を逐一チェック! 砲手、途中で砲を建物に引っ掛けるなよ!」

「了解」

 

 操縦士の返答と共に、M1A1が急加速し、ヒューストンの視界から外れるように建物の蔭に隠れるように疾走していく。彼らも8インチ砲を持つ重巡相手に正面から殴り合うつもりは無かった。だが、

 

「次の曲がり角で射線が通ります!」

「砲手、砲撃用意!」

「了解! 撃ぇ!」

 

 尻尾を巻いて逃げるつもりもなかった。建物と建物の隙間、一瞬だけ目標に射線が通った瞬間を見逃さず、行進間射撃でヒューストンに攻撃を仕掛ける。都市内部での行進間射撃の上に標的が人間サイズと小さい事から命中はしなかったが、ヒューストンの注意を引くには十分だった。

 

「くっ、鬱陶しい!」

 

 元からの艦娘の身体能力だけでなく、艤装展開により馬力も上がった事から、人間ではあり得ない速度で戦車に向かって駆け出すヒューストン。だがこれこそ相手の狙い通りだった。

 

「目標、移動を始めました」

「よし、食いついたな」

 

 だがこれこそ戦車乗りたちの狙い通りだった。思わずニヤリと笑う車長。だが次の瞬間、

 

「Fire!」

 

 ヒューストンの8インチ3連装砲3基から放たれた9発の砲弾が、疾走するM1A1の直ぐ目の前を通り過ぎた。その光景に戦車乗りたちの表情が固まる。8インチ徹甲弾と言う圧倒的な破壊力を前に、幾棟かの建築物程度では障害物にもならないのだ。

 

「……絶対に止まるなよ!?」

「言われなくても止まりません!」

「畜生、やっぱり鎮守府制圧組の方が良かった!」

「今、それを言うか!?」

 

 悲鳴を上げつつ遁走する戦車乗りたち。彼らを含めた街に展開している部隊は、住民避難誘導の為に派遣された部隊だ。避難誘導とはいえ敵である艦娘が大人しく待ってくれる訳がないので、避難完了まで住民の盾になる事も仕事だった。なお空軍の大半は鎮守府制圧のために回されており、住民避難を担当する部隊には精々航空優勢確保のための部隊しかないため、対艦航空支援は全く期待できなかった。

 必死に逃げるM1A1と、それを追うヒューストン。この追跡劇はヒューストンの圧倒的優位で進んで行く。何せ戦車側からすれば敵は圧倒的な破壊力を持つだけでなく、こちらの攻撃が効かない難敵なのだ。唯一勝てるのは速度だが、小回りの点で言えば人間サイズである艦娘が勝っているため、市街地戦では圧倒的な優位とはならない。

 このまま戦い続ければ、M1A1は確実にヒューストンに仕留められるだろう。だが戦車側もただ逃げ纏うだけではなかった。

 

「目標ポイントに到着!」

「配置は!?」

「完了しており、いつでもいけるとの事です!」

「よし、停車ぁ!」

「了解!」

 

 未だに倒壊していない建物が多く残る地区の一角で急停止し、迫り来るヒューストンに砲を向けるM1A1。間もなく後方からヒューストンが現れ、今度こそ仕留めるべく艤装の砲を向ける。そして、

 

《総員、攻撃開始》

 

 無線が響くと同時に、周囲の建物に潜んでいた歩兵たちが、対戦車ロケット及び対戦車ミサイルをヒューストンに雨霰と叩き込んだ。

 

「撃て!」

 

 更にチャンスを逃さんとばかりに、M1A1も砲を連射する。

 なんてことはない。戦車が単独ではかなわない艦娘を相手に大立ち回りを演じたのは、目標をこの殺しの間に誘い込むためだったのだ。

 そして待ち伏せしていた歩兵たちの持つ弾薬が尽き、立ち昇っていた土煙が晴れると、

 

「これだけやっても、中破が限界か」

 

 舌打ちしつつ、車長は苦々しく呟いた。あれだけの火力を集中されたため、ヒューストンの艤装には損傷が見らたが、明らかに戦闘の継続は可能だった。事実、砲をM1A1に向けている。

 この光景に、死を覚悟する戦車乗りたち。だが、天は彼らを見放さなかった。

 

「車長」

「なんだ?」

 

 装填手の呼びかけに、車長はヒューストンから目を離さず応える。

 

「空軍による鎮守府の爆撃が終了。鎮圧部隊が突入したそうです」

「ほー。……ならあの艦娘も知ってるな?」

「艦娘も無線はありますからね。十中八九通信を受けているでしょう」

「だろうな」

 

 ヒューストンの様子が変わった。明らかに動揺している。その様子を見て車長は小さく笑った。そして、

 

「自分の家に強盗が押し入ったんだ。そりゃあ、心配になるだろうよ」

 

 彼女は砲を下すと、踵を返し元来た道を駆けていった。暫しの静粛が場を支配した後、この場にいる者たちの無線が響く。

 

《重巡ヒューストンの撤退を確認》

 

 同時にあちらこちらから兵士たちの歓声が上がった。直前まで艦娘に砲を向けられていた戦車乗りたちも、例に漏れず歓喜に沸いていた。

 

「あぶねー!」

「良く生きてたな俺ら」

「ホントに運が良かったですね」

「全くだ。所で他の地区はどうなんだ?」

「他の地区でも艦娘たちが撤退を始めた様です」

「てぇ事は、俺たちの仕事は終わりか」

 

 車長は安堵のため息を吐いた。こうして戦車乗りたちの戦いは終わりを告げた。

 

 

 

 結局のところ、サウスカロライナ州のある街で起きた艦娘による反乱への陸空軍共同での鎮圧作戦は、ある面では成功し、別の面では失敗した。

 成功したのは住民の避難だ。避難誘導のために派遣された部隊は多数の損害を出しつつも、艦娘たちが撤退するまで粘り切った。結果として失われるかもしれなかった住民の命を救ったのだ。

 そして鎮守府の鎮圧については失敗に終わった。空爆で鎮守府地上施設及び艦娘を焼き払い、その後陸軍部隊により残敵を掃討する予定であったのだが、鎮守府側は独自に各種地下設備を充実させており、空爆を凌ぎ切った艦娘たちがノコノコとやって来た制圧部隊を急襲。更に鎮守府空爆を聞きつけ市街地から撤退して来た艦娘も合流した事により、制圧部隊は撤退を余儀なくされた。

 この結果に軍部上層部は、一連の作戦行動に対して「市街地での反乱艦娘の撃退に成功」と公表した。軍の主目的が住民の避難である事を考えれば、作戦は成功したと判断したのは妥当とも言える。

 だが――このサウスカロライナ州の限定的勝利は、例外的なモノだった。各地ではアメリカ軍が艦娘たちと戦い、そして返り討ちされるケースが多発していた。極々少数の例外的な成功では、アメリカ全体の流れを変える事は出来ない。

メイン州、テキサス州での事件から始まった提督、艦娘の反乱は、アメリカ合衆国を混沌の渦に叩き落としたのだった。

 




この話では何とか米軍の勝利で終わりましたが、余所では艦娘と正面から戦ったせいでフルボッコにされた事例がたくさんあったりします。

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