それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
テキサスでの艦娘による近隣住民に対する虐殺を克明に映し出した画像、動画。これを誰が撮ったのかは不明であるが、これらの情報はインターネットを介してアメリカ全土に瞬く間に拡散し、アメリカ社会に大混乱を招く事となった。反艦娘の土壌もあったが、ネットに上げられた画像、動画が余りにもショッキングだった事の査証とも言える。
さてそんな社会に強烈なインパクトを与える画像、動画だが――拡散されたのはアメリカだけなのだろうか?
答えは否である。深海棲艦により海底ケーブルは寸断されてしまったが、通信衛星によるネットワークは健在であり、ネットワークは未だに全世界と繋がっているのだ。これらの画像、動画はアメリカには留まらず、ヨーロッパ、ロシア、日本など、未だに生き残っている国々にもあっと言う間に拡散していった。
「あいつ等、なんてことしてくれたんだ!?」
丁寧にも画像付きで世界中に出回ったショッキングな情報に、各国の政府関係者は悲鳴を上げた。国家運営に関わる者の中に、この情報の危険性を理解できない様な人間はいないのだ。
「国民に動揺が広がっています!」
「情報収集を最優先だ! 在米大使館も動かせ! スピードが命だ!」
「現地メディアの情報は!?」
「あいつ等はどうせ反艦娘だ! 無視していい!」
総力を挙げてテキサスでの虐殺事件を調べ上げていく各国。特にヨーロッパやロシアなどのキリスト教圏のやる気は段違いだった。今でこそ親艦娘で通しているが、未だに宗教由来の反艦娘的な思考が燻っているのが現状であり、対応に失敗すればアメリカの二の舞になるのは目に見えていた。
そんな国家存亡の危機である故か、イギリス、ロシアの二国はほぼ同時にテキサスでの事件の真相に辿り着いた。
「近隣住民の暴動が原因か!」
「良かった、想定よりマシだ!」
事件の経緯を知った官僚たちは一同安堵した。艦娘側から仕掛けたのなら流石にマズかったのだが、テキサスの事件はある種の暴徒鎮圧なのだ。フォローはしやすかった。この情報はすぐさま各国で共有される事となる。
「各種メディアを駆使して情報を発信するぞ、急げ!」
こうしてアメリカが艦娘による動乱で混沌としている中、各国による自国民への情報戦が始まった。
『では今回のテキサスでの事件の原因は、近隣住民にあるという事でしょうか?』
『その通りです。噂に踊らされた近隣住民による鎮守府襲撃に対する鎮圧作戦と見て取れます』
『しかし死者が出るのは問題ではないでしょうか?』
『勿論、鎮圧にあたって、近隣住民に多数の死傷者が出た事は大きな問題です。しかし現地の一部メディアやネットの様に、一から十まで完全に艦娘が悪い、という訳ではないでしょう』
日本のとあるテレビ局の食堂。食堂の一角で自社で放送中のワイドショーが映されている中、テレビ局職員たちが思い思いに過ごしていた。そんな食堂の一角をある集団が占拠していた。
「今回の取材は楽だったな」
「取材と言っても、今回は総務省の発表をそのまま流すだけだしな」
「それ取材か?」
「総務省からコメントも貰っているから取材で良いんだよ」
「それもそうだな」
笑いながら談笑を続ける一団。彼らはこの放送局の取材スタッフだった。彼らは少し遅くなった昼食を取りながら、時折テレビに目をやっていた。そのためか自然と話題はワイドショーのそれにシフトしていく。
『日本でこのような事態が起こる可能性はあるのでしょうか?』
『まずあり得ないでしょう』
「しっかし、見事に艦娘擁護だな」
「ウチの局だけじゃなくて、他局もそうだしな」
「今回は国から念押しされたからな。下手に編集出来なかったらしいぞ」
「ああ、それでプロデューサーがビクビクしてたのか」
親艦娘で統一されている日本であるが、今回のテキサスでの虐殺は対応を間違えれば反艦娘の温床となりかねないと、政府は考えていた。そのため日本政府は、往年の力はないものの依然と国民に影響力のあるメディアへの介入だけでなく、ネット工作すらも駆使して国民の親艦娘を維持しよう奮闘していた。
その努力の甲斐もあってか、今現在、国民に過度な反艦娘的な意見は出ていなかった。もっとも、国に言われるがままに報道する事になったメディア関係者は、いささか不満もあったが。
「同期のADも『国が介入して来るかもしれないからやりにくい』って愚痴ってたぞ」
「まあ、戦争前の環境を知っていると、今はやりにくいわな」
自分達の思うように仕事が出来ない事に不満を持つメディア関係者だが、生憎と今の日本に、特に艦娘関連では報道の自由などというものは存在しない。少なくとも、捏造や切り抜きによる印象操作など、明らかにやり過ぎた場合、国が良い笑顔をして嬉々として介入して来るのが今の日本なのだ。勿論マスコミ関係者も当初は抵抗しようとしたのだが、結局、国家という最強の組織の力には勝てなかった。
「一応国から基準は出されているとはいえ、委縮するよな」
「いや、正確には上層部が止めてるんだよ。無難に行けってうるさいらしい」
「あー、最悪局ごと潰されるって話だしなぁ。そりゃあ安全に行きたいわな」
報道の自由は制限されているが、日本政府もメディアを完全に消失させるつもりはない。ガス抜きとして多少の政府批判程度なら見逃す事も通達されていた。だが制限される側からすれば、その様な事を言われた所で、はいそうですかとこれまでの様な活動が出来るはずもなかった。少なくとも、やり過ぎたある新聞社が政府の手で叩き潰されたのを見れば、慎重にもなる。
だが、真に恐ろしいのは国ではなかった。
「それに、あの事件を見たら無難に行きたくなる気持ちは分かるよ」
「あれはビビったな」
「いや、どの事件だよ?」
「ほら、他局のワイドショーでコメンテーターがやらかしたやつ」
「あー、あれかぁ」
納得したように頷く取材スタッフ面々。彼らが思い浮かべているのは、昨年メディア業界だけでなく世間も大いに騒がせた事件の事だった。
事の始まりはあるテレビ局で放映していたワイドショーだった。艦娘出現から放映当時までの戦況の推移を特集しており、政府からの軽い要請もあって「艦娘のお蔭で挽回出来た」という方向で進んでいた。
この内容自体は問題なかったのだが、出演していた壮年のコメンテーターが問題だった。つつがなく番組が進んでいた中で、突然艦娘を罵倒、更に艦娘を称賛する政府、国民をこき下ろし始めたのだ。どうも彼は艦娘を「軍国主義の亡霊」と嫌っていたらしく、艦娘を肯定する論調の政府と世論に我慢出来なくなったとの事だった。番組司会や他のコメンテーターが何とか落ち着かせようとするも、その壮年コメンテーターは止まらず、結局グダグダになったまま番組は放送終了した。
このあんまりな番組内容に、総務省もテレビ局に警告を入れようとした。コメンテーター一人の暴走とは言え、国民に親艦娘を完全に定着化させたい政府からすれば、流石に行き過ぎたモノと見たのだ。
が、国より先に視聴者が動いた。
「ふざけてるのか!?」
番組終了と同時に、テレビ局に全国からクレームが殺到し、更に番組のスポンサーにまで大量のクレームが飛ぶという大混乱が始まった。
これだけでも大変な事件なのだが、事件はこれだけでは終わらなかった。何と放送の翌日に、テレビ局の前に殺気立った大規模なデモ隊が出現し、危うく暴動に発展しかけるという大事件となってしまったのだ。
日本国民からすれば艦娘がいなければ日本が滅んでいた事は誰もが知っている事であり、彼女らは救世主なのだ。多少の不満はともかく、少なくとも表立って彼女らの存在を否定する者はいない。更に国民自体も何年も戦争が続いているためか血の気が増しており、戦前より国民の沸点は低い。この一連の事件はこの二つが掛け合わさり最悪な形で具現化した、と後の歴史家は分析している。
最終的に一連の騒動の始末として、総務省からの注意勧告、件のコメンテーターと番組プロデューサーの降板、社長の謝罪会見と減給でなんとか落ち着いたのだが、今の視聴者という群衆を激怒させればどうなるかを知らしめる事件として、業界関係者を恐怖させたのだった。
『アメリカ政府には、国民に一刻も早く落ち着かせるよう努めてもらいところです。では次の話題です』
「まぁ、注意しておけば大丈夫だろ」
「だな。さて、そろそろ行くか」
「おう。次は何処だっけ?」
「新宿の地下植物工場だな」
いささか状況は変わったし窮屈にはなったが、彼らの仕事は相変わらず続けられていた。
ドイツの首都ベルリン。当の昔に日が沈み、大半の人間が寝静まった深夜、あるアパートの一室で、中年の男がタバコを吹かしながら、パソコンに向かっていた。
『メイン州での提督の反乱、テキサス州での虐殺は悲劇です。しかしそれらは、アメリカ政府と国民が持つ艦娘への不信感が原因で起こった事なのです。私たちはアメリカの二の舞にならない様に、しなければなりません』
「チっ」
BGM代わりに流していたラジオのニュースに、男は思わず舌打ちし、ラジオを消した。ラジオもテレビもネットニュースも、どれもこれも、艦娘を擁護するよな論調の内容ばかりだった。
「こんなモノを流した所で、誰も騙されんぞ」
イラつきを覚えつつ、キーボードを叩く。今はフリージャーナリスト活動し、報道に関わる者の誇りを持つ彼にとって、今のドイツ、いやヨーロッパは、余りにも欺瞞に満ちていた。この世界にはかつての様な報道の自由は存在しない。報道機関は政府の書いたシナリオを垂れ流すだけのスピーカーと化していた。
彼は元々はドイツのある新聞社の記者だった。以前はそれなりの評価を受けており、社内でも安泰の地位にあったのだが、全てが変わったのが艦娘の出現だ。
ドイツで艦娘が出現した際、国内世論は彼女らの扱いについて大いに荒れた。キリスト教圏特有のフランケンシュタイン・コンプレックスもあるが、それよりも彼女らの元となった物が、ナチスドイツ時代の軍艦であったという点だ。ナチスを否定する事で成り立っている今のドイツにとって、彼女らの存在は厄介この上なかった。
「ナチスの遺産など、許されるはずがない!」
「飽くまで元となっただけだ! 彼女たち自身は関係はない!」
当時の世論は真っ二つに割れた。これまでの様に「ナチスに関わるならその存在を否定しなければならない」とする意見と、深海棲艦に圧されている現実を前に「艦娘はナチスとは関係ない」とする意見が、正面衝突したのだ。議会は勿論、カフェや職場など、様々な場所で議論が白熱していた。時には白熱し過ぎて警察沙汰になった事例もあった程だ。
そんな混乱を極める状況に終止符を打ったのが、当時の首相だった。
「ドイツ連邦共和国は、艦娘たちの権利を認める」
この様にとある国際会議の場で堂々と言い切ったのだ。この判断には、当時深海棲艦を相手に苦境に立たされていた軍部からの後押しもあったとされている。
この宣言を受けて、国内は大いに荒れた。何せこの発言は議会や各党への根回しも無く行われた物であり、首相の独断だったのだ。当然の事だが野党や反艦娘派の国民から辞職せよとの声が多数上がり、首相も思うところがあったのか、素直に辞職を受け入れた。
が、この首相は辞める前に、更にとんでもない置き土産を置いていった。
「英国政府の報道機関に対する姿勢に、我が国も賛同する」
当時、英国が国内で強権を持って始め、更に欧州会議の場で他国にも実施するように提言していた、「報道の自由の一時的な制限」に賛同する声明を出したのだ。彼は宣言すると同時にあっと言う間に宣言に関連した法律と法を維持するための体制を作り上げると、用は済んだと言うようにさっさと辞職した。国民が混乱する中、後に残ったのは、艦娘が堂々と闊歩し、報道の自由がなくなったドイツだった。
当然、国内のジャーナリストは大いに反発したが、政府は法に従い時に警察すら動員して彼らの活動を制限した。この事態に彼らは、国境無き記者団を始め、海外の同業者に救援を求めたが、それも無駄だった。イギリスを始め、他国でも報道の自由の制限は始まっていたのだ。
以降、報道の自由が無くなった全てのドイツメディアは、政府の方針により、親艦娘が是とされる事となる。
「よし、出来た」
記事を書き上げ、一つ息を吐いた。記事の内容は当然、テキサス州での艦娘による虐殺事件だ。現地に直接赴き取材が出来ない為、ネットを介して現地の情報を収集し、記事を書き上げた。情報精度は劣悪だが、こればかりは妥協するしかない。
記事の内容は事件の被害だけでなく、アメリカ国民の声も多数取り込んでおり、今のドイツの報道機関では掲載できないような反艦娘的な内容となっているが、彼は気にしない。この記事は、現地の住民の声を届けているだけなのだ。
「これをネットに流した所で、直ぐに消されるが……、まあ仕方ないな」
今のあらゆる情報機関は、政府の監視下にある。例えネットに流した所で、一日もしない内に消されるだろう。だがたった一日でも多くの人の目に触れるのならば、問題は無い。事件のセンセーショナルさもあるが、これまでの経験から、ドイツ国民は潜在的には反艦娘が多いため、この記事がある程度支持される事は分かっていた。
男はいつもの様に、ネットの海に記事を流そうとした。その時、
――コンコン
玄関からドアをノックする音が響いた。
「こんな時間に誰だ?」
彼は首を傾げつつ、突然の来客に対応すべく席を立った。
因みに作中で出たフリージャーナリストの名前は、ジョージと言います。