それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
日本列島からやや離れた位置にあるこの鎮守府には、整備された海水浴場が併設されている。夏には手すき艦娘たちが水着でビーチに繰り出し、海水浴を楽しむのがこの鎮守府の風物詩である。最も今の季節は秋であり、ビーチに顔を出す艦娘はほとんどいない。居たとしても散歩のコースとして立ち寄る程度だろう。
その様な寂れた砂浜に珍しく来客があった。
一人はこの鎮守府の責任者の提督。いつもは執務室に籠り書類仕事に明け暮れている人物だ。そんな彼はビーチに設置されている椅子に腰かけ頭を顔を上に向けている。
もう一人は赤城。鎮守府に所属する艦娘の一人で、機動部隊の中核を担う艦娘の一人。彼女は提督から少し離れた位置で艤装を展開させており、提督と同じく空を眺めている。
彼らの視線の先には赤城の戦闘機隊があった。烈風の編隊は空戦機動をしており、その動きには乱れはない。
「どうやら艦載機隊の練度は戻ったようだな」
「そうですね。なんとか演習時の練度まで戻せました」
以前行われた『特殊輪形陣実験演習』で攻撃側として参加していた赤城の艦載機は、大きな損害を受けた。艦攻、艦爆はほぼ全滅、戦闘機も優位な位置からの攻撃を受けていたため、その数を半数まで減らされていた。そのために赤城の艦載機隊の練度は大きく下がっていた。ここ一週間は赤城は艦載機隊の練兵に勤めており、今日ようやく赤城が満足できるレベルになった。
「妖精さんたちも気合が入ってましたよ。打倒アメリカ海軍輪形陣って」
「本当に負けず嫌いだな」
妖精。二頭身にデフォルメされた少女の姿をしており、サイズも小人のそれだ。そんな彼女たちだが鎮守府では、主に艦娘の仕事の手伝いや装備の操作を行っている。そして装備の操作を行う妖精の中で特にその身を危険にさらしているのが、航空機に搭乗する妖精だった。
「次は特攻も辞さないそうです」
「リスポンするからってそれはマズいだろ」
妖精は死亡しても、艦娘が補給をすれば復活する。それもちゃんと記憶を持ち越してだ。そのため太平洋戦争時のように、航空機があってもまともに使えるパイロットが足りないという事態にはならない。また妖精も死ぬ事はないと開き直ってか、大胆な行動をとることも多い。最も復活した直後は新しい身体に慣れていないため、ある程度の訓練は必要なのだが。
「しかし特攻はともかく、いつ敵が来ても良いように備えないといけません」
「そうだな」
赤城の言葉には先日発見された深海棲艦艦隊への懸念が含まれている。十八隻からなる敵艦隊に対して、近隣鎮守府と共同で攻撃を仕掛けることになっていた。この鎮守府からは金剛型を中心とした打撃艦隊の派遣が決定しており、事前に確認された敵の編成を見ればこれで十分勝利できる。
だが赤城は発見された艦隊を気にしているのではない。発見された艦隊を囮とした、別働隊による鎮守府への奇襲を警戒しているのだ。実際、過去にそのような事例は報告されているのだ。今回は可能性は低いだろうが、安易に否定することは出来ない。
「こればかりは鎮守府周辺の哨戒を密にするしかないな」
「そうですね。その時は私も哨戒機を出します」
赤城はそう頷くと右腕に装備されている飛行甲板を水平にした。いつの間にか上空で訓練していた烈風が高度を下げており、着艦の準備に入っている。
「ところで」
ふと思い出したように彼女は声を上げた。同時に一機の烈風が危なげなく飛行甲板に着艦し、格納庫に収納される。
「なぜ派遣部隊は打撃部隊なのですか?」
航空機の着艦は航空機に乗る妖精はもちろんのこと、受け止める艦娘側も気を使う作業だ。それを難なくこなしながら彼女は言葉を続ける。
「今回発見した艦隊は、あちこち移動していると聞きました」
「ああ」
「なら機動部隊の方が良いのでは?航空機での偵察が容易です」
自分も出撃したいという意図が見え見えだった。とはいえ赤城の提案も理に適っているし、実際提督も当初は機動部隊の派遣を考えていた。――ある情報が入るまでは。
「敵の編成に軽巡ツ級が四隻もいる」
「それは……」
提督の言葉に赤城は顔を引きつらせる。
軽巡ツ級。その一番の特徴は高い対空防御能力だ。装備している5インチ両用莢砲と機銃から放たれる濃密な弾幕は、艦載機を操る艦娘にとっては恐怖の的である。航空攻撃が駄目なら砲雷撃戦で仕留めればいいと考える者もいるが、砲火力、雷撃、対潜でも高い能力を持っており、一筋縄ではいかない存在だった。
「しかも旗艦は戦艦ル級改だ。ツ級の対空弾幕で減らされた攻撃隊でこいつを仕留めるには無理がある」
「そうですか……。なら航空隊はどうなりますか?」
「千歳と千代田には戦闘機中心の編成をさせた。攻撃機も積んではいるが、あくまで補助だな」
航空機で敵艦隊の位置を索敵、発見したら速度が30ノット以上の高速艦で統一した打撃艦隊で急行、艦隊決戦にて敵を叩く。それが提督の考えたプランだった。制空権下での艦隊決戦など、まるで条件が良くなったレイテ沖海戦のような戦法であるが、艦娘を使った艦隊運用においてはメジャーな戦術である。
「制空が得意なお二人なら問題ないですね」
赤城も納得したのか頷く。そしてちょうど最後の艦載機を収納し終える。一つ伸びをすると、彼女は提督に向き直った。
「そういえば、提督はなぜここに?今日は非番だったはずですが」
赤城の言葉は合っており、提督の格好はいつもの軍服ではなくラフな私服だった。
「ああ」
提督は肩をすくめつつ立ち上がった。その顔には苦笑を浮かべている。
「ただの足止めだ」
「へ?」
あっけにとられる赤城。同時にその肩にポンっと手が置かれる。彼女が慌てて振り向いたその先には――
「見つけました」
「か、加賀さん……」
赤城の相方である加賀がいた。いつもなら表情の乏しいその顔には、凄みのある笑みが張り付いている。
「赤城さん」
「は、はい」
「部屋の掃除をサボってなにをしていたのですか?」
「艦載機の練度に不安があったので自主訓練を……」
「提督」
確認のために提督に向き直る加賀。赤城も顔を向けており「話を合わせて」と目で訴えている。その光景を見た提督は一つ頷き、
「練度は問題ないな」
「提督!?」
あっさりと赤城を売った。そもそもこの場に加賀を呼んだのは提督だ。そして彼が赤城と話していたのも、加賀が来るまでの時間稼ぎだったのだ。
「それじゃあ行きましょうか」
「ちょ、提督助けて下さい!」
「いや掃除しろよ。お前の部屋、文字通り足の踏み場がなかったぞ」
「人の部屋を勝手に見たんですか!?」
「提督に赤城さんの部屋を見せたら、快く協力してくれたわ」
「加賀さん!?」
赤城の非難を華麗にスルーし、加賀は提督に頭を下げる。
「提督、ご協力感謝いたします」
「ああ、お疲れ」
が、この動きがいけなかった。
「チャンス!」
肩を掴む力が緩んだと判断した赤城は、身をよじらせ手を振り解いた。そのまま足に力を入れ、逃走しようとする赤城。だが加賀の判断は早かった。
「はっ」
「ぐはっ!?」
加賀の振り抜かれた拳がカウンター気味に赤城の鳩尾にめり込む。うめき声を上げてグッタリする赤城を受け止めた。
「失礼しました」
そう言って加賀は赤城を引きずっていった
正規空母赤城。この鎮守府では戦闘だけでなく事務も難なくこなすことのできる艦娘なのだが、その私生活は仕事の時とは真逆で自堕落なものだった。それを見かねた加賀は、なんとか矯正しようと思い立つのだが、中々上手くいかないでいた。
逃げる赤城と追う加賀。
それはこの鎮守府でよく見られる日常だった。
現在の赤城の部屋の汚部屋度:17
加賀がほとんど掃除していたようです