それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編81話のでインタビューを受けていた人たちが、必死に逃げ出していた頃です。今回は何の話なのかは、まあタイトルそのままです。


それぞれの憂鬱外伝10 とあるテロリストの末路

 2020年5月。世界最強の国家と謳われたアメリカ合衆国は崩壊した。かつて多くの人々が暮らし、行き交った町々は深海棲艦の手によって廃墟と化し、生き残った人々は深海棲艦から逃れようと北へと決死の逃避行を行っている。だが逃避行と言ってもそこに秩序など無く、僅かな物資や食料を巡って殺し合いがあちこちで頻発するような無法地帯と化していた。

 そんなアメリカの片田舎、既に住民たちが逃げ出し無人となった農村に、数人の武装した男たちの姿があった。彼らは空き家となった家屋で使えそうなものを漁っていた。

 

「何かあったか?」

「駄目です。碌なモノがありません。あ、タバコが有りました。どうぞ」

「新品か。良し、後で全員で分けるぞ。おい、そっちはどうだ?」

「駄目だ。燃料も食料も何も残っていない!」

「農村なら少しは何か残っていると思ったんですけどね……」

 

 家屋をひっくり返しつつも、男たちは悪態を吐く。

 

「農村なら機械用のガソリン位残っていると思ったが……」

「どうします、同志?」

「……もうすぐ日が暮れる。今日はこの村で一夜を明かそう」

「そうですね。では私たちは他の建物も見てきます」

「ああ、頼む」

 

 若い男たちが空き家から出ていく。一人残った壮年の男は、先程受け取ったタバコに火を点けつつため息を吐いた。

 

「クソ、どうしてこのような事になったんだ」

 

 壮年の男――人類解放戦線を率いていたリーダーは、己の身に降りかかる不幸を前に、苦々しく呟いた。

 

 

 

 艦娘の武力による排斥を唱えるテロ集団「人類解放戦線」の道のりは、山あり谷ありどころではない激動なモノだった。

 鎮守府への同時多発テロ及び親艦娘派重鎮への襲撃を果たした事で、親艦娘派を壊滅させた。これは高々一テロ組織が果たした戦果としては破格と言ってもいいだろう。特に政治勢力としての親艦娘派の壊滅は、以後のアメリカ政府の対艦娘政策が兵器派で固まる要因となった。

 そんな大戦果を挙げた人類解放戦線だったが、次に待っていたのは、政府による報復だった。

 

「ふざけた事をしやがって!」

 

 アメリカ政府からすれば、深海棲艦と戦争をしている真っ最中であるにも関わらず、軍事施設や政治家、資本家にテロを仕掛けて来た最悪のテロリストなのだ。怒り狂った警察、軍、艦娘が人類解放戦線を壊滅させようとした。

 当然の事だが高々一私的組織では適う相手ではなく、人類解放戦線のメンバーは逃げに徹した。組織側もテロを行う前からこのような事態に陥る事は分かっていたので、逃亡手段を事前に幾つも用意し、一網打尽にされない様に小グループに分かれて逃亡するなど手を打っていたのだが、それでもメンバーの半数が短期間に拘束されてしまう程、追撃は苛烈なモノだった。

 だが人類解放戦線もタダやられてばかりではない。

 

「情報戦を展開する」

 

 SNSや動画など各種ネットメディアを駆使して使って自身の活動を広く訴えたのだ。一見、逃亡には役に立たない様にしか見えないが、これには一定の有効があった。各種宣伝を見た視聴者が彼らの思想に賛同し、メンバーの逃亡の手助けに一役を買っていたのだ。政府による猛攻を何とかしのげたのは、彼らによる助けがあったからこそと言っても過言では無かった。また人類解放戦線の武力闘争に賛同し、新たに組織に加入したり、独自に艦娘排斥派組織を作る者も現れるなど、人類解放戦線が仕掛けた情報戦は多大な影響を与えていた。

 そんな逃亡生活が続けられていた中、唐突に転機が訪れた。メイン州での提督の反乱とテキサス州の艦娘による虐殺だ。この二つの事件はアメリカ社会に大きな影響を与えた。

 

「やっぱり艦娘は危険だ!」

 

 反艦娘派が以前から危惧し、声高に叫んで来た事が現実で起きたのだ。これによりアメリカ国民の多くは反艦娘を支持する様になったのだ。

 

「今がチャンスだ」

 

 この好機に、当然の事ながら人類解放戦線は乗った。政府の追跡を躱しながら、これまで以上に広報活動を開始。「人間を虐殺する艦娘など不要」「艦娘など殺処分すべき」などより過激な発言を繰り返し発信した。

 そして彼らの宣伝は、数々の事件により艦娘に不信感を持っていた人々に大いに受けた。軍が暴れる艦娘を抑え込めていない事も相まって、多くの民衆からの支持を得られたのだ。これにより組織の運用資金や人員を回復する事が出来ただけでなく、武力闘争開始前よりも規模を大きくする事が出来た。

 この事に人類解放戦線のリーダーは満足げに笑った。

 

「ようやく民衆が我々の正しさを知ったな」

 

 彼らの思想に賛同するまでに、艦娘によって無垢な一般市民の命が失われてしまった事に、いささかの無念を覚えたが、ともかく「艦娘を排除すべき」との考えは、今やアメリカでの世論の大多数を占めている。民衆は今や人類解放戦線の味方だった。

 だからこそ、組織は更なる過激な方向に進もうとした。

 

「今こそ艦娘に総攻撃をかけるべきだ!」

 

 組織の力は強化され、更に世論は人類解放戦線の味方、更にアメリカ軍は暴れる艦娘たちを未だに鎮圧出来ていないのだ。その様な声が組織内から湧いて来るのも当然の事だった。この声に半ば押される形ではあったが、人類解放戦線上層部も賛同。新たなる対艦娘テロの計画を進めていた。

 だが、この計画は思わぬ形で中止される事となった。

 2019年9月中旬。ハワイから深海棲艦の大艦隊が出撃したとの報がアメリカを駆け巡った。これによりアメリカ太平洋艦隊は迎撃のために出撃する事になったのだが、アメリカの艦娘たちは思わぬ反応を示す事になる。

 

「深海棲艦が来る前に逃げるわよ!」

 

 ハワイから出撃した敵艦隊の規模は大よそ1000隻。これまでのパナマ奪還戦などの大規模海戦の事を勘案すればその数は「少ない」と表現出来る。

 だがそれは飽くまでアメリカ全軍としての視点だ。既にアメリカ政府の指揮下から離脱していた鎮守府から見れば脅威の一言である。艦娘保有数が平均140名である当時の鎮守府では、例え防戦に徹したとしても蹂躙させるだけなのだ。

 そのためアメリカ国内にいた艦娘たちは深海棲艦の大軍を前に、一斉に国外へと逃げ出し、一時的ではあるがアメリカは平和になったのである。

 

「我々、そして国民たちの団結に、艦娘たちは恐れをなして逃げ出したのだ!」

 

 この艦娘たちの動きに、武力闘争の準備を進めていた人類解放戦線の面々はいささか困惑しつつも、組織としての功績を得たい事もありこの様に表明する事となる。

 ともかく、思わぬ形ではあったがアメリカから艦娘を追い出す事に成功した人類解放戦線。目標の一つを達成した彼らは大いに歓喜した。

 

「後は深海棲艦を駆逐するだけだ!」

 

 そう叫び、気炎を挙げる。次の目標も途方もない程困難な事であるが、彼らは比較的容易に出来ると考えていた。

 確かに敵は世界中の海に出現する厄介者だ。数も多い。だが相対するのは艦娘出現前でもアメリカ本土を守り切った組織であり、世界最大規模そして最強を誇るアメリカ軍だ。しかも以前よりも戦力規模も対深海棲艦兵器も強化されている。これまでの実績を考えれば、深海棲艦とも互角に戦える。人類解放戦線の主要メンバーたちはその様に考えていたのだ。

 だからこそ、彼らはハワイからの大艦隊を迎え撃つために出撃していったアメリカ太平洋艦隊の勝利を疑ってはいなかった。

 ――だが現実は、そんな考えが実現する程甘くは無かった。

 アメリカ太平洋艦隊は奮闘も虚しく壊滅。深海棲艦はそのまま西海岸にまで押し寄せてきたのだ。

 

「どう言う事だ!」

「誤報じゃないのか!?」

 

 人類解放戦線のメンバーたちは驚愕し混乱するも、現実は変わらない。しかも事態はこれだけで終わらず、数日後に大西洋艦隊が深海棲艦を相手に同様に敗北した事で、対深海棲艦戦の主力たる海軍が壊滅してしまったのだ。これによりアメリカは嫌が応にも、本土決戦に突入した。

 

「あの無能どもが!」

 

 深海棲艦に有効な兵器を持たない人類解放戦線は、不甲斐ない海軍に悪態を吐きつつ、避難する民衆に紛れて内陸部に逃げ込むしか出来なかった。

 こうして活動の場を内陸部に移す事となった人類解放戦線だが、彼らを取り巻く環境は格段に悪くなっていた。深海棲艦との本土決戦が始まり、各種物資不足が起っていた事から、資金及び物資の入手が困難になってしまい、組織の維持にも苦労する様になっていたのだ。

 これだけであれば、まだ何とかなったのかもしれない。だが彼らに更なる敵が現れる事となる。

 

「お前たちのせいでこんなことになったんだ!」

 

 そう叫び彼らに銃を向けたのは、少し前まで艦娘に石を投げていた民衆たちだった。本土決戦により困窮し、不満を貯めこんでいた民衆たちは、これまでの自分たちの言動を忘れ、人類解放戦線を始めとした反艦娘派に攻撃をし始めたのだ。

 

「逃げろ!」

 

 この状況に、人類解放戦線のメンバーたちは逃げ惑い、息をひそめて潜伏するしかなかった。テロリスト故に政府に保護を求める事も出来ず、シンパも激減、活動のための資金も物資もない。彼らは既に八方塞がりだった。

 そんな状況ともなると、組織としての維持すら出来なくなる。だから、

 

「やってられるか!」

「お前たちに着いていったら破滅だ!」

 

 孤立無援に陥った人類解放戦線の統制は取れなくなってしまう。逃亡生活の中で組織内の地位の上下関係なく、メンバーが次々と逃げ出していった。

 

「ふざけるな貴様ら!」

 

 この事態にリーダーの男は何とか人類解放戦線を維持しようとした。統制を維持するために強権を用いて組織の引き締めを行ったし、時として裏切り者の粛清もした。だがそれでも組織をそのまま維持する事は出来なかった。組織はアメリカ社会から切り離された所で、主だった活動も出来ず、そして深海棲艦とも戦う事も出来ずに衰退を続けていった。

 そしてアメリカ政府が崩壊した現在、構成員は10名にも満たない程となりつつも、生き永らえていた人類解放戦線は、何としてでも生き延びようとカナダに向かって避難をしていた。

 

 

 

「敵だ!」

 

 外から響いたメンバーの叫び、そして銃声に、リーダーは咄嗟に懐から拳銃を抜き、外に飛び出した。そこにはボロボロの衣服を纏い銃をこちらに向ける10名からなる集団の姿があった。無政府状態となったアメリカの地では、野盗と化した者が多いのだ。新たに現れた集団もそれだった。

 

「反撃しろ!」

 

 リーダーの号令と共にメンバーたちが銃撃を始め、それに反撃する様に相手の集団も銃を撃つ。無人だった農村を舞台に、よそ者同士による銃撃戦が始まった。

 元アメリカ人同士による戦いにより、両集団のメンバーたちが傷付き、そして倒れていく。

 だがその様な戦いは長くは続かなかった。

 

「なんだ?」

 

 それに最初に気付いたのは人類解放戦線のリーダーだった。プロペラ機が飛ぶ時に発する独特な騒音が辺りに響き始めたのだ。そしてその音は、本土決戦が始まって以来、誰もが幾度も聴いた物だ。

 その事に気付いたリーダーは咄嗟に叫んだ。

 

「敵機だ、逃げろ!」

 

 その声と共に空の彼方から、10機程度のカブトガニ型の小型機が飛来した。その光景に、その場にいる全員が顔を青くさせる。

 そして蹂躙が始まった。

 

「逃げろ!」

「走れ走れ!」

 

 上空に居座った深海棲艦の小型機が、地上にいる人間たちに機銃掃射を始めたのだ。絶対的な力を持つ第三勢力の登場に、両集団は逃げ惑うが、人間たちは次々と敵に撃たれ倒れていく。中には手に持った銃で反撃する者もいるが、小さい上に空を高速で飛び回る敵機を相手に当たるはずもなく、反撃され殺されてしまう。

 

「助け――」

「誰か!」

 

 人類解放戦線のメンバーたちが次々と凶弾に倒れていく。そんな光景を尻目に、彼らのリーダーは必死に駆けていた。

 

「あそこまで行けば!」

 

 彼は先程まで探索していた空き家に向かっていた。探索の最中に、地下室を見つけた事を覚えていたのだ。辿り着ければこの地獄から逃れられるはずだった。

 

「やった!」

 

 這う這うの体で目的の空き家に辿り着き、扉に手を掛ける人類解放戦線リーダー。

そして次の瞬間――投下された500ポンド爆弾が空き家に直撃し、彼もろとも跡形もなく吹き飛ばされた。

 

 数分後、深海棲艦の小型機は引き上げていった。農村だった場所は完膚なきまでに破壊され、人間だったモノが転がっているだけだった。

 こうしてアメリカ崩壊の一因を作り出したテロリスト集団は、誰にも知られる事無く終焉を迎えた。

 




因みに逃避行中は、山岳ベースばりの粛清劇が有ったりします。

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