それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は外伝9の少し後となっています。


それぞれの憂鬱外伝11 提督の立場

 本議員向け講習会の講師役を預かりました、公安調査庁の上田です。本日はよろしくお願いします。

今回の講習会では艦娘を現場で率いる指揮官的人物、通称「提督」が現代社会での地位に講習をさせて頂きます。

 はい、社会的地位についてです。提督となった人物についての研究結果ではありません。そちらについては国立特殊敵対生物研究所から報告させる手筈となっています。

 社会的地位の把握は必要か? ですか。実の所、提督に対する評価は、評する人物の社会的地位によって判断が分かれているのです。将来的に提督を対象とする法案作成が必要になる可能性は十分あり、原案作成時にはこれらの様々な評価を把握しておく必要があると、考えております。

 では、講習を始めさせて頂きます。

 

○一般市民視点

 これについては、民間のマスメディアでも度々アンケートを実施しているので、皆さまもご存知かと思いますが、一般的な認識としては「艦娘を指揮出来る自衛官」となっています。この評価の要因ですが、唐突に提督となったとは言え、彼ら自身は元から日本国民でしたので、艦娘ほどには注目されなかった、と分析しています。この程度の認識であるため、一般市民からの評価は現在の自衛隊への評価――幸か不幸か生存競争を賭けた戦争中故に、比較的好意的――程度となっております。

 ただし、一部の艦娘に否定的な層からは、艦娘と同様に提督に対する評価も低くなる傾向があります。提督側からすれば、「自分たちは唐突に巻き込まれただけ」なのである種の被害者なのですが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、と言わんばかりに提督に否定な意見を持つようです。

 しかしそんな提督否定層ですが、先の防衛大臣の暗殺計画発覚事件、海底会事件によって、現在表立って提督や艦娘を否定する人間は減少傾向にあります。海底会事件以降、世間では「艦娘否定派=テロリスト」との構図が出来ており、艦娘否定派へのバッシングが激化している為です。これに合わせて統計的には提督否定層も減少傾向にあります。

 ただしこれは飽くまで統計上の数字ですので、潜在的な提督否定層自体は減少していないと考えた方が良いでしょう。

 

○自衛隊視点

 自衛隊ですが、匿名でアンケートを実施した結果、提督への評価は部署や階級、在籍期間によっていささか分かれている様です。

 ああ、いえ。艦娘についてはどの層も概ね好意的です。不満を持つ層も理由の大半が、「見た目が子供の海防艦や駆逐艦を戦場に送る事に心理的抵抗がある」との事ですので、艦娘を敵視している訳ではありません。問題になっているのは彼女らを指揮する提督の方ですね。

 

 まず将官クラスですが、こちらは基本好意的です。言い方は悪いですが、提督はいわば「金の卵を産む鶏」ですからね。彼らの受け持つ職務の事を考えれば、彼らを嫌う事は要素はありません。

 なお、一部の提督を嫌っている将官についてですが、理由が「民間人を無理矢理戦場に立たせる事に不満を持っている」となっていました。この回答は、軍人の思想的に全くの正論でありますので、この様な不満は幹部自衛官の全員が大なり小なり抱いていると考えて頂いて結構です。

 

 次に佐官クラスですが、こちらもまあまあ肯定的な意見が多いです。彼らの場合、部隊のトップとして現場での提督と交流する機会が多いので、その事が要因になっていると思われます。勿論否定的な意見もままありますが、その多くは彼らが交流している提督一個人への不満が主であり、提督全体への不満は余りありませんでした。

 問題はそれ以下の階級です。

 

 尉官及び曹、士クラスが、提督に対する受けがイマイチ良くありません。特に尉官クラスの若手については、ワーストを叩き出しています。

 このような結果となった原因ですが、アンケートを見るに提督の階級にある様です。提督は当時の政府及び防衛省の方針で三佐としました。これは医官と同様に下級士官や兵卒から保護するための待遇階級です。そのため提督が通常の士官の様に艦船や兵士を指揮する事はありません。

 とは言え提督の職務自体は通常の士官のそれと被る面も多いのも実情です。いや、今の世界において提督は艦娘を建造、指揮が出来る事から、本来軍人が行うべき職務を肩代わりしています。そのため形式はともかく、実情としては提督は通常の三佐と変わりありません。

 彼らからすればそれが面白くないのでしょう。「自分たちは苦労して将校になったのに、民間人だった提督は何の苦労もなく佐官になり、しかも艦娘を率いて活躍している」のです。尉官以下の提督への嫌悪は感情面から来るものであると分析されています。

 現時点では階級差もありますので抑え込めていますが、この問題を放置した場合、将来的に自衛官と提督との対立構造に発展しかねないとの分析結果が出ています。

 公安調査庁としては、防衛省にはこの問題を早急に解決して頂きたく思います。――集計したアンケートの防衛省への提出ですか? 申し訳ありません、坂田防衛大臣。このアンケートは総理の指示により法務省及び公安調査庁が主体で行った物であり、私の一存では……。

 

○提督視点

 今回の主旨からは少し離れますが、各地の提督にも自身の環境について、アンケートを実施させて頂きました。結果だけ先に答えますが、全体的には提督周辺の環境は許容範囲で収まっている様です。鎮守府内での人間関係は、余程艦娘を嫌っていない限りは基本的に良好。提督同士による友好関係も基本的に問題なし、福利厚生についても不満点はある様ですが、許容範囲でした。

 これだけ聞けば問題は無い様に思われますが、提督たちが現状に不満を抱いていない訳ではありません。

 

 不満点で一番多かったのが、職務量の多さとなっています。彼らの所在地は本土ではありますが、侵攻して来る深海棲艦との戦闘が頻発していますので、職務内容は前線で戦っている指揮官のそれと同じですからね。同階級の自衛官よりも多忙である事が多いようです。同時に長期に渡る戦闘の連続でストレスも蓄積している傾向があり、こちらも見逃す事が出来ません。

 

 次が尉官以下の自衛官との隔意です。相手が感情的に嫌悪していますので、提督としても面白いはずもありません。通常業務ならば交流もほぼないので問題はありませんが、今後、遠征が行われた場合、確実にトラブルが発生するでしょう。

 

 最後に退役についても疑問が呈されています。提督が幾ら軍事的な知識を有しているとはいえ、元々は民間人ですし戦場に出る事を嫌い退役を希望するケースが何件かあったようですが、日本の現状を鑑みると提督の退役はまず不可能です。

 ええ、そうです。これだけであればそこまで問題はありません。問題は今後です。

 自衛隊を始め全ての軍隊には軍人の任期期間が設けられています。例えば陸自の2士の場合2年ですね。任期を満了したら退役するか若しくは継続するか選択できます。

それに対して、現時点で提督の任期は無期限なのです。今後何年も提督を続けても任期満了にはなりませんし、自主的な退役も不可能。更に現制度ですと、提督が戦傷や病気により傷痍軍人となっても、退役が出来ません。

 現状では「死ぬまで深海棲艦と戦え」と言われている様な物です。

 勿論、艦娘の指揮が提督にしか出来ない以上、そうするしかないのは分かります。また今は国家存亡の危機であるので仕方がないと切り捨てる事も出来ます。

 しかし現状制度が長く続けば、それだけ歪みにも繋がりますので、傷の浅い今の内に制度の見直しを行った方が良い、と公安調査庁は結論を出しています。

 

○艦娘視点

 艦娘と提督の関係性ですが、提督側が余程艦娘を嫌っていたり鎮守府が劣悪な環境でない限り、良好な様です。また提督との関係が良好な鎮守府では、士気の向上も見られており、鎮守府の継続のためにも提督と艦娘の良好な関係の維持は必須と言っても過言ではありません。

 公安調査庁としては、一部の劣悪な鎮守府には防衛省から業務改善命令をお勧めします。

 それ以外の鎮守府に関しては問題は無さそうですし、政府が介入する必要はないかと思われます。

 次に――

 

 

 

 政権与党の本部庁舎で講習会が続いている同時刻、横須賀では活気に満ち溢れ、多くの人々が行き交っていた。横須賀には艦娘たちが多数詰めており、安全面で言えば日本でも屈指の都市だ。その事が人を呼び、それが商機を呼び、そして都市が発展していく事に繋がっているのだ。

 そんな日本を代表する都市のひとつとなった横須賀の一角に構える喫茶店のテラス。そこで二人の女性がテーブルを挟んで談笑に興じていた。一人は銀の長髪の少女。もう一人は20代前半のボブカットの成人女性。外見からはいささか歳が離れているようにも見えるが、その様子からは親密さが見られていた。

 

「と、言う感じで上手くやってるわ」

「ゴメン、ちょっと待って?」

 

 ボブカットの女性、自衛隊で医官を務めている宮原は、痛む頭を抑えつつ目の前の少女――秋山提督配下の叢雲の話を遮った。久々に会った友人と談笑している内に、最近の鎮守府についての話題になったのだが、余りの混沌具合に頭が追いついていなかった。

 

「えっと、今の話を最初から一つずつ確認するね? まず最初に、護衛にかこつけて艦娘全員が秋山君に猛アタック」

「ええ、そうよ。今思うと中々白熱したわ」

「そう。で、競争の末に叢雲ちゃんが誘い受けに成功」

「衣装選び手伝ってくれてありがとう。お蔭で中々離してくれなかったわ」

「あ、うん、よかったね」

 

 実の所、彼女は叢雲から秋山を落としたいとの相談を受けており、割とノリノリで協力していたりする。協力した甲斐もあって叢雲の企みは成功。この事を知った宮原は、協力者の特権として、叢雲と秋山との情事を肴にガールズトークに花を咲かせていた。――途中までは。

 

「えっと、その……次にやった事は?」

「司令官に別の艦娘を抱きなさいって誘ったわ」

「ゴメン。お姉さん、なんでそうなるのか解らない」

 

 予想とはかけ離れた状況に、宮原は困惑するしかない。そんな彼女を余所に、叢雲は続ける。

 

「でも司令官は、どうも煮え切れなかったのよね。ちゃんと状況は説明したのに」

「それは普通の感性じゃないかな」

「仕方ないから、ウチのエロ筆頭と私で理解させたわ」

「理解させた……。えっと、説得したんだよね?」

「ええ、説得したわ」

「……言葉で?」

「いいえ、身体で」

「うん、知ってた」

 

 天を仰ぐ宮原。意中の相手と結ばれたと思ったら、その場で浮気を提案し、更に強引に推し進めたのだ。一般的な感性の持ち主である宮原には理解できないのも当然である。

 そんな彼女の様子に、叢雲は苦笑した。

 

「まっ、私も今の司令官と艦娘の関係が、世間一般からかけ離れている事は理解しているわ」

 

 艦娘だって知恵も知識も持っている。秋山の下に現れて約1年。それだけの時間があれば、一般的な常識も理解できる。だがそれでも、叢雲はこの様な道を選んだ。

 

「じゃあ、なんでそんな事をしたの? 秋山君も最初は叢雲ちゃんを選ぼうとしたんでしょ?」

「そうね。私も正直言うと、ちょっと勿体無かったと思ってる」

 

 宮原の疑問に、叢雲は仕舞い込んでいた本心を告げる。だが、

 

「でも、他の艦娘の事を考えると、ね?」

「どうして?」

 

 彼女が艦娘であるからこそ、他の艦娘が秋山に向ける気持ちを良く知っていた。

 

「艦娘の愛情って、本当に深いのよ」

「それって普通の事なんじゃないの? 私も彼氏がいるから分かるし」

「私たち艦娘の場合は結構過激よ? 司令官の為になるなら轟沈も厭わないし、司令官に危害を加える存在がいるなら、相手が国家であろうと徹底的に報復する」

「えっと、本当に?」

 

 若干引きつつも、宮原は疑問を覚える。艦娘も人間と同様にそれぞれ個性がある。叢雲の言うような深い愛を持つ艦娘はいるだろうが、全員が全員とは思えなかった。

 

「そうね、良い例だと……、スエズ運河が深海棲艦に占領された時の事は覚えてる?」

「確か核が起爆した後に、一部の艦娘部隊が運河に突入したんだっけ?」

「そう。あの行動はヨーロッパでは他の部隊のために囮になったって解釈されているみたいだけど、実情は違うはずよ。本質は司令官を殺された事に対する報復。そうじゃなければ、文字通り全滅するまで戦わないわ。それほどまでに艦娘の愛は深いのよ」

「……」

「勿論、普段はやり過ぎれば司令官に迷惑になる事は理性で分かっているから、普通はそこまで過激な事はしないけどね? ともかく形はどうあれ、皆司令官の事を一番に思っているのは共通しているわ」

「こう……、凄いね。本当に」

「ええ、艦娘の愛は深いし重いわ。それを良く分かっているから、司令官を独り占め出来なかったわ。私が独占すると他の艦娘が暴走しかねないのもあったけど、一番は僚艦の気持ちが分かっているから、って言うのもあるわ」

「あー……、うん。なんとなくだけど……分かったわ」

 

 絞り出すように呟くしか出来ない宮原。少年少女の甘酸っぱい恋愛劇を期待して油断していた所に、この非情に重い愛情の話が飛び出してきたのだ。メンタルへのダメージは計り知れない。

 

「因みに秋山君もこの事は?」

「勿論説明してあるわ。その上で受け入れてる」

「……秋山君も大概だね」

 

 ここまで愛が重いと、受ける側も引いてしまうようなものでもあるが、幸いにも秋山は覚悟を決めていた。彼にも艦娘たちへの愛情はあるのだ。

 

「じゃあ、今の秋山君は鎮守府の艦娘全員と?」

「ええ、分かりやすく言えば全員と恋人関係ってやつね。私からすれば『提督と艦娘の本質的な関係』そのものって考えてるけど」

「何か新しい概念が出てきたけどスルーするね。――ちょっと、待って?」

 

 宮原の頭に、不意にある疑念が思い浮かんだ。

 

「秋山君ってあなた達と『夜戦』するんだよね? ……『何人』と?」

「流石に全員とはしてないけど。そうね……」

 

 この質問に叢雲は指折り数えていく。但しそれは一回や二回では無い。

 

「今は15人ね」

「秋山君、大丈夫? ……いえ、一晩に一回とかなら」

「因みに私を含めて連戦が多いみたいね」

「本当に大丈夫?」

「当然だけど、毎日『夜戦』しているわ」

「秋山君、本当に大丈夫!?」

 

 宮原は思わず突っ込みを入れる。どう考えても提督側の肉体的な疲弊は計り知れない。

 が、叢雲は首を傾げる。

 

「ピンピンしてるわよ?」

「どういう事!?」

「? これって普通じゃないの?」

「普通死ぬよ!」

 

 彼女達はこの時知らなかったが、海外では上記の様な『夜戦』における長期的な耐久力は既に確認されていたりする。研究者達は提督になった際の身体能力向上の副産物と当たりをつけていた。

 

「それで、宮原さんに相談なんだけど」

「……なに?」

 

 流れからして嫌な予感を覚える医官。

 

「これ、『夜戦』要員を倍にしても大丈夫かしら?」

「知らないよ! と言うより更に増やすの!?」

 

 医官とか関係なく、非常に常識的なツッコミが飛んだ。しかし叢雲は止まらない。

 

「これだけやったのに平然とされてると、悔しくなって」

「最初の主旨からずれてない!?」

「あ、念のために良い栄養ドリンクも教えて? 司令官の限界が見えたら渡すから」

「上限上げる気満々!?」

「まだまだ艦娘は増えるしね。今のうちに鍛えてもなわないと」

「そもそも『夜戦』を控えるって選択肢は?」

「あ、それは無理。『夜戦』したい娘はまだまだいるし。後、司令官が他の女に目移りしない様に、みんなで艦娘の良さを叩きこんでいる最中でもあるから」

「ちょっと!?」

 

 先程までのどこか重い雰囲気が完全に吹き飛び、横須賀の一角で艦娘と友人の医官による混沌としたやり取りが暫く続いていた。

 




前半はともかく、後半でまた変なモノが出来てしまった……。

ちと艦娘側の行動がやり過ぎなので、近い内に一部改訂すると思います。

と、言うわけでその日の内に改訂しました。

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