それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
2019年の正月三が日。アメリカがパナマ解放の英雄が暗殺されると言う大事件で大騒ぎとなっている中、遠く離れた日本の横須賀では、自衛隊によるある試みが行われていた。
横須賀鎮守府内に備え付けられている巨大な講堂で、制服姿の男女が一堂に集結している。
横須賀地方隊に所属する提督と従来の自衛官幹部の懇親会だ。
これまで提督と自衛官幹部の交流は、非公式かつ小規模、個々人でしか行われていなかったのだが、今後遠征が行われる可能性もあって、両者の連携強化を目的に開催される事となったのだ。この懇親会は横須賀地方隊の肝いりで、提督側は全員参加、自衛官幹部側も尉官を中心に多数の者が、懇親会に集まっていた。
経過は順調。地方隊幹部が主導しての懇親会という事もあり、目立ったトラブルを起こすような者はいない。今はある催しが行われており、参加者一同の視線は講堂の巨大モニターに集中していた。
「白軍右翼に対し黒軍の航空支援。数は艦爆艦攻300。判定――白軍第五艦隊に対し大程度損害」
「第五から第八艦隊の残存戦力を再編成!」
「黒軍第一空挺艦隊、第六艦隊に攻勢開始」
「第四艦隊に航空支援!」
「戦闘機隊による攻撃阻止。判定、黒軍第一空挺艦隊に対し小程度損害。攻勢継続」
モニターには巨大な地図が映し出されており、地図の上には白と黒の駒が幾つも置かれている。指示が飛ぶたびに、両者の駒が動かされている。
そんな光景を横須賀地方総監の佐久間海将は、会場の片隅で眺めていた。
「まあ、そうなるだろうなぁ」
目の前で繰り広げられている図上演習に、思わず苦笑する。視線をモニターの下の壇上に移せば、白軍――自衛艦隊役の新人尉官たちが慌てふためいているのを、深海棲艦艦隊を意味する黒軍を指揮している若い提督たちが涼し気に眺めているのが見えた。
「白軍右翼壊滅。黒軍第一から第三艦隊、白軍第一艦隊に攻勢開始」
「白軍第一艦隊後退!」
戦況は白軍不利。黒軍による赤いスイームローラーモドキを前に押されている。このまま行けば、白軍の敗北は確定だろう。視線を講堂に移すと、先程まで息巻いていた者たちが顔を真っ青にさせて絶句している。
「上手く行っているようだな」
肩を竦める佐久間。彼らを見れば、懇親会の本来の目的が達成されつつある事が直ぐに分かった。
事の始まりは先の公安調査庁が実施したアンケートだ。防衛省も尉官による反提督感情自体は把握していたのだが、調査に具体的な数字として表れたそれに、防衛省上層部は頭を抱える事となった。
予想していた以上に、反提督層が厚かったのだ。
原因としては「自分たちは苦労して将校になったのに、民間人だった提督は何の苦労もなく佐官になり、しかも艦娘を率いて活躍している」という提督への嫉妬心が大きいのだが、もう一つの要因として幹部の質の低下もあった。世界中の軍隊で士官の質の低下が問題となっているが、それは自衛隊も例外ではない。深海棲艦との戦いで失った軍人たちを補完するために、幹部の枠を拡大した事もあり質が低下しているのだ。そんな質の低い幹部は提督への嫉妬心を抱きやすい傾向があり、その事が反提督層の厚さに繋がっている。
上層部としても彼らの嫉妬心は理解出来る。が、提督への措置は国防的にも必要不可欠。しかも提督たちが挙げる戦果を考えれば現状ですら不足であるとの意見もある。措置の改悪はまず不可能と言っても良い。
またこれらの反提督感情を放置する訳には行かなかった。外部遠征での連携不足は勿論の事、数十年後、今の尉官たちが自衛隊を動かす立場になった時に、自衛官と提督で致命的な対立に発展しかねないのだ。
「早急に、本当に早急に対応して下さい」
報告を受け余りの惨状に頭痛を覚えた坂田防衛大臣の言葉だった。実際、公安調査庁の言う通り、反提督感情の改善は急務。防衛省では連日、対策会議が行われる事となる。
会議は割と荒れた。「時間が経てば尉官たちも理解する」との擁護意見もあれば、「幹部のくせに政治的な要素すら理解できない者など叩き出せば良い」などと宣う過激意見、「今は問題無いし、問題が本格化した時に対処した方が良い」との悪い意味での官僚的意見、など様々な発言が飛び交った。
そんな会議が毎日の様に繰り広げられた末、何とか意見を纏め上げて発案されたのが、提督と幹部による懇親会だった。
「そんな程度で反提督感情が消えるのか?」
当然の事だがこの発案には、各所――懇親会をする事になる各地方隊から疑問が呈された。確かに提督と幹部の交流は必要だが、反提督感情の緩和の点で言えば効果は薄い様に見えた。
だがその疑念も、懇親会の必須演目として挙げられた「図上演習」と、その意図を説明された事で多くの者が納得した。
その意図は――「反艦娘感情のある者のプライドをへし折る」
「白軍壊滅。黒軍勝利」
図上演習が終了し、会場から歓声と拍手が巻き起こる。もっとも、拍手をするのは提督と彼らに付いている艦娘だけで、多くの尉官たちはそれどころではない。
「そんなバカな!」
「こうも簡単に負けるなんて……」
演習結果を前に、反提督感情を持つ尉官たちは信じられない物を見たかのように呆然と立ち尽くす。そんな彼らを見て、佐久間は思わずため息を吐いた。
「あいつら、提督が一種の前線指揮官だって事を忘れてないか?」
反提督感情を持つ自衛官たちは、提督を艦娘頼りの民間人と馬鹿にしているが、提督は日本政府によって徴兵されて以来、深海棲艦を相手に毎日戦っているのだ。彼らは提督となってまだ一年半程度であるが、実戦経験は下手な士官よりも豊富なのである。図上演習で新人尉官相手に圧勝出来るのは、当然とも言えた。
敗北し、行きとは真逆にトボトボと壇上を後にする尉官たち。その表情はあからさまに暗い。
侮っていた相手に、本職である部隊指揮で完膚なきまでに叩き潰されたのだ。それも公の場で、だ。階級だけでなく実力も相手の方が上であるという事実を前に、彼らのプライドがボロボロになるのは当然である。
とはいえ、この儀式は必要不可欠だ。彼らがいくら憤っていても、現実の国防は「艦娘と彼女を指揮する提督に依存している」。未来の自衛隊を担う彼らにはその現実を直視し、反提督感情を矯正しなれればならない。今回の図上演習は矯正の一環なのだ。
佐久間は一つ息を吐くと、マイクを取った。
「両陣営、最善を尽くした良い演習だった」
提督に敗北した尉官たちの顔があからさまに引きつるのが見えたが、無視して彼は言葉を続ける。
「黒軍はまさか海でソ連陸軍の十八番を再現するとは思わなかったし、白軍もよく粘っていた」
目的が目的ではあるが、一方に肩入れし過ぎるのは問題であるため、尉官側にもある程度のフォローは入れる。
「とは言え、だ」
もっとも、佐久間が入れるフォローはそこまでだ。彼はニヤリと笑うと、視線を演習前まで提督を侮っていた自衛官幹部たちに向ける。
「まだ一戦しただけだからな。これだけでは、お互いの実力が解らないだろう?」
何事も問題への対応は、中途半端では効果が薄くなってしまう。だからこそ
「さあ、次の演習を始めようじゃないか」
やるからには徹底的に、である。
懇親会の後半、主要演目だった図上演習も終わり、手が空いた提督たちは談笑に興じていた。
「よお、久しぶり」
「お前か。元気にしてたか」
あるグループは友人同士で、あるグループはこの場で気の合った者同士で、またあるグループはあえて自衛隊幹部と、様々なグループが形成されている。
そんな会場の片隅で、
「さ、流石に疲れた……」
秋山はグロッキーになり、会場脇に備え付けられている椅子に座り込んでいた。その様子に山下は苦笑する。
「随分と大変だったじゃねーか」
「まさか、ああなるとは思わなかった」
先程まで多くの提督たちが訪ねてきており、それの対応でてんやわんやになっていたのだ。
「懇親会なんて、コネ作るための催しなんだら、仕方あるめーよ」
防衛省の思惑から開催された懇親会だが、提督側にも一応のメリットはあったりする。それは提督同士による横の繋がりを作る事が出来るのだ。
「だったら、自分の鎮守府から近い提督に声を掛ければ良かっただろうに……。岩手出身が来るとは思わなかった」
「近場なんて、普段からコネがあるからなぁ」
もっとも横の繋がり自体は大概の提督が持っているものである。鎮守府は割り当てられた地区、海域の防衛が主要任務であるため独立性が強い。しかし完全に独立している訳では無く、他鎮守府と連携して戦ったり、合同訓練をしたりと緩やかながらも鎮守府同士による連携はあるのだ。そのため自然と近隣鎮守府との繋がりはあった。
だからこそ、多くの提督たちはこの懇親会でしか会えない相手、それもコネを作る価値のある提督を目標とする。
「折角の勲章持ちとコネを作れる機会なんだぜ? 余所の提督が群がるのは当然だろ」
「……あー」
秋山は自身の左胸に視線を向けた。そこには幾つかの防衛記念章が着用されているのだが、その中の一つにこの場では殆ど見られない物が一つあった。2017年9月の戦艦棲姫艦隊突入阻止で授与された勲章の略綬だ。
他の提督からすれば、秋山は勲章を授与される程の戦果を挙げられる実力を有している、優秀な提督なのだ。コネを作るに値する人物だった。
そんな事情もあり、多くの提督たちが秋山の下に群がる事となったのだ。余談だが、他の勲章持ち提督でも同様の光景が見られている。
「いざって時に頼れる戦力があるのは、マジで重要だからな。特に遠征時は」
「自分の艦隊の安全のために、か」
「そういうこった」
遠征での戦いは基本的に大規模海戦であるため、どうしても通常の鎮守府業務の時よりも艦娘が轟沈する可能性が高くなるのだ。自身と艦娘が生き延びる可能性を少しでも上げるためにも、勲章持ちの様な強者と繋がりを持つのは必要不可欠だった。
「それならさ」
「あん?」
「あっちの連中ともコネは作った方が良いのかな?」
秋山は会場の隅に視線を向けた。そこには先程の演習でボロボロにされ、意気消沈の自衛官たちがいた。
「あー、どうだろうな……」
考え込む山下。今回の懇親会は主催者側の思惑により、新人尉官が多く出席しているのだが、提督側からすれば彼らとのコネについては優先順位は低い。新人尉官故に持っている権限は提督よりも下であるし、普段は殆ど接点がないためコネを活用できる機会はほとんどないのだ。
「今は放置で良いんじゃねぇか?」
「あ、やっぱり?」
「俺たち提督からすれば、直ぐにでも使えるコネの方が良いからな。そもそも今しがたボコったばっかだから、あいつ等とコネなんて出来る訳ねーしな」
将来性を考えれば一応の繋がりは持っておいても損は無いだろうが、常に戦地で戦っている提督からすれば、現時点では余所の提督とのコネの方が重要になるのは当然だった。
「ま、あいつ等に関しては将来に期待、ってことでいこうや」
「だな。俺も後で適当に声をかけに行ってくるよ」
「おう、行って来い行っ来い」
防衛省の思惑はともかく、こうして提督たちは提督たちで、今後の自分と艦娘たちために懇親会を活用していく事となる。
「ところで、相談があるって聞いたが、どうした?」
「ああ、それか。……実は艦娘以外で勃たなくなったんだけど、どうすればいいかな?」
「……いや、俺に訊くなよ」
まあ、尉官の教育の一環という事で。