それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編99話から最終話辺りになります。


それぞれの憂鬱外伝14 アメリカ大使館の奮闘と……

 アメリカ合衆国が崩壊して約半年。アメリカが引き付けていた深海棲艦の戦力がフリーになった事により、各国への圧力が日に日に増している頃、各国のアメリカ大使館では、日々、大使館同士によるテレビ会議が繰り広げられていた。

 当然と言えば当然だろう。彼らが忠誠を誓う国は滅んだのだから、今後の身の振り方を考えなければ、今度破滅するのは自分たちなのだ。慎重に情勢を見極め、連携して行動しなければならなかった。

 そんな会議が幾度となく繰り返されていく日々。そして年の瀬が見え始めて来た今日も会議は行われていた。だが画面に映し出されている面々の表情は、いつもよりも険しい物があった。

 

「そっちはどうだ?」

「駄目だ。現地政府に繰り返し要請しているが、動く気配が全くない」

「日本も同じくです。『我が国には再度軍を動かす余裕はない』とその場で断られてしまいました。ロシアはどうです?」

「言うまでもない……」

「そうか……」

 

 あちらこちらから、ため息が漏れる。彼らの手元には各地の政府からもたらされた資料――アメリカ大陸からの避難民についての書類があった。

 

 アメリカ合衆国の崩壊から余り間を置かず、南北アメリカ大陸は深海棲艦の支配領域となった。これにより現地では深海棲艦による虐殺が行われる様になったのだが、同時に発生したのが、アメリカ大陸から逃れて来た避難民たちだった。

 深海棲艦がはびこる海を奇跡的に渡り切り安全地帯に辿り着いた避難民たちは、安堵すると共に、こう叫んだ。

 

「アメリカ大陸には逃げ遅れた人たちが大勢いる」

 

 彼らの言葉は事実であり、アメリカ大陸北部には深海棲艦に追い立てられながら逃げて来た人間たちが億単位で残っていたのだ。

 この情報を受けてアメリカ大使館群は、すぐさま各国に対して救援を要請した。既に国は滅んだとは言え、彼らは愛国者だ。国民が危険に晒されている現状を良しとしなかったのだ。

 だが――、各国政府はそんな大使たちを前に、冷ややかな目で見ていた。

 

「我々に避難民を受け入れる余裕があると思っているのか?」

 

 この言葉が全てだった。各国とも深海棲艦との戦いで自国が生き残るのに精一杯なのが現状なのだ。何処も難民を保護する余裕など無かった。必死に救援を訴え元大使たちの言葉は、各国政府には届いていなかった。

 

 

「イギリスはどうなんだ? カナダはイギリス連邦加盟国だ。カナダの難民も見捨てるのか?」

「確かにイギリスは救援艦隊を出す事になっているが規模が小さい上に、救助対象はイギリス連邦所属国の国民のみだと通達が来ている。アメリカ国民の救援はまず望めそうもない」

「ならば南米諸国の大使館と連携して、各国に圧力を掛ければ……」

「それも難しいだろう。亡国がいくら集まった所で、無視されるのがオチだ」

「じゃあ、どうすれば良いんだ!?」

 

 一人でも多くのアメリカ人を救うために議論を重ねる大使たち。だがいくら議論を重ねても事態を打破しうる手が浮かぶことは無い。

 

「……難民たちには自力で脱出してもらうしかない。我々には、どうする事も出来ないんだ……」

 

 その言葉に、悔し気に歯を食いしばり沈黙する大使たち。アメリカ合衆国という強力なバックアップが消滅した今、亡国の大使たちに各国を動かせるような手札は残っていない。彼らにはどうする事も出来なかった。

 だが、

 

「我々は、現在そして将来、大陸から脱出できたアメリカ人のために動くべきだ」

「……例の計画か」

 

 彼らは全てを諦めた訳では無い。難民となったアメリカ人を守るべく、大使たちはとある計画を練っていた。

 

「これが上手く行けば国民たちを救う事が出来る」

 

 彼らはタブレットを操作し、新たな資料を表示する。そこには「アメリカ再建計画」との表題が示されていた。

 この計画の概要は単純明快。

「アリューシャン列島にアメリカを再建する」

 それが彼らの目標なのだ。アメリカ崩壊以降、大使たちは議論に議論を重ねて計画を練っていた。

 

「まったく、読めば読む程、壮大な計画だな」

 

 大使の一人の呟きに、会議に参加している多くの者が苦笑した。アフリカ諸国や韓国などの亡国が国家を再建を望み、そして大国の思惑により何処も成功していない中で、アメリカ再建を目指すのだ。傍目から見れば、荒唐無稽としか言いようがない。実際、かつてのアメリカをそのまま再建させるのはまず不可能だろう。

 

「しかし実現性はそれなりにはあるさ」

 

 だが大国の思惑さえあれば、満州国の様に形は違えど国家として再出発出来るのだ。

 

「各国とも難民を養う余裕はないのは、今回の件で良く分かった。お蔭で交渉がしやすくなったのは皮肉だがな」

「難民がアメリカ大陸から逃れられる確率は恐ろしく低いでしょう。しかし母数は億単位ですので、万単位の難民が安全圏に辿り着く事になります。しかし各国にはそんな膨大な数の難民を養う余裕はない」

「そんな各国に、我々が各国に『難民を引き受ける』と囁けば、喜んで難民を差し出すだろうさ。彼らにとっては難民なんて不良債権だ」

「しかし我々にとっては宝の山だ。まさにwin-winだな」

 

 実際、アメリカ大陸からの難民は各国にとって悩みの種だ。突如やって来た彼らを追い返す訳にもいかないし、だからといって養うにも相応の予算が必要になる。将来的には労働力として活用出来るだろうが、相応の時間がかかるし、国民の職を奪ってしまう事になるのだ。

 そんな難民を大使たちは引き受けようと提案するのだ。各国にとってはそれだけでも交渉のテーブルに着く価値はある。

 そして再建アメリカの利用価値は、それだけではない。再建予定地にも他国にとって価値がある場所を選んでいた。

 

「しかし肝心の再建地予定地がアリューシャン列島だと気候がかなり厳しいぞ。やっぱりグアムの方が良くないか?」

「それは分かっているが、やはり援助を引き出す事を考えた場合、アリューシャン列島の方が都合が良いんだ」

「北太平洋の盾戦略、か」

「ただアリューシャン列島も深海棲艦に占領されているから、解放自体は日露、いや日本任せになりそうだがな」

 

 大使たちはアメリカ大陸から程近いアリューシャン列島を予定していた。その場合、常にアメリカ大陸からの攻勢に晒される事になる事は目に見えている。だがあえて北太平洋からの圧力を受け、日露の壁となる事で、両国から継続的な支援を引き出そうと目論んでいたのだ。

 ロシアは守備領域が広い上に艦娘戦力が中小レベルであるため、圧力を緩和できる防壁は欲しいだろう。日本は艦娘強国だが南方の解放に集中しており、北方の圧力の緩和となるならば興味を示す可能性は十分あった。また将来、行われるであろうアメリカ大陸攻略においての前哨地としての役割も持たせてある。

 

――各国に利を示して場をコントロールし、そして自身の利を得る。

 

 それが大使たちが目指す、新たなアメリカ再建の道筋だった。

 とはいえ、この計画で何とかアメリカを再建できたとしても、クリアすべき課題は山の様に多い。

 

「しかし国家が再建できたとして、アリューシャン列島では碌な産業が無いぞ? 戦前は漁業基地だったが、今じゃあ大規模な漁業は難しい」

「農業も……一部の野菜以外は不可能か」

「あの立地じゃあ、工業も難しいな。……当面は、日露の援助が頼りか」

「……やっぱりグアムの方が良いのでは?」

「いや、グアムも碌な産業が無いのは変わらん」

 

 元々、アリューシャン列島は漁業と観光、そして軍事基地で成り立っていた土地なのだ。情勢の大幅な変化でその全てが駄目になった以上、他国からの支援が主要産業という、かつての途上国程度の国家となる事が容易に想像がついた。

 また立地上必要となる戦力についても問題がある。

 

「攻勢に出る事はまずありませんが、大陸に近い分、通常、艦娘問わず戦力が必要になりますね」

「経済活動に影響が出るのは確実か……」

「それに艦娘戦力はどうなる? 各国が手放すか?」

「そこは交渉次第だろうな……。ヨーロッパやロシアはともかく、日本ならばまだ交渉の余地がある、と思いたいが」

「艦娘保有国が一から国家を再建した例は、今のところない。もしかしたら、提督が出現するかもしれないな」

「それは余りにも不確定要素が過ぎるぞ。当てには出来ん」

 

 再建されるであろうアメリカは、人口も経済も小国レベルである事はほぼ確実。しかし立地故に、軍事費に相当の予算を回さなければならない事は目に見えていたのだ。また最も重要になる艦娘戦力についても、各国がアメリカ系艦娘を手放す事を渋る事は予想されており、交渉は難航するだろう。

 

「分かっていたが……、中々に骨が折れるな」

 

 大使の一人が呟いた。アメリカを再建させるまででも多大な労力が必要となるし、再建後も茨の道。そしてかつての地位に返り咲く事はまず不可能。彼が嘆くのも無理は無かった。しかし、

 

「だがやらないと言う選択肢は無い。そうだろう?」

 

 その言葉に、誰もが頷いた。彼らには、今もなお苦しんでいるアメリカ国民を見捨てると言う選択肢は存在しない。いくら成功確率が低くても、希望があるならば手を伸ばすしかなかった。

 こうして生き残っている各国が深海棲艦と戦い続ける中、亡国の大使たちの戦いは始まった。そして――

 

 

 

 2022年8月、日本国静岡県。世間が連日の唸るような暑さの前に辟易している時期、とある元アメリカ海軍所属、現海上自衛隊所属のアメリカ系提督は暑さとは別の案件で辟易していた。

 

「また来る、か」

 

 クーラーが効いている執務室の窓から鎮守府を去っていく一台の外交官ナンバーの自動車を見送りつつ、ため息を吐いた。先程まで対応していた来客の捨て台詞は嘘では無いだろうことを、彼はここ数回の会談で理解していた。そんな提督の様子に秘書艦のアトランタは肩を竦める。

 

「いい加減面倒ね。今度は居留守でも使ったら?」

「そうなると、確実に私が帰って来るまで居座るぞ?」

「ごめん、やっぱり今のは無しにして」

 

 即座に自身の提案を引っ込めるアトランタ。彼女も相手の厄介さは、連日の提督と来客者のやり取りを傍目から見ていた事もあり、嫌と言う程理解している。被害が自身に降りかかるような真似はしたくはなかった。

 アトランタはため息を吐きながら、会談に使われていた応接室の後片付けを始めた。テーブルに出されていたカップを片付け、来客者が置いていった各種資料を纏める。その際に、彼女の目に書類に書かれていた文章が飛び込んできたのだが、その内容にアトランタは嘲笑する。

 

「アメリカの再建? 誰が協力するものですか」

 

 吐き捨てるように呟くと、書類をゴミ箱に叩き込んだ。

 元アメリカ大使たちが画策する「アメリカ再建計画」。計画が始まって既に二年が経過したが、アメリカ合衆国は未だに再建されていない。

 

 

 

「あの鎮守府も駄目か……」

 

 静岡の鎮守府から帰る道中の自動車の中、アメリカ大使館理事官は、悔し気に呟いた。「アメリカ再建計画」が始まって二年。計画が遅々として進んでいなかった。

 

「マズいな。何か突破口があれば……」

 

 計画失敗が現実になり始めている事に、彼は焦りを覚えていた。理事官はタブレットを操作し、大使館同士で共有されている情報を、一字一句見落とさず把握していく。だが現状を打破出来る様な情報は記載されていない。

 

「駄目か。欧州の方はともかく、相変わらず日露も反応が悪いのは変わらずか……」

 

 「アメリカ再建計画」を各国に提示した際、最初に反応を示したのはイギリスを始めとした欧州各国だった。アメリカ大陸からの難民は、価値観が近いという事もあり欧州に押し寄せており、欧州各国にとって難民は悩みの種なのだ。それを解決、それも欧州から遠く離れた太平洋のアリューシャン列島に、自主的に押し込められるのだから、歓迎出来るものだった。

 しかし太平洋側の日本、ロシアの反応は、いささか微妙なモノであった。

難民に関しては欧州各国が一定以上引き受けている事もあって、日露共に難民問題は下火であり、難民を餌とした交渉には反応が薄かった。

 もっともこの反応については大使館側も予想していたので、予定通りもう一つの交渉材料である「北太平洋の盾」をアピールしたのだが――、ここで交渉は躓いた。日露両国に「北太平洋の盾」を示しても、思ったよりも良い反応は返ってこなかったのだ。

 

「なるほど、有用性は分かった。――で? 我々はどれだけ、いつまで援助を出す事になる?」

 

 これが全てだった。立地的に深海棲艦との戦いの最前線である為に、必要となる資金も物資も多大なモノとなる事は確実。しかも援助が必要となる期間は、ほぼ確実に十年単位となるだろう。最終的に、日露が出さなければならない支援は膨大なモノとなるのは、目に見えていた。

 更にそれだけの援助を投入した所で、「北太平洋の盾」としての機能をどれだけ維持出来るかどうかも未知数なのだ。アメリカの提案に乗るには、いささか分が悪かった。

 また、問題は国家間だけのものではなかった。

 

「折角安全な国に逃げられたのに、なんでまた危険な所に行かなきゃならないんだ!」

 

 「アメリカ再建計画」の前でそう叫んだのは、当のアメリカ大陸からの難民たちだった。彼らは深海棲艦に追われて方々の態で逃れて来た者たちなのだ。確かにアメリカが復活すれば難民としての生活よりはマシになるだろうが、その国家が深海棲艦との最前線になるような場所であるのならば、この様な反応となるのは当然の事であった。

 もちろん、難民としての暮らしに耐えられなかった者もいるため、一定数は「アメリカ再建計画」に賛同しているのだが、科学者や専門家など特殊な技能を持っていたため避難先でも一定の地位を得られている者たちは、難色を示していた。

 だが――これらの問題はまだマシだったのかもしれない。国家にしろ難民にしろ、アメリカの復活はデメリットに目が行ってしまうが、同時にメリットがある事も理解しているのだ。

 「アメリカ再建計画」の最大の障害は、アメリカが一番必要としている者たちが、アメリカの復活を全く望まない事であった。

 

「鎮守府は――神奈川県は全滅か。これだけ説得に回っても駄目とは……」

 

 理事官はタブレットに表示された情報に、思わず顔を顰めた。モニターには日本に住むアメリカ系提督の顔写真と簡易情報がずらりと並んでいるのだが、そのほぼ全てに交渉失敗を示す×印が表示されていた。

 

「引き入れるのは提督は一桁で十分なんだぞ。たったそれだけなのに……」

 

 苦々し気に呟くも、現実は変わる事は無い。その10名以下の賛同者獲得は果てしなく遠かった。

 「アメリカ再建計画」に最も反発した者たち。それはアメリカ系提督と艦娘だった。

 この反応は当然と言えば当然だろう。自分たちはアメリカのために必死に戦ってきたにも関わらず、国民はいわれのない名目で迫害し、最後には銃を向けてきた。そんな人間たちが再び一か所に集まり国家として復活、挙句の果てに、またアメリカを守るために戦いに駆り立てようと画策しているのだ。彼らからすれば厚顔無恥にも程があった。

 

「提督と艦娘を引き入れるにも、対価は必要になる」

 

 勿論、アメリカ大使たちも、提督及び艦娘たちの感情を知っている。だからこそ、アメリカ再建の暁には、提督と艦娘には特権を与える事となっていたし、国民の反艦娘感情に関しても、国家の強権を用いて対応するつもりだ。

 だが、そんな大使たちの提案に対し、提督たちは鼻で笑った。

 

「そんな空手形を信じると思うか?」

 

 提督側からすれば、再び自分達を迫害しないと言う確証はない。また感情面においても、自分達を迫害していた国民を守ろうと言う気持ちが湧くはずもなかった。大使たちにはアメリカ系提督と艦娘の、アメリカへの不信感を甘く見ていたのだ。

 そのため幾ら交渉を重ねても、幾ら対価を積み重ねても、提督とその配下の艦娘たちは、大使たちの計画に少しもなびく事は無かった。

 この事は計画の根幹を揺るがす事と同じだ。

 

「このままでは、計画そのものが頓挫する」

 

 新生アメリカが生きるためには他国からの支援が必要であり、その支援を得るためには深海棲艦と戦い自国の有用性を示さなければならない。そして戦うためには、艦娘戦力は必要不可欠。しかし必須となる艦娘戦力の確保が出来ないのだ。その事は、計画の頓挫に等しい。

 

「……いや、やるしかない」

 

 理事官は頭を振った。

「アメリカ再建計画」は難民たちがアメリカ国民として生きるための、唯一の手段だ。その計画が頓挫するとなれば、アメリカ国民に碌な未来は無い。己を奮い立たせ、理事官は次の訪問先に向かっていった。

 

 2020年以来、アメリカ大使館の人々が、各国政府及び鎮守府を相手に奮闘する姿は世界中のあちこちで見られた。その奮闘の記録は、後に伝記として出版される程であった。

だが――彼らの努力は実る事は無かった。

 2023年1月。亡命政府として機能していた駐英アメリカ大使館より、「アメリカ再建計画」の中止が発表。更に翌年、イギリス領アフリカ植民地の一角に、アメリカ合衆国からの難民によって作られた、アメリカ自治州が成立した。

 




因みに、最後の自治州の正確な流れですが、

アメリカ再建計画中止→アフリカ植民地を間借りして都市国家を作る第二次再建計画スタート→提督が出現した場合、イギリスが一定数の提督を獲得するという事で、イギリスが植民地の一部を貸し出し。なお提督が出現しなかったら、自治州→都市国家成立→一か月後、提督出現せず、自治州となる。

となっています。

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