それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編98話と99話の間になります。

そして誤字のご指摘有難うございました。


それぞれの憂鬱外伝15 船団護衛についてのあれこれ

 日本は島国であるため、外国との貿易を行うための交易路は空路と海路しかないのだが、実の所その殆どを船舶輸送で賄っている。これは船舶輸送が一度に大量の物資を運ぶことが出来るからであり、それにより物品の価格を占める輸送費を抑えられるためだ。

 その事もあり、今も昔も海運は日本にとっての生命線であり、必ず確保、維持しなければならない存在である。その考えは太平洋戦争の教訓として昔からあったが、近年では深海棲艦との戦いを通して、日本に住む人々に浸透している。海路の寸断により日に日に苦しくなっていく生活を体験していれば、嫌が応にも理解するしかなかったのだ。

 だからこそ艦娘の活躍により海上交易が復活した時、人々は歓喜すると共に、海路の確保と、海運の維持を異様な程叫んでいた。

 

 

 

 2020年4月のある日。日本海の真ん中に一つの船団の姿があった。先頭に海上自衛隊所属の護衛艦「いかづち」と艦娘母艦、その後ろを多数の貨物船が陣形を組んで航行し、そして船団の外周に艦娘たちが展開。艦娘による戦術がある程度確定して以来、各国で見られている護衛船団だ。舞鶴を出港した彼らは、ロシアのウラジオストクに向かって歩みを進めていた。

 本日は快晴。波も穏やかであり船団は快適な航海を続けているのだが、現在、外周の艦娘たちが慌ただしく動き回っていた。

 

「ここら辺だな! やるぞ!」

「みんな! いーい、やるよ!」

「やっつける!」

《船団より11時方向に敵潜水艦隊を発見!》

《ここにもいたか!》

《見つけた! 対潜攻撃開始!》

《ヒャッハー!》

 

 掛け声や無線と共に、船団から少し離れた海域に幾つもの水柱が立ち昇る。下手人は、艦娘と小型航空機の妖精だ。彼女たちは先程偵察機が発見した潜水艦の群れを、嬉々として狩っている真っ最中だった。また慌ただしいのは、潜水艦狩りに従事している艦娘だけではない。

 

「警戒を密にして!」

「了解した。任せろ」

「哨戒網をすり抜けている奴がいるかもしれないからね。気は抜かないでよ」

 

 船団外周を守っている艦娘たちも、砲を構えて油断なく警戒を続けている。傍目から見ても、彼女たちから船団を守ると言う意思――ではなく、憎き潜水艦を殲滅しようと言うある種の憎悪が明確に伝わってくるレベルだ。艦娘は実艦時代の記憶もあるので、潜水艦に対する殺意が高い傾向にある。

 そんな光景を前に「いかづち」艦長である竹内は、感嘆していた。

 

「相変わらず、派手にやってるじゃないか」

 

 艦橋からは爆雷による立ち昇る幾つもの水柱と、無数の小型機が空を覆い尽くす光景が広がっている。この船団を守る艦娘の数は400名以上。その全員が戦闘態勢に入っており、その光景は圧巻の一言だ。

 

「お蔭で我々の仕事はありませんがね」

「そう言うな副長。お蔭で私たちは楽が出来るんだ」

 

 副長の大原の言葉に、竹内は苦笑する。敵を狩ろうと目を血走らせている艦娘たちとは対照的に、「いかづち」の乗員たちはそこまの緊張感はない。勿論、敵の襲撃があったため戦闘態勢には入っているのだが、緊張感も多少はあるが誰もが落ち着いていた。

 今の時代、護衛船団での護衛艦の役割は、船団全体の指揮と、各種通信、レーダー及びソナーによる周辺警戒、そしてもしもの時のための対空戦闘要員だ。深海棲艦を倒すのは艦娘の仕事であり、今回の様な小規模相手の戦闘は艦娘たちだけで十分であり、護衛艦に出番はない。そのため護衛艦の乗員たちは、戦闘態勢に入りこそするが、ただ周囲を警戒しているだけでいいのだ。

 

「それにミサイルは高いからな。下手に撃ったら逆に吊し上げられる」

「そうでしたね」

「まあ、練習航海と考えようじゃないか。……おっと、そろそろ終わりか」

 

 二人がそんなやり取りをしていると、外では爆雷による水柱が収まっていた。それと同時に、「いかづち」に通信は入る。

 

《敵の殲滅が完了しました》

《偵察隊より、敵影は見られないとの報告です》

「了解した。警戒を解除する」

 

 竹内の宣言と共に、船団全体に何処か落ち着いた空気が帰って来た。海上では潜水艦狩りに従事していた艦娘たちが、補給のために艦娘母艦に帰投していく様子が見て取れる。

 

「それにしても……」

「ん?」

「やはり船団の護衛ですが、いささか過剰ですね」

「……まあなぁ」

 

 二人は船団外周を守る艦娘たちに目を向けた。数的には駆逐艦や海防艦が多いが、大型艦、それも正規空母だけでなく、戦艦も多数いる。しかも足の速い金剛型だけでなく、扶桑型、伊勢型、長門型、そして大和型と日本戦艦がそろい踏みである。

 

「これまで何回か護衛船団に参加しましたが、戦艦たちが砲を撃っている所を見た事がありません」

「安心しろ。私もだ」

「ですよね」

「そもそもの話、今の日本海には碌な敵がいないからなぁ」

 

 今の日本海は、数少ない人類が制海権を維持している海の一つとして数えられている。太平洋からやって来る深海棲艦は、自衛隊の防衛網と、弧状列島である日本という土地自体によって、大規模に侵入する事は困難。勿論、潜水艦や小規模艦隊ならば警戒網を潜り抜ける事も出来るだろうが、日本海側にも相当の艦娘戦力が配備されている事から、割と容易に駆逐出来ていた。

 

「因みに君が改善するとしたら?」

「そうですね……。とりあえず大型艦の数を今の半分にしますね。特に戦艦は足の速い金剛型はともかく、他の戦艦は過剰戦力です」

「戦艦自体は残すのか」

「もしもの時のための、保険になりますしね。後は、汎用護衛艦もいらないかと」

「おいおい、我々もか」

「この短距離航海に『いかづち』の様な甲型――DDは過剰でしょう。正直艦娘母艦だけで十分ですが、空襲や敵の大型機に対する保険として考えても精々DEですね。もっとも今は乙型のDEがないので、DD投入は仕方ありませんが。……実の所、艦長もそうお考えでしょう?」

「あー、バレてたか」

 

 天を仰ぐ竹内。何度も護衛船団に従事している分、大原の指摘通り、今の日本海での護衛がいささか過剰である事は良く分かっていた。

 とはいえ、

 

「だがなぁ……。護衛を減らそうにも――」

「ええ、私もそれが簡単に出来ない事は分かっているつもりです」

「そうか」

 

 思わずため息を吐く二人。この過剰な護衛は政治も絡んでおり、そう易々とは最適化出来ない事を理解していた。

 何せ「舞鶴‐ウラジオストク航路」は、今の日本にとって海外と交易する事が出来る唯一の航路なのだ。その重要性故に、航路を寸断されたり、襲撃されて貨物船が沈められるなどという事は、絶対にあってはならない。何せ政府がそして大多数の国民がそう望んでいるのだ。今の過剰な護衛も、その様な国民の声に応えていると言うパフォーマンスの面が大きかった。

 

「船団護衛用のDEは建造中だから、それが就役すれば我々はお役御免だが、艦娘の方はな」

「提督たちは大型艦の消費に目を剥いているとは聞きますが、我々の様な普通の自衛官からすれば、戦闘能力に対して異様なまでに燃費が良いですからね。上層部からすれば使い勝手が良いです」

「今の護衛の艦娘が全力戦闘しても、護衛艦一隻を動かすよりずっと安いからなぁ。国民の目を考えると、戦艦の過剰投入すら雑多な出費程度だ」

 

 防衛省上層部としても、艦娘を大量投入すると言う少々の出費だけで国民が黙るのだから、それを止める理由は無いし、止める予定も無かった。

 

「……まあ、面倒な事は上の連中に任せて、我々は黙って仕事をしておこう」

 

 竹内はそう結論付ける事にした。そんなやり取りをしつつも、護衛船団は目的地であるウラジオストク向けて航海を続けていった。

 

 

 

 日本海でちょっとした戦闘が終わったのと同時刻。防衛省のある会議室では、海上自衛隊上層部の面々が顔を突き合わせて頭を悩ませている真っ最中だった。

 

「フィリピンに加えて、台湾も開拓する事になるのか……」

「台湾って、開拓した所で精々多少の農業しか出来ないだろ? 意味あるのか?」

「少しでも台湾統治の赤字を補填したいんだとさ」

「気持ちは分からんでもないが……。そうなると開拓のための物資の輸送が更に増えるのか」

「フィリピンだけでも相当なんだが……」

 

 この2020年もまだ半分も経過していないにも関わらず、日本は台湾とフィリピンという新たな領土を立て続けに手に入れる事になった。

 が、これらは今すぐにでも使える訳では無い。なにせ深海棲艦によって元々あった現地のインフラは滅茶苦茶にされているのだ。そのためこれらの新領土を活用するには、各種設備の建造及びインフラの整備などをしなければならない。

 

「機材とか物資は?」

「そっちは経産省や国交省が張り切っているから、大丈夫だそうだ」

「貨物船は……結構な数を深海棲艦にやられてしまったが、何とか許容範囲に収まっている」

「そうなると問題は護衛か……」

 

 大量の物資と機材、人材を送るには、海上輸送が最適であるのだが、それを行うには護衛船団の編成が必須となる。だが、今の海上自衛隊にはいささか荷が重かった。

 

「今の標準的な護衛は、艦娘約400名、中型艦娘母艦1、汎用護衛艦1。日本海なら過剰な防備だな」

「これなら今の太平洋航路に転用しても大丈夫だろうが……、将来の事を考えるといささか不安だ」

 

 2020年4月時点では、アメリカは何とか抵抗を続けているが、連戦連敗であり近い内に陥落するだろう。そうなればアメリカが引き受けていた敵の戦力が日本に向けられるのは確実。どれほど圧力が増すのか予想もつかなかった。

 

「艦娘の方の増加は可能。艦娘母艦も貨客船改装型が幾らかあるから何とかなる。問題は護衛艦だ。ハッキリ言って、数が足りん」

「先の戦いで『はるさめ』『ゆうだち』が喪失。『あたご』『あきづき』は入渠中」

「そうなると今動かせる護衛艦は、イージス1、汎用5か? イージス艦は本土防衛で使えないし、『いかづち』が舞鶴だから、4隻でする事にローテーションになるのか」

 

 余りの手持ちの少なさに、誰もが顔を歪める。

 

「ぎ、ギリギリ足りる、か?」

「船団のペース次第だな。回数が少なければあるいは……」

 

 絞り出すように、許容範囲内であると自身に言い聞かせる面々。艦のメンテナンスや乗組員の疲弊を考えると、護衛船団に駆り出される回数が少なければ、許容範囲内かもしれなかった。

 だが、現実は甘くはない。

 

「……台湾とフィリピンの同時開拓だから、相当な量の物資が必要になる。ついでに現地の鎮守府への補給もしなければならないから、幾ら大規模船団を組んだとしても、最低でも月一回は出撃する事になるな」

「……」

 

 東京港発でコンテナ船の各主要港までの航海日数は、台湾は10日、フィリピンへは12~14日。なおこれは平時での基準である。

出港する場所を変えれば多少は日数が変わるだろうが、往復する事を考えれば、護衛艦が酷使される事は確実だった。国防に悪影響が出てしまう。

 

「……いっその事、護衛艦を抜くか?」

「日本海ならともかく、太平洋航路だと護衛艦なしは怖いぞ?」

「小型機の空襲ならともかく、フリントの相手は艦娘では無理だからな……」

 

 台湾もフィリピンも深海棲艦の勢力圏と隣接している最前線なのだ。護衛の艦娘や現地に配備されている戦力も頑張るだろうが、何が起こるか解らない。下手をすればフリントが通商破壊を仕掛けて来る可能性だってある。そのため護衛船団から護衛艦を外すという選択肢は無かった。

 だが無い袖は振れないのも事実だ。だからこそ汎用護衛艦の代用になる艦が欲しくなる。

 

「乙型の建造はどうなってるんだ?」

 

 日本はロシアとの交易が再開したと同時に、対露航路防衛のための艦としてDE――乙型護衛艦の建造を始めている。対空戦闘を重視した3900トン級であり、船団護衛の旗艦として期待されていた。

 

「一番艦の進水は終わっている。二番艦も進水間近だ」

「なるほど。で、一番艦の竣工は?」

「……早くて来年の2月らしい」

「……」

 

 未だに完成していない物を当てにする事は出来ない。当面の汎用護衛艦の酷使が確定した瞬間である。

 

「……とりあえず、当面は日本海から『いかづち』を引き抜いてローテーションを少しでも緩和するしかない。最悪、『あしがら』も出す事も視野に入れるか。……世間と政府が煩くなるだろうが、そこは坂田大臣に頑張ってもらおう」

「そうだな」

 

 そして坂田大臣も護衛艦問題に巻き込まれる事が決定した瞬間でもあった。

 もっともこの時、発生したこの船団護衛問題は、ただの始まりに過ぎなかった事を彼らは知らなかった。これ以降、日本が新領土を獲得するたびに、拡大した地への物資輸送が課題となり、その都度防衛省は頭を悩まされる事となる。

 




因みに船団護衛をする艦娘の敵潜水艦に対する殺意は、海自もドン引きレベルだったりします。

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