それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は強いて言えば本編51話前後です。


それぞれの憂鬱外伝17 ある学校での一幕

 世界が深海棲艦を相手に戦争をしている中であっても、子供たちは学校に通う事は、戦争前と変わる事はない。小中高大、各地の学校に多くの生徒たちが集い、学び舎で学んでいる。その光景は、政府機関自体が崩壊していたり、深海棲艦が上陸したりなど、授業どころではない状況に陥るまで、変わる事は無い。

 

「起立、気を付けー、礼」

「よーし、授業を始めるぞー」

 

 長崎県佐世保市のとある小学校もその一つだ。多くの子供たちが教室に集まり授業を受けている。

 

「――と、この様に、日本は日常生活に必須な資源が殆どない無資源国だ。だから、外国から輸入しなければいけない。その代表は石油だな。これがなければ、今の生活は維持できない」

 

 教師が子供たちに勉強を教えているが、その内容は戦時中であっても一部の例外を除き、大きく変化する事は無かった。特に算数や理科といった何らかの法則に基づいた分野は、新たな発見が無い限り変わる事は無い。

 

「せんせー、教科書には中東から輸入しているって書いてありますけど、今の石油の輸入先ってロシアじゃないんですか?」

「あー、その教科書はちょっと古いやつだから、中東の所をロシアに訂正しておいてくれ」

 

 社会を始めとした一部の科目では、以前と変化した部分もあったりするが、そこについては、主に現場の教師たちが補足し、子供たちに教えていたりする。文部科学省の面々も努力しているのだが、深海棲艦が現れて以来、世界の情勢は日々大きく変化しているため、改訂が追いついていないのが現状であった。

 また戦争の弊害は授業内容だけではない。

 

「いただきます!」

 

 午前の授業が終わり、給食の時間となった。ガヤガヤと談笑しつつ食事を進める子供たち。

 

「……美味しくないね」

「だね」

「……あー、折角作ってもらったんだから、余り文句は言うなよ?」

 

 時折、子供たちからそんな感想が飛び出してくるが、諫める側の教師も歯切れが悪い。

 今の日本の食料事情は、戦前の豊かだったそれと比べて明らかに悪化しているのが現状だ。その余波は学校給食にも届いており、全国の学校給食の質は低下していた。

 ともかく、そんな所々に深海棲艦との戦いの影響が見え隠れした光景が見られつつも、つつがなく授業が終わり、子供たちは学校を後にしていく。そのまま真っ直ぐ自宅に帰る者、遊びの約束をする集団、習い事に向かう者と様々だ。

 そんな中に、ある男児の集団があった。彼らは談笑しつつ大通りを歩いている。

 

「じゃあ、この後広場でサッカー?」

「だな。そう言えば、隣町の連中も来るらしいぞ?」

「マジ? あいつ等、滅茶苦茶強いよ?」

「そうそう。だからお前は絶対に来いよ?」

「分かってるよ。それだけじゃ、勝てないよ」

「助っ人がいるかー。そうなると山崎?」

「あいつかー……」

 

 同級生の山崎の名に、彼らは若干顔を顰めた。

 山崎は昨年学校にやって来た転校生の一人だ。同世代にしては大柄で運動神経も良いため、体育の成績はトップクラス。また勉強についてもテストでは毎回高得点をたたき出しており、一部分野では教師以上の知識を持っている。では性格面に欠点があるかと言われればそんな事は無く、温厚であり教師側からの人望も厚かった。そんな事もあり彼の周囲からの評価は、ハッキリ言って完璧超人扱いだった。

 そんな彼だが、実の所欠点もあった。それも児童たちからの視点で。

 

「あいつ、放課後だと殆ど俺たちとは遊ばないじゃん」

「習い事をやってるって話だけど、ホントに付き合い悪いよな」

「ダメ元で連絡だけ入れてみるか」

「俺スマホ持ってるからやっとく」

「おう。……で、来ると思う?」

「いやー、来ないだろ」

「来ないに50円」

「俺は100円」

「賭けにならないだろ。そういえば、もう一人の転校生も付き合い悪いらしいぞ?」

「そういや、そうだな」

「そういえば、あの二人って結構仲いいよな。って、返信来たぞ」

「早っ」

「忙しいからダメだって」

「知ってた」

 

 山崎は学校内での付き合いは良いのだが、放課後になると殆ど会う事が無いのだ。遊びに誘っても殆どの場合は忙しいと言って断るため、児童たちからの評判はイマイチ高くは無かった。

 

「しゃーね、俺たちだけで頑張るか」

 

 山崎を誘ったのも断られる事前提であるため、彼らの興味は直ぐに放課後をどう過ごすかにシフトしていった。

 同時刻。男児たちの間で話題になっていた山崎の姿は、佐世保市内を走るバンの後部座席にあった。

 

「資材よし、出撃メンバーは……うん行ける」

 

 彼は手にしている書類を手早く捲り、その内容を頭の中に入れていく。その姿に隣に座る同級生――の態で、艦娘とバレない様に変装して山崎と同じ学校に通っている護衛の三日月は、眉をひそめた。

 

「レベルが低いとは言えその書類は機密ですし、確認するのは鎮守府に戻ってからの方が良いのでは?」

「分かってるけど、学校に行ってると仕事が溜まっちゃうからね。今の内にある程度処理しておかないと」

 

 三日月の苦言を気にした様子もなく、山崎は書類を読み進めていく。そのどれもが小学生では、それどころか普通の自衛官ですら扱わないような、艦娘の運用情報が記載されている。

 

「仕事が溜まるって……、司令官は小学生ですから、そこまで量は無いはずですよ?」

「うん、一般的な鎮守府よりは確かに仕事は少ないんだけど、艦隊運用だけでも目を通さなきゃならない書類って、それなりにあるんだよ」

 

 

 山崎は小さくため息を吐いた。彼の正体は佐世保地方隊に所属する提督だった。

 

 

 山崎の様な小学生がこのような生活を続けているのには、当然理由がある。

 2017年4月の艦娘出現以降、提督となった人々は国に招集され、深海棲艦との戦いに身を投じる事となったのだが、そんな提督の中には自衛隊からすれば扱いに困る層があった。

 提督の中に、未成年、それも義務教育すら終わっていないような子供が一定数存在していたのだ。

 

「流石にマズいだろ……」

 

 この事実を前に、防衛省上層部の面々は、一様に頭を抱える事となる。確かに子供であっても提督故に軍事及び艦隊指揮に必要な知識は有している為、軍事的な事を考えれば、彼らを運用するのは全く問題ない。

 だがそれは飽くまでも「軍事」に限定した場合だ。世間的に、というよりも常識的に考えれば、義務教育すら終わっていない子供を、学校にも行かせずに深海棲艦を相手に戦わせるのは、問題があり過ぎた。仮にその様な事をすれば、国民からのバッシングは確実であり、多くの首が飛ぶことになるだろう。

 とはいえ、当時の日本の戦況を考えると、子供だからと言って戦力を遊ばせておくような余裕は全くないのも事実。そのため数日の間、防衛省では子供の提督をどのように扱うかの議論が、重ねられる事となった。そして導き出された結論は、

 

「義務教育が必要な提督は、運用を一部制限しよう」

 

 自衛隊での仕事を大幅に緩和する代わりに学校に通わせる、と言う妥協の産物であった。これにより提督となった子供たちは、学校に通う事が許されたのだった。

 余談だがこの決定の煽りを受けたのは、義務教育を終えた高校生以上の未成年者たちであり、彼らは大人の提督と変わらず、戦いに身を投じる事となった。

 

 

「それにしても、良かったんですか?」

「ん?」

「さっきの奴ですよ。クラスメイトからサッカーに誘われたんですよね?」

「あー、あれかぁ」

 

 山崎は頭を掻きながら、困ったような表情を浮かべる。

 

「正直、あんまり話が合わなくてさぁ」

「? 学校じゃ仲良くしている様に見えましたけど」

「いや、学校じゃあ何とかやってるけどさ、……話を合わせるのが大変なんだよ。正直、艦娘や大人の相手の方が気が楽」

「あー……」

 

 己の司令官の答えに、三日月は思わず頷いた。彼女としても心当たりがあったのだ。

 山崎を始め提督となった際、若干の身体の成長と、士官クラスの知識を得る事となったのだが、この変化の弊害故か、同年代よりも精神年齢が上がっていたりする。

 この弊害はある程度の年齢なら、問題にもならないのだが、事が山崎の様な児童となると問題になって来る。周囲の人間とは歳は同じであるにもかかわらず、精神年齢は上であるがために、提督はそのギャップに苦しむ事になるのだ。

 山崎の場合もそれであり、学校でこそ周囲から浮かないために相手と話を合わせているのだが、ギャップがある故に日々精神的な疲労を蓄積させる羽目になっていた。

 

「正直、学校に行かずに鎮守府の仕事に集中したい」

「それは流石に駄目です」

「だよね」

 

 山崎は思わずため息を吐いた。

 

 

 

 山崎少年が自身の鎮守府に帰宅している頃、彼の通っている小学校の校長室では、学校を取り仕切る立場である、校長と教頭が顔を突き合わせている真っ最中だった。

 

「成績は?」

「優秀です。頭一つどころか幾つも飛び抜けています」

「周囲の子供たちとの関係は?」

「担任曰く、周囲とは上手く馴染めている様です」

「彼に纏わるトラブルは?」

「ありません」

 

 矢継ぎ早に質問していく校長と、それに答える教頭。双方とも若干目が座っているが、真面目にこなしていく。

 

「本当に、本当に問題はないのかね?」

「ええ、校長。非常に幸いな事に、現在山崎君と艦娘の三日月君に纏わる問題は確認されておりません」

「そうか」

 

 校長は安堵したように、一つ息を吐いた。彼は若干痛む胃をさすりつつ続ける。

 

「二人が優秀な生徒で助かった」

「全くです。これで問題児だったら、我々は当の昔に倒れています」

「そうだな。……だが、何が切っ掛けで周囲の二人への反応が変わるか解らん。二人への注意は逸らさない様に」

「分かっています。今後も教師陣全体で見守りを続けます」

 

 学校の生徒たちには、山崎少年が提督である事、三日月が彼の護衛の艦娘である事は秘密にされているが、当然の事ではあるが、学校関係者の方は二人の素性は把握している。

 学校関係者からの山崎少年と三日月に対する評価は良好だ。成績も良いし、他の生徒とトラブルを起こすような事も無い。教師からすれば、手のかからない良い子である。

 

「それにしても。こうまで気を揉まなければならないとは……」

「気持ちは分かるがな……」

 

 しかしながら、思わず愚痴がこぼれる二人。山崎少年には何の非はない事は分かっているが、彼の存在によって学校関係者全体にプレッシャーが掛かっているのは事実が横たわっている。

 

「しかし、この学校のためにも、彼を気に掛けなければならん」

「ええ、分かっています。……しかし、教師陣が彼によって重圧を受けているのも事実です」

「……」

 

 その原因はやはり山崎少年にある。

 

「……今思えば、山崎君を引き受けたのは――」

「それを最後まで言うんじゃない、教頭」

「しかし……」

「……言うんじゃない」

「……分かりました」

 

 学校関係者からすれば、山崎少年は実に厄介な存在だった。

 山崎少年は学校では、確かに一生徒として過ごしているが、彼は今の日本を守っている提督の一人であり、英雄と世間は目している。

 そんな立場の人間が、いじめを始めとした各種トラブルに巻き込まれ、被害を受ける様な事となれば、どうなるだろうが。

 

 ハッキリ言って、この学校は碌な目に合わないだろう。

 

 山崎少年の注目性故に、世間は学校関係者に対して「職務怠慢」として大バッシングする事は確実だ。そしてその煽りにより、次年度から入学する生徒の数も減りかねない。

 また敵は世間だけではない。山崎少年が従える艦娘たちも脅威となるだろう。提督を傷つけられて激怒した艦娘たちが、加害者に対して報復活動を行う可能性は否定できない。

 一部では艦娘は国を守る守護者と言う地位故に、直接的な報復は出来ないと考える者もいるらしいが、それは間違いだ。艦娘は妖精という目に見えない存在を駆使する事が出来るのだ。関与した証拠を残さず、報復する事など容易だった。

 そんな最悪の事態を避けるために、学校関係者はトラブルに巻き込まれない様に監視し、そして仮に火種が出てきても直ぐに消せるように、常に気を張らなければならなかったのだ。業務自体は既存の各種トラブル対策を強化したようなものではあるが、失敗すれば社会的な死すらあり得るプレッシャーは、学校関係者を確実に疲弊させていた。

 幾ら山崎少年の受け入れの対価として一定の補助金を得られるとは言え、教師陣の労力を考えると赤字である。

 

「今の山崎君は五年生。卒業まで後二年だ。それまで何とか凌ぎ切れば、我々の仕事は終わる。教師陣には苦労を掛けるが、何とか耐えて欲しい」

「……分かりました」

 

 学校関係者たちの苦労は続く。

 

「そういえば、授業参観がありますね」

「……因みに、山崎君のご家族が参観するのかね?」

「いえ、ご両親は遠方にお住まいとの事ですので、艦娘が」

「……」

 

 なお目下の試練が、直ぐそこまで迫っていたようである。

 




山崎少年の艦娘たちは、学校に対して特段何もするつもりはないです。ただ、学校関係者一同が艦娘と世間の影に怯えているのです。

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