それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
深海棲艦の出現以来、日本は食料の確保に邁進していた。何せ当時のカロリーベースで見た食料自給率は40%前後。深海棲艦によって海上航路を封鎖されれば、あっという間に国民全体が飢えることになるのは目に見えていた。当時の日本政府は荒廃農地の再利用、花等の非食用農地への食用作物の作付けの推奨などが、かなり早い時期から行われることとなる。その後戦況の悪化によって食料事情が悪化の一途を辿るのだが、早期からの努力が功を奏したのか、艦娘の出現とその活躍による限定ではあるが海上航路の復活までの間、日本では殆ど餓死者を出さずにすんでいた。
現在では食料事情がかなり回復しており、飢えで苦しむ人々の姿を見ることは無いと言っても良い状況だ。だからこそ――
「深海棲艦って食べられませんか?」
「お前は何を言っているんだ?」
真剣な顔でそんな事を言いだした間宮に、真顔でツッコミを入れることになるとは相席する提督は思ってもみなかった。
「こう、イ級辺りの足なら……」
「本当に落ち着け」
頭を抱える提督。今日の仕事が終わり、風呂にでも入ろうかとしていたところに、やって来たのが間宮だった。
「ご相談したいことがあります」
そう言った彼女の願いを了承し、提督は彼女を執務室に招き入れた。思い詰めた様な表情の彼女の願いを断るようなことはできなかった。間宮がこのように提督に相談することは、かなり珍しい。余程重要な事なのかと、気を引き締めていた所で、これである。
「そもそもどういう事情でそんな発想が出てきたんだ?」
頭痛を覚えつつも、提督は質問する。
「牛、豚、鶏。つまり肉類が本日、とうとう消滅しました」
「まあ、肉料理は人気だしな」
艦娘の肉体は若く、長い時間を時間を経ても、大きく変化することは無い――要するに成長しない。これは味覚や味の好みにも影響している。脂分を多く含んだ食物を美味いと感じやすいのだ。特に幼い身体を持つ駆逐艦や海防艦に、その傾向が出ている。
そして鎮守府では、艦隊のワークホースとなる駆逐艦の人数はかなり多い。そんな彼女たちが、食堂で肉料理を頼むとなれば――どうなるかは解りやすい。
「米や野菜、魚類は鎮守府に併設している施設や皆さんが捕ってきてくれるのですが、肉類だけはどうしようもありません」
ちなみに、この鎮守府には孤立時の食料の確保という名目で水田や畑が併設されている。更に明石謹製の野菜工場施設もあるため、特定の野菜類は常時食べられていた。また魚介類については、提督の指示で鎮守府近海で艦娘によって漁が行われており、ある程度の量が確保できていた。
「ん?いつもは肉類がなくなることは無いよな?なんで今回だけこんなに消費が早いんだ?」
「先週派遣艦隊が帰ってきたということで、祝賀会をしたじゃないですか。その時に大分奮発しまして……」
「ああ、それでか……」
どうやら提督も肉不足の原因の一端を担っていたようだ。
「それはともかく、次の補給船が来るまで二週間はあります。そこまで長いと皆さんから不満が出ますので、何か代用できるものがないか探していたんですが、なかなか見つからなかったんです」
「まあ、そう簡単に見つかったら苦労はないな」
「悩んでいた所で、食堂で最上型の皆さんが深海棲艦について話しているのが聞こえたんです」
「ああ」
鎮守府近海に深海棲艦が現れたので、提督は最上型を中心とした艦隊を出撃していた。帰ってきたのは夜八時頃だ。その頃には食堂もピーク時間は過ぎているので、彼女たちの会話が聞こえたのだろう。
「主に戦果についてのお話だったのですが、途中で鈴谷さんがこんなことを言っいた
んです。『イ級とかの足ってなんかヌメヌメしてそう』って」
「鈴谷なら言いそうだな」
「その時気付いたんです。イ級の足って生き物みたいですし、食べられるんじゃないかって」
「その発想は要らなかった」
思わずツッコミを入れる提督。そんな提督に気付かず、目が座っている間宮は続ける。
「イ級の大きさは昔の戦車と同じくらいです。仮に食べられるのが足だけでも、採れる量はかなりのものです」
「待て」
「それにイ級ならいくらでも出現します。捕れなくなることは無いでしょうし、仮にいなくなっても問題ありません」
「だから待てって」
「また、この鎮守府では魚などの食料確保目的で出撃もありますが、イ級なら戦闘の後に曳航すれば良いだけですので、手間も省けます」
「……」
「ですので、イ級捕獲作戦の許可を頂きたいのです。あ、こちら計画書です」
どこからか取り出した分厚い計画書を受け取り、提督は勢いに押されるように流し読みする。その内容は緻密であり、矛盾もない。これならイ級位なら生け捕り出来るだろう。だからこそ――
「いやダメだろ」
「なんでですか!?」
提督は即座に却下した。
「こう――あれを食べるのだけはダメだろ」
「食べてみたら美味しいかもしれません!」
「味なら分かってるぞ?」
「え?」
不意を突かれたのか、呆気にとられたような声を出す間宮。それを気にせず、提督は続ける。
「深海棲艦が出現して以来、世界各国で深海棲艦の研究をしているのは知っているだろ?」
「はい」
「で、調査の対象にしやすいのがイ級なわけだ」
「いっぱいいますしね。研究しやすかったんですか?」
「その通り。で研究チームには海洋学者も混ざっているんだ」
「はい」
「で、ある時その海洋学者は言ったんだ。『味は?』て」
「あっ、私と同じ発想を持った方がいらっしゃったんですね」
何故か嬉しそうな間宮。同じ考えに至った人物がいたことが嬉しいらしい。
「早速食べてみたわけだが、すぐに吐き出したそうだ」
「……毒だったんですか?」
「曰く『やたらと固いくせに味がない。しかもガソリン臭い』だそうで、まず食用には出来ないと結論づけられた」
「……」
この日は、間宮が無言のまま執務室を出ていたため、食肉の話題は終了となった。
後に明石へ魚肉ソーセージの製造のための機械の作製依頼が、提督及び間宮から来るのはあまり関係のない話。
肉不足のレベル:94
ホントに肉と呼べるものがない……
冗談抜きで士気関わるかも?