それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編99話と最終話の間になります。

まさか最終ステージに札3つを使うような事態になるとは……。


それぞれの憂鬱外伝22 難民対策についてのあれこれ

 深海棲艦との戦いが激化しているものの、幸運が重なった事もあり、人類は現在に至るまで何とか生き永らえていた。現時点では日本やロシア、イギリスを中心としたヨーロッパで国家が存続しており、彼らは艦娘と共に深海棲艦との戦いに身を投じている。

 しかし現在に至る過程で、深海棲艦の猛攻に耐えきれなかった、情勢の不安定化により国家の統制が取れなくなった、内乱が勃発した等、様々な理由で多数の国家が崩壊したのもまた事実だった。それら崩壊した国々に対して生存している国家たちは、よっぽどの理由がない限り干渉する事は無い。自分たちの生存に手一杯である現状、わざわざ面倒事に首を突っ込む暇などないのだ。それ故に崩壊した国家のある地域は放置される事が多い。

 しかしそれは生存している国家の事情だ。国家が崩壊してもなお、現地で生きる人々には関係ない。難民となった彼らは、必死に自身が生き残るためにもがいていた。ある者は治安が崩壊した街から物資を掻き集め、ある者は武器を手に略奪に走り、ある者は必死に逃げ惑う。

 そんな難民の中で少なくない数が、安全な国に逃げ込む、と言う選択肢を採る者がいるのは当然の事であった。

 

 

 

 2021年5月、日本。定例となっている首相官邸での閣僚会議は様々な議題が挙げられていた。国内政治、外交、軍事、経済etc。そのどれもが手を抜く事など許されない案件ばかりである。

 そんな定例閣僚会議だが、ここ最近新たに挙げられるようになった議題が存在する。

 

「何とか形にはなったな」

 

 法務省から提出された書類を前に、真鍋首相は安堵したように息を吐いた。その様子に神山法務大臣も小さく頷く。

 

「自治体だけでなく各地のNPO法人にも協力を要請したお蔭で、混乱は何とか許容範囲に収まっています」

「とは言え、これは飽くまで一時的処置だ。いつまでも彼らをあそこに留めておく事は出来ないぞ?」

「分かっています。現地での教育も並行して進めており、将来的には経済活動の一端を担う事になるかと」

「そうか」

 

 真鍋は小さく頷くと、手にしていた資料を目の前のテーブルに置いた。その表題には、「アメリカ難民に関する経過報告書」と書かれている。

 今日本を騒がせている話題の一つ。それがアメリカ大陸から逃れて来た難民たちの存在だった。荒れ果てたアメリカ大陸から、深海棲艦蔓延る海を何とか渡り切った難民たちの存在は、日本でセンセーショナルを巻き起こしたのだ。

 

「しかし危なかったな」

「ええ、当初の通りにやっていたら、混乱は必至でした」

 

もっともそんなセンセーショナルだけならば、閣僚会議の議題にはならなかっただろう。政府側も多少の難民の流入は予想しており、事前に準備はしていた。――だが思わぬ事態が発生してしまったのだ。

 

「まさか、20万も引き受ける事になるとはな……」

 

 ある国が粘りに粘った結果、精々数万程度と思われていた難民の規模が、その10倍以上になって押し寄せてきたのだった。

 

 

 

 2020年5月8日のアメリカ合衆国崩壊により、南北アメリカ大陸の運命は、深海棲艦による占領と決定づけられた。南北アメリカ大陸には多数の艦娘保有国が存在していたのだが、そのどれもが艦娘戦力が弱小といっても差し支えないレベルであり、事実それらの国々も深海棲艦によって滅ぼされる事は目に見えていた。だからこそ、

 

「この大陸から逃げるしかない!」

 

 生き残った人々がアメリカ大陸から脱出しようとするのは、当然の選択であったと言えた。南米諸国、アメリカ合衆国、カナダ。あらゆる場所から、船舶や飛行機を持って安全な国を目指して旅立っていった。

 とはいえ制海権も制空権も深海棲艦の手の中にある海洋を渡り切るのは、分の悪い賭けだった。避難民を満載した船舶が深海棲艦に遭遇し逃げられずに撃沈される、高高度を飛んでいた旅客機が多数の小型機の襲撃に合い撃墜される、敵から逃げ惑っている内に自分の今いる位置が解らなくなり遭難する。太平洋や大西洋ではその様な光景が多発し、無事に安全な国に辿り着ける確率は極わずかだった。

 アメリカ合衆国崩壊から暫く後、そんな僅かな確率を引き当て、ボロボロになりながらも難民たちが未だに生き残っている国々に辿り着く光景が各地で広がる事となる。何とか生き残れたとホッとする難民たち。

しかしそんな光景を前に、各国の首脳陣は頭を悩ませていた。

 

「この難民、どうしようか……」

 

 億単位の難民が安全圏に向かって脱出したという事もあり、安全圏に辿り着けた難民は、最終的に何百万規模となる可能性が高い。最終的に自国にどれだけの難民が押し寄せるかは解らないが、相応の負担を強いられる事は確実だ。しかし、だからと言って彼らを放り出す訳にもいかない。そんな事をすれば自国民は勿論、他国からも批判されかねないのだ。

 そんな中、特に焦っていたのはイギリスだった。

 脱出出来た難民の多くが元アメリカ人及びカナダ人という事もあり、多くの者が同じ言語かつ文化的に近いイギリスを亡命先として希望していたのだ。これにはイギリス首脳陣も頭を抱えるしかない。

 だからこそ、彼らは即座に結論を出した。

 

「少しでも他国に押し付けるしかない!」

 

 いくら何でも百万単位の難民の対処など単独では不可能であり、少しでも他国に負担を押し付ける必要があったのだ。

 そんな事情もあり、イギリス主催による難民問題解決のための国際会議が開催される事となり――そして、大いに荒れた。

 

「亡命先は難民の希望に沿うべきだ!(俺たちを巻き込むな!)」

「彼らの保護は世界各国で分担すべきだ!(何としてでも押し付けないと!)」

 

 難民が押し寄せられては堪らないと拒否する各国と、何としてでも難民を押し着けたいイギリスによる、難民の押し付け合いは苛烈を極めた。議場の上だけでなく、盤外戦すら駆使した戦いは数ヵ月に及んだ。そして外交戦の結果は、

 

「人類存続のためにも、アメリカ大陸からの難民は、世界各国が協力して支えていく事を宣言する」

 

 回りくどい言い回しではあったが、国際会議により決定された内容は、「世界各国が一定数の難民を受け入れる」であった。つまりイギリス外交の大勝利である。余談だがこの結果がイギリス政府上層部に知らされた時、誰もが雄叫びを上げたと言う噂があったりする。

 ともかくこのような背景の元、アメリカ大陸からの避難民たちは、世界各国に散っていった。そしてその中には極東の島国、日本も当然入っていた。

 引き受ける事となった人数は、約20万名。まさかの規模に日本政府は悲鳴を上げつつ、捌く事となった。

 

 

 

「ええ、法務省としてもあの規模の難民が押し寄せるとは思いませんでした。お蔭でてんてこ舞いです」

 

 神山は皮肉気に笑うと、ジト目である人物に視線を向けた。自然と他の閣僚たちもある人物に視線が集中する。

 

「ふむ、中々大変そうじゃないか」

 

 が、当の本人――天野外務大臣は涼し気な表情で肩を竦めるだけだった。

 

「……天野さん。あなたがあの会議でもう少し粘ってくれたら、法務省も苦労は無かったんですが?」

「英国も必死だった。あれ以上規模を減らすのは難しかったさ」

「しかし20万人は余りにも多い」

「だが英国も20万だ。難民受け入れ比率をGDP比を元にする事になった状況で、我々が『難民側の希望』の項目をねじ込んだお蔭でこの程度で済んだんだ。我々が失敗していれば、現時点でGDP一位の日本は20万どころか30万以上押し付けられていた可能性は高い」

「GDP比を――」

「二人とも落ち着け。今はそんな事をしている暇はない」

 

 言い争う二人を真鍋が遮った。二人は小さく鼻を鳴らすと、無言で真鍋に軽く頭を下げる。

 

「ともかく終わってしまったものは仕方ない。話を戻すぞ。現在、難民は日本各地の難民収容所に収容、そこで日本語教育を実施中。それで良いんだな?」

「はい。将来的に難民たちは日本国籍を取得する事になりますので。少なくとも日本語での会話と読み書きが出来なければ、彼らも日本での生活が出来ません」

 

 一時的な滞在程度ならば日本語が出来なくても問題は無いのだが、今回は余程の事が無い限り、彼らは日本に永住する事になるのだ。最低でも日本語の習得は必須であった。また同時並行して、文化面での違いによる軋轢回避のために、文化面での講習も行われている。それらの講習後に、難民は日本国籍を取得出来るとされている。

 

「もっとも講習の内容がかなりの量となっているため、全ての難民が日本国籍を取得するには、相応の時間がかかると思われますが」

「ああ、それは分かっている。それのせいで相応の予算の投入が必要になる事もな。だがその時間が必要だ。労働市場的にも」

 

 小さくため息を吐く真鍋。20万もの難民を無事に収容すると言う大仕事を終えたばかりであるが、問題となるのはこれからだ。今は教育期間という事で難民収容所に押し込めているが、これが過ぎれば日本の労働市場に40万もの人間が新規参入する事になるのだ。

 少子高齢化社会で労働力不足が叫ばれている日本において、新たな労働力が投入されるのは喜ばしい事ではあるが、いっぺんに20万もの人間が入って来るとなると、労働市場側も吸収しきれない。また既存の労働者側も元難民によって職を奪われる可能性も高い。何も対策を立てなければ、深海棲艦出現前にヨーロッパやアメリカで散々見られた光景が、日本でも繰り広げられる事となるのだ。

 そのため日本政府は、難民の教育期間というモラトリアムを活用して、対策を立てる必要があった。とはいえ、今回に関しては労働力の受け入れの目途は立っている。

 

「そちらに関しては、台湾とフィリピンの再開拓によって、市場は大量の労働力を欲しているので、そこまで問題にはならないとの思案も出ています」

 

江口経済産業大臣の言葉に、多くの閣僚たちは安堵した。日本領となった台湾とフィリピンだが、土地を獲得したからと言ってそのまま使える訳ではない。無人の野となった彼の地を活用できるように再度開拓しなければならないのだ。現在の日本は、その再開拓の真っ最中だった。

 再開拓には多額の予算、物資、そして人員が必要となる。労働力となった元難民の受け入れ先としては、持ってこいであった。余談だがこの再開拓事業には、現地で一旗揚げようと狙う日本人が多数参加していたりする。

 

「……いっそ、教育期間無しで再開拓地に送っても良いのでは?」

「いや、そんな事をすれば民族対立の末に、台湾かフィリピンで独立しかねない。今の日本国民と難民たちのためにも、教育期間は必須だ」

 

 現時点でも一部の難民で「周囲が自分たちに配慮しろ」と叫ぶ輩がいるのだが、これを認める事は絶対にあってはならない。一時的に過ごすだけならばともかく、日本に国民として住むのならば、難民側が日本のルールに合わせなければ意味がないのだ。

もしも難民たちが日本社会に溶け込まなければ、その果てにあるのは、既存の日本国民と難民による対立問題だ。何としてでも回避しなければならない。

 戦前であれば、欧州の一部の人間が「寛容性が全くない」と激怒するような光景であるが、今の世界は深海棲艦との生存競争の真っただ中。そんな事を気にしている余裕などない。寛容性と言うものは、受け入れる側に余裕があるからこそ行える、ある種の贅沢なのだ。

 

「ただその難民への教育ですが、一部の分野で各地で問題も発生している様です」

「なに、どういう事だ?」

「日本語の習得難度は高いと聞くが、それか?」

「それはあり得るな」

「もしくは文化面?」

 

 次々と飛ぶ声に、神山は頭を振るう。

 

「……艦娘についてです。どうも艦娘を受け入れられないと考える者が多いようです」

 

 神山の答えに、この場にいる全員が思わず顔を引き攣らせた。

 

「それか……」

「フランケンシュタイン・コンプレックスだったか? 未だにそれに囚われているのか」

「いえ、どちらかと言うとトラウマの方ですね。テキサス州での虐殺以降、アメリカ各地で艦娘が現地住民に攻撃していた様ですので」

「あー……」

 

 難民たちの中には、アメリカにいた頃、激怒した艦娘たちから攻撃された者も多数含まれているのだ。また直接攻撃されないでも、艦娘によって引き起こされた混乱に多くの者が巻き込まれている。彼らはそれらの経験によって艦娘にトラウマを抱くようになっていたのだ。もっとも艦娘が暴れた原因の一つにはアメリカ国民の反艦娘感情もあったので、自業自得とも言えるのだが。

 

「境遇を考えれば、分からなくはないですが……。それでも艦娘側からすれば、噴飯ものですね」

 

 この場で最も艦娘に詳しい人間である坂田防衛大臣は、思わず言い淀む。彼らの気持ちは分からなくもない。自分達を攻撃して来た存在に拒否感を覚えるのは、当然とも言えよう。しかしだからといって、反艦娘を認める訳にはいかなかった。

 

「まあ、待て。日本は思想の自由が保障されている。本人らが反艦娘であっても、大々的に行動に移さない限りは問題は――」

「一部の収容所で、地域住民との交流の際に、反艦娘を大々的に叫んだと言う事例がありました。またそれに伴う地域住民との対立も見られたようで……」

「すまない、今の発言を取り下げる」

 

 建前ながらも難民のフォローをしようとした岡本総務大臣だったが、難民のやらかしに即座に取りやめた。流石に実害が出ているとなると、フォローは出来ない。

 

「対策は?」

「現在講習内容の選定中ですが、親艦娘系の講習だけでなく、講習で過去自分たちがやって来た所業を強制的に認識させる予定です」

「でしたら、防衛省も協力しましょう。アメリカ系の提督と艦娘がいますので、講習内容の作成は容易になります」

「なるほど。ではお願いします」

 

 若干黒い笑みを浮かべて提案する坂田に、神山も思わず良い笑みを浮かべた。この時を持って、愉快な講習が完成するのは確実となった。

 

「……まあ、頑張ってくれ」

 

 その光景に真鍋は若干引いてしまったが、別段二人を止める理由もなかったので、追認した。

 こんなやり取りをしつつ、日本は押し付けられた難民たちの対応に追われていくのだった。

 




因みにイギリスの外交攻勢ダイス1d100:93

イギリスがガチで頑張ってる……。

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