それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編69話辺りになります。今回は大分短いです。

イベントですが、E-4の攻略を乙に変更しました。リアルの事情で時間が足りないんや……


それぞれの憂鬱外伝23 とある海にて

 深海棲艦との戦いが続く世界では、戦いの過程で幾つもの国が滅び、そして数えきれないほどの難民が発生する事になった。難民たちは自身が生き残るために周辺の未だに健在な国に向かうケースが多いのだが、その健在な国々にとっては、押し寄せる難民というものは唯の厄介者に過ぎなかった。

 彼らの反応は当然と言えば、当然だろう。深海棲艦との戦いに多くのリソースが取られているため、自国民を養うので精一杯なのだ。そんな所に難民と言う無駄喰らいがやって来たところで、受け入れる余裕など無かった。

 特にユーラシア大陸ではその考えは顕著だった。中国、インドを始めとした大人口を有する国家が崩壊した事で、億単位の難民が周辺諸国に圧力を掛けているのだ。当然、各国はそんな数を受け入れる事など出来るはずもなく、自国を守るために難民に銃を向けて追い払うケースが多発。時として実際に発砲する事もあった。

 この様な状況に、少しながら改善の兆しが見られるようになるには、2020年まで待たなければならなかった。

 

 

 

 2019年、対馬海峡。久々の快晴により波が穏やかな海峡に、ある奇妙な艦娘艦隊の姿があった。18名で構成されている艦隊は、軽巡を旗艦とした水雷戦隊の様にも見えるが、軽巡、駆逐艦以外にも、とある艦種も多数混ざっていた。

 先頭を進んでいた軽巡が、目的地に着いた事を確認すると鎮守府に残る提督に、通信を繋げる。

 

「提督、予定ポイントに到着したぜ」

《了解。作戦を開始してくれ》

「おう。おーし皆、はじめるぞ」

 

 旗艦である天龍は僚艦は一斉に動き始めた。駆逐艦たちは警戒のために周囲に展開、そして艦隊の中央に残った艦娘たちが前進しつつ、海に何かを投下していく。天龍はそれを先導していた。

 

「間違ってぶつからない様に気を付けろよ、チビ共」

「深海棲艦用に機雷を撒いてるのに、私たちが引っかかったら笑われちゃうわね」

「そうだね」

 

 周囲の駆逐艦たちから笑いが漏れた。彼女らの言った通り、この艦隊は対馬海峡、正確には対馬と朝鮮半島に跨る海峡である朝鮮海峡で、深海棲艦の侵入を防ぐために機雷の散布をしている最中なのだ。艦隊に水上戦闘艦以外に編入されている艦娘は、機雷敷設艦だった。

 

「でも、先週も機雷を撒かなかった?」

「『航路防衛のためにも、機雷原は重厚にすべし』らしいわ」

「へえ。確かに通商破壊なんてやられる訳にはいかないしね」

 

当然の事ではあるが、機雷の敷設には理由がある。今や人類の領海の一つであり日本海には、日本とロシアを繋ぐ海路が存在するのだ。この海路は中国が内乱状態の現時点において、海外と繋がる唯一の海上交易路であり、日本の存続のためにも何としてでも維持する必要があった。

航路維持には定期的なパトロールに護衛船団と様々な事が行われているのだが、今回の様な機雷の敷設もその一環だ。対馬海峡の様な狭所に機雷を散布する事で、深海棲艦の日本海への侵入を防ぐ目的があった。

 

「それにしても、今回は機雷敷設だけだから私たちの出番は無くて暇ね」

「そんな事を言っちゃ駄目よ。護衛だって立派な仕事なんだから」

「分かってるわよ」

 

空襲を受ける様子もなく、近隣に敵艦もいない環境の中、駆逐艦たちは警戒は怠ら無いものの、談笑が続けられている。

そんな会話を聞き流しつつ、天龍は己の仕事をこなしつつも、誰かに聞かせるでもなく小さく呟いた。

 

「……気に入らねぇな」

 

 彼女は今回の任務が始まってからずっと不機嫌だった。己に課された任務ではあるので、仕事は全うするつもりであるが、やはり今回の任務は気に入らない。

 そんな天龍の様子に、駆逐艦たちからは「暴れられないのが不満なんじゃ?」と、勝手に当りを着けられている。実際、天龍本人も艦隊の護衛よりも水雷戦隊として、存分に戦いたいと言う気持ちはあるので、それは間違っていない。だがそれは、不機嫌となっている原因の割合としては、ほんの小さな物だ。

 

「航路防衛なんて、よく言ったもんだ……」

 

 機雷敷設の目的である「航路防衛」。この目的は全く間違いではないだろうし、実際有効である事も、天龍は理解しているし異論はない。だがその裏にある、公には言及されない機雷散布の「目的」が気に入らなかった。

 

「はぁ……」

 

 天龍は思わず視線を左に向ける。その先には国が滅び秩序が崩壊した朝鮮半島があった。

 

 

 

 2017年の艦娘出現前、情勢不安により韓国が崩壊し、その後連鎖するように北朝鮮も崩壊した事により、朝鮮半島が無政府状態となった。同時に彼の地には無数の難民が発生する事となったのだが、実の所、それらの難民が日本にやって来ると言うケースは殆ど発生していなかったりする。

 当然と言えば当然だろう。朝鮮半島と日本との間には海という危険地帯で隔たりがある上に、立地的にこれ以上逃げ場がないドン詰まり。更には無資源国故に国家崩壊は間近。そんな国に逃げ込もうなど、余程の事情が無い限り考えるはずもなかった。朝鮮半島の難民たちが半島と陸続きである中国に逃げようとしたのは、全く合理的なモノだった。

 そんな事情もあり日本は難民問題とは無縁であり続けたのだが、2017年終わりの中国内乱勃発と2019年の満州国成立、2018年1月の日露平和条約の締結によって事態は急変する事となる。

 

「中国が崩壊した!?」

「ならばロシアだ。あそこなら……」

「駄目だ、ロシアが傀儡国家を作って陸路を塞いだ」

「おい、逃げ場が無くなったぞ!?」

 

 有望な避難先である中国が消滅し、その後半島に蓋をするように難民に不寛容な満州国が成立した事で、朝鮮半島の難民は陸路で移動が可能な逃げ場が無くなってしまったのだ。完全に半島に閉じ込められる形となった難民たち。だがそれでも諦める者は少なかった。

 

「陸路が駄目なら海路だ」

「深海棲艦がいるぞ?」

「東海は以前よりは深海棲艦が出なくなっている。行けなくもない」

「避難先はどうする? ロシアか?」

「ロシアもありだが、日本も視野に入れるべきだな」

 

 彼らは海路での避難を目指すようになったのだ。多くの者は海路であっても比較的近く海に対して広大な縦深を有するロシアを目指したのだが、同時に少なくない数の難民が復活した日本に視線を向けるようになったのだ。

 そんな避難先として有望視されるようになった日本。だが当事者としては、

 

「我々に難民を養う余裕などない!」

 

 国民は勿論、政治家まで全く同じ感想を抱いていた。海上交易路が復活したとはいえ、日本は今いる国民を養うのが精一杯なのだ。難民と言う余剰人員を養う余裕など存在しなかった。

 

「大陸だってやってんだ。難民なんて追い払えば良い!」

「なんなら撃っちまえ!」

 

 そんな日本の状況ゆえにこのような声が上がるのは早く、一部では戦前の朝鮮半島諸国への嫌悪から、過激な発言も散見する程だった。

 そんな国民の声に対する日本政府だが、

 

「難民を積極的に受け入れる事はない」

 

 と、難民に対する具体的な言及を意図的に避けていた。流石に国としては表立って過激発言など出来なかった。それはともかく、難民の日本流入を抑え込むための対策が始まった。

 

「難民の殺傷は出来る限り控える必要があります」

 

 政府での対策会議が始まって、真っ先にそう言及したのは、坂田防衛大臣だった。この発言だけ見れば、彼が博愛主義にでも目覚めたかの様にも見えるが実態は違う。何の武力も持たない民間人を殺傷する事になった場合、攻撃手となる自衛官若しくは艦娘への精神的ダメージは計り知れない物になると予想出来たために、そう言及したに過ぎなかった。

 その事もあり坂田は半島からの難民が到達した際は、余程の有能な人材でない限り船舶輸送を持って朝鮮半島に送り返す事を提案したのだが、それに待ったをかけたのが天野外務大臣だった。

 

「それでは鼬ごっこになるだけだな。何より送り返すだけでも金も油も掛かる」

 

 彼はそう切り捨てた。天野の言及も事実であり送還事業だけでも相応のリソースを割かれる事は目に見えていた。

 

「つまり、難民への攻撃をせずに、上陸される前に難民を追い返さなければならない、という事か。随分と都合の良い事を言う」

「警告射撃で追い返せないか?」

「無理だな。難民も生きるのに必死だ。一か八かで突撃して来るのが目に見えている」

 

 頭を抱える閣僚たち。「攻撃不可」「上陸阻止」という縛りが強すぎるため、有効な手段が出てこなかった。しかし、そんな閣僚たちを前に天野は不敵に笑い、こう言い放った。

 

「簡単な話だ。通行不能な場所にすればいい。――地雷原の様にな」

 

 

 

(あの大臣も悪辣だよな)

 

 天野の提案――つまり「機雷散布による朝鮮半島の封鎖」は可決され、すぐさま実行される事となった。名目上、「深海棲艦の侵入阻止」「深海棲艦の朝鮮半島での拠点構築の防止」を掲げ、朝鮮半島各地にあった港湾地域の多くに、艦娘製の機雷を敷設していったのだ。特に現在天龍がいる朝鮮海峡は、日本領の対馬が近いと言う事もあり、大量の機雷がばら撒かれていた。

 

(確かに、直接撃つよりはマシだけどよぉ……)

 

 機雷散布の表向きの目的は対深海棲艦であり、日本に行こうと海に出た難民が触雷して吹き飛ばされても、それは「不幸な事故」として片づけられている。この政策が始まって以来、海を渡って日本に到達出来た難民は激減しており、今の日本でも十分対応できるレベルにあると言う。機雷原は順調に機能していると言っても良かった。

 

(それでもなぁ……)

 

 大陸の様に難民を直接撃つよりはマシとはいえ、やはり自分たちが敷設した機雷によって難民が死ぬのは、間違っても気分が良い物ではない。さりとて表向きの目的――しかもそれの有効故に、機雷敷設を拒否する要素もなかった。

 

「はぁ……」

 

 今の天龍には今後もう少し穏健な政策に転換される事を願いつつ、己の職務を全うするしか出来なかった。

 

――しかし彼女の願いは叶わなかった。

 朝鮮半島での絶大な効果を見た日本政府は、後に機雷敷設政策の対象を中国大陸からの難民の防止にも転用した。そしてその機雷原は、朝鮮半島と変わらず絶大な効果を現わす事となる。

 




日本政府「深海棲艦より難民の方がよく引っ掛かりますが、あくまでも深海棲艦用の機雷原です」

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