それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編82話の少し前です。

イベントはE-7まで到達。ここからが本番ですね。


それぞれの憂鬱外伝24 ワールドスタンダード

 2019年10月に行われた、欧州各国、ロシア、日本によるアメリカ救援を名目にしたアメリカ系艦娘回収作戦は、各国の努力の甲斐もあって全てのアメリカ系艦娘及び提督の回収に成功した。

 この作戦の成果は、多くの者を歓喜させた。どの国がどれだけの数のアメリカ系提督を引き入れるかについては未だに議論が続けられているものの、事前の協議によって少なくとも南北アメリカ大陸以外の艦娘保有国全てが一定数のアメリカ系提督の獲得が確約されているのだ。

 国防を任せられている軍人たち――特に艦娘中小国の軍人たち――は、数的、質的な艦娘戦力の向上が確定した事に歓声を挙げ、閣僚級の政治家たちは多少の労力で強大な戦力を手に入れられた事に笑顔になり、国民は単純に強力な戦力を前に喜んだ。まさに八方良しといった所だろう。今まさに深海棲艦によって攻められている南北アメリカ大陸を除くが。

 だがこのアメリカ系提督の拡散、全ての人間が幸福になったというと、実の所そうでもなかったりする。極々少数ながらも、この状況に頭を悩ませる者たちもいた。

 

 

 

 2019年10月末。全てのアメリカ系提督を回収した各国による連合艦隊が帰還する真っ最中であり、その裏で各国の外交官たちが一人でも多くのアメリカ系提督を獲得するべく鎬を削っている頃、日本の経済産業省のある会議室では、良い年した男たちが揃って頭を悩ませていた。

 

「分かっていたさ。ああ、分かっていたとも……」

 

 経済産業省のトップである江口大臣は、目の前に広げられている資料を前に、顔を青くさせながら呟く。傍目から見れば見るに堪えない醜態そのものだが、この場にいるほぼ全員が似たような状態なので、全く問題はない。

 

「イギリスは当然として、イタリア、ドイツ、フランスからも、発注のキャンセルが出ています」

「それだけじゃない。イベリア半島や北欧の艦娘中小国からもキャンセルが相次いでいるぞ」

「ロシアは? あそこには格安で販売しているが」

「そっちも駄目だ。真っ先にキャンセルしてきた」

 

 官僚たちが大量の資料を手に議論をしているが、どれもこれも良い情報は出てこないためか、江口同様その顔色は良くない。そんな空気が淀んでいる光景を前に、一人の男が思わず呟いた。

 

「……大分苦労されているようですね」

 

 経産省の要請の元、この会議に参加する事になった坂田防衛大臣だ。そんな彼に江口が恨みがましげに視線を向ける。

 

「そう思うなら、何か打開策をくれないか?」

「いえ、私は貿易は専門外ですので……」

「今回はそうでもないだろう。防衛省がらみだぞ」

「それは分かっていますがね」

 

 坂田は配布された資料に目を落とす。専門外ではあるが、彼も大臣を任せられる位の人間であるので、内容は直ぐに理解できた。

 

「これまで日本が輸出していた艦娘用装備のキャンセルをどうにかしろなんて、無理に決まってるじゃないですか」

 

 坂田は思わずため息を吐いた。

 2018年の交易路復活以来、日本は艦娘大国という強みを生かして、ヨーロッパの艦娘保有国に艦娘用装備を輸出して来た。深海棲艦との戦いが激化しており需要が溢れていた事に加え、それらの製造に必要な資源が恐ろしい程に少量かつ低額であるため、貿易では多大な利益を享受していたのだ。

 だが今月アメリカ大陸で行われたアメリカ系提督の回収作戦によって、貿易環境は一変してしまう。

 

「アメリカ系の艦娘用装備は一級品です。それを自国で生産出来るようになるんですから、日本製なんて必要ないですよ」

 

 全ての艦娘保有国にアメリカ系提督が分配される事は確定されている。その事は全ての国がアメリカ系艦娘を手に入れるだけでなく、アメリカ系艦娘が用いる装備を自国で生産できるという事でもあるのだ。そのため、各国はわざわざ日本製を買う必要がなくなっていた。

 

「今回の件でキャンセルが出た分野はなんですか?」

「主に空母艦載用の航空機です。艦攻、艦爆は全滅、長い航続距離のお蔭で人気商品だったゼロ戦もキャンセルが相次いでいます」

「でしょうね」

 

 この答えに坂田は思わず苦笑した。アメリカ製の機体はどれも日本製の上位互換といっても差し支えない。自国生産できるなら真っ先に切り捨てられるジャンルだった。

 

「そうも言っていられない。航空機は主力商品だぞ」

 

 問題はその航空機輸出が、艦娘用装備の輸出では大きな割合を占めていた点だった事だ。イギリスの各種艦載機がイマイチという事もあり、対深海棲艦攻撃に使える艦攻と艦爆、そしてそれらの護衛用に用いられる戦闘機のシェアは、これまで日本製が独占していたのだ。

 それが自国生産出来るアメリカ系装備にとって代わられると言う事は、艦娘用装備の輸出に大打撃を受けるという事と同意語なのだ。

 

「ですが、それを私に言った所でどうする事も出来ませんよ?」

「分かっている。しかし今回の件で開いた穴を埋める必要がある」

「つまり代用品を考えろと?」

「ああ。そこで防衛省に要請したい事がある」

「何ですか?」

 

 江口は机に両肘を立て両手を口元に持っていくと、ハッキリと告げる。

 

「輸出品目の拡大。いや――全面撤廃」

 

 その言葉に、坂田は思わず顔を顰めた。

 

「それは……簡単には頷けませんよ」

 

 軍事品を外国に売る場合、様々なケースを考慮する必要がある。それは艦娘用装備も変わりはない。輸出した装備が日本に向けられる可能性を考慮しなかればならないし、高性能装備を輸出しない事で自国の優位性を確保する必要があった。この様な事情もあり、日本の艦娘用装備の輸出品リストに高性能装備が乗る事は殆どなかったのだ。

 しかし江口はそれらの問題を無視しろと言ってきたのだ。坂田もそう易々とは頷けるものではなかった。だが江口も簡単には引き下がれない。

 

「主力商品が壊滅したんだ。輸出品目も拡大は必要になる」

「だからといって、軍事的優位を捨てる訳にはいきません」

「それは解ってる。だが各国がアメリカ系提督を入手する事になれば、その技術的優位は無くなる」

「いえ一部分野では、優位性が残っています」

「それがあっても、その優位性は全体的に見れば極僅かなものだ。後生大事に抱えておく必要があるのか?」

「……」

 

 江口のいう事も事実だった。アメリカ系提督の分配がどうなるかは未知数であるが、今回の回収作戦の結果、各国でバラバラだった艦娘用装備の質はほぼ均一化される事になった。勿論、日本イギリスといった艦娘大国の方にも、アメリカ系の質を上回れる装備もあるが、それは極一部といった所だろう。そんな一部の装備があった所で、軍事的優位が保てるかは微妙な所であった。

 沈黙する坂田。そこに江口は更なる追撃を仕掛ける。

 

「実の所、この話は総理にも通してある」

「……根回しが早いですね。総理は何と?」

「全面撤廃はともかく、輸出品目の拡大は賛同した。また他の閣僚も賛意を示している」

「実質、詰んでるじゃないですか……」

 

 防衛省の地位は深海棲艦との戦いによって向上しているが、だからと言って絶対的優位と言う訳ではない。政府内部が輸出品目拡大に賛成の中、防衛省が孤軍奮闘した所で押し負ける可能性は高かった。

 

(内側に入り込んでコントロールするしかありませんね)

 

 このまま行くと最悪、防衛省の与り知らぬ所で話を進められかねなかった。それならば賛成に回ってある程度の主導権を取った方が良い。坂田は小さくため息を吐くと、頷いた。

 

「分かりました。防衛省内部は何とか抑えましょう」

「なら?」

「艦娘用装備の品目拡大に賛成します」

 

 この宣言に、江口を始めとしたこの場にいる経産省関係者は、ホッと胸を撫で下ろした。省間で対立するとなると面倒事しか起きないのだ。一刻も早く輸出問題を解決しなければならない身としては、これは避けたかった。

 ともかくこうして新たな輸出装備の選定が始まった。

 

「今後の環境で輸出するとなると、相手国が欲しがりそうなのは、魚雷でしょう」

「と、いうと?」

「酸素魚雷は純粋に威力がありますからね。補助艦艇の火力向上になります」

「これまでも酸素魚雷は小出ししていたが、これからは全面解禁だな」

 

 深海棲艦側は主力艦たる戦艦が無数に湧いて出るのだ。そのため補助艦艇で主力艦を相手にするケースは世界各地で多々見られている。格上たる戦艦を喰える武装である魚雷、それも威力が折り紙付きである酸素魚雷は、多くの国が欲していた。またアメリカ系の参入により艦娘の規模も拡大されるため、需要は拡大していると言っても良かった。

 だが問題はそれ以外だ。

 

「だが酸素魚雷だけというのも問題だぞ?」

「しかし他にはありませんよ? 砲、レーダー、ソナー、機銃、射撃装置。どれもアメリカ製の方が上です」

「そうなんだよな……」

 

 酸素魚雷こそ戦況の事もあり自信を持って売り出せるが、その他の分野が微妙なのだ。ハッキリ言って売り出した所で、苦戦するのが目に見えていた。

 

「46cm砲はどうなんだ? あの巨砲の火力は魅力に映るはずだ」

「それですが、アイオワ級の16インチMk.7が使うSHSならば、垂直装甲への貫通力は46cm砲とほぼ同等とのデータがあります。重量の問題もありますし、酸素魚雷の様に売れるかどうかは……」

「ならば51cm砲は? あれならば火力は確実に上だ」

「51cmの方は開発できる確率が恐ろしく低い装備ですので、そもそも国内需要に間に合っていません。輸出は無理でしょう」

「うーん……」

 

 そろって頭を悩ませる一同。酸素魚雷の一本柱だけでは今後の輸出事業には不安があった。

 

「せめて、もう一つ目玉になるようなものがあれば……」

 

 江口が苦々し気に呟いた。その時、

 

「ふむ。ならば私に任せてもらおう」

 

 会議室の外から女性の声が響いたと同時に、勢いよく扉が開かれた。

 

 

 

 2020年1月。日本が台湾とフィリピンに狙いを定めて戦いの準備を進めている裏で、日本の艦娘用装備の輸出品目の一覧が更新された。

 大々的に売り出されるようになった酸素魚雷を見た各国の軍事関係者は、真っ先に酸素魚雷の購入を決定すると、改めてリストを確認していった。目当ての物は確保できたが、他にも有用な物があるかもしれないのだ。

 現存した世界最大の艦砲である46cm三連装砲、以前より発売されていた零式艦上戦闘機など、日本が誇る武装が名を連ねる中、彼らの目に見慣れない単語が飛び込んで来る事となる。

 

「……瑞雲?」

 

 各国の装備調達担当者が見慣れぬ名称に一同に首を傾げ、多くの国がスルーしたのだが一部の国では試験用としてテスト用として少数購入した。もしかしたら、何かに使えるかもしれないのだ。

 そして現地で運用テストが行われ――

 

「追加発注するぞ!」

 

 試験の結果を見た軍関係者は叫んだと言う。

 瑞雲は急降下爆撃が可能な上に、多少ながらも空戦が出来る高性能なマルチロール水上機だ。その性質故に、航空戦の主力として使うには不安材料が多いが、補助戦力としてなら十分有用なのだ。

 そして瑞雲の様な性能を持つ水上機は欧州系にもアメリカ系にも存在していない。WW2の時代、欧州での戦いの主戦場は陸上であったため高性能な水上機は必要としていなかったし、アメリカの方はその国力故に態々高性能な水上機を作る必要が無かったのだ。

 勿論そんな水上機を艦娘が運用出来なければ意味はないのだが、非常に幸いな事に各国とも運用出来る土壌があった。各国に散っていったアメリカ系艦娘の中には、なぜか瑞雲を運用出来る艦娘が一定数見られたのだ。お蔭で各国における需要はあった。

 高性能、唯一性、そして一定の需要の三つによって、日本製は水上機のカテゴリーにおいて独占市場を果たしたのだ。

 

「マジか……」

 

 この結果に経済産業省の面々は呆然とした。何せ瑞雲は日本系艦娘装備の輸出において、酸素魚雷に次ぐ売り上げを叩き出す事となり、いつの間にか装備輸出の二本目の柱の地位を確立していたのだ。そして世界中の戦場で瑞雲の姿が見られる様になる。

 

 瑞雲は水上機におけるワールドスタンダードの地位を確立したのだ。

 

 当時坂田大臣の護衛として経済産業省に赴き、そして会議の場に乱入、装備の輸出品目に瑞雲を全力で推した艦娘日向は、この瑞雲の躍進に誇らしげに語ったと言う。

 

「まあ、そうなるな」

 




瑞雲こそ最強……!

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