それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編最終話の後になります。今回は体調不良もあり、かなり短いです。

追及。投稿一時間前に入れておいた方が良いシーンが有ることに気づきましたが、今からの訂正では投稿時間に間に合いません。そのため、早くて今日の深夜、遅くても明日中に改訂します。

更に追記。改訂が完了しました。

9/1に更に一部の誤字を改訂しました。


それぞれの憂鬱外伝28 プライドの代償1

「例のモノの受け渡しは終わったか?」

「ああ、あいつ等も随分とやる気があるようだ」

「しかし良かったのですか? 物が物ですから、我々にも被害が及ぶ可能性があります」

「しかも、そこまでやっても、目標に被害を及ぼすかも不透明だ」

「そこは仕方あるまい。半端なモノを渡す訳にもいかん。それに奴らの警備体制は余りにも厳重なんだ」

「出来る限りの回避策を取るしかないな。それでも被害を受ける可能性を排除できないが」

「ともかく、奴らが自ら身体を張ってくれるんだ。それを最大限利用しようではないか」

「ええ」

 

 

 

「パトロール艦隊が帰投したわ」

 

 2024年、未だに戦いが続いている中であっても、ある程度の平和が保たれていた。特に近年ではアメリカ系提督とその艦娘によって防衛能力が強化されており、一定以上の艦娘戦力の保有国ではそれなりの平和を享受している。その恩恵は深海棲艦と直接対峙する事となる鎮守府にも及んでいた。

 

「会敵は?」

「無かったそうよ。最近は平和になったわ」

「本当にそうだね」

 

 ドイツ沿岸部のとある鎮守府。設立の経緯から、ドイツ国内においていささか特殊な事情があるこの鎮守府も、アメリカ系艦娘たちによる恩恵は届いていた。

 

「アメリカ系の運用が本格化して以来、海上の監視網が大幅に強化されたからね。しかも彼らは、敵を見つけ次第航空戦力の飽和攻撃をしているし」

「多少の敵ならそれで打撃を受けて撤退するわ。仮に空襲を潜り抜けて前進しても、通報を受けて出撃した大艦隊が迎撃に出る。大概はそれでおしまいね」

「アメリカ系だからこそ出来る力技だね」

 

 各国軍部はアメリカ系艦娘戦力をフル活用していた。アメリカ系提督が指揮する艦娘たちは、航空戦力、海上戦力の数、質共に最高レベルなのだ。カタリナや日本から輸入した二式大艇、そして数多の補助艦艇で警戒網を構築し、敵を発見した場合、空と海共に圧倒的物量をぶつける事で撃退していた。お蔭で他国系の艦娘の出番は、以前と比べてずっと減っている。

 今のヨーロッパの殆どの国では、国防の中心はアメリカ系提督が担っていると言っても過言ではなかった。

 

「お蔭で、腕がなまりそうよ」

「良いじゃないか」

 

 愚痴をこぼす秘書艦。だがその事に提督ある青年は余り気にした様子は無い。

 

「この国に来て以来、担当海域の防衛や出征で忙しかったしさ」

 

 フランス系提督であるベルナールは笑った。

 2017年に起こったフランスでの革命未遂による動乱。この事態に周辺各国は自国及びヨーロッパに悪影響を受けかねないと判断し、軍を派遣し動乱を鎮圧したのだが、そのどさくさに紛れて、当時有用性が確認され始めていた提督及び艦娘を、「保護」という形で自国に連れ帰っていたのだ。提督の艦娘保有スペック的にも優良である彼らフランス系提督は、多くの国で有効に活用されており、一定の地位を確立していた。ベルナールもその内の一人だ。

 そんな様子の提督に、秘書艦であるリシュリューは悪戯気な笑みを浮かべる。

 

「あら、最初は人気を取られて嫉妬してたのに?」

「痛い所を突くね……」

 

 フランス系提督の艦娘保有スペックは、総合的に見ればドイツ系提督より上である。そのため彼はドイツ海軍の艦娘部門の中ではそれなりの地位にあったのだ。だが2019年の終わりに、ドイツにアメリカ系提督という提督としては最高位の存在が多数やって来たため、その地位はいささか低下していた。

 

「生まれ持ったスペック以外なら負けないから良いさ」

 

 逆に言えばそれ以外では負けている為、負け惜しみとも言えるのだが。

 

「それに今いる地域なら、アメリカ系提督より人気はあるさ。ここの人たちには色々とやって来たからね」

「あら、最近はアメリカ系艦娘の話題で持ちきりって聞いたわよ?」

「……え、本当に?」

「ええ」

「……えー」

 

 ガックリと肩を落とすベルナール。自尊心を満たすと言う若干の下心はあったとはえい、この地域になじめるように住民との交流を続けてきたのに、これである。

 そんな提督の様子に、リシュリューは苦笑した。

 

「下心が見え見えよ。ちゃんと誠意を持たないと」

「そんな事言っても……」

「今度、追悼式典に参加するのでしょう? そこで挽回しなさい」

「追悼式典なんて、そこまで派手な事はしないんだけどなぁ」

 

 そんな他愛もない会話が交わされながら、日常は続いていく。

 

 

 

 2024年。艦娘出現から7年が経過した現在、生き残っている世界各国ではほぼ完全に、親艦娘が定着していた。付喪神思想の事も相まって最初期から親艦娘の方針を打ち出していた日本はもとより、キリスト教圏であるロシア、欧州でも親艦娘の方策を取り続けている。

 

「我々は新たなる種族と共存しなければならない」

「友好的な隣人を迫害するなど、言語道断」

「我々は理性をもって、彼女らを受け入れるべきである」

 

 上記の様なうたい文句の下、各国では政府主導で艦娘の受け入れに勤めている。もっとも実情は、

 

「艦娘を追い出したら、間違いなく滅ぶ」

 

 という切実な事情もあるのだが、理由はどうであれ各国政府が一貫して親艦娘である事には変わりない。

そしてこの親艦娘の方策は、民間に対しても積極的に行われている。いくら政府が艦娘の有効性を理解していても、国民が艦娘を受け入れなければ意味がない。アメリカ合衆国という、国民が艦娘を受け入れられなかったせいで滅んだ国が実際にあるのだから、手を抜くと言う選択肢は無いに等しかった。

そのため各国政府は、国民に艦娘を受け入れさせる様にあらゆる手段を使っていた。その過程で、報道の自由や思想の自由、表現の自由が侵害される事態が多々起ったのだが、政府は気にも留めなかった。

 

「自由を守って滅ぶか、自由を制限して生き残るか。どちらかを選べと問われれば、迷いなく生き残る事を選ぶ。それが国家主導者の使命だ」

 

 このイギリス首相の言葉は、真理であった。

 そんなこんなで、2024年現在において、全世界は政府も民間も表向きは親艦娘で固められていると言っても良かった。

 ――そう、「表向きは」である。

 艦娘の有効性を見出し活用していく事にした各国政府はともかく、全ての民間人が親艦娘になったかと問われれば、否である。民間が基本的に親艦娘である日本ですら、本心では反艦娘感情を持つ者はいるのだ。そして当然の事だが、欧州ではその文化の根幹にあるにキリスト教によって、艦娘を教義に反する存在として鼻白んだり、フランケンシュタイン・コンプレックスから艦娘に脅威を感じる者は、一定数存在している。

 

ヨーロッパのとある国の一角に存在するいささか寂れた小さなアパート。その中の一室に複数の男女の集団の姿があった。

 

「信者たちは?」

「芳しくありません。時が経つと共に、我々に共感する信者の数は減っています」

「やはりか。せめて布教活動が出来ればな……」

「残念な事に大々的な布教活動も、政府からの妨害が続いており、ネットを介した活動が精々です。そのため新規入信者も極僅か。未だに各国にある支部が維持出来ているだけでも奇跡としか……」

「信者の数もそうだが、もっとマズいのは資金だ。活動資金が底を着きかけている」

 

 次々に提示される凶報に、彼らは揃ってため息を吐く。

 

「八方塞がりか……」

「政府からの締め付けも日々強まっている。このままでは、我々『試練派』は消滅してしまう……」

 

 隠し切れぬ悲壮感を醸し出す彼ら。彼らの正体は世間では過激派宗派「試練派」と呼ばれるキリスト教宗派のメンバーだった。

 

 

 

 深海棲艦出現と人類の劣勢により、世界では深海棲艦教を始めとした様々な新興宗教が興されたのだが、当然の事ながら深海棲艦の影響は既存の宗教にも及んでいた。既存の宗教は歴史の長さもあり一枚岩ではない。深海棲艦という謎の敵対生物をどのように捉えるかによって、派閥が形成されていったのだ。このある種の宗教分裂は、特にキリスト教圏で盛んであり、様々な宗派が作られていくこととなる。

 そして彼ら試練派も、その様な深海棲艦出現により誕生した宗派の一つだ。

 試練派は深海棲艦の存在を「神が人類に与えた試練」と位置付けており、「試練を乗り越えるために、人類は立ち向かわなければならない」と説いていた。

 この考え方は、深海棲艦教と比べて穏当であるし、人々に団結を呼びかける教義を掲げている事もあり、比較的すんなりと民衆に受け入れヨーロッパ各国に広まっていった。国家の方も過激思想を説いている訳ではないという事で放置されていたし、カトリックから独立した宗派とは言え本家とそこまで離れた教義ではない事もあり、穏当に発展していった。

 そんな当初は穏当な宗派の一つであった試練派だが、とある出来事により、彼らを取り巻く環境は一転し、世間から「過激派」と評される事となる。

 

「艦娘……、奴らのせいで全ては狂ってしまった」

「……やはりあの時、我々も教皇聖下の発言に乗るべきだったのでは?」

「なにを馬鹿な。それでは教義に反してしまう」

 

 2017年5月23日に発表された、艦娘というWW2時代の艦船の化身の存在。彼女らの解釈によって、今の試練派の境遇は決定づけられた。

 当時、カトリックの総本山であるバチカンやプロテスタントの各大手宗派、イギリス国教会や東方教会といった有名所は、政府の要請もあり艦娘を容認する声明を発表していた。これは艦娘の存在が各々の教義的にはいささか問題があるのは事実ではあるが、政府からの圧力、同時に自身が有する世間への影響力、そして艦娘が深海棲艦に対して有効な戦力である故に認める以外に選択肢が無いという、ある種の俗的な判断があったからだった。

 

「奴らは何を考えている!?」

 

 しかし、宗派的に生まれたばかりの試練派には、大手宗派が有するような俗っぽいしがらみは無かった。それ故に彼らは純粋に艦娘を教義で考え、そして結論を下す。

 

「深海棲艦は神が与えた試練であり、人類は独力で立ち向かわなければならない」

「艦娘は試練に挑む人類に甘言を呈する存在であり、我々は艦娘の誘惑に負けてはならない」

「人類に甘言を呈する艦娘は、人々を誘惑する悪魔の手先そのものである」

 

 それは大手宗派とは真っ向から対立し、国家の方針にも反する物であった。そして当然の事であるが、ヨーロッパ各国はこの解釈を良しとするはずもない。

 

「現実を見ろ!」

 

 各国は試練派の首脳陣に、解釈の取り下げと訂正を要求。更に場合によっては強硬手段すら執ることも通達した。だが、

 

「信教の自由は保障されるべきである」

 

 試練派はこの要請を拒否した。これまでの活動により試練派が各国に広まっているため、早々に手を出せないとの思惑もあったが、何よりも彼らは己の行為が正義である事を疑わなかった事が大きかった。

 しかしその代償は、直ぐに彼らに降り注ぐこととなる。

 

「新たな隣人を受け入れられぬ試練派へ、即座に現状の是正を求める」

「試練派を要注意団体と区分する予定である」

 

 大手のキリスト教系宗派が彼らは政府の要請の下、試練派を名指しで批判。更に間を置かず各国政府も試練派への締め付けを始めたのだ。

 この二つの巨大組織からの攻勢に、新参勢力である試練派はなす術もなかった。試練派の信者たちは、自身が異端、危険思想の持ち主とされる事を嫌い離れていった。それにより試練派の勢力は坂を転げ落ちるが如く縮小していった。

 この事態に、試練派は信者を何とか引き留めようと、人々が目を引くような過激な発言を繰り返すのだが、その程度で信者の流出を止める事は出来なかった。それどころか試練派首脳陣の過激な発言についていけなくなった信者が離脱するという、逆効果に終わってしまった。

 大手宗派と国家に睨まれ、日を追うごとに過激な発言が激化していった試練派が、カルト化し地下に潜るまでには、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

「しかしこのまま何もできず、正しい教えを埋もれさせる訳にもいかん」

「分かっています。例の計画は?」

 

 その言葉に、幹部の一人がニヤリと笑った。

 

「順調に準備を進めています」

「実行者の選定はどうなんだ? 危険が大いに伴うぞ」

「皆、士気は高く、覚悟は出来ているそうです」

「そうか」

 

 幹部たちは満足げに頷いた。そんな中、計画を任されていた幹部は若干の疑念を覚えていた。

 

「しかし例の協力者は、信用できるのですか?」

「……確かに。我々の思想に共感しているとは言ってはいたが、だからと言ってあれほどの代物を用意するなど、いささか都合が良すぎる」

「しかも明確な正体も分からないときた」

「大司祭様。本当に大丈夫なのでしょうか」

 

 この場にいる者たちの視線が、上座に座る初老の男に集中する。彼は暫しの沈黙の後、口を開く。

 

「皆の疑念は分かる。奴らが何かしら企んでいる事もな」

「なら、奴らの手に乗るのは危険なのでは?」

「分かっている。だが今の我々には選択肢は無い」

「……」

 

 大司祭の言葉に、誰もが沈黙した。彼らも協力者の力が無ければ、あれほどの計画を実行できるとは思っていないのだ。

 

「奴らの正体は、各地の信者たちを使って調査している最中だ。判明次第、皆に伝えよう。……ともかく、計画は実行する。これは決定事項だ」

「かしこまりました。では、最初の目標は予定通り……」

「うむ。……追悼式典だ」

 

 こうしてカルト化した宗教家たちの企みは始まった。

 




以前埋めていた地雷を掘り起こし(ダイスロール)てみたら、ヤバい事になりました……。ある国が大変な事になります。

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