それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
2024年11月11日11時。かつてドイツと連合国の休戦協定が行われた事により第一次世界大戦が終結したこの日、ヨーロッパ各国では一様に戦没者に対する追悼式典が行われている。フランスではノートルダム大聖堂を始めとした教会の鐘が鳴らされ、イギリスでは女王が献花を行う。追悼式典はWW1の勝者敗者関係なく行われ、そして多くの街や村でも行われている事から、WW1の凄惨な戦いが如何にヨーロッパ各国にトラウマを植え付けたのかが良く分かる。
そんな恒例行事である戦没者追悼式典なのだが、実の所、深海棲艦との戦いの激化によって、その形式と性質は若干ながら変化していたりする。
近隣に鎮守府があるドイツのとある港町。海を一望できる臨海公園でも戦没者を悼むための儀式は行われていた。そこには町長や議員を始めとした地域の有力者たちの顔ぶれが揃っていた。皆が神妙な面持ちで式典に臨んでいる。そして式は最も重要な局面を迎える。
11時になったと同時に、教会の鐘の音が街に鳴り響く。
「黙祷」
鐘の音を合図に、追悼式典の参加者たちが黙祷を始めた。黙祷の時間は2分間。皆が亡くなった人々に祈りを捧げている。
ここまでは以前からこの街で行われていた追悼式典の通り。違いが出るのはここからだった。
2分間黙祷。その終わりを告げるのは教会の鐘ではなく――
「Feu」
会場の外、安全に配慮し何もない広場で放たれる戦艦艦娘であるリシュリューの弔砲。死者を悼むための轟音が式場だけでなく、街全体に響き渡る。
その合図と共に参列者たちは、決められた順番に慰霊碑に献花していく。簡素な石造りの碑にはベルリンの有名な追悼施設にある慰霊碑と同じく「戦争と暴力支配の犠牲者たちに」と掘られているのだが、ここに込められた意味も、以前の物とは少々変化している。
これまでは「戦争」を、WW1及びWW2としていたのだが、今はそれに加えて深海棲艦との戦いも指示されているのだ。深海棲艦出現から約11年。その間に軍人、民間人問わず、多くの者たちが深海棲艦との戦いに巻き込まれ、そして命を落としていったのだ。各地で行われている追悼式典に、その様な人々を悼むと言う趣旨が加えられるのは当然の帰結であった。
そしてこの解釈の変化による影響は大きかった。有力者たち特別参加者の献花が終わると、一拍置いて会場に備え付けられているスピーカーから司会者の声が響く。
「それでは、これより一般参列者の献花を始めます。事前に配布された番号の順番に献花をお願いします」
合図と共に、一般参加席から人々が次々と石碑に献花していく。その規模は優に1000を超えていた。
追悼式典の参加者は街の有力者やWW2関係者だけでなく、軍人、戦没者の遺族、そして最前線で深海棲艦と戦っている提督と艦娘がいた。この事により10年前まで縮小傾向にあったこの街の追悼式典の規模は、最盛期のそれを超える物となっていた。
これまでにない程の規模になると、当然の事ではあるが会場に配備されている警備の数も相応の物となる。地域の重要行事という事で、地元警察から派遣された警官たちがあちらこちらに見られていたのだが――、そんな彼らに混じって、会場警備に参加する者たちがいた。
「そっちはどう?」
《ポイントB。異常ありません》
《こちらも同じく、異常なしです》
一般参列者の席の後方、式場の出入り口の近くに、フランス海軍の正装に身を包んだコマンダン・テストの姿があった。献花する人々を油断なく眺めながら僚艦と連絡を取り合っていた。
「何度も言ったけど油断しないで。敵はいつ姿を現わすか解らないわ」
《ええ、分かってるわ》
彼女は僚艦と連絡を取り合いつつ、周囲を油断なく見渡している。会場をよく見れば、あちらこちらに警官以外にも軍服姿の女性――ベルナール提督配下の艦娘の姿があった。
警備活動が本職ではない彼女らが、このような事をしている理由だが、表向きは深海棲艦の襲撃に対する備えとされている。
これだけの規模の式典の最中に襲撃された場合、日常の際よりも混乱及び被害が大きくなる事は確実であり、それを未然に防ぐ事が目的とされていた。
「海上の方は?」
《警戒に出ている部隊からの連絡では、会場の半径100キロ圏内には敵の反応は無いそうよ》
とは言え、深海棲艦の襲撃に対する警戒については鎮守府側も事前に対応策を取っており、近隣海域に艦隊を派遣して深海棲艦の対処を行っている。追悼式典会場に深海棲艦が襲撃する可能性は限りなくゼロに近い。
それでも会場に艦娘を配備するのは、もしもの時のためというのもあるのだが、メインは「目に見える形での鎮守府による地元地域への協力」である。鎮守府の任務の一つには「深海棲艦からの地域住民の保護」がある以上、近隣の住民とはある程度は仲良くしておいて損はない。この様な行事へ参加して、近隣住民からの好感度を稼ぐ目的があるのだ。
そんな事情もあり本質を考えれば、有事でもない限り艦娘たちが警備に本腰を入れる必要は無かったりする。
「つまり人間の襲撃者に注意すればいいのね。分かったわ」
コマンダン・テストは通信を切ると、改めて周囲を油断なく見渡す。その様には一分の油断も見られない。艦娘たちにとって、今回の式典では目を光らせる必要性があった。――提督が追悼式典という襲撃される可能性のある場にいるためだ。
各国政府は親艦娘政策を推し進めており、それに合わせて民間でも親艦娘の風潮とはなっているが、それでも全ての人間が親艦娘と言う訳ではないのもまた事実。実際、艦娘を敵視するカルト宗教は存在している。
そんな危険団体が追悼式典という提督が公的に多くの人々の前に姿を現わす機会を活用し、提督の暗殺を企てる可能性は十分にあるのだ。敵はどんな手段を取って来るか不明という事もあり、式典には多数の艦娘の姿があった。
「やれるものなら、やってみなさい」
誰に聞かせるでもなく、コマンダン・テストは呟きつつ、巡回ルートを巡る。
艦娘だけでなく地元警察の方もテロには警戒している事もあり、会場内への物の持ち込みの検査は人手や各種機材を用いて厳重に行われているのだ。
そんな厳重な警戒もあって、現時点で馬鹿な真似をしようとする者は現れていない。
警戒を続けるコマンダン・テスト。そんな彼女だったが、一般参加者席に差し掛かった所で、気になるものが目に入った。顔色の悪い修道服の女性だ。
「どうされましたか?」
「いえ、少し貧血を起こしまして」
「大丈夫ですか? 救護室まで送りましょうか?」
「いえ、よくある事ですので……」
そんなやり取りが会場の片隅で行われつつ、追悼式典はつつがなく執り行われ、そして無事に式は終了した。
この結果に警備に当たっていた警察と艦娘たちは、特にトラブルが無かった事にほっと胸を撫で下ろした。
だが――それが大きな間違いだった事を、直ぐに思い知る事となる。
各地での式典が終わってから数日後、それは始まった。
「あら、どうしたの?」
「なんだか身体がだるくて……」
「あら、風邪かしら?」
「そうか――え……?」
「Mon amiral!? Amiralが倒れたわ! 誰か救急車を呼んで!」
式典から数日が経過した頃から、各地で原因不明の高熱を出して救急搬送される患者が続出した。患者は年齢層や地位は様々。その中には最前線で深海棲艦と戦う存在である提督も含まれていた。
「何がどうなっている!?」
突然発生した原因不明の熱病の流行を前に、ドイツ連邦保険省は対応に追われていた。
「現在流行中の熱病に対して、国内でデマが飛び交います」
「それに加え、デマに踊らされた一部の国民がアルコールを始めとした各種衛生用品の買い占めが見られています。また発熱者に対する過剰反応も」
「私や首相が、国民に落ち着くように会見は開いたが……」
「残念ながら効果は見られていません」
「やはり病名が判明しなければ効果が薄いか……」
連邦保険省の主要メンバーが集結した会議の中、省のトップであるホフマンは唸った。熱病発生からまだ数日しか経っていないにも関わらずこのパニックである。嫌が応にも早期に件の熱病の正体を暴く必要性を実感していた。
「熱病の正体が解らなければ、対処のしようがない」
「症状は主に高熱、頭痛、筋肉痛と、これだけであればインフルエンザに類似していますが……」
「だが検査ではインフルエンザは陰性だぞ。それに一部の患者は消化器や鼻からの出血も確認されている。インフルエンザじゃ見られない症状だ」
「その通りです。しかし残念な事に、これと似たような症状を出す病気は幾つもあります」
「後気になるのは、流行地域が沿岸部に集中している上に、患者数が唐突に増加している事だ。普通じゃあり得ん」
「更に言えば、ドイツと同時期にヨーロッパ各国でも同じ症例が見られている。しかも患者が集中しているのは我が国と同じく沿岸部だ。これは明らかに不自然だぞ」
熱病の被害が出ているのはドイツだけではなかった。イギリス、フランス、イタリアを始め、ヨーロッパ各国でもドイツと同時期に正体不明の熱病による患者が急増しており、各国が対応に追われている最中だった。
頭を悩ませる一同。そんな折、唐突に会議室の扉が乱暴に開かれ、一人の職員が飛び込んできた。
「フライブルク大学医療センターより、結果が出ました!」
「よし!」
「来たか!」
会議室の面々が思わず歓声を挙げる。病名さえ分かれば対応の方向性が解るのだ。しかし報告に来た職員の顔色は悪い。彼は唇を震わせながらも、もたらされた情報を口にした。
「病名は――エボラ出血熱です」
『……はぁ!?』
思わぬ、そして余りにも危険な病名に、一同が悲鳴のような声を挙げた。
「何かの間違いじゃないのか!?」
「幾度も検査したとの事ですが、確実にエボラ出血熱であるとの事です」
「クソっ!」
この時、会議室の面々はパニックに陥っていた。エボラ出血熱の致死性は治療が遅れた場合80~90%という絶望的な数値を叩き出している上に、仮に生き延びても重篤な後遺症を残す事がある危険な病気なのだ。その危険性故に、病原体の危険性を示すリスクグループでは、最高ランクのグループ4に区分されている。そして最悪なのは――
「なら患者への治療は――」
「対処療法しか……」
現時点でエボラウイルスに対して有効なワクチンも治療薬も存在しない事である。
会議室が絶望的な空気に包まれる。しばしの沈黙の後、ホフマンはポツリと呟いた。
「そもそも感染経路は何処からだ……?」
「……確かに。普通ならこれほど広域での流行はあり得ない」
これまでのエボラ出血熱の流行地域は、アフリカの中部や西部が中心であり、ヨーロッパでの感染拡大の例はない。またエボラ出血熱は潜伏期間中に感染力はないし、その高い毒性故に患者が遠出する機会を得る前に死亡してしまう事が多く、これまで世界的流行には至らなかった。
だからこそ、今回の広範囲での流行はあり得ない事態なのだ。
(エボラの特性を考えれば自然発生的には……。いや待て)
思考を巡らすホフマンだったが、ある考えに思い至る。
(――これは本当に自然発生なのか?)
その瞬間、彼の思考は高速で回転し、そして答えに至ったと同時にホフマンは自然と口を開いていた。
「――連邦首相府に伝達。同時に内務省と刑事庁に応援を要請しろ」
「大臣?」
「エボラ出血熱が、同時多発かつ広範囲で流行するなどあり得ない。……『人の手を使わない限り』な」
「……まさか」
官僚たちの顔が一気に青ざめる。彼らも大臣が導き出した答えに思い至ったのだ。ホフマンは苦り切った顔で頷いた。
「ああ――これはバイオテロだ」
艦娘の警備を突破するには、これしか思いつきませんでした。