それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回は短いです。


それぞれの憂鬱外伝31 プライドの代償4

「試練派もそれなりに頑張ったようだが、目標の撃破数はいささか少ないな」

「致死率が高いとは言え、バイオテロでは確実性は薄いからな。仕方あるまい」

「それよりも問題はイギリスだ。あいつ等正気か?」

「少なくとも怒り狂っている事は確かだ。現地では相当無茶な事をしているらしい」

「……我々が関与していた事に気付かれる可能性が出てきたな」

「援助する時は幾重にも迂回はしていた。早々我々の存在にまで気付く事は出来んよ。痕跡はしっかり消したのだろう?」

「当然だ」

「なら問題ないな」

「それにテロリストが壊滅するのは我々の方にも利がある。折角だから利用して行こうじゃないか」

 

 

 2025年3月、フランスの首都パリ。ヨーロッパ同時多発テロの影響がようやく落ち着き始めた頃、パリの一角に本社があるある新聞社では、本社ビルの休憩室で、二人の記者がベンチに腰掛けて駄弁っていた。

 

「そういや、お前ってテロ事件の方を追ってんだよな? ネタになりそうなやつとかあったか?」

「あーそれなぁ」

 

 相方のと言う、ヨーロッパ同時多発テロを担当している記者は曖昧に笑う。

 

「大きな動きは最近は無いな」

「ああ、やっぱりか」

 

 結局ヨーロッパ各国は、ヨーロッパ同時多発テロに関わったと思われる組織を全て殲滅する、というイギリスの提案に乗っかった。国内世論での一刻も早いテロの解決を望む声の高まり、そしてイギリスの提言したように反政府組織の壊滅は将来的には利益になると考えたのだ。

 これにより、警察だけでなく公安や軍も動員し、テロの実行犯と思われる組織の殲滅が開始された。複数組織による捜査など、指揮権の取り合いや組織間の軋轢など、内部ではいささか問題も起きていたりもしたが、着実に解決には進んでいた。

 特に女王陛下を害されそうになり激怒していたイギリスの活躍は目覚ましく、2024年の内に有名な反政府系組織を三つ程殲滅していたりする。

 これ自体はヨーロッパに平和をもたらす事なので良い事なのだが、情報をネタとして商売をしている者からすれば、いささか困った事態でもあったりする。

 

「主だった所が消し飛んじまったから、最近じゃあテロ組織をネタにする機会が減ったな」

「あー、最初こそ殲滅宣言は一面に使えたけど、最近じゃあ潰してるのは小物が多いからな。一面にはしにくいか」

「当面は被害者関連もあるから記事は書けるが、少なくとも余程の事が無い限り一面に載るようなネタは出てこないだろうな」

 

 そんな事情もあり、今のフランスではヨーロッパ同時多発テロについての話題は、少しずつであるが落ち着き始めていた。

 

「で、そっちはどうなんだ? 大イベントの真っ最中だぞ?」

「お蔭様で毎日忙しいな」

 

代わりとして人々の話題を攫うようになったのは、大きく動き始めたフランスの政局についてだ。

 

「現時点での支持率はどうなんだ?」

「ちと気が早いが、ほぼ二人までに絞れたな」

 

 本社ビルの休憩室で、二人の記者がベンチに腰掛けて駄弁っていた。二人にとってタバコを吹かしつつ、休憩を兼ねて情報交換をするのが通例だった。

 

「というと、やっぱり現与党人民連合と、去年も出てた独立フランスか?」

「ああ。人民連合党次期党首にして今の外務・国際開発省のビトーと、独立フランス党党首のローランの一騎打ちでほぼ確定したようだ」

「やっぱりか。こりゃジェミニ大統領も頭を抱えてそうだな」

「違いない」

 

 記者に対してイマイチ冷淡な大統領が顔色を悪くしている想像をして、思わず二人は笑ってしまう。

 

「しかしまあ、あの大統領も折角再選できたのに災難だったな」

「全くだな。しかしあれは見ていて面白かった」

 

 二人が思い出すのは、昨年の大統領選挙だ。2019年に欧州連合による統治から何とか再独立を果たしたフランス。昨年大統領の任期切れが近づいたという事で大統領選挙が行われたのだが、当時の選挙戦は接戦を極めた。統治時代から引き続き欧州各国との連携を訴える現職のジェミニに対し、ローランが強いフランスの復活を訴えた事で国民からの支持を受けて勢力を伸ばしており、一時の支持率は同値となるほどに競っていたのだ。

 この戦いは最終的には、アフリカの植民地の獲得という多大な功績が効いたお蔭で、ジェミニが2選目を果たしたのだが、独立フランス党の支持率の高さを示す良い事例となった。

 ともかく、これでしばらくの間はジェミニ政権が続くだろう。誰もがそう考えていたのだが、ここで思わぬ事態が発生する事となる。

 

「折角勝ってこれからは安泰だと思った所に、まさか胃ガンになるとはな」

「しかもかなり進行しているらしいな。お蔭で第二期政権は丁度1年で終わりそうだ」

 

 なんと今年の1月にジェミニ大統領に胃ガン――それも放置しておけば命に関わるレベルにまで進行しているモノ――が発覚してしまったのだ。本人としては去年の独立フランス党の躍進もあり、何とか大統領職を続けたかったのだが、世論、政界共にジェミニの辞任を要求する流れとなってしまい、結局次期大統領が決まり次第辞める事となってしまった。

 

「で、話は戻すが、ビトーとローラン支持率は?」

「今はビトー有利だが、去年と同じくローランが追い上げている。やっぱり統治時代の屈辱がな」

「ああ……」

 

 2017年から2019年の間、欧州連合により統治されていたフランスであったが、その間に資本や利権が海外に流出していた。当時臨時政府のトップだったジェミニも頑張っていたのだが、それでも流出したモノは多い。この事は、フランス人にとって大きな屈辱であったのだ。独立フランス党の躍進も、この屈辱の記憶によるものが大きかった。

 

「そうなると、ローランが勝つ可能性は」

「十分あるな。ビトーもそれなりの実績はあるが、それだけで独立フランス党の勢いを止められるかは、分からん」

「こりゃあ、当分は目が離せないな」

 

 記者二人による談笑は、その後も休憩時間が終わるまで続いた。

 

 

 

 

パリで記者二人が駄弁っている頃、アフリカ、ドイツ領カメルーン。

かつてドイツ帝国の植民地であった彼の地は、何の因果かドイツ連邦共和国の植民地となっていた。ドイツにより整備されたプランテーションでは綿花やコーヒー、カカオが栽培され、更に原油の採掘も盛んに行われており、ドイツの外貨獲得のための一翼を担っている。現地住民もドイツ資本の企業の下で働き、そして暮らしている。

 そんなカメルーンだが、現地の治安は正直な所、良くはない。確かにドイツの占領により一定の秩序が回復した。だが同時にドイツはカメルーンから膨大な量の資本を吸い上げていくのだ。現地住民からすれば面白いはずがない。本来であればドイツはその様な不満を抑え込むなり躱すなりすべきなのだが、カメルーンから得られる資本――特に原油――に目が眩んでいたのか、本国も現地行政機関もおざなりな政策しか行われていなかった。

 当然そんな事をしているため、現地では反ドイツの機運が高まっており、レジスタンスやテロリストが度々暴れるようになり治安が悪化。現地では駐留部隊と武装住民による戦闘が多発していた。余りのカメルーンの現状にイギリス首相が、

 

「あいつらは過去の教訓から、何も学んでいないのか?」

 

 と、嘲笑う程であったという。

 だがこの治安の悪さは、逃亡者が身を隠すにはもってこいでもあったりする。犯罪を犯した者が、捜査から逃れるためにアフリカに渡ると言うケースは今のヨーロッパではよく見られていた。

 だからこそであろう。

 

「ここなら……」

 

色々とあった末に容赦がなくなったヨーロッパ各国の捜査から逃れるために、ヨーロッパ同時多発テロの実行犯である試練派の面々が、アフリカ内でも最も治安の悪い地域であるカメルーンに、這う這うの体で逃れてきたのは必然であった。

 

「なぜこんなことに……」

 

 郊外に放棄された廃ビルの片隅で、試練派のトップである大司祭はただ嘆くしかなかった。

 

 昨年11月11日の追悼式典への攻撃はこれ以上にない程に上手く行った。沿岸部で行われる戦没者追悼式典は、政治的理由なのか近隣鎮守府の提督が参加する。その提督を護衛の艦娘を躱し暗殺を試みたのが、世間で言う「ヨーロッパ同時多発テロ」だ。この己の危険すら許容して実行された聖戦により、試練派を認めぬ政府の関係者を複数人、そして何より少なくとも10名以上の提督を地獄に叩き落す事に成功した。

 この大戦果に大司祭や幹部たちは大いに歓喜した。これまで追い詰められる側であった自分たちが、これ程の戦果を叩き出したのだ。喜ばない筈がない。聖戦の過程で、提督とは関係のない一般市民、そして文字通り命を賭けて戦ってくれた信者たちに犠牲者が出てしまったのだが、致し方のない犠牲であった。

 今思えばあの時が絶頂期であったのだろう。――国家による報復は直ぐに行われた。

 各国共同によるヨーロッパ同時多発テロの共同捜査の発表の直後、各国による苛烈なまでの捜査が始まった事により、試練派は窮地に陥った。各国にあった支部は警察や公安、軍の手によって、彼らが危険な組織であると目する団体や思想の持ち主を、次々と摘発していったのだ。特にイギリスは苛烈であり、相手が少しでも抵抗の意思を示した場合、容赦なく銃撃される程であった。

 この形振り構わぬ締め付けにより、ヨーロッパに根を張っていた反政府組織は次々と壊滅。何とか生き延びていた試練派の面々も、抵抗は不可能と判断し逃亡を選択。必死の努力により、試練派上層部たちは何とかカメルーンの地に辿り着いたのだ。

 

 大司祭は一つ息を吐くと、顔を上げ周囲を見回した。居を構えている廃ビルの3階は仕切りもなくがらんとしており、宗派幹部とこれまで付き従ってきた少数の信者たちが床に座り込んでいる。その顔には疲弊の色がありありと浮かんでいた。

 

「逃げられたのはたったこれだけか……」

 

 一時期は多くの民衆に受け入れられ、テロの前ですら信者が各国に残っていた試練派。それが今や試練派に属する者はこの廃ビルに辿り着けた者だけになるまで衰退していた。聖戦は勿論の事、簡単な布教すら行う事が出来ず、何とか生き残っているだけの状況だ。もはや政府機関による摘発が無くても、消滅するのは時間の問題であった。

 

「今思えば、アヤツ等の口車に乗ったのが失敗だったか……」

 

 思い出すのは、ある日突如として大司祭の前に現れたスーツ姿の男だ。彼は「試練派の手助けをしたい」と言って、エボラウイルスが保管されたアンプルと当座の資金をもたらすと、用事は済んだと言わんばかりにすぐさま去っていった。当然の事であるが試練派の面々もこの謎の男に不信感を抱いており、信者に男の正体を探らせたのだが、結局、手掛かりの一つも掴むことが出来なかった。

 

(エボラウイルスのアンプルなぞ、簡単に入手出来る代物ではない。ではアヤツ等は……)

 

 思案を巡らす大司祭。その時だった。

 

「……ん?」

 

 視界の端、ガラス窓が割れた大きな窓の外で何かが光った気がした。大司祭がそちらに顔を向け、そして――彼の意識は廃ビルと信者たちと共に跡形もなく吹き飛ばされた。

 

 

「全弾命中。目標を破壊したわ」

《了解。目標まで前進する》

 

 崩壊した廃ビルから数キロ離れた小高い丘。防護服に身を包んだ兵士が満載された装甲車を見送ると、リシュリューは艤装をしまうと踵を返した。今の一撃で彼女の仕事は終わったので、後はドイツに帰国するだけだ。

 

「そう言えば、カメルーンの特産品にバナナがあったわね。Amiralのお見舞い用に買って行こうかしら」

 

 今しがたテロリストを消し飛ばしたリシュリューは、未だ入院中の提督のための土産を考えつつ歩き出した。

 




非常に申し訳ありません。9月末から仕事の都合によって年内の週1投稿がかなり困難になる可能性が高くなってしまいました。本作の投稿は止める気はありませんが、ほぼ確実に不定期投稿になりそうです。なお投稿する時間は、これまで通り火曜日に行います。

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