それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回も短いです


それぞれの憂鬱外伝32 プライドの代償5

『キリスト教系カルト集団である試練派が壊滅』

 

 このヨーロッパ同時多発テロの実行犯である試練派の壊滅のニュースは瞬く間に世界各国に知れ渡り、世間は歓声に沸いた。2025年3月の時点で、同時多発テロの話題は段々と上がらなくなってきていた時期ではあったのだが、実行犯を叩き潰したという事実は大きかった。

 

「やっと解決したな」

「ついでに怪しい団体も潰しちまったけど、今考えると正解だったな」

 

 実行犯の殲滅の完了により、世間は事件が完全に解決し、そしてヨーロッパに平和が訪れたと考えるようになっていた。エボラをヨーロッパに持ち込んだ実行犯は消し飛び、更にテロに便乗して犯行声明を出すような危険な反政府組織も、捜査の過程で纏めて壊滅させたのだ。ヨーロッパ本土は勿論の事、アフリカの植民地の方も以前よりは平穏になった。勿論今回の荒い捜査により多少の残党が地下に潜ってしまったのは否めないが、当面の間はまともに活動出来ない事は確実だった。

 

「終わってみれば、随分と平和になったな」

 

 今回の捜査によって、足元にあった不安要素を排除出来たのだ。勿論、深海棲艦という最大の敵は残っているのだが、人類同士が争うという事態は当面起こらないだろうと、多くの人間が考えていた。

 だが――政務を預かっている者たちによる、ヨーロッパ同時多発テロの捜査は未だに続いていた。

 

 

 

 2025年4月の始め。ロンドン、英国秘密情報部、通称MI6が居を構える庁舎の一室。MI6のトップであるシンクレアは、部下から上げられてきた書類に目を通していた。世間ではテロリストの潜伏先を的確に割り出したとして称賛を浴びている彼ではあるが、今この時には、彼の顔には何処か憂鬱気なモノが見え隠れしていた。

 

「……やはり簡単には見つからないか」

 

 彼はため息を吐きながら、手にしていた書類を執務机に設けられた確認済みの書類を置くスペースに放り投げた。そのスペースには既に書類が山の様になっているのだが、シンクレアにそれを気にもかけない。

 

「高々カルト教団程度が、単独でエボラウイルスを入手出来るはずがない。実際、試練派が残した資料からもそれは分かっている」

 

 世間でこそ試練派が壊滅した事でヨーロッパ同時多発テロは解決したとの認識であるが、各国政府の認識では、試練派の件は飽くまで一段落着いただけに過ぎないのだ。そのため各国の警察や公安による捜査は継続されている。MI6も捜査に駆り出されている組織の一つだ。

 

「問題は誰が奴らにエボラウイルスを横流ししたか、だ」

 

 現在MI6を始め英国の調査機関が重点を置いているのは、この一点についてであった。エボラウイルスはバイオセーフティレベルが最高度の4。その危険性故に国は、余程の事でない限り所持を禁止している存在だ。例外として研究用として研究機関が保有、管理しているものの、容易には持ち出す事は出来ない。念の為にイギリスでエボラウイルスを保有している研究所に対して、艦娘すら用いた徹底的な調査は行われたが、完全にシロであった。

 その事情を勘案した場合、エボラウイルスの流出元の候補は限られてくる。

 

「現時点での流出元の候補は二つ。一つは強力な力を持ったテロリスト」

 

 余程の資金力、組織力を持った組織であれば、エボラウイルスの培養は可能かもしれない。実際、20世紀末に日本でバイオテロを起こしたあるカルト教団では、ボツリヌス菌の研究を行っていたし、自力でサリンの製造も行っていた。

 その事例を考えると、今回の事件で表に出ていない組織が暗躍している、と考える事も出来た。だが、

 

「まあ、これはあり得ないな」

 

 シンクレアはバッサリと切り捨てた。確かにテロリストによるエボラウイルスの培養は可能かもしれない。しかし、これは飽くまでも「理論上は」という但し書きが着く。現実では、このような事はほぼ不可能だろう。

仮にその様な強力な能力を持つテロ組織があったとしても、英国が世界に誇る情報機関であるMI6が、その存在も動向も何も掴んでいない筈がない。

 そうなると有力となるのは、

 

「そうなると国家機関か……」

 

 エボラウイルスを合法的に培養、持ち出しが可能で、更に秘密裏にテロリストに接触出来る程のノウハウを持つ組織となると、それこそ国家に属するような組織となるだろう。

 だがこの仮説の場合、今度は別の疑問が出て来る。

 

「しかしその場合、動機はなんだ? メリットが見当たらない……」

 

 各国のテロ被害現場及び感染地域の傾向、実行犯の教典を勘案すれば、テロの主目標は提督である事は明確だ。黒幕の主目的も同様だろう。

しかしこの事は、国家及び指導者にとって全くメリットがない行為なのだ。

対深海棲艦戦の主力が艦娘である事は周知の事実。各国政府が提督という艦娘を現世に繋ぎとめるための楔を、自ら壊すような真似はするとは考えにくかった。

 

「それに今は味方だしな……」

 

 いくら怪しいからと言っても、現時点では確固たる証拠は存在しない。幾ら各国が対テロで共同戦線を張っているとは言え、イギリスが他国の政府機関を調査するなど出来るはずが無かった。仮に他国の政府機関を捜査するとしても、それを行えるのは現地の警察や公安でしかない。

 MI6で秘密調査をすると言う手もあるが、この事が発覚した場合、国家間の外交問題に発展する事は確実。迂闊な事は出来ない。

 つまるところ、現状ではどうする事も出来なかった。

 

「……今度、艦娘研究部長官に相談に行くか。提督ならではの視点もあるかもしれない」

 

 テロ事件で協力を仰いだ相手の顔を思い浮かべつつ、シンクレアは己の仕事を再開した。

 

 

 

 イギリスでMI6のトップが頭を悩ませている頃、フランスの首都パリのとある政府庁舎の会議室にしている、国内治安総局に属している男たちが頭を抱えていた。

 

「これは……どういうことだ」

「見ての通りです……」

 

 彼らの目の前にある資料は二つ。一つはエボラウイルスの流出経路の調査の一環として、ウイルス研究所から提出された各種ウイルスの出入りについての公式な記録だ。そしてもう一つは、国内治安総局が信用できる鎮守府に要請し、件の研究所から妖精を使って秘密裏に入手したウイルスの出入りの記録。

 国内治安総局はイギリスのMI6と同様に、国内からウイルスが流出した可能性を考慮して、念のために国内のウイルス研究所の調査をしていたのだ。

 

「鎮守府側で手違いがあった可能性は?」

「あり得ないとの返答が来ています」

 

 国内治安総局は捜査の過程ではとある鎮守府にも協力を仰いでいた。捜査の素人である鎮守府に要請するのはいささか不安があったものの、妖精は潜入調査にはもってこいの存在だ。事実国内のテロリストの割り出しには、大いに活躍していた。

 正式な記録と、極秘裏に入手した記録。この二つをクロスチェックする事で、ウイルスが流出していないか捜査していたのだ。潜入して資料を抜き出すという明らかに違法な行為ではあったものの、内務省からの許可は得ている。一応問題は無かった。

 

「なら……」

 

 国内治安総局は実際にこの方法で幾つかの研究所を調査していたのだが、これまで異常は発見されていなかった。そして今回調査したリヨンの研究所の調査も同様の手法で、資料を入手。彼らはクロスチェックを行った。

この二つの記録には、全くの差異が無ければ問題は無い。そのはずであった。

 

「なぜ記録に食い違いがある……」

 

 だが今回入手した記録は違う。極小さいながらも二つの記録には差異があったのだ。これはつまり、彼のリヨンの研究所が何かしらの不正を働いていると言う事に他ならなかった。

 そして最悪の場合、エボラウイルスの流出元ある可能性すらあった。

 

「どうします?」

「調査するしかないだろ。例のテロと関係があるかもしれん」

「仮にエボラ流出と関連が無くても、国立研究所が不正をしているのは見逃す事は出来ない」

「そうですね。……内務省に報告は?」

「……国立研究所の不正となると、政府の上層部が関わっている可能性がある。捜査を妨害されないために、内務省には問題なしと伝えておく」

 

 こうして国内治安総局はリヨンのウイルス研究所の捜査が開始された。だがそれは――地獄の釜の蓋が開く事と同じであった。

 

「持ち出されたウイルスだが、やたらと移動が多いな。しかも民間の製薬会社まで絡んでやがる」

「名目上はレベル1のワクチン株の癖に、随分と輸送が厳重だ。しかも使用された形跡がない」

「おい待て、なんでここで与党の議員が絡んで来るんだ?」

「それだけじゃない。野党議員まで連携しているぞ!?」

「こっちはフランスでも有数の政治団体だ。しかも今の保健省の大臣まで絡んでやがる」

「……おいおいおい、今度は軍の将校まで出てきたぞ」

「与野党の議員だけでなく、軍人や民間企業も連携している? なんなんだこいつら!?」

「おい、この運搬は無理があるだろ。これって許可が出てるのか!?」

「全部合法だ。許可書が確認出来た」

「嘘だろ……」

 

 捜査が進むにつれて、次々と思わぬ事実が明らかになっていく。事の大きさに顔を青ざめながらも、調査を進めていく。

 そして2025年5月の中頃。フランスが大統領選挙に湧いている頃、彼らは結論に至った。

 

「試練派が入手したエボラウイルスの流出元は、リヨンに置かれているウイルス研究所であり、流出には一部議員及び民間企業が関わっている。なおこれらの流出事件は、独立フランス党党首ローランが指示していた可能性が高い」

 




なんでこんな事をしでかしたかは次回で。
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