それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
フランス大統領官邸であるエリゼ宮殿。フランスの政治のトップが居を構えるこの宮殿の一角に備え付けられている応接室に、二人の男の姿があった。
「やってくれたな……」
一人はこのエリゼ宮殿であり現フランス大統領のジェミニ。彼は苦り切った表情を隠すことなく、テーブルを挟んで対面している男を睨みつけていた。
「何の事ですかな?」
そんな大統領の視線に動じる事無く、平然としているのは独立フランス党の当主であるローランだ。彼は余裕を崩すことなく給仕から出されたコーヒーの味を楽しんでいる。
そんな光景にジェミニの顔が更に歪む。
「惚けた事を……。去年のヨーロッパ同時多発テロの事だ」
「おや、あれは試練派が起こした事件であろう?」
「全部ネタは上がっている」
ジェミニはテーブルに紙の束を置き、それをローランに向けて滑らせた。
「読んでも?」
「構わん」
ローランは資料を受け取ると、パラパラとめくっていく。暫しの間、応接室に紙の捲る音だけが響く。
「なるほど、よく調べ上げたものだ」
感心したように呟くと、ローランは紙の束――エボラウイルスの流出に関する捜査資料――を静に置いた。己の悪行を突きつけられたにも関わらず、その顔に張り付いている余裕は欠片も陰った様子は無い。その様にジェミニは苛立ちを隠せなかった。
「貴様には幾つか訊きたいことがある」
「構わんよ」
「まず最初に、貴様――いや貴様らは何者だ? この資料によればエボラウイルスの運搬に与野党議員だけでなく、官僚や民間人、更には大臣クラスにすら協力者がいた。しかもこの事件に関わった者たちは明らかに組織立って連携を取っている。出自も地位もバラバラにも関わらずだ。これはあり得ん事態だ!」
「ふむ。まずはそこからか」
ローランは一つ頷くと、小さく笑った。
「まず最初に結論だけ言っておこう。我々に正式な名称は無い。強いて名称を付けるとすれば、我々は『会合』と呼んでいる」
「会合だと?」
「そう会合だ。そして今の会合には民間人、官僚、議員、軍人と様々な地位に就いている者たちが所属し、国内の経済、政治など様々な分野を総括する談合組織として活動している」
「……規模は?」
「比較できるようなモノがないので一概には言えないが、会合が表に出ていれば独立フランス党並の勢力となっているだろうな」
「……そんな組織など聴いた事もない」
呻くように呟くジェミニ。そんな彼の様子にローランは苦笑した。
「君が知らないのも当然だろう。我々は君を警戒していたのだからな」
「なに?」
「会合の設立は2017年。NATO軍により一時的に占領、臨時政府を介したEUによる間接統治が行われていた時期だ」
「……予想はしていたが、やはりその時期か」
「この間接統治時代では、他国による有力企業の買収や権益の損失、そして有用な技能を持った人材の流出など、国富の国外への流出が頻繁に見られていた。この事態に危機感を覚えた官僚や議員が連携を取り始めたのが、会合の始まりだ。因みに私も初期メンバーの一人だった」
「……」
「会合の当初の目的は国富の流出の阻止だ。そして当時の臨時政府はフランスの国富を食い散らかそうと目論んでいるEUの傀儡。対立は目に見えていた」
「だからこそ、当時臨時政府の代表だった私、いや臨時政府に感づかれない様に秘密裏に活動をしていた?」
「その通りだ」
「……」
苦々し気に顔を歪めながらもジェミニは沈黙する。非常に残念な事に、彼らの懸念は間違いではなかった。臨時政府時代は国内の安定のためにはEU各国の協力が必要不可欠であり、その過程で多くの国富が外国に流出していたのは事実であり、当時代表だったジェミニはそれをある程度容認していた。もし当時「会合」の事を知れば、諸外国からの干渉の可能性を考えて解散を命じていただろう。
「……次の質問、いや本題だ。今回のウイルス流出は、何故実行された?」
「ふむ……」
この質問に、ローランは暫し考え込み、そして改めて口を開いた。
「答える前に、一つ確認しておこう」
「なに?」
「君は件のテロの標的は誰に向けられていると考えている?」
「各国に属している提督。彼らを殺せば艦娘も消滅する事は広く知られている。試練派はそれを狙った」
ジェミニの答えは一般、そして政府的にも共通の認識であった。しかしその返答に、
「ああ、やはりその認識か。先に確認しておいて正解だった」
ローランは面倒事を避けられたと言わんばかりに、そう言った。
「……どう言う事だ?」
「君の認識は大雑把には正解ではあるが、『正確』ではないという事だよ」
ローランは一つ皮肉気に笑うと、真顔でジェミニに向き直った。
「――我々が狙っていたのは、EU統治時代に流出したフランスの提督だ」
「……」
思わぬ答えに驚愕し、言葉が出ないジェミニ。そんな彼を余所にローランは語り続ける。
「フランスが独立して以来、『会合』は流出した国富の回収が一つの目的となっていたが、フランス系提督の回収はほぼ不可能である事は理解していた。何せ彼らが建造できるフランス系艦娘は、欧州でも上位クラスの存在。各国が確保した提督を手放す筈がない。……しかしだからと言って、簡単に諦める事も出来なかった。そこで目を付けたのが、提督の特性だ。ここまで言えば、察しの良い君も分かるだろう?」
「……提督が死亡した場合、国内で新たな提督が出現する。外国のフランス系提督が死亡した場合、新たな提督が出現するのは――」
「そう、フランスだ。事実今回のバイオテロで、フランスに14名の提督が『還って』来た。――数こそ少ないが、奪われた国富は取り返す事が出来たのだよ」
「……」
事の重大さに顔を真っ青にさせるジェミニに、どこか超然と構えているローラン、二人とも共にそれ以上は何も語らず、重苦しい沈黙が応接室を支配していた。
暫し後、先に静寂を破ったのはジェミニだった。
「……その14名のために、危険なウイルスをまき散らし、我が国を含めた欧州を混乱の渦に叩き込んだのか?」
「……そうだ」
「貴様ら正気か!? あのテロで何人の人間が死んだと思っている!?」
ジェミニの悲鳴のような怒声が応接室に木霊する。そんな彼にローランは皮肉気に、だが何処か疲れたように吐き出した。
「正気、か。正直な所、私にも解らんな」
「なんだと?」
訝しむジェミニ。ローランは自嘲気味に笑う。
「『エボラウイルスをテロリストに横流しし、それをもって在外フランス系提督を殺害させる』。この案が『会合』に出された時は大いに荒れた。当然だな。これまで『会合』は非合法を含めて様々な活動をしてきたが、ここまで危険な提案は初めて出会ったからな」
「……全会一致ではなかったのか?」
「『会合』は巨大組織だ。当然内部に幾つも派閥が存在するのは当然だろう」
「なるほど」
「続けるぞ。この案に対して当初は反対案が多かった。巨大とはいえ唯の談合組織である『会合』の意義を考えれば当然の判断だな」
「しかし実際には決行されている。何があった?」
この問にローランは憂いたように、ため息を吐いた。
「この案を出した連中はこう訴えた。『負の遺産たる在外フランス系提督を排除しなければ、真にフランスを取り戻せたとは言えない』」
「……」
「独立、そして植民地を手に入れた事による躍進で、フランスはかつての輝きを取り戻せたのは事実だ。――だがフランスが強くなったからこそ、奴らには在外フランス系提督の存在がEU統治時代の負の象徴として、プライドが傷付けられていたんだろうな」
「反対派はどうなった」
「例の言葉に賛同したのか、それとも裏で取引したのかは解らんが次々と鞍替えしていった。私は最後まで反対派ではあったが、正直な所、賛同に回りたい所だった。……全く、フランス人に根差しているフランス中心主義の賜物だな」
「……今回の件で、新規にフランス系提督が出現した際に、一部の国民が歓喜していたと聞いた事がある。ある意味で賛同派は、国民の願いを叶えたという事か」
もっとも、『会合』が直接手を下さなかったとは言え、やったことは歴史に名を遺す程の世紀の大虐殺である。背景を把握したジェミニは、改めて目の前の男を睨みつける。
「それで? 貴様ら『会合』はこのどうするつもりだ」
「特に何もしない。未だに真実は暴かれていないからな。問題は無い」
「そんな事はどうでも良い! 仮に外部に発覚されれば、それこそフランスは人類の敵になるぞ! いや、それ以前に貴様らを逮捕する事も出来る!」
エボラウイルスの迂回の過程には、民間どころか、議員、官僚、軍人、果てには大臣クラスすら関わっているのだ。実態は政府の与り知らぬ所で行われた行為であるが、傍から見れば政府主導で行ったようにしか見えないだろう。仮に諸外国がこの迂回について知りえた場合、どのような反応を示すか解らない。
怒声を挙げるジェミニ。しかしローランは欠片は揺らぐ事無く、まるで大した事でもないかの様に言い放つ。
「簡単な事だ。――君が黙っていればいい」
「なに?」
「幸いな事にこの事実を知っているのは、実行犯である『会合』の他には、国内治安総局と君だけだ。これを闇に葬ればフランスは人類の敵になる事は無い。――それが分かっているからこそ、君は国内治安総局の動きを制止し、この場で私と話していたのだろう?」
「……」
唇を噛み、悔し気にジェミニは沈黙する。ローランの言葉は全くの事実だった。今回の案件は、余りに事が大きすぎる故に公表する事は出来ないのだ。仮に事実をありのままに公表した場合、国内の政府への信頼がガタ落ちするだけでなく、怒り狂った諸外国がどのような要求をして来るのか、分かったものではない。ローランの言うように、この真実はフランスのためにも闇に葬るしかないのだ。
黙り込むジェミニを余所に、ローランはソファーから立ち上がった。
「さて、そろそろ時間だ。私は先に行くとしよう。君も早めに来てくれ。遅くなると怪しまれる」
「……最後に一つ質問したい」
「何だね?」
「今回の選挙で、『会合』を使って不正は行ったか?」
このジェミニの思わぬ質問に、ローランは虚を突かれたのかキョトンとした表情を浮かべたものの、彼は即答した。
「神に誓って『無い』と言っておこう」
「……そうか。では行こうか」
ジェミニは一つ頷くと、ゆっくりソファーから身体を起こした。
2025年5月15日。エリゼ宮殿入り口。フランスの各マスコミが注目する中、フランス大統領の就任式の一環である権限移譲式の一幕として、ジェミニとローランが握手をする姿が公開された。この時を持って、第26第フランス共和国大統領ローランが誕生した。
在外フランス系提督に対してのフランスのアクションを、1d100にて判定。
判定:93
ここまで高いと、思いっきりやらかしたとしか思えなかったのです……。