それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
……来週は普通に投稿出来ると良いなぁ
2025年6月中旬。イギリスの首都ロンドンの一角に居を構える政府庁舎のとある一室。英国秘密情報部長官のシンクレアは頭を抱えたい気分で一杯だった。
「やっと事件の全てが解決出来たと思ったんだがなぁ……」
大きな事件の解決により書類の山がなくなりすっきりしたデスクの真ん中に置かれている封筒を前に、シンクレアはため息を漏らす。
2025年6月現在、世間一般ではヨーロッパ同時多発テロは、完全に解決したとされていた。各国が躍起になって調査していた、テロ事件最後の謎であるエボラウイルスの流出元については、6月に入って直ぐに、フランス政府による政府発表によって判明していた。
「テロに使用されたエボラウイルスの流出元は、リヨン国立ウイルス研究所に所属する元研究員。なお該当する研究員は、試練派メンバーに家族を人質に取られており、脅迫されていた模様」
この発表と共にフランス政府はリヨン国立ウイルス研究所及び件の元研究員に対する全ての調査資料を、ヨーロッパ各国に公開。欧州各国はこの重大な事件を見逃したフランスに若干の文句や皮肉を飛ばしつつも、事件は完全に解決したものと判断し、各国国民もその様に考えていた。
この流れはイギリスも例外ではない。警察やMI6など複数の捜査機関によって結成されていた合同捜査本部は、事件が完全に解決したものとして解散していたし、シンクレア自身も無事に終わって胸を撫で下ろしたものである。
こうして万事解決し万々歳であったのだが――合同捜査本部が解散して約10日後、思わぬ情報が飛び込んで来る事になる。
「まさかここで密告があるなんてな」
事の起こりは先日行われたドーバー海峡で行われた英仏共同軍事演習。深海棲艦出現初期に発生した深海棲艦部隊による英仏両海岸への砲撃事件の反省を受けて、定期的に行われるようになっていたこの演習において、フランス海軍に属していたアメリカ系艦娘であるサウスダコタが英国艦娘研究部に所属している艦娘ウォースパイトに接触、告発状を手渡してきた。
「フランス政府が出した政府発表は真っ赤な嘘なんだ。信じてくれ」
すぐさま事の重大さを察したウォースパイトは自身の提督であるパーネルに事情を説明。英国艦娘研究部経由で、告発状はシンクレアの元に届けられたのだ。
「……これが本当だったら、国際情勢は滅茶苦茶になるな」
告発状には驚愕すべき内容が記されていた。フランスには民間、軍事人、政治家、官僚からなる談合組織である『会合』が存在しており、エボラウイルス流出は彼らが主導した事。またテロの実行犯である試練派にウイルスを渡したのも彼らであり、その目的が各国にいるフランス系提督の殺害であった事。そしてその事実をフランス政府は隠匿している事など、国際情勢がひっくり返る様な情報が記されていたのだ。
なるほど、確かにこの愛国者たちの暴走を見れば、アメリカ系艦娘であるサウスダコタが危機感を持つのも分かる。『会合』は一度過激な手段をとったのだ。また同じような事をしないとは限らない。場合によってはフランス国内の提督に攻撃するかもしれないからだ。
「ただ、これだけではな」
ここで問題になるのが、このタレコミには証拠となるモノがない事だろう。サウスダコタは妖精から得られた情報であるとは言ってはいるものの、音声データもウイルス流出に関わる重要書類もなく、告発状にあるのは聴いたと言う事実を列挙しただけの書類のみ。これだけではイマイチ信用性に欠ける。特に『会合』という何かの映画やドラマに出て来そうな秘密組織など、常識を持った人間からすれば眉唾ものなのだ。更に今回のケースの場合、捜査の対象がフランス政府になる。下手に手を出してしくじれば、外交問題となる可能性が大いにあった。この事もあり、この告発状だけではMI6としても動きづらい。
とは言え、内容が内容である。調査はしておきたいのもまた事実。暫し考え込むシンクレア。
「……仕方ない、また彼に頼むか」
彼は小さくため息を吐くと、デスクの脇に備え付けられている電話の受話器を取った。
“まーた俺らの出番かよ”
“それなー”
フランスの首都パリにあるとある政府庁舎。そこには深夜になり人気が無くなった廊下を駆ける二人の妖精の姿があった。
“そもそもこういうのはMI6の仕事だろ”
“最近あいつ等って、俺たちを便利屋扱いしてるよなー”
“まったく、仕事しろよな”
“ホントだよ”
深夜で人がいない上に常人には姿が見えないにも関わらず、彼らは何処か抑えた声で愚痴をこぼしながら走っている。だがその割には、妖精達の足取りは随分と軽い。
“で、――本音は?”
“ぶっちゃけ、秘密を探るのって滅茶苦茶楽しい”
“だよな!”
そんな何気にノリノリな二人の妖精。そんな彼らの正体は英国艦娘研究部に所属する艦娘の妖精だ。在仏アメリカ系艦娘からもたらされた告発の真相を探るために、MI6は英国艦娘研究部に協力を要請。これを受けて英国艦娘研究部長官パーネルは、妖精による潜入捜査を命じたのだ。
パーネルの命を受けて現地に飛んだのは、アークロイヤルのパイロット妖精。しかしこの場にいる妖精は普通の妖精ではない。彼らは潜入捜査のための訓練を受けていた。そのためか、二人の格好もいつものフライトジャケットではなく、現代陸軍が採用している様な、都市迷彩服に身を包んでいる。
余談であるが妖精に特別な訓練を施す事について、一部の者からは妖精は常人の目には映らないので、わざわざ訓練をする必要があるのか? との問いが飛んできていたのだが――今回に限っては、大いに役に立っていたりする。
“っと、ヤバい”
官庁のほぼ中央部のT字路になっている廊下。雑音が無い故により際立っている「コツコツコツ」というハイヒールの奏でる特徴的な甲高い足音を耳にした妖精は、警戒感を露わにした。
“どっか隠れられる所ない?”
“こっちだ”
二人は素早く、廊下にオブジェとして置かれていた観葉植物の蔭に隠れた。直後、廊下の蔭から足音の主が現れる。ウェーブのかかった長い金髪の女性だ。
“……”
緊張した面持ちの妖精たち。そんな二人に気付く様子もなく、その女性は妖精が隠れている観葉植物の横を通り過ぎていく。
女性が完全に見えなくなった所で、二人は観葉植物から顔を出した。
“セーフ……”
“あっぶねー”
妖精達は先程やり過ごした女性――戦艦艦娘のリシュリューの後ろ姿を思い出し身震いする。
“やっぱり中にもいたか”
“本家の日本がそうだからね。そりゃいるよ”
“てかイギリスもそうだよな”
今の世界において、各国の国会や中央省庁の官庁で艦娘の姿が見られるのは普遍的なことであったりする。
彼女らに課された任務は、配属先の施設及び人員の防衛だ。
国家の主役は国民とされているが、実際に国家を動かしているのは国会にいる政治家であり省庁で働いている官僚たちだ。特に大臣クラスや局長クラスといった高級人材となると、仮にその人物が死亡した場合、最悪省庁の機能が停止しかねないのだ。各政府重要施設にはシェルターも用意されているが、あらゆる攻撃に耐えられるという訳ではない。
また各省庁の庁舎内には、国家を運営するために必要になる重要な書類も満載されている。これらが消失した場合も、高級人災の損失程ではないにしろ混乱は必至――と言うよりも、艦娘出現前の劣勢の際に実際に省庁が爆撃に合い重要書類が焼失し、行政が大混乱に陥った経験があった。
人員と情報を守る。大臣クラスが提督となったお蔭で艦娘を動かしやすかった日本が始めた試みは一定の効果を発揮し、急速に各国に普及していったのだ。
“分かってたけど、結構面倒くさいね”
“艦娘は基本的に屋外だけど、中にもある程度の人数はいるだろうね”
“ここの艦娘が僕たちに潜入されるとは思ってはいないだろうけど、何人もいるとやりにくいね”
当然の事であるが、深夜になり多くの艦娘は帰還している上に、警備任務の関係上その多くは外での警備に就いているだろうが、職務の一環で建物内にいる艦娘も一定数存在する。彼女ら自身は他国の妖精による潜入に対抗する訓練は受けてはいないだろうが、面倒な事には変わりない。妖精たちは艦娘、そして彼女らに付き従う妖精たちに見つからない様に、任務を遂行しなければならなかった。
“愚痴ってても仕方ない。行こう”
“そうだね――っと、あれ使えなかな”
“ん? ああ通気口か。あれなら行けそうだね”
二人はニヤリと笑うと、早速天井に備え付けられていた通気口に潜り込む。通気口の中は人が入れない程狭かったが、人間より圧倒的に小さい存在である妖精にとって普通に背を伸ばして歩ける程度の広さがあった。
“ここなら艦娘さんには絶対見つからないな”
“流石俺らだ!”
自分達のアイディアに自画自賛する二人。
“ところで、この通気口って目的地まで続いてるの?”
“……さあ?”
“……”
1時間後、予定していた時間よりも大幅に遅れて目的の部屋に到達した二人の妖精は、通気口から降り立った。
“やっと着いた……”
“結局、散々迷子になっちゃったね……”
“まあ、無事に着いたから良し。それにわざわざドアを開けなくても良かったし”
“そうだね。さっさと仕事を終わらせよう”
部屋を見渡す二人の妖精。その部屋はこの官庁の多くの部屋と違い、金属製の戸棚が大量に備え付けられている。
“で、目的のブツが入っている引き出しはどれ?”
“さあ? 全部見て回るしかないんじゃないかな”
“うへぇ……。一々開錠もしなきゃならないのに”
ため息を吐きつつ、目に入った戸棚――フランス国内治安総局が作成した捜査資料が入った金庫を、二人は漁り始めた。密告によればウイルス流出の原因に最初に気付いたのは国内治安総局らしい事は分かっている。当然、それに関する捜査資料も残されているはずとの判断により、今回の潜入捜査の最終目的地とされたのだ。――なおサブミッションとして、何かしらフランスの弱みになるような情報の取得も課されていたりする。
黙々と引き戸の中身を探る妖精達。とは言え、国家の一部門、それも重要機関が持つ各種捜査資料となると、膨大な数となる。
“見つからないね”
“だね。てか多すぎ”
中々目的のモノが見つけられず、思わず愚痴がこぼれる。
“そもそもホントにここにあるのかな?”
“ん? どういういこと?”
“今時、情報はネットワーク上で管理してるじゃん。わざわざ紙に残すのかな?
“んー、大丈夫じゃない? 重要な情報って、今でも紙に写しているらしいし”
“そういうものかぁ”
電子化が進んでいる現在においても、紙面による情報の保存は未だに行われる場面は多い。紙の保存性は絶大であり、しっかりと管理すれば数千年は維持できるのだ。そのため重要な情報――今回の様な重大事件の情報を保存する場合、紙面に残される事は確実である。
とはいえ、探索出来る時間も無限ではない。
“げっ、もうそろそろ夜が明ける”
“もうそんな時間!?”
“ヤバい。まだまだ見てない引き戸が一杯だ”
秘密裏の潜入捜査故に、彼らの存在を知らされる訳にはいかないのだ。もちろん常人には妖精が見えないので、このまま探索を続けるのも選択肢だろうが、「ひとりでに開け閉めされる戸棚(なお鍵は強制的に開錠される)」を見られて、妖精の存在に思い至る可能性は十分あり得る。そのためタイムリミットは国内治安総局の職員たちが登庁する前までとされていた。
“急げ急げ!”
“何処だ!”
目の前まで迫った撤退時間に追われ、大慌てで資料を漁る妖精達。そして撤退予定時間まで残り10分を切った所で、
“あったぁ!”
“よっしゃぁ!”
とうとう目的の捜査資料を探り当てた。思わず歓声を挙げる妖精達。
“ってヤバい、結構多い!”
“読んでる暇はないな。急いで写真を撮ろう!”
“OK!”
捜査資料を持ち出す訳にはいかないため、大急ぎで資料を画像に収める二人。そして、
“終わった!”
“良し、撤退!”
重要な情報を手に入れた二人の妖精は、弾かれたように通気口の中に潜り込んでいった。
フランス、一番ヤバい奴にバレた模様。