それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

156 / 184
ミスって投稿遅れました



それぞれの憂鬱外伝35 プライドの代償8

「やってくれたな、あのカエル食い共!」

 

 イギリス首相官邸のある一室。あらゆる方面でイギリスを動かしている者たちが集結している中、英国首相であるマクドネルは手にした資料を前に思わず怒声を挙げた。その様は子供が見れば泣き出しかねない程の怒気を放っているほどだ。

もっとも、そんな首相を諫める様な者はこの場にはいない。長期政権故に強大になった権力者の怒りの矛先を向けられたくない――などではなく、ここにいる全員が首相と全く同じ感情を抱いているからである。

 

「ウイルス流出に前大統領は関与していなかったようだが、『会合』には当時大臣職を務めていた奴まで関わっている。『会合』の内実を考えれば、実質的にフランス政府の主導で行われた、と言って差し支えないな」

 

 シモンズ国防大臣は報告書をテーブルに放り投げて、乾いた笑いをこぼす。ただし目は全く笑っていない。ヨーロッパ同時多発テロによる死亡者はイギリスだけでも、2000名を超えているのだ。そんなテロの背景に、国家が関わっていたと言うのだ。国民を守る仕事に関わる人間からすれば怒り狂うのは当然だった。

 

「ならヨーロッパ同時多発テロは、実質的に『フランスによる攻撃』という事になるのか」

「それも生物兵器禁止条約を無視したバイオ兵器を用いた、宣戦布告無しの軍民問わずの無差別先制攻撃だ。凄いな、国際法を全力で無視しているぞ」

「しかも動機は、自分たちのプライドを満たすためらしい。奴らは正気か?」

「正気ならば、こんなことをするはずなかろうさ」

 

 吐き捨てるように切り捨てるシモンズの言葉を、誰も否定しない。実際、傍目から見た「会合」の行動は、正気の沙汰ではないのだ。幾らプライドが高いフランス人であっても、ここまでの事をしでかすとは思っていなかった。

 

「ともかく、今回の捜査でフランスの所業が明らかになった。これを使って、徹底的に搾り取るぞ」

「報復はしないのか?」

「……正直報復したい所だが、これだけのネタだ。上手く使えばイギリスに大きな国益をもたらす」

 

 フランスは在外フランス系提督殺害という馬鹿げた目的のために、民間人を巻き込んでバイオ兵器を使うという更に馬鹿げた事をしでかしたのだ。この事実はこの場にいる人間全てを激怒させ、戦争を仕掛ける理由としては十分なモノではあるが、同時にこれはフランスの弱みでもあるのだ、深海棲艦との生存戦争の真っ最中という事情も相まって、マクドネルは報復ではなく、フランスから富を徹底的に奪うための手段として活用しようと考えていた。

 

「いえ、今回の件を脅迫のネタとして使うのは止した方が良いかと」

 

 だが、それを止めたのはサービン外務・英連邦大臣だった。

 

「どういうことだ?」

「MI6からの報告によれば、どうやらドイツやイタリアといったテロの被害を受けた国で、ウイルス流出についての捜査が継続されている可能性が高いとの」

「フランスの発表を受けて捜査本部は解散したはずじゃ?」

「どうやらあちらにもフランス在住の艦娘からの告発があったようで」

「……なるほど、告発者は一人だけではなかったか」

 

 マクドネルの予想は当たっていた。フランス大統領就任式での密会の場にいた妖精は一人だけではなかったのだ。そして事実を知った艦娘及び提督が、各々で外国に密告したのだった。

 

「他国が事件の真相に辿り着くのに、そう時間は掛からないかと思われます。下手に脅迫のネタとして使った場合、『フランスの蛮行を黙認した』として、他国からの攻撃材料になりかねません。それならば、この事実を事前に他国と共有して恩を売った方が良いかと」

「ふむ。その様な事情があるなら仕方ない」

「よろしい。ならば他国と連携して奴らに落とし前を付けさせるぞ」

 

 マクドネルの言葉に、この場にいる全員が頷いた。最初の思惑とはずれたものの、フランスに対して真っ向から報復する事に、誰も異論は無かった。

 

「フランスに対する要求としては、各国と話し合う必要がありますが、概ね被害に対する各種賠償とフランス国内の利権の譲渡、政治介入権といった所ですね」

「そんな所か。問題はこれをフランスが受け入れるかどうかだが?」

「テロの被害は、内陸国を除いた全てのヨーロッパ諸国に及んでおり、フランスは周囲を敵に囲まれる事になります。また仮に奴らがロシアや日本に仲介を求めようとも、やらかした事を考えれば、あの二カ国がフランス側に着くはずがありません。孤立無援となれば、流石のフランスも折れるかと」

「ふむ」

 

 深海棲艦によってボロボロにされているとはいえ、今の世界は国家同士による繋がりで形成されており、そして国家も一国で自己完結で活動する事は出来ない。幾らプライドが高いフランスとは言え、自国が立ち行かなくなれば屈するだろう。サービンはその様に予測を立てていた。事実、彼の返答には多くの閣僚たちが頷いている。だが、

 

「おや、外相はテロリストには厳しかったが、フランスには随分と甘いじゃないか」

 

 ここでシモンズが異を唱えるように、茶々を入れた。全員の視線が国防相に集中する。

 

「今のフランスは国外の提督を取り戻すために、バイオ兵器すら持ちだすような国だぞ。高々、孤立無援になった程度で折れる様な奴ではないだろう」

「つまり対立姿勢を貫くと?」

「そうだ。そしてフランスが各国に対抗するために縋るものは武力しかない」

「……つまり防相は、フランスが我々に対して戦争を仕掛けて来る、と言いたいのですか?」

「そういう事だ」

 

 ハッキリと言い切るシモンズ。だがマクドネルは、彼の見解に首を傾げた。

 

「だがイギリスと欧州各国は深海棲艦戦によって既に戦時体制にある。フランスが、欧州全てを相手に戦って勝てるとは思えないぞ?」

「それに国力も植民地獲得によって増強されたとは言え欧州3位ですし、ましてや軍備面も国力相応程度です。初戦はともかく、早期に圧し負ける事くらい分かるのでは?」

 

 マクドネルとサービンが各々疑問を呈する。しかしシモンズは頭を振るった。

 

「追い詰められた国が圧倒的劣勢であっても戦争を仕掛けてくるのは、歴史的にもよくある事だ。事実、WW2のドイツと日本は、連合国に戦争を仕掛けた」

「あれは特殊事例――」

「なら、今回のフランスも特殊事例だな」

「WW2の終結からもう80年経っています。同じ轍は踏まない筈……」

「国家は所詮人間が作った組織だ。そして人間なんて高々80年程度で進歩出来る様な大それたモノではない」

「……」

 

 国防相の反論に沈黙する面々。暫し後、マクドネルが再度口を開く。

 

「国防相の言いたいことは分かった。軍事行動も視野に入れておこう」

「首相、よろしいのですか?」

「確かに軍には準備させておくが、飽くまでも交渉が決裂した時のための備えだ。外交の場のみで解決出来るのなら、それに越した事はない。……それで良いか、シモンズ国防大臣?」

「勿論だ。私も好き好んで戦争をしたいとは思わないのでな。――もしもの時のための準備はしておこう。ああ、場合によっては外務省の力を借りるかもしれんが、構わないかね?」

「? ええ、構いません」

「よし。――では、準備を始めよう」

 

 このダウニング街10番地での閣僚級会議から10日後の2025年6月29日。イギリス政府は緊急声明を発表した。

 

「先のフランスが発表したエボラウイルス流出について、新事実が判明した」

 

 そう言い切ったマクドネルは、朗々とフランス国内で起きたウイルス流出の経緯を語っていく。途中余りの荒唐無稽さに捏造ではないかとのヤジが飛んだが、入手した証拠をしめして黙らせていった。そして最後に、余りのスケールの大きさに混乱するマスコミを前に、彼はこう言い切った。

 

「我々はこのような非道を見逃す事は出来ない。必ず代価を払ってもらう」

 

 この声明はすぐさま世界中に駆け巡り、多くの人々を驚愕させた。これが事実であれば、ヨーロッパ同時多発テロの真犯人はフランスの現政権そのものなのだ。各国国民の話題の中心は、イギリスの政府発表で持ちきりになった。

 このイギリスの政府発表に真っ先に反応したのは、名指しされたフランスであった。

 

「イギリスの政府発表は事実に即さない物であり、余りにも荒唐無稽だ」

 

 当然の事であるが、フランス政府はイギリスの発表を完全に否定すると共に、外交チャンネルを通して、各国にイギリスを諫めるように働きかけようとした。だがその目論見は、直ぐに外れる事態となっていく。

 

「我が国はイギリスの声明を支持する」

「フランスは被害者たちに賠償をしなければならない」

「フランスには反省の色が全く見えない」

 

 イギリスがあのような発表をする前に、各国に根回しをしていないはずが無かった。ヨーロッパ同時多発テロで被害を受けた国々は、イギリスとの事前の取り決め通りにフランスを非難する声明を次々と発表し、外交の場でフランスを追い詰めていく。

 そして彼らの行動はこれだけでは終わらない。イギリスの発表から2日後の7月1日には、現在のEUの盟主であるイギリスが中心となり、今回の一連の出来事に対してEU構成国が連携して対応する事を宣言。同時に連名でフランスに対しての声明を発表した。

 

「被害者救済のためにも、フランスがこの声明を受け入れる事を切に願う」

 

 共同声明――後に声明を発表した英国外相の名を採り「サービンノート」と呼ばれる事となる、声明と言う名の通告は、すぐさまフランス政府上層部の元に届けられる事となる。

 

「なんなんだこれは!?」

「奴らめ、舐めた真似を!」

 

 フランス大統領官邸「エリゼ宮殿」に集結したフランス政府の各閣僚――ローランが大統領となった事で実質的に「会合」の場となった閣僚会議に、怒声が飛び交っていた。

 

「ふむ、これは流石に受け入れられんな」

 

 現フランス大統領にして「会合」の実質トップであるローランも、外務省からもたらされた資料を読み、若干眉をひそめる。イギリスを始めとしたEU各国から通達された要求は、被害者救済を名目にした多額の賠償金、艦娘戦力の譲渡、軍事顧問の受け入れ、政治に対する命令権、そしてウイルス流出の首謀者である「会合」の解散と処分などと、今のフランスには到底受け入れられないものばかりであった。EUはこの要求が期日までに受け入れられない場合は、フランスに対する各種取引を停止する事を宣言しており、一部の国に至っては軍事行動すらにおわせていた。

 

「こんなものを受け入れてみろ。フランスは三流国以下に逆戻りだぞ!?」

「そもそもどこから情報が漏れた!?」

「現在調査中だ。だが奴らが提示した情報を見るに、国内治安総局の捜査資料が流出したようだ」

「クソっ、散々捜査資料を処分しろといっておいたのにこれか! あの馬鹿ども、覚悟しておけよ!」

「今はそんな事はどうでも良い! この状況をどう切り抜けるかだ!」

 

 余りの事態に混乱する会合メンバーだったか、誰もがここで言い争っていた所で意味は無い事も理解している。彼らは現状を打破するために足掻く。

 

「外交交渉はどうだ?」

「駄目だ、どの国も具体的な交渉を拒否している」

「なら日本やロシアに仲介を頼めばいい。あの二国はテロに遭っていない」

「どうやら事前にイギリスが根回ししていたらしく、奴らは完全にイギリス側についている」

「あのエセ紳士どもめ……」

「完全に孤立状態か……」

 

 当然の事であるがイギリスが発表前に各国に根回しをしない筈が無かった。また会合のやった所業を考えても、フランスに味方をするような国は皆無であった。

 

「国内は?」

「やはり動揺が広がっている。ただ幸いな事に、国民の大半はイギリスを始めとした諸外国に対して反発しているようだ」

「そもそも、国民は我々『会合』やウイルス流出の背景について懐疑的だ。『リアリティが無い』というのが主流だ」

「まあ、確かにな」

「お蔭で多くの国民は、『強大になったフランスに嫉妬して喧嘩を売って来た』と認識している」

「背景はともかく、反EUでまとまっているのは救いだな」

「それに例の要求については国民にも公開されている。あれではかつての統治時代以下になれ、と言っているようなものだからな。国民が受け入れるはずがない」

 

 国民の多くは、かつてのEU占領下での記憶を忘れていない。その苦い記憶が彼らを外国への反発に走らせていたのだ。そのため国内の意思統一は自然と出来ていたのは、不幸中の幸いだろう。

 とはいえその一点だけでは、諸外国との対立は乗り切れない。

 

「……時間をかけて、交渉の糸口を探るしかないか?」

「いや、時間を掛ければ貿易を止めると通達して来ている。そんな事になればこの国は詰むぞ」

「短期間で決着を着けなければならないか……」

 

 この事実を前に、うめき声を上げる会合の面々。いくら植民地を得た事によりある程度の資源の自給と経済圏の確保が出来ているとは言え、フランス一国を完全に運用するには程遠いのが実情だ。裏で手を差し伸べる様な国が見当たらない以上、近い内に立ち行かなくなるのは、目に見えていた。

 

「だが相手が聴く耳を持たない以上、短期で決着を着けるのは無理だ」

 

 これもまた事実だ。テロの被害国は完全に怒り狂っており、要求の全面受け入れ以外では、短期での事の解決は不可能なまでにあるのだ。そして要求の全面受け入れなど、フランスが受け入れられるはずがない。

 要求を受け入れば3流国以下、受け入れなければ近い内に国内が立ち行かなくなる。現時点でフランスは既に詰みの一歩手前まで、追い詰められていた。

 だからこそ、

 

「――こうなっては仕方ない」

 

 彼らは外交において最後の手段を採る事を選択しようとする。

 

「最終手段だ。軍を動員しよう」

 

 この会合メンバーの誰かから飛び出した言葉に、誰もが目を見開いた。

 

「本気か?」

「流石にそれはマズいのでは?」

「そもそも勝てるのか?」

 

 一部メンバーから次々と疑問符が付く質問が飛ぶ。だが軍人を中心としたメンバーがそれに反論していく。

 

「だがこのまま行けば、近い内に動けなくなるぞ。そうなる前にEUに目に見える行動を示すべきだ」

「なにも実際に戦争しようって訳ではない。軍事行動を示唆して我々の意思をEUに見せつければ、交渉の切っ掛けにもなる」

「確かに戦争になる可能性も十分あるが、このまま座して死ぬわけにはいかない。もしもの時は打って出るべきだ」

 

 「会合」は軍事行動派と反対派に分かれ、今後のフランスの方針を巡り、喧々諤々の議論が繰り広げられていく。だがその議論は、軍事行動派が終始優勢をとる事となる。

 

「軍事行動まですれば、奴らも黙っていない」

「私だって出来れば軍なんて使いたくない。だが今のフランスに軍事オプション以外に採れる選択肢が残っているのか?」

「それは……」

 

 言い詰まる反対派。軍事行動派の言う通り、現状のフランスには短期間で結果を伴う行動が出来るのは軍事力の行使しか残っていないのだ。この事が反対派を劣勢に立たせていた。

 

(ここまでだな……)

 

 そんな議論を眺めつつローランは内心でため息を吐いた。彼の意見としては軍事行動には反対だ。しかしそれを強く訴えた所で流れが変わる事は無いだろう。「会合」は所詮談合組織であり、そのトップと言えども方針を強引にひっくり返す程の権力を有している訳ではないのだ。

 

「……どうやら結論は出たようだな」

 

 ローランの呟きにより議論は中断され、メンバー全員が彼に注目する。

 

「まだです。まだ……」

「もう反対派が逆転出来る材料はない事は分かっているのだろう?」

「……」

「議長、それでは――」

 

 軍事行動派の期待を込めた言葉に、ローランは小さく頷いた。

 

「ああ。――諸君、覚悟を決めようじゃないか」

 

 

 

 2025年7月5日。EUが通告した最終期限日に、フランス政府による返答が全世界に発表された。

 

「イギリスを始めとしたEUが示したウイルス流出の証拠は全くの出鱈目である。我が国は侵略者に対して、あらゆる手段を持って断固として戦う用意がある」

 

 フランスはEUとの対決に挑む事を高らかに宣言したのだ。

この発表と同時に、フランス全軍が動き出し、陸空の部隊が国境付近に緊急展開、海軍も全戦闘艦艇を出港させ、更には対深海棲艦戦を担っていた艦娘部隊にも自国領海付近への展開させていた。

 そしてフランスが展開した戦力は通常兵力に留まらない。国境付近に展開していた一部のラファールに核弾頭が搭載された空中発射巡航ミサイルが装着されたのだ。そして海でも、過去の経費削減によってフランス海軍最後の戦略原潜となったル・トリオンファン級原子力潜水艦の4番艦、「ル・テリブル」が、核兵器を搭載したSLBMを積み込んで出港した。

 フランスは全世界に対して、自身の言葉が全くの出鱈目ではない事を示したのだ。

 

「よろしい、受けて立つ」

 

 このフランス軍の緊急展開に対して、NATOも即座に動き始める。

 ドイツ、イタリアなど陸でフランスと国境を接している国々では、フランスに対抗するように陸空軍が国境付近に部隊の展開を始め、そうでない国々もNATOの名の下で、部隊を派遣していく。

 更にフランスの核オプションに対抗するために、欧州においてフランス以外で唯一核戦力を保持しているイギリスが、戦略原潜のヴァンガード級原子力潜水艦「ヴェンジャンス」に核弾頭を搭載させて出港させた。

 これにより、フランス近郊の各所でフランス軍とNATO軍による睨み合いが発生する事となる。

 

 2025年7月。ヨーロッパはいつ戦争が起きても可笑しくない程の危機的状況となっており、後に「フランス危機」と呼称されるようになる。

 

 




なおこの「危機」が「事変」になるかは、まだ不明な模様。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。