それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
11月9日。一部を訂正しました。ヨーロッパに死刑制度はなかった……
ヨーロッパが戦争寸前となった「フランス危機」から半年経過した、2026年7月。相変わらず深海棲艦との戦いは続いているものの、人類同士による対立の面で言えば、EUもロシアも日本も危険レベルの国家間対立も内政不安も無く世界は平和であった。
そんな世界の一角。フランス共和国の首都パリの一角。大統領官邸であるエリゼ宮殿の大統領執務室に、ジェミニの姿があった。
「やっと安定の兆しが見えてきたか」
彼は小さくため息を吐きつつ、手にしていた書類を執務机に放り投げた。秘書により綺麗に整理された執務机の一角がいささか煩雑なモノとなってしまうが、ジェミニは気にしない。ジェミニは椅子に背を預けると、もう一度大きく息を吐いた。
「あのクーデターからもう1年か……」
フランス在住の提督と艦娘をイギリスの協力の下で味方につけ、そして当時の政権を武力により打ち倒した事件、通称「提督たちの反乱」によって誕生したジェミニたちクーデター政権は、予定通り即座にEU側の要求を受け入れる前提で交渉のテーブルに着く事を宣言した事により、フランス危機は終焉を迎えた。
この事に世界の多くの人々は、ヨーロッパは核戦争の危機から脱する事が出来たと安堵する事となる。
「……今思えば、あの交渉も中々危なかったな」
もっとも、ヨーロッパ各国の政府上層部からすれば、ここからが本番であった。ベルギーの首都にしてEUの首都と呼ばれるブリュッセルにて行われた交渉会議が始まり、EUによる統治下の受け入れや賠償金、植民地の譲渡など、必要事項を決定していった。これらの交渉自体は元々EU側が表明していた要求を受け入れる形であったので、スムーズであったのだが、ある項目についてはいささか荒れる事となった。
「フランスは分割統治するべきである!」
フランスが核すら持ち出して軍事衝突寸前まで陥った事に激怒したEUの一部の国々が、フランスの分割を主張したのだ。特に矢面に立つ寸前であったドイツ、イタリア、スペインは強硬であり、最悪再戦すら視野に入れるとの発言すらあった。
この主張にフランス、そして交渉時にはフランス側に着くと密約を交わし、そして密約を違わずフランス側に着いたイギリスが反発。交渉は一時停滞する程の論争となった。
そしてこの結末であるが、
「フランスは別に無条件降伏した訳ではない」
「確かに戦争寸前にはなったが、結末はフランス自身が着けている。その事は考慮しなければならない」
「分割した場合、新規の提督が発生しなくなる可能性がある。対深海棲艦戦を考慮すると、その事態は避けなければならない」
この仏英による主張により、フランス分割の危機は免れる事となった。
そんなやり取りがありつつも、EUフランス間の条約「ブリュッセル条約」が締結。フランスは予定通りEU統治下に収められ、ヨーロッパ同時多発テロから始まった数々の騒動は、本当の意味で決着が着いた。そしてその事はフランスの苦難が始まった事と同義語であった。
「……外交よりも内政の方がよっぽど苦労していたな」
戦後から始まったフランスの国内政治での苦労の連続を思い出し、ジェミニは思わず憂鬱気に呟いた。
ジェミニ政権によるフランスの統治は、当初困難を極めた。
「売国奴を追い出せ!」
その様な声が、国民から上がっていたのだ。
フランス国民の視点からすれば、ジェミニ政権は軍事クーデターを起こしてまで外国の言いがかりを受諾し、フランスをEUに売り渡した売国奴なのだ。幾ら戦争を回避できたからと言って、そんな政権を支持するようなフランス国民はそうそういない。EUの進駐により、自分たちの生活が苦しくなったのだから尚更だ。また国民の信任を得た議員たちが集まる場である国会でも、与党である独立フランス党及び雑多な野党や無所属議員がクーデター政権を支持する訳が無く、国会も空転が続いていた。
各地では毎日の様に反政府デモが開かれていたし、暴動も日常茶飯事。国内の安定という面で言えば、前政権の方がよっぽど上手くやっていた。
またガタガタなのは、国内の治安だけではなかった。
「今思えばローランの言葉は、あの事を言っていたんだな」
思い出すのは前大統領にして「会合」の名目上トップであったローランが、処刑される少し前に刑務官に語ったと言われている言葉だった。
「会合のメンバーを全員処罰? 私の様な上層部だけでなく、本当に全員なのか? ……碌な事にならんだろうな」
この発言の数日後、ローランを始めとした「会合」の主要メンバーとバイオテロに直接かかわった者が裁判にかけられ、多くの者が長期の懲役刑となった。またそれ以外の中堅以下のメンバーに対しても、公職追放となる。
こうしてフランスから会合に関わった者たちは追い出される事となったのだが――、この事がフランスを大いに苦しめる事となる。
「『会合』排除のせいで、政務者が足りなくなるとは思わなかった」
「会合」メンバーが全ていなくなった後の、フランス政府は人材不足に大いに悩まされてしまう。なにせ巨大組織である「会合」のメンバーには政治家だけでなく、国家を動かしている官僚たちも多く所属していたのだ。それらの実務者を全て追放してしまったのだから、業務が滞るのも当然である。
また「会合」には政治系列だけでなく、経済界などの人間も所属していた為、それらの人間が抜けた事で経済にも大きなダメージを受けてしまった。
国民からの支持は無く、国会は政権と対立状態。そして政府は人材不足。ハッキリ言って、クーデター直後のフランスはガタガタであった。
「……しかし私も大分無茶をしたな」
この絶望的な事態に対し、ジェミニを始めとした現状が見えている政治家及び官僚たちは、強硬な手段を採るしかなかった。
デモや暴動に対しては警察の鎮圧部隊を容赦なく投入したし、大規模な場合は軍すら差し向けて徹底的に弾圧し、強引に治安の安定化を行っていった。唯でさえ低かった支持率が地の底につきそうになってしまったが、元々支持率などあって無いようなものとして、割り切った。
またEUから来る「政治指導」によって法令を通す際に、何かと邪魔をしてきた政党や議員を擁する国会に対して一時的な停止措置を行い、法案施行までの余計な工程を無理矢理省略させた。味方の政治家からは「敵対政党の解散命令だけでいいのでは?」との声も上がったのだが、何年か後に行われるであろう選挙が行われた際にはジェミニと敵対する政治家が議員となる事は確実であり、その結果再び反EU的な政策を推し進めようとする可能性が高い事から、停止措置の方が結果的に国内の混乱は少なくなると判断した。なお当然の事だが議員選挙だけでなく大統領選挙についても、停止措置を行っている。
今のフランスは民主主義からかけ離れた、大統領による独裁体制に様変わりしていた。EUから国体の護持を勝ち取っておいて、自らの手でフランスを独裁国家に作り替える羽目になったのは、皮肉としか言いようがない。
「EUから文句が出なかったのは不幸中の幸いか?」
このフランスの急速な独裁化だが、EU各国からは多少の苦言こそあれど、無茶な注文を付ける事は無かった。各国政府からすれば「指導」が通るのならば、フランスがどのような政治形態であるかなど、そこまで気にするような事ではない。各国とも自国の利益には正直なのだ。
また深海棲艦との戦いは続いている事から、一刻も早くフランス国内を安定化させて欲しいため、治安維持に努めているジェミニ政権をとりあえずは容認する構えであった。
「……しかし問題は軍か。軍備の方は植民地を失った今のフランスには、現状の維持は厳しいな」
意外な事であるが、EUは核戦争の引き金を引きかけたフランスに対して、大きく軍備制限を設ける事はしなかった。精々が核戦力の全面廃棄程度である。深海棲艦との戦いを考慮し、フランスに軍備制限を設ける事はヨーロッパ全体に悪影響を与えかねないとの判断である。
これだけみれば、フランスに対して実に寛大な措置ではあるのだが、当のフランスからすればいささか困った事態でもあった。以前のフランスは植民地から得られた利益を元手に軍備の増強を行っていたのだ。だがブリュッセル条約によってその植民地が消滅していしまい、これまでの様な軍備を維持する事が厳しかった。
だがこの程度は、ハッキリ言って些細な問題で済ませられるの軍関係者の実情だ。今のフランス軍には絶望的な問題が立ち塞がっていた。
「問題は艦娘戦力か……。防衛だけなら何とかなるだろうが、戦力が圧倒的に足りない」
最大の問題は、今のフランスが独自に保有する艦娘戦力が殆ど残っていないのだ。
事の起こりはEUによるフランスの提督及び艦娘の引き抜きだ。通常戦力の制限こそかけなかったものの、艦娘戦力に対しては国防に支障が無い程度ではあるが制限が課される事となった。フランス危機以前のフランスは多くの艦娘戦力を保有しており、それらの戦力は、ヨーロッパ各国にとって非常に魅力的だったのだ。このような事情により、フランス在住の提督と艦娘は、ヨーロッパ各国に引き渡される事が決定された。
とはいえ提督にしろ艦娘にしろ、分類上人間である。かつての奴隷売買の様な事をする訳にはいかない。そのため艦娘戦力の譲渡は、「本人の希望による移住」という形で行われる事となり、在フランスの各鎮守府に対して海外移住希望者を募る事になったのだが――、ここで思わぬ事態が発生した。
「当鎮守府はイギリスへの移住を希望する」
「我々はスペインに」
「イタリアもいいな」
この希望者募集に、非常に多くの鎮守府が手を上げたのだ。それも仮に全ての希望者を移住させた場合、残存する艦娘戦力ではフランスの防衛が覚束ない程に、だ。
この提督と艦娘の行動は、当事者からすれば当然の事であった。「会合」こそ排除したが、フランス政府に関わる者たちが身勝手な都合で提督を暗殺した前科は余りにも大きい。またいつ気が変わって、同じような事をしでかさないか分かったものではないのだ。よっぽどの事情がある提督以外は、自らの身を守るために海外移住を希望していた。
また今の政権は艦娘の力によって生まれたという背景からか、一部では現政権を生み出した艦娘たちに嫌悪感を示す世論もあり、フランスに居ずらいという理由もあった。
とはいえ、
「流石にこれはマズいだろ……」
このあんまりな事態にフランスは当然の事、ヨーロッパ各国政府も頭を抱えてしまった。提督たちの言い分も分かるのだが、フランスが過度に弱体化してしまうと、深海棲艦の攻勢を防げずに上陸、拠点を築かれる危険性があるのだ。そんな事になれば、折角核戦争を回避したのに、今度は深海棲艦によってヨーロッパが滅ぼされかねない。
そのため当初は海外移住者に上限を設ける予定だったのだが――ここで艦娘中小国の面々が異議を唱えた。
「フランス系提督が彼の国に残った所で、最悪迫害されかねない。それならば彼らの希望は可能な限り叶えるべきである」
そんな綺麗ごとをのたまってはいるが、別に同情だけでこのような事を口にした訳ではない。艦娘中小国の軍からすれば、ヨーロッパでイギリスに次ぐポテンシャルを持つフランス系提督及び艦娘は、喉から手が出る程欲しい逸材のだ。折角、フランスから出ていきたいと言っているのだから、そのチャンスを逃したくないのが、彼らの本音だった。
かくしてフランス系艦娘戦力を巡り、ヨーロッパ各国による大論争が勃発。3か月に渡る協議の結果、艦娘中小国の面々が勝利をもぎ取った。
とはいえ、このままフランスから艦娘戦力が消滅するのはマズい事もまた事実。この対策として、フランスが不足している分の艦娘戦力を在仏NATOの艦娘部隊で補う事が決定された。
「……はぁ」
ジェミニは憂鬱気にため息を吐くと、執務机の引き出しから薬とミネラルウォーターを取り出した。薬を口の中に放り込み、水で流し込む。
ガンで引退したにも関わらず、国家の危機に再び政界に舞い戻り、そしてこの一年間激務をこなしてきたのだ。最近は体調が急激に悪くなっており、残された寿命が少なくなっている事を自覚していた。
「今の内に道筋を残さないとな……」
折角手に入れた植民地を失い、国防だけでなく外交カードにも使える艦娘戦力も喪失。国内はボロボロで、かつてと違いいつ再独立できるかも未だに目途が立たず、また独立出来たとしてもその時には周辺国に差を付けられている事は確実。プライドの代償は大きかった。
今のジェミニにとって、売国奴の独裁者として強権を振るえる内に、いつか独立した時にフランスがかつての力を取り戻せるようにするための布石を残す事が、最優先事項であった。
「全く、どうしてこうなったのやら……」
愚痴をこぼしつつ、売国奴と呼ばれた男の戦いは続く。
次回は、フランス危機のIFを予定しています。