それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
今回から明確に主人公が設定されており、彼を中心に物語が展開していきます。
海を征く者たち1話 現れた艦娘
2017年4月23日正午 とある村の農地
「あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい!」
突然光と共に現れた少女を前に、先程まで愛用の鍬を手に畑を耕していた少年――秋山岩多は、このよくわからない事態に混乱した頭で状況を把握しようとしていた。
(何がどうなった?)
突然自分が光りだしたと思ったら、社会常識やら軍事知識だけでなく、艦娘や妖精といった謎の知識が自分に刷り込まれ、また身体も変化した。そして光が収まると今度は、見慣れない少女が現れ、しかも彼の事を「司令官」と呼ぶ。
その様な突拍子もない事態に遭遇して冷静にいられる者は、早々いないだろう。
「ふむ」
先程まで光っていた身体を見る。昨日までは痩せていた身体には、それまでなかった筋肉による膨らみが見える。恐らく腹筋も割れていそうだ。また視点も高くなっており、身長が伸びたことが分かる。
「ふむ」
「なによ」
少女の方を見る。返事をしなかったせいか、やや不機嫌な様子だった。刷り込まれた知識があるので彼女が何者かは理解できる。
彼女は艦娘だろう。そして自分が呼んだのだ。秋山は知識だけでなく、なんとなくだがそう感じていた。
「ふーむ」
今度は周りを見渡す。近くで畑を耕していた父親が唖然としている。第三者から見ても、この事態は異常としか感じないだろう。
(よし)
状況は把握できた。それらの情報を整理し、次の行動を考える。たっぷり十秒程かけて熟考し、秋山は口を開いた。
「よく来てくれた!さあ、畑を耕すぞ!」
「えっ!?」
少年の錯乱はそう簡単には収まらないようである。
2017年4月23日午後5時 日本国のとある会議室
「艦娘は深海棲艦に対するアンチユニットであり、提督――総務大臣に呼ばれたと?」
「はい」
この国のトップである首相は疲れた顔で、対面する少女――大淀に尋ねた。彼女の隣にはどこか満足げな、総務大臣が座っている。
事の起こりは今日の正午。定例となっていた閣僚会議をしていたところ、総務大臣がいきなり光りだした。突然のことに全員が唖然としていると、今度は「大淀」と名乗る少女が現れたのだ。第三者が聞けば「お前は何を言っているんだ」と真顔で言われそうな事態に全員が混乱することになる。
騒ぎを聞きつけた警備員が侵入者として少女を取り押さえるべく突入したが、人間離れした怪力で鎮圧されたり、意地になった警備員たちが増援を呼んで突貫したり、それを少女がやはりボコボコにしたり、光に包まれた後薄かった頭の毛がフサフサになっていることに気付いた総務大臣が無言でガッツポーズを取って居たりと、実に混沌としていた事態が収まったのは2時間前。
色々あったが、とりあえず彼女の話を聞いてみるということになったが、荒唐無稽な内容ばかりであった。
「太平洋戦争時代の軍艦が人の姿になって現れた、か。訳が分からんな」
防衛大臣がため息を吐く。ここにいるほぼ全員の総意である。
「詳しいことは後程報告書として提出しますが、とりあえず深海棲艦は悪霊。艦娘は軍艦の付喪神であり、深海棲艦を成仏させる能力があると考えていただいて結構です」
フォローを入れる総務大臣。その言葉に、ある程度の人間は理解を示した。――最も納得はしていないが。
「とはいえ実際に艦娘は深海棲艦を倒すことが出来ることは確認されている。認めるしかあるまい」
外務大臣が苦笑しながら手元の資料に目をやる。イギリスで深海棲艦との戦闘中に艦娘「ウォースパイト」と自称する少女が出現し、戦艦ル級エリート、軽巡ホ級、駆逐ハ級2隻を撃破したことが記されている。現在、日本政府が確認できている艦娘はウォースパイトと大淀だけだが、他にも出現している可能性はある。
「総理、私は提督となった人物の捜索と招集を提案します」
「何?」
「海上自衛隊が壊滅した今、日本防衛には艦娘の力が必要です。幸いなことに提督となった者は、条件はありますが新たに艦娘を召喚できるようです」
「ふむ……」
イギリスでの事例を考えれば、もし戦艦や空母が召喚出来れば、今まで手こずっていた戦艦級も対応が容易になる。それだけでなくこの絶望的な状況を打破できる可能性もあった。日本にとって艦娘を使わないという選択肢は存在しなかった。
しかし、この提案に待ったを掛ける人物がいた。防衛大臣が口を開く。
「しかし素人が戦場に出ても邪魔にしかならないぞ?それだったら艦娘だけを政府が招集した方が良いのではないか?」
彼の懸念も当然だった。タダでさえ人材の育成に時間のかかるのが現代の軍事だ。それも部隊の指揮を執るとなれば、相応の知識や経験が必要となる分野だ。素人にはまず無理であり、仮に即席培養で士官教育をした所で本職と比べれば確実に劣る。それだったら本職の士官が指揮を執った方が良いのではないか、というのが防衛大臣の考えだった。だが――
「その方法はお勧めしません。我々艦娘は提督の指揮下にあって初めて、十全な能力を発揮できるようになっています」
大淀ははっきりと否定する。提督の指揮下にあるという事実は、能力だけでなく士気にも直結しており、艦娘にとって提督と言う存在は必要不可欠であった。とはいえ防衛大臣としても納得できるものではないため食い下がろうとするが、そこに外務大臣が大淀の援護に入る。
「まあ、先程の演習を見れば問題はないと思うがね」
「……」
その言葉に対して、防衛大臣は沈黙するしかなかった。
事態の把握の際に、総務大臣は光に包まれた時に、艦娘に関する知識だけでなく軍事に関わる様々な知識も刷り込まれた事を告げており、その証明として海上幕僚長に図面演習を提案した。これまで軍事知識など殆んどないと公言していた総務大臣であったが、図上演習では一進一退の攻防を繰り広げ、最終的に総務大臣の勝利を収めていた。これにより「提督」となる際に、身体の変化だけでなく知識や技能も付与されていることが証明されていた。なお敗北した海上幕僚長は大いに落ち込むことになったが、今はどうでも良いことである。
「しかし強制徴兵するとなると、かなり荒れるだろうな」
ため息を吐く首相。食料の配給制を中心に、増税や福祉サービスの激減、選抜徴兵など、現在の日本国民はかなりの無理を強いられている。国民も危機的な状況であることは理解しているのだが、それでも生活に支障が出るとなると不満も大きかった。そこへ強制徴兵となれば、どんな事態になるかは火を見るよりも明らかだった。
しかしそれをやるだけのメリットは十分にある。それ故に、首相は決断を下した。
「仕方ない、やるぞ。警察だけでなく公安も使って提督を探し出せ」
とある山の中の渓流。秋山と叢雲は並んで座り込んでいた。
「……」
「……」
二人とも口を開くことなく水面に集中する。辺りを包むのは川の流れる音だけ。二人を邪魔するものはない。
そんな静かな状況を破ったのは秋山だった。
「……おっと」
「また!?」
叢雲の悲鳴のような声を無視して、秋山は釣り竿を引き上げ獲物を手繰り寄せる。暫しの格闘の後釣り上げたのは、20cm程のニジマスだった。
「これで6尾目。そろそろ降参でいいんじゃないか?」
「くっ」
針を外し、既に5尾のニジマスがいるバケツに放り込む。忌々し気に叢雲が秋山を睨むが、当の本人は涼し気な顔である。
なぜ二人が渓流で釣りをしているかと言えば、事の始まりは二人の何気ない会話からだった。
「叢雲、夕食の確保のために釣りに行かないか?」
「いいわね」
「ところで、釣りは出来るのか?」
「ちゃんと知識はあるわよ。任せなさい」
「本当に?」
「あら、なら勝負でもしてみる?勝った方が夕食のおかずをもらうってことで」
そんなわけで始まった釣り勝負。だが開始から2時間経過した時点で、秋山が大幅にリードしていた。
エサを付け直し再び釣り糸を垂らすと、秋山はチラリと叢雲の様子を確認する。
(これなら大丈夫だな)
釣り勝負で圧倒的に負けているため焦っている様子は見られるが、当初のピリピリした雰囲気はない。
秋山が提督になり叢雲が召喚されてから一週間が過ぎていた。彼の身体がいきなり大きくなったり、突然叢雲が現れたりと、当初は家族全員が大騒ぎすることになったのだが、最終的に叢雲は秋山家で居候することで落ち着いた。
とはいえ当初の叢雲は、
「こんなことをしている場合じゃない!」
と秋山に訴えていた。艦娘は深海棲艦と戦う存在だ。こんな山奥の村で暮らすなど不満があって当然だった。
しかし秋山家からは反対意見が続出していた。急に現れたかと思えば「長男と一緒に戦場に行く」と言い出せば止めるのは当然だった。そして提督である秋山からは、
「いや、駆逐艦1隻で行った所でじゃ囲まれて滅多打ちだぞ?」
という身も蓋もない事を言われてしまい断念。最終的に叢雲は秋山家に留まることとなった。
とはいえ叢雲としてもこの環境は不本意であるのは変わりない。当初はどこかイライラした雰囲気があったのだが、秋山家の農業の手伝いを始めとした家族との交流のおかげで大分落ち着いてきた。特に農業に関しては艦娘のスペックを大いに活用しており、燃料費の高騰のため農業機械の使用を制限している現状において、大きな助けとなっていた。また家族との関係も良好であり、特に妹は叢雲に懐いている。母曰く
「凄い力とか持っているようだけど、年相応の娘と変わらないわね」
との評価である。
そうこうして叢雲を眺めていると、今度は叢雲の竿がピクピクとしなり始める。
「キタッ!」
待ってましたと言わんばかりにアワセをし、引き上げる叢雲。そこにあるのは、
「……」
「そういえばここってモツゴもいたな」
釣り糸の先にはエサの無い釣り針。エサ取り名人の異名は伊達ではない。
そうこうしているうちに日が傾き始め、帰宅予定時間が迫っていた。釣果は結局、秋山が6尾、叢雲が坊主という、主に叢雲にとって散々な結果である。
「いやまあ、そんな日もあるさ……」
ここまでくると秋山としても哀れみしか感じない。そのため慰めの言葉が思わず漏れてしまったが、どうやら叢雲はそれがお気に召さなかったらしい。
「……あーもうっ!」
叢雲は立ち上がると艤装を展開し、川の中にある岩場に飛び移る。
「ダイナマイト漁は流石にダメだぞー」
「やらないわよ!見てなさい!」
キョロキョロと渓流を見渡す叢雲。艦娘としての能力を十全に使った索敵は、すぐに目的のモノ――イワナを捉えた。獲物を見つけた彼女はニヤリと笑うと槍を逆手に持ち構える。
「そこぉ!」
掛け声と共に放たれた槍は目標に向かって飛翔、見事にイワナの胴体に命中する――が、それで終わらない。普通の人間が槍を使っても絶対に出せないような轟音と共に、大きな水柱が立ち上る。
「おいおい……」
艤装を展開した艦娘の身体能力は軍艦時代のそれと同等。ただの槍投げがこの威力になるのも当然である。
「命中確定っ!」
ドヤ顔の叢雲。秋山も槍がイワナに突き刺さったのは見えている。しかし彼は迷っていた。この先に訪れているであろう結末を、言うべきかどうかためらっていたのだ。
秋山はたっぷり10秒間悩み――そして口を開く。
「叢雲」
「何よ」
「肉片も残ってないと思うぞ」
「……え?」
慌てて槍を引き抜く叢雲。穂先にはイワナのものと思われる欠片が引っかかっているだけだった。
艤装を展開した艦娘の身体能力は軍艦時代のそれと同等。5万馬力で投げられた槍に当たれば、川魚などバラバラになるのも当然である。
「……帰るか」
「……そうね」
居たたまれない空気の中、二人は帰路についた。
今回登場した秋山君=鎮守府編の提督です。(鎮守府編は未来でのお話ですから)