それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回で長く続いた「プライドの代償」編は終了になります。次回からまた短編の投稿に戻ると思います。


それぞれの憂鬱外伝39 プライドの代償IF・下

「なんてことをしやがったんだ!?」

 

 フランス軍による核攻撃。

 時が経つにつれてルーベーで何が起ったかが把握される様になると、この事実に全世界が騒然とする事となる。

彼の国はその危険性故に、対人においては長らく抜かずの刃となっていた核兵器を、それも敵対陣営に核を持っているにも関わらず使用したのだ。これがどのような事態を招くかなど、多少の知識を有している者であれば直ぐに理解できる。

 誰もが核報復による全面核戦争という最悪なシナリオを思い浮かべる中、当のフランスは核攻撃から間を置かずに、声明を発表した。

 

「我々は侵略者に対して容赦をするつもりはない。核を含めたあらゆる手段を持って敵を排除する」

 

 この時、この半ば予想出来ていた物言いにEUの指導者たちは半ば聞き流していた。既に賽は投げられており、自国民向けのプロパガンダに興味は無かったからだ。事実、イギリスの戦略原潜が報復核攻撃の準備を進めている真っ最中だ。だが次の瞬間には彼らの思考は強制的にこの声明に向けられる事となる。

 

「しかし我々は核による絶滅戦争は望まない。核の使用は我が国に侵入した敵軍に対してのみ行うものとする。我が国は民間人を対象にはしない事を宣言しよう。勿論我が国も軍に核を落とされる事は覚悟している。――だがもしも民間人に被害が出る様であれば、EUは地獄を見る事になるだろう」

 

 この声明はどう考えても自国に都合の良い事を言っているだけであるのだが、それでもEUの指導者たちは耳を貸さざるを得なかった。

 フランスの言っている事も事実だ。核攻撃をしたとは言っても投下した場所は自国内であるし、被害を受けたのもフランスを侵攻していたベルギー軍への一発のみ。侵攻本のベルギー本国への核攻撃は行われていない。また民間人への攻撃についても自国他国ともに行われていなかった。

 フランスは身勝手ながらも、全面核戦争という人類滅亡シナリオを盾に、自国に有利な限定的な核戦争を強制的に訴えかけたのだ。

 この事を瞬時に理解したNATOで唯一核戦力を保有しているイギリスは、慌てて戦略原潜に核ミサイル発射の中止を命令した。これで一時的ではあるが全面核戦争という最悪なシナリオを回避する事が出来た。

 だが事はこれで終わりなはずがない。直後から行われた各国首脳部による会議は、大いに荒れる事となる。

 

「核なんぞ使ったんだぞ! 今すぐにでも報復すべきだ!」

「ふざけるな! 貴様ら全面核戦争でもしたいのか!?」

 

 議場は報復派と反対派が真っ二つに分かれて、激論が交わされていた。

 

「奴らは細菌兵器だけでなく、核まで使ったんだ! 今すぐにあらゆる手段を使って滅ぼすべきだ!」

「あんな事をほざいているが、律儀に守るとは思えん! 更に戦況が悪くなったら撃って来るぞ! そうなってからでは遅い!」

 

 報復を叫んだのは、ドイツやスペイン、ベルギーといったフランスに国境を接する国が中心だった。彼らの場合、空軍機からの核攻撃に晒される危険性を常に秘めており、この危険性を排除するためにも、核報復を叫んでいた。特にベルギーは自国兵士が被害にあったために報復派の急先鋒であり、自分の手で報復したいがためにイギリスに核兵器の譲渡を迫るほどである。

 

「報復が必要なのは同意だが、ここで我々が核兵器を使ったら全面核戦争になるぞ! そうなればヨーロッパは終わりだ!」

「それに今だに奴らの戦略原潜の位置が掴めていない。核で報復するにしても、戦略原潜を撃沈してからだ!」

 

 対する反対派はフランスからそれなりに距離が離れている中小国が中心だ。彼らも一定の報復は必要であるとは考えているが、同時に全面核戦争という人類が滅亡しかねない事象への恐怖が大きかった。

 またこの反対派には思わぬ援軍も駆けつけていた。

 

「本当に何をやっているんですか……」

「貴様らいい加減にしろよ?」

 

 オブザーバーとして参加していた日本とロシアが、明確に反対派についたのだ。部外者である両国からすれば、今の状況はただの内ゲバであり、そんな下らない事でヨーロッパが滅んでもらっては困るのだ。

そんなこんなで、EU内での勢力はほぼ拮抗していた。

 ではNATO陣営唯一の核保有国イギリスは何をしているのかと言うと、

 

「……」

 

 なんと未だに自国の態度を決めかねていた。とはいえ日和っている訳ではない。イギリス国内でも報復派と反対派に分かれて争っているのだ。ある者は自国の国際的信用を維持するために核報復を叫び、ある者は人類滅亡のトリガーを引きたくないが故に反対する。そんな光景が国会だけでなく、職場や家庭、ネットなど様々な場所で激論が繰り広げられており、方針が未だに定まっていないのだ。

 とはいえ、EUの盟主かつNATO唯一の核保有国であるイギリスがいつまでも態度を保留している訳にはいかない。誰かが強引にでも方針を決めなければならない。そしてそんな事が出来る人物は、

 

「どうやら貧乏くじを引く事になったようだな……」

 

 英国首相であるマクドネルしかいなかった。国民に対して影響力のある王室はその性質故に余り国政に口を出す事が出来ない以上、イギリスで最も権力を有する彼が決定を下すしかなかった。

 報復派に着くにしろ反対派に着くにしろ、強引に事を進める関係上どちらからと関係を悪化させる事になる、という面倒くささに辟易しつつ、マクドネルは熟考の末に結論を下した。

 

「今回に限っては核報復は行わない」

 

 この方針を打ち出した事により水面下では様々な反発こそあったものの、イギリスは国家として反対派に参入。同時にEU内でも拮抗が崩れ反対派が優勢になり、主にイギリスの閣僚と政治家たちの努力の末に、最終的には今回の核報復が見送られる事となる。

 

 

 

「全面核戦争は回避され、人類は救われました。めでたしめでたし。――とかなれば、我々も楽が出来るんだがな……」

「現実逃避していないで、頭を働かせろ」

 

 件の核攻撃から一か月経った2026年3月始め。ロンドンにある欧州連合軍最高司令部――元々はベルギーにあったが、フランスから近いという事で今次戦争開始前にロンドンに移転していた――では、各国から集められた将官たちが、至る所に駒が置かれている地図や大量の資料を前に、頭を悩ませていた。

 

「だがなぁ、これは厄介だぞ?」

「まったく……北朝鮮みたいな真似をしやがって」

 

 戦力も戦況も全てがNATO側の圧倒的優位にあるのは紛れもない事実だ。しかしそれにも関わらず、この一ヵ月の間に戦局は全く動いていないどころか、碌な戦闘すら発生しておらず、両者とも睨み合いに終始していた。

 そんな事になった原因は、当然の事であるが例のフランスの政府発表だ。

 

「普通だったらただのブラフだと考えるが、あいつらは実際に核を使ったからな。これじゃあ、迂闊に攻め込めん」

 

 フランスも深海棲艦大戦の影響で核戦力の削減が行われていたものの、それでも100発近くの核弾頭が残されている。それだけあればフランスが自ら宣言した様な核の運用をしてもNATO軍を壊滅させるには十分な数があった。

 

「……仮に攻め込むとして、空軍戦力を強化させれば行けると思うか?」

「無理だろうな。空軍機からの核投射はある程度抑え込めるかもしれないが、それでも確実に侵入を防げるかは未知数だ。もしも数で来られて一機でも防空網を抜けられればそれで終わりだ」

「それに空を完封出来た所で、奴らには戦略原潜からのSLBMもある。弾道ミサイルは流石に無理だ」

「それがあったな……。ル・テリブルの行方はまだわからないのか?」

「海軍も全力で捜索しているが、撃沈どころか発見も出来ていない」

「クソ、つくづく面倒な事をさせる」

 

 核というこれまでは禁忌とされていた軍事オプションが解禁された事により、NATOは損害を恐れてフランスとまともに戦う事が出来なかったのだ。そしてこの核の脅威は戦局の範疇だけに留まらない。

 

「それに、今は奴らも核は限定的運用としているが、後々この縛りを辞める可能性がある――いや、確実に無差別に使い始めるぞ」

 

 この認識はNATO軍どころか各国政府、そして国民に至るまで共通する認識であった。件の宣言もフランスが勝手に言っているだけの代物だ。自分達に都合が悪くなれば、平気で宣言を反故するだろう。そしてそんな事になれば、ヨーロッパは2月の騒動の比ではなくなる。

 

「フランスは軍だけでなく各国の重要拠点や主要都市を破壊するために核を使うだろうな。そうなれば前回はギリギリ踏みとどまったイギリスも、今度は容赦なく核を使うだろうさ」

「冷戦では最後まで回避された全面核戦争によりヨーロッパは壊滅確実。人類文明が生き残るのは日本とロシアのみとなる、か。最悪なシナリオだ」

「更に最悪な事を言ってやろうか? 壊滅したヨーロッパに深海棲艦が拠点を作りロシアが攻勢を掛けられるだろうな。そんな事になれば艦娘戦力の乏しいロシアは直ぐに深海棲艦の領域と化す。そして最後には日本だけになるが、その日本も全世界から集められた深海棲艦の軍勢に全方位から攻められて、最終的に陥落。こうして地球は深海棲艦の星になりました。めでたしめでたし、だ」

「……」

 

 憂鬱気にため息を吐く一同。去年の今頃には予想も出来なかった方面からの人類滅亡の危機に、どうしてこうなったとの思いがこの場の全員に到来していた。

 そんな彼らだったが、とある将校がふとある事を思い出した。

 

「深海棲艦で思い出したが、アゾレス諸島はどうなっているんだ?」

「大分ざわついているな。今までのパターンからして、今月中には大規模侵攻があるだろうな」

「やっぱりか。アイツらから見れば、俺たちのやっている事は内ゲバだからな。そりゃあチャンスだと思うだろうよ」

「幸い今のフランスには艦娘戦力どころか海軍戦力が皆無だ。各国の艦隊を迎撃に差し向けた所で戦局に影響はない」

「じゃあ、この件は海軍司令部に丸投げになるのか」

「ああ、海軍の方もフランスの艦娘戦力がいなくなったお蔭で、戦争に取られていた艦娘が返ってきて楽になったって喜んでたよ」

「あいつ等も呑気だなぁ。こっちは苦労しているのに」

「正直、深海棲艦の相手の方が気が楽だな。戦局だけ考えれば良いし」

「それな」

 

 そんな何気ない会話が交わされる中、

 

「ん? 待てよ……」

「どうされました?」

 

 今次戦争では総司令官を務めていた老軍人は閃いた。

 

「……一つ案を思いついた。皆に意見を訊きたい」

「おお、どのようなモノですか?」

 

 老人は意地の悪そうに、ニヤリと笑った。

 

「――上手くやれば、中々面白い物が見れるぞ」

 

 

 

 2026年3月18日、大西洋のとある海域。そこでは深海棲艦と艦娘による激しい戦いが繰り広げられていた。空では両陣営が繰り出した航空機によって空を覆い尽くし、そして海でも双方の機銃、砲弾、魚雷が飛び交っている。 

 

“第11艦隊よりHQ。敵の攻撃が激しい。援軍を求む”

――HQ、了解したわ。遊撃艦隊を向かわせる

“こちら第45艦隊。敵艦隊を撃退したぞ。このまま前進するか?”

――いえ、無茶な前進はしないで

“第22艦隊の補給完了。これより戦線に戻る!”

――出撃を許可する。第8遊撃艦隊は第22艦隊が到達したら離脱しなさい

“了解しました”

 

 そんな双方が死力を尽くす戦場の中、深海棲艦の軍勢を率いている空母棲姫は、必死に指揮を執っていた。敵が味方同士で争うという千載一遇のチャンスなのだ。この隙を逃すつもりはなかった。そんな彼女の努力もあってか、戦況は段々と深海棲艦側が優位に立っている。しかし、

 

――変ね

 

 勝ち戦であるにも関わらず、空母棲姫は何処か違和感を覚えていた。

 

――予想よりも敵の抵抗が小さい

 

 彼女の率いる艦隊の規模は約1万隻。これだけ大規模な艦隊で攻め入るとなると、人類側の抵抗も激しくなると考えており、激戦になると覚悟していた。

 しかし蓋を開けてみれば迎撃に出てきた艦娘たちの規模は6000程度。しかも艦娘戦力の内容も、最高戦力であるアメリカ系の数が少なかった。

 お蔭で優位ではあるが、これまでのヨーロッパ方面の人類の傾向からすると違和感しか感じない。

 

――どう思う?

――今のワタシにそれ訊く? 結構忙しいんだけど?

 

 空母棲姫は、隣で補給部隊の指揮を執っていた副官の集積地棲姫に声を掛けた。艦隊全体の補給を担当している為に副官が愚痴をこぼすも、空母棲姫はあえて無視する。

 

――いいから、あなたの見解を教えて

――ったく……。潜水艦と航空機の偵察によれば、どうも敵の艦娘は母港や内陸に集結しているらしい

――それは聞いてるわ。私はその理由を訊きたいの

――ワタシが知る訳ないだろ……。参謀の連中の見解だと、「例の内ゲバを警戒していて、本土に戦力を残しているんじゃないか」だとさ

――内ゲバねぇ……

 

 呟きつつ、空母棲姫は思案を続ける。確かにこの見解はそこまで可笑しいとは思えない。潜水艦の偵察や人類が垂れ流している報道によると、フランスとその他の国で戦争しており、しかも中々に酷い戦いになっていると聞く。フランスの海軍戦力は壊滅したとは聞くが、陸上戦力は未だに健在だ。それに警戒しているのは、間違いではないだろう。

 

(でもなんか引っかかるのよね)

 

 だが集積地棲姫の説明を受けても、まだどことなく違和感が残っていた。これという根拠は無いが、何か良いように利用されている様に、彼女は感じていた。

 

――いいから今は指揮に集中しろよ。この先の事を考えてて、目の前の戦いに負けたら意味ないだろ

――……そうね

 

 空母棲姫は小さく頷くと改めて艦隊の指揮を執った。

 数時間後、激闘の末に数の優位を生かして深海棲艦側が艦娘艦隊を撤退に追い込み、海戦に勝利。それなりの損害を受けたものの許容範囲内であるため、深海棲艦の大軍勢は改めてヨーロッパに上陸すべく進撃を開始した。

 だが勝利に湧いている深海棲艦たちが、予定通りに事を進んだのはここまでだった。

当初の上陸予定地点――数年前に上陸に成功したを果たしたリスボンを目指していたのだが、偵察に出していた航空機がある情報を持ち帰って来た。

 

「上陸予定地点に大規模な艦娘部隊を発見」

 

 そんな情報と共に渡された航空写真に、空母棲姫を始めとした艦隊上層部は思わず唸った。そこには自軍を優に超える数の艦娘部隊の姿があったのだ。また偵察機を撃墜すべく上がって来た戦闘機が空母から発艦した艦載機が米国製だけでなく英国製も混じっていた事も鑑みると、ポルトガルは国内の艦娘の大多数を本土防衛に回しているだけでなく、英国からも援軍を受けていると考えられた。

 この事態に上陸予定地点を急遽変更する事に決定。航空機や潜水艦を駆使して新たな候補地を探す事になったのだが――偵察をすればするほど、近場に良い上陸地点がない事が解った。

 ポルトガルの地域も偵察したものの、彼の国はどうやらイギリス以外からも援軍を引き入れているらしく、上陸しやす所には国際色豊かな艦娘がひしめいており上陸は困難。近場のスペインもポルトガル程ではないにしろ、他国からの援軍によって多数の艦娘の姿が確認されており、上陸するには不適切。一応要所であるジブラルタルと艦娘大国であるイギリスも確認したが、予想通りジブラルタルは強固であるし、イギリスは言うまでもなく論外であった。

 

――いっそのこと、アフリカに行くか?

 

 そんな意見が出る程に、煮詰まる深海棲艦たち。そんな所にあるニュースが飛び込んできた。

 

「ビスケー湾最奥の防備が薄い事を確認した」

 

 この情報に上層部は素直に喜べなかった。ようやく上陸地点となる地が見つかった事に喜びたいのだが、場所がいささか問題だった。ビスケー湾を目指すとなるとイベリア半島近海を航行する事になる為、再度迎撃される可能性が高いのだ。またフランスに陣取る事になると内ゲバをしている人類が、敵を前に争いを一時棚上げして立ち向かって来るかもしれないのだ。

 とはいえいつまでも立ち往生している訳にもいかない。短いながらも激しい議論の末に、ビスケー湾最奥にあるラ・ロシェルを上陸予定地点に指定。進撃を開始した。

 

――迎撃される可能性は高いわ。警戒を密にして

 

 深海棲艦たちは各方面に航空機を飛ばして慎重に航行していく。また戦闘に備えてアゾレス諸島の拠点にも通信を入れ援軍を送ってもらうなど、出来る限りの備えを行っていた。だがそれは、

 

――……どういう事?

 

 徒労に終わった。イベリア半島の目と鼻の先を航行しているにも関わらず、艦娘たちは出撃しようともせず港に籠ってばかりであったのだ。とはいえ怖気付いていると言う訳でもなさそうであり、偵察の報告によればいつでも出撃出来る様に準備されているとの事であった。

 人類の不気味な沈黙に、深海棲艦たちも不審に感じつつも進撃を継続。最終的に道中で一度も襲撃を受ける事もなく、ビスケー湾の突入に成功した。

 

――攻撃開始!

 

 不穏なモノを感じつつも予定通り実行されたラ・ロシェルの上陸作戦だったが、この時ばかりは流石に人類側からの抵抗があった。人類の操る航空機や陸上陣地から攻撃があったのだ。だがその攻撃は深海棲艦にとっては予想以上にわびしい物であった。

 

――艦娘が出てこない?

――舐めてるのか?

 

 何せ人類側からの攻撃は全て人類産の兵器のみ、つまり艦娘による攻撃が皆無であったのだ。しかもかつてのアメリカ大陸で起こった海戦の様な激しさは無い。その程度の攻撃などこの大規模な艦隊にとってはそよ風に等しかった。内ゲバを棚上げして大部隊による迎撃が来るかもしれないと警戒していた彼女たちからすれば、肩透かしである。

 最終的に深海棲艦たちは人類の防衛部隊をあっさりと撃破。悠々とラ・ロシェルに上陸する事になる。

 

――どういう事なの?

――さあ?

 

 いやにあっさりと成功した上陸作戦に、空母棲姫と集積地棲姫は首を傾げつつも、予定通りに内陸部への攻撃を開始した。

 

 

 

 2026年3月末の欧州連合軍最高司令部施設。そこでは相変わらず数多くの人々が慌ただしく働いている。しかしながら、そこに漂う空気は少し前とは違っていた。フランスが核を落とした頃に漂っていたピリピリとした雰囲気は消え失せ、それどころかどこか落ち着いた雰囲気すら見られていたのだ。

 

「順調ですね」

 

 そんな司令部の一角に設けられているとある会議室。そこにNATOを指揮する上層部の面々が集結していた。

 

「我々が何もしなくとも、敵が弱体化してくれるのは楽で良い」

「全くですな。もっとも、そのお蔭で前線部隊に緊張感がなくなり始めたのは、いささか問題でしょうが」

「これまでは前線には負担を掛けて来ましたし、少しくらいは良いじゃないですか」

 

 参加者たちはもたらされた資料を手に、和気藹々と談笑を続ける。そんな様子に司令官も思わず笑みがこぼれた。

 

「私もここまで上手く行くとは思わなかったな」

「司令官、あなたがそれを言いますか……。それにしても、あのような案を聴いた時は、正直な話、司令の正気を疑いましたよ」

「ははっ、君も中々言うじゃないか――と言いたい所だが、確かに第三者から見れば、それは否定出来ないな」

 

 部下の軽口に、司令官も思わず苦笑してしまう。

 

「『深海棲艦を誘導しフランス本土に上陸させ、そのまま暴れさせてフランスに打撃を与える』など部下から提案されたら、私だったらそいつの正気を疑うな」

 

 深海棲艦のヨーロッパ本土への上陸と言う大事件。その実態は、NATOが仕掛けた策略だった。

 侵攻すれば核が飛び、そして睨み合いを続けていても将来的には物資不足により苦しくなったフランスが核を突きつけて来る、という危機的状況。そんな所に現れたのが、深海棲艦だ。NATOは侵攻して来る深海棲艦艦隊の侵攻を阻止するのではなく、ワザと敵対しているフランスに誘導し、そのまま彼の国で暴れ回ってもらおうと考えたのだ。

 そんなNATO司令官から飛び出した突拍子の無い作戦、「フェンリル作戦」は、紆余曲折があったものの採用。実行された結果――目論見通りに事が進んでいた。

 

「で、当のフランスは今はどうなっている?」

「連戦連敗。あの手この手で抵抗しているようですが、深海棲艦の進撃を止めるに至っていません」

 

 当然の事ではあるが、この深海棲艦の上陸にフランスは大いに慌てた。深海棲艦は人類とは違い、政治的、外交的な闘争など通用しないし、軍民問わず虐殺する海のモンスターなのだ。そんな奴らが本土に取り付かれるのは幾らなんでもマズい。

 フランスは悲鳴を上げて各国境線に張り付けていた戦力を掻き集め、ラ・ロシェルに上陸した深海棲艦を迎え撃った。後に「ラ・ロシェル攻防戦」と呼ばれたその戦いでは、ほぼ全ての陸空軍部隊だけでなく、核すら使用される程の大激戦が繰り広げられた。

 しかしそんな必死の努力も虚しく、ラ・ロシェル攻防戦はフランスの敗北で幕を閉じた。艦娘部隊が完全に消滅し、更にこの半年以上に及ぶNATOとの戦いで軍需物資が欠乏しているフランス軍では、多少の打撃こそ与える事が出来ても、深海棲艦の大軍に勝てるはずが無かった。

 現在フランスは領土を深海棲艦に徐々に侵略されており、軍が壊滅したフランスにその侵攻を止める術は無かった。――NATOの思惑通りに。

 

「しかし、こんな作戦をよく各国政府が了承しましたな」

「ああ、実際大変だったよ。参謀たちにも苦労を掛けた」

 

 まさに外道ともいえる「フェンリル作戦」だが、この作戦は当初多くの国家が反対していた。なにせヨーロッパ本土に深海棲艦を引き入れるのだ。自国に深海棲艦による被害が出る可能性が高い作戦など、拒否するのは当然であった。

 そんな彼らに司令官を始めとした必死に説得に回った。

 

「このままフランスと睨み合いを続けていた所で、いずれ全面核戦争に突入してヨーロッパは壊滅するだろう。だが深海棲艦が相手ならば存分に戦えるし、あの程度の数であれば追い落とす自信がある」

「確かにヨーロッパ本土が戦場になるだろう。だが主に戦場になるのはフランスだけだ。貴国らに被害が及ぶことは無い」

「確かに深海棲艦によってヨーロッパが壊滅する可能性はゼロではない。だがこのままフランスと戦争を続けていれば、全面核戦争に発展する可能性は100%だ」

 

 終結した各国トップを前に、司令官たちは全面核戦争の恐怖を煽り、そして深海棲艦との戦いに勝利出来る事を必死に説いて回った。そんな彼らの努力は実を結び、交渉を始めて3日間で各国からの承諾を確保。「フェンリル作戦」の実行にこぎつけたのだった。

 

「話を戻すが、フランスが我々に泣きついてきたりは?」

「政府内では降伏論も出始めた様ですが、未だに主流にはなっていない様です。ただ国民には戦況の急激な悪化で政府に対する不信感が芽生えています」

「ならば放置で良いな。……海軍には苦労を掛けるが、もうしばらく頼む」

「分かっています。ではこれまで通り、適度に深海棲艦の数を減らす方針で構いませんね?」

「ああ」

 

 当然の事であるが、深海棲艦という人類の敵を利用する関係上、ただ放置しているだけではマズい。フランス降伏後に人類が再度奪還する必要があるのだ。そのため、ヨーロッパの深海棲艦の数が増えすぎないように、NATO海軍はラ・ロシェルの橋頭保やその近海に展開する深海棲艦に適度に攻撃して、敵の戦力を削っていたのだ。また大西洋からの深海棲艦の援軍についても、敵規模の維持の観点で侵入阻止作戦が展開しており、現時点においてフランスに展開している深海棲艦の規模は、許容範囲に収まっている。

 つまり「フェンリル作戦」は順調に進んでいた。後はフランスが何処まで耐えられるかで、作戦の終了時期が決まる。

 

「さて……フランスはいつまで持つだろうかな?」

 

 司令官は小さく笑うと、やや温くなったコーヒーに口を付けた。

 

 

 

 ――2026年4月8日。本土の半分以上を深海棲艦により制圧されたフランスはついに耐えきれなくなり、NATOに降伏した。

 EU各国はこれをすぐさま承認すると共に、深海棲艦の駆逐のために作戦行動を開始。援軍を得られず、補給こそ多少は見逃されていたものの物資不足により満足に動けなかった深海棲艦は、これまでと打って変わって戦線連敗し、最終的にヨーロッパから完全に駆逐される事となる。

 フランスが降伏し、深海棲艦もなんだかんだで大打撃を与えたうえでヨーロッパから追い出した。多くの人々がようやく訪れた平和に歓喜の声を挙げた。――敗戦国であるフランス以外は。

 深海棲艦が消えた後のフランスはボロボロだった。

 軍はNATOとの戦い、そして深海棲艦による一方的な殲滅によって、その多くが消え去っていたし、国土においても、かつての先進国として栄華を極めた街々は悉く瓦礫の山に転生し、商業、工業、インフラもその多くが徹底的に破壊されていた。

 だが一番の被害は「人」である。深海棲艦に直接殺害されただけでなく、本土を侵攻され物流がストップした事により発生した食料、医療品の不足から多数の死者が出ていたのだ。詳細な数字こそ未だに把握されていないが、死者、行方不明者は軍民合わせて1000万以上となる事は確実であった。

 そんな見るも無残なフランスだったが、だからといってEUが同情してくれるはずもない。戦後、フランスの統治は苛烈を極めた。

 元フランス政府指導に対して行われた裁判では、多くの者が「平和に対する罪」が適用され、特例で復活した死刑制度によって刑場に消えていった。国民に対しても、戦後に多少の人道支援は行うものの、本格的に手を差し伸べる様な事はしていない。時折デモや暴動が起るが、容赦なく鎮圧していった。

そして国土にいたっては、EU各国が満場一致で分割統治に賛成。結果フランス共和国は、4つに分割される事となる。

 一部ではフランス系艦娘が出現しなくなるのでは?との懸念も示されたのだが、各国が上から下までフランスが二度と馬鹿な事をしない様に、バラバラにするべきだとの声が圧倒的であったので、直ぐに立ち消えた。なおこの新たな4カ国についてだが、未来でフランスが復活しない様にと、EUがそれぞれに対して各種支援や介入が行っていく事が決定されている。

 

 こうしてフランス共和国という国家は、歴史にのみ語られる存在となったのだった。

 

 フランスが誇りを取り戻すために仕掛けた策略は、フランスそのものを焼き払い、そして消滅するという、最悪な形で幕を閉じた。

 




核のパイ投げよりマシかなって……
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