それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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時系列は本編61話辺りになります。
某ゲームの情報を見てたら、思いついた話です。


それぞれの憂鬱外伝40 日本食料事情

 日本が布号作戦が無事完了し、落ち着きを取り戻し始めた2018年の秋のとある日。農林水産省の庁舎のとある会議室には、実務を担っている官僚たちが集結していた。

 定例とは言え、何だかんだで重要な会議。いつもであれば一定レベルで緊張した空気が漂う物であるのだが、今回は例外的に、どこか緩い空気に包まれていた。

 

「事前予想より良い数値が出ているな」

「だな」

 

 部屋に備え付けられているモニターに映し出されているグラフや、机に所狭しと並べられた資料を前に、多くの者が笑顔を浮かべている。彼らが見ているのは――今年収穫された米の収穫量だった。

 

「今年は全国的に天候に恵まれたからな。お蔭で豊作だ」

「これだけあれば、国内消費は完全に賄えるな」

 

 2018年現在、いや深海棲艦との戦いが始まって以来、日本は化石燃料の確保と同時並行で、自国での食料確保に邁進していた。日本の食料自給率はカロリーベースで38%。海を活動拠点としている深海棲艦にシーレーンを寸断されれば、あっと言う間に国民が飢えてしまうのだ。太平洋戦争のトラウマもあり、国内の食料生産に力を入れるのは当然の選択であった。

 

「米は戦前に比べて消費が伸びているからな。今年、自給率100%を越えられたのは大きい」

「小麦粉の替りに米粉を使うようになって以来、消費が滅茶苦茶伸びたから仕方ない」

「日本は小麦の生産がイマイチだからなぁ」

 

 特に生産に力を入れていたのは、カロリーの高いイモ類、そして日本人の主食である米であった。

 近年は調理の手間や世帯数の減少などで米の消費量は減少傾向にあったのだが、深海棲艦の出現により海外からの穀物輸入が困難になった事により、「日本人の米離れ」ならぬ「日本人の米帰り」が発生した上、一部食品で小麦粉の代替として米粉が使われる様になったため、米の消費量が大幅に増大。艦娘出現前年には米の自給率が食料増産をしていたにもかかわらず100%を切った年もあった程なのだ。

 そんな事情もあり、日本政府は米の生産に補助金を出すなど手厚い保護をして、米の増産に邁進していた。

 

「まあ今年は飢える心配は無くなったんだ。それでいいじゃないか」

「だな。米は自給率100%越え。野菜類も順調に増産出来てるし、一般市民でも園芸レベルとは言え野菜を作っているから、総量は大分増えている」

 

 農家への手厚い支援と新規農業従事者の推奨。更に街を見れば、相変わらず公園や広場が畑になっている光景があちらこちらに見られている。

 世帯単位で見ても、庭付きの家では庭が畑になっているのは当たり前。アパートやマンションの住民であってもプランターでの栽培や、もやしなどの室内でも育成出来る様な作物の栽培が行われている。

 

「それに、だ」

 

 そして今年は日本の食料事情を更に改善する出来事がある。

 

「やっぱり輸入が出来る様になったのは大きいな」

「だな」

 

 艦娘のお蔭でロシアとの航路の構築に成功。日本の弱点であったエネルギー資源と共に、各種食料も輸入出来るようになったお蔭で、カロリーベースの視点において、日本の食料事情は大幅に改善されていたのだ。

国内の食料増産、そして輸入の復活により、一定レベルで国民を飢えさせないという農林水産省の第一目標が、2018年でようやく達成されていた。

 

「ところでさ」

 

 とはいえ、

 

「米以外の収穫量はどうなってる?」

「おいおい、今それ聞くか?」

「人間米だけじゃ生きて――いや玄米や発芽米なら行けなくもないか? ともかく毎食米だけにする訳にもいかないだろう」

 

 これで戦前の様な豊かな食生活に戻れたかと問われれば――

 

「まあそうだけど、米と野菜以外はなぁ」

「ホント、今の食事は寂しくなったよな……」

 

 否であった。

 彼ら農林水産省の人間、そして多くの日本人にとって残念な事に、食事のクオリティは戦前と比べて大幅に下がっていた。

 

「問題は肉類だな……」

「飼料穀物を外国産に頼っていたツケが一気に来たからな。生産者の方も頑張って入るが、どうやっても、牛豚も戦前比で計算したら20%に届かず、鶏の方も精々30%前後」

「これでも戦前よりは増加しているんだぜ? それでもこの数字だ」

「救いが無いな……」

 

 戦前はトウモロコシや大麦といった飼料用穀物の多くを海外から輸入していたのだが、その主な輸入先はアメリカ、ブラジル、オーストラリア、アルゼンチン。見事に海の遥か彼方にある国々であり、そこからの輸入などまず不可能なのだ。

 現在は国産飼料用穀物の増産と、ロシア航路の復活により入って来る欧州産飼料用穀物があるが、それでも数は戦前のそれと比べて圧倒的に少ない。肉類の国内生産量が減るのは当然の事である。

 では輸入すれば良いじゃないか、という話もあるが――、こちらもそう簡単な話ではない。

 

「食肉の輸入は?」

「知ってるだろ? 戦前より輸入出来る量が少なくなった上に、値段も高い」

「まあ、あっちも自国民に食料を回さないといけないからな」

 

 今は全世界が戦争状態なのだ。食料を生産しても最優先に供給するのは自国民であり、余剰分を輸出に回す事になる。その結果輸入出来る絶対量は大幅に減少しているのだ。

 そんな事情もあり、日本の食肉の供給量は戦前と比べて大幅に低下し、日本の食卓を貧しくしていた。

 とはいえ、

 

「食肉はマシだろ」

 

 そんなボヤキが憂鬱気なため息と共に会議室に響いた。声の主は海産系を担当している官僚である。

 

「魚介系とか本当に全滅だぞ……」

「それなー」

「戦前でも輸入が途絶した場合のシミュレーションはされていたが、まさか漁業が壊滅するとは思わなかったな……」

 

 真に問題なのは日本、いや世界各国での漁業の壊滅だった。海という漁業の領域が深海棲艦によって浸食されてしまった事で、人類は海から糧を得る事が出来なくなっていたのだ。

 艦娘出現により多少なりとも環境が改善されているものの、それでも遠洋漁業は完全に消滅、領海200海里以内で行われる沖合漁業は余程の好条件でない限り行われず、沿岸漁業も湾内や内海だったりと安全が確保されている海域に限定されている、という様に、戦前のそれとは比べ物にならない程に規模は縮小されていた。

 そんな事情により、国内の魚介類供給量は肉類よりも下回るという、なんとも虚しい実情が広がっており、日本の食文化に大いにダメージを与えていた。

 

「今の日本の食卓って、米と野菜がメイン?」

「こうして改めて見ると、タンパク質が足りないな」

「大丈夫。調味料用に大豆を大増産したから豆腐がある」

「精進料理かな?」

「お蔭で健康になったぞ」

 

 深海棲艦出現以降、現在の日本の食卓は精進料理のそれに近くなった上に、食料の流通量も減った事により、メタボリックなど食に関わって来る各種疾病の発症率が急激に低下したのは、皮肉としか言いようがない。

 とはいえ、

 

「やっぱり腹いっぱい肉食いたいよな」

「あと魚も。寿司が壊滅しちまった……」

「戦前が懐かしい……」

 

 美味しい物を食べたいという欲を抑えるなど、悟りを開いていなければ無理だ。戦前の飽食の時代を知っていれば尚更である。

 

「……噂だと防衛省は資源確保のために東南アジアの進出を狙ってるらしいけど、それに一枚噛めないかな」

「というと?」

「魚は仕方ないとしても、肉は何とかしたい。戦前じゃあ東南アジアでも飼料用トウモロコシの生産もしてたみたいだし、それを再建させたい」

「で、その飼料を使って国内の食肉を増産か。いいなそれ」

「よし、資料を纏めてみるか」

 

 こうして食を取り戻そうとする官僚たちは動き出した。――2年後、フィリピンを獲得した際に、農林水産省から提言された「食肉増産計画」が万雷の拍手を持って迎え入れられる事になるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 霞が関で官僚たちによる半分ぐらい我欲で出来ている計画が進み始めていた頃、防衛監察本部――防衛省内部の法例遵守状況のチェック機関――の応援要員として、伊豆諸島鎮守府に査察に来ていた坂田防衛大臣配下の青葉は、秋特有の心地よい風の中、奇しくも我欲全開の代物を呆然と見渡していた。

 

「と言う訳で、審査をお願いします。あとこちらは耕作予定地の詳細と、必要物資の見積もりです」

 

 そんな彼女を知ってか知らずか、青葉の隣にいたこの伊豆諸島鎮守府のトップである秋山提督は、カバンから分厚い資料を取り出した。資料はA4用紙に記載されており、彼女も何度か他の鎮守府から受け取った事のある物そのものであるはずであるが、それらと比べると秋山が出した資料は圧倒的に分厚い。

 青葉は頭痛を抑えつつ、隣に立つ提督に問いかける。

 

「いやあの、これ本気でやるんですか……?」

「?」

「あ、駄目だ。この人本気だ……」

 

 不思議そうに首を傾げる少年に、青葉は目の前の提督が何も疑問に感じていない事を悟った。頭痛が更に酷くなったのは気のせいではない。

 

「叢雲さん……」

 

 青葉は縋る様に秋山の側に控える秘書艦に視線を向けた。叢雲は苦笑しつつ肩を竦める。

 

「言いたいことは分かるけど、諦めなさい」

「これはいくらなんでも……」

「それに私も食べたいし」

「あ、駄目だ。この駆逐艦も敵だ」

 

 この場に味方がいない事に頭を抱える青葉。そんな彼女に秋山が不思議そうに首を傾げる。

 

「いや、これ食料自給令の範疇のはずなんだけど?」

 

 秋山が口にした「食料自給令」だが、これは本土から離れた孤島など拠点を構える鎮守府に対して、防衛政策局から出された政策方針だ。その内容は、文字通り鎮守府内部での食料自給を推奨する物であった。因みに耕作に必要な物資は、地方隊により予算が降り、現物が鎮守府に支給される事となっている。

 国防を担う者たちに食料を自分達で作れという、実に奇妙な命令であるのだが、その背景は日本の置かれた状況から来る切実な理由がある。

まず立地面からの要因だが、補給の不安定さが挙げられる。硫黄島などの日本本土から離れた基地の場合、本土からの物資輸送が深海棲艦によって妨害される可能性があり、場合によっては鎮守府要員が飢餓により戦闘不能になってしまうのだ。そのため食料備蓄の減少を緩和するために、食料自給させようと目論んだのだ。実際、太平洋戦争時ではアメリカ軍の飛び石作戦の対象外となっていた基地では補給が途絶え孤立していたが、食料を自作する事で軍を維持していた。この事例を考えれば、食料自給による軍の維持は可能であるとの声が上がっていた。

 とはいえ上記のモノは、鎮守府に対して語られる言い訳の様なものだ。「食料自給令」の本質はもっと根本的なモノである。

 

 ――単純に自衛隊が使える食料自体がカツカツなのだ。

 

 この原因は太平洋戦争時の反省により、日本政府は自衛隊向けの食料品の確保にはかなり神経をとがらしている為であった。かつての戦争で起こった日本国内の食糧難は、外地に遠征している軍への補給が原因の一翼を担っていたのだ。仮に今回の戦争で太平洋戦争時と同じ様な事をしでかせば、国民のヘイトは自衛隊ひいては日本政府に向き、最悪の場合国家が崩壊しかねない。

 それだけは避けなければならないと、日本政府も防衛省も自衛隊向けの食料を抑えざるを得なかったのだ。その事もあり国内の駐屯地や基地、鎮守府に蓄えられている食料は、日々の食事分こそ賄えるものの、もしもの時のための余剰や備蓄といったものが殆ど存在していないのが現状だった。

 だがこの事は、本土からの物資輸送に手間が掛かる孤島の鎮守府には不安要素でしかない。必要物資は定期的に送られているのだが、備蓄の無さ故に、ちょっとした遅れが発生しただけで人員が飢えてしまうのだ。「食料自給令」はその様な事にならない様に、余剰や備蓄を少しでも増やすために下された命令であった。

 

「……そうですね。秋山提督がやろうとしている事は、食料自給令の意義も則っています」

 

 呻く青葉。

 余談だが、「食料自給令」を出した防衛省としても、この程度で食料問題が解決出来るとは思っていない。芋にしろ野菜にしろ作るにはそれなりの手間が掛かるし知識も必要だ。そして提督にも艦娘にもその手の知識は一般人と同等程度に留まる事が多い。農林水産省が出しているマニュアルこそあるが、あれは飽くまでも一般人向けであり、あれだけで農家の様に作物を作れる訳ではない。

 そのため「食料自給令」を活用している鎮守府は多くあれど、それによって作られる畑の規模は家庭菜園の延長程度のモノばかりであったし、この事は防衛省の想定通りであった。

 

「しかしですね!」

 

 ――が、何事にも例外がある。

 青葉は目の前に広がる光景を指さしつつ叫んだ。

 

「どれだけ使うつもりですか!?」

 

 三人の目の前には広大な、それこそ下手な専業農家が持っているような土地以上に広い耕作予定地が広がっていた。

 叫び声を上げる青葉に、秋山はあっけらかんと答える。

 

「折角誰も使っていない土地があるんだから、活用したい」

 

 伊豆諸島鎮守府に限らず、本土から離れた島に住む住民は、住民保護の観点から政府により土地を買い上げた上で、本土に強制移住させられている。そのため島には活用されていない土地が大量にあるのだ。秋山はそこに目をつけた。水利権による争いも近所付き合いも無いこの地ならば、自由にモノを作れると。

 

「この予定地を田園にすれば、鎮守府の米は完全に自給できる計算になる」

「しかも米作り!? 素人がいきなり出来る訳ないでしょ!?」

 

 余りに滅茶苦茶な計画に、ツッコミを入れる青葉。事実、素人がいきなり広大な土地で稲作をしようとするのは無理があるだろう。だが、

 

「あー、青葉さん。ウチの司令官の実家って米農家なのよ。だから知識も経験もあるわ」

「えぇ……」

 

 知識も経験も持っている者がここにいた。

 

「農業指導は俺がやる。耕作に当てる人員は、戦闘艦よりも比較的手が空きやすい補給艦や補助艦艇がメインだな」

「……因みに艦娘の皆さんからの反応は?」

「毎日お米をお腹いっぱい食べられるって事で、かなりやる気よ」

「……そうですか」

 

 艦娘には実艦時代の記憶がある関係か、白米信仰を有している者が多い。そのためか、秋山の企みは概ね受け入れられていた。

 

「そもそもなんでここまで大規模にする必要があるんですか。独立でもする気ですか?」

「独立? 独立農家か? 確かに『私たちが作りました』って艦娘の写真をプリントすれば、売れそうだな」

「違う、そうじゃない」

「冗談だ。軍閥化も独立も考えてない。本土から離れている以上、いつ孤立するか解らないからな。備えは欲しい」

「お願いしますよ。本当に」

 

 青葉はため息を吐きながら、先程秋山から手渡された資料を捲る。

 

「うわっ、水路の詳細から土地の成分表まで細かく書いてある……」

「そりゃ、米を作るならここまでしないと」

「誰もここまでやりませんでしたよ……。って、いやいやいや、ちょっと待って下さい!」

 

 資料のある項目に差し掛かった所で、青葉は思わず目を剥いた。

 

「各種肥料に農薬、トラクターに自動田植え機に収穫機!?」

「米作りには必須だろ?」

「これ下手をしなくても4桁万行きますよ!? 流石にそこまでは無理ですって!」

「いや、これが無いと今の農業とか無理だから」

「そこは艦娘に頼った人海戦術で――」

「無理」

「えっ?」

「無理」

「あの……」

「無理」

「あっはい」

 

 座った目で見つめて来る秋山に、青葉はそう頷くしかなかった。

 後日、案件は横須賀地方隊に持ち込まれ、「食料自給令」をフル活用しようとした鎮守府の存在に担当部署が唖然させつつも、秋山提督を交えての協議を開始。その過程で農地の大幅縮小、大部分の農業機械の却下がされたものの、最終的に伊豆諸島鎮守府における稲作がスタートする事となった。

 

 




前半の話には、科学肥料関係も出すべきだとは思いましたが、そこまで考えると手に負えないので、泣く泣くカットしました。
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